2.それぞれの事情と、思わぬ怪物。






「そういえば、シルヴィアはどうして冒険者に拘っているんだ?」

「なによ、今さら。アタシのスキルを最大限に活かすため、って言ったでしょ」

「いや、それはおかしくないか? だって『調教師』だったらもっと、それこそ家畜産業で簡単に日銭を稼げるだろ。わざわざ冒険者なんて、危険なこと……」



 各々の持っている手札を確認し、戦闘訓練を終えた帰り道。

 俺はふと、シルヴィアに気になっていたことを訊ねた。彼女のスキルは何度も説明しているが、対象の能力を最大限に発揮させるもの。いわゆる補助系のスキルだ。

 しかしテイマーもさることながら、調教師も冒険者向きではない。


 戦闘への転用を考えたら『テイムが前提の役割』であって、効率的とはとても考えられなかった。むしろテイムを必要としない、おとなしい家畜動物を相手にしていた方が、暮らしは安定するように思われる。

 それでも少女が冒険者に拘るのは、何か理由があるのだろうか。

 そう思っていたのだが……。



「他人の事情には、必要以上に踏み入らない方が身のためよ。アタシにはアタシの事情があって、それをアンタに話す必要はない」

「そうはいっても、俺たちはパーティーを組んで――」

「くどいわよ? 鞭が欲しいのかしら」

「ぐ……要らないです」



 食い下がる俺に、シルヴィアは冷たい声色でそう言い放った。

 そこまで拒否されてしまうと、こちらも踏み込めない。だから仕方なしに引き下がると、少女は小さく鼻を鳴らしてから小さくこう口にした。



「誰も、知らなくていいのよ」

「え……?」



 本人は隠したつもりなのだろう。

 だけど悲しげな声色が、俺の耳に強く残ってしまった。

 思わず声をかけようとする。しかし今さっき踏み入るな、と指摘されたばかりだった。そのため俺は場を立ち去る彼女の後ろ姿をただ、空気を掴み損ねた右手を伸ばしたまま立ち尽くす。



「あーあ、タクトさん。少しやらかし、ですね」

「……レイヴン?」



 そうしていると、声をかけてきたのはレイヴンだった。

 後方にアレキサンダーを引き連れた彼は、頭をぼりぼりと搔いてから肩を竦める。

 そしてずっと先を歩いているシルヴィアを眺めながら、俺に対して諫めるように言うのだった。



「オレも他人のこと言えませんがね。冒険者なんかに身を落とす奴は、生い立ち諸々に仄暗いものを抱えてるのがほとんどですから」

「……ってことは、レイヴンも?」

「まぁ、俺の場合は両親が殺しで処刑された程度、ですね」

「わ、悪い……」



 彼の言葉に、思わず謝罪が口を突いて出る。

 するとレイヴンも申し訳なさそうに、苦笑しつつ頬を掻いた。



「や、良いんですけどね。ただ少しだけ、気を付けた方が良いですよ」

「それってつまり、地雷を踏まないように、と?」

「それもありますけど――」



 そして、一つため息をついて言う。



「物事の裏には、思わぬ怪物が隠れてることがありますから」――と。







「思わぬ怪物、か……」



 レイヴンの忠告が、頭から離れない。

 シルヴィアの好意で借りられている宿のベッドに身を横たえ、ボンヤリと天井を見上げているしかなかった。日本の諺でいうところの『藪をつついて蛇を出す』ってことだろうか。

 だったらたしかに、深く訊くわけにもいかない。

 でも――。



「気になるよな、やっぱり――ん?」



 そう考えた時だった。

 部屋の窓、そのちょうど真下の路地裏から物音がする。

 ガサゴソとなにか、紙袋か何かが捨てられたのか。だがそうだとしても、いまは人気もまったくない深夜だ。あるいは、不審物が置かれたのかもしれない。

 窓から覗き込むが、よく見えない……。



「仕方ないな。……えっと、ランプあったよな」



 そう考えてしまうと、寝入ることはできなかった。

 俺は非常用のランプを取り出して、乏しい明かりを頼りに外に出る。転ばないように気を付けながら、なんとか自室の真下にたどり着いた。

 そして、やけに大きな紙袋を発見する。

 ただそれ以上に、気になって仕方なかったのは――。



「なん、だ……? この臭い!?」



 何かが腐ったような、鼻を曲げるような悪臭。

 俺はそれに顔をしかめながら、少しずつ袋に近づいて……。



「ひっ……!?」



 酷く、後悔した。

 だってそこにあったのは潰れ、ひしゃげた人間の――。



「あ、頭……?」




 俺は情けなくも、吐き気を堪え切れなかった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る