第3話 変化
学園の寮へと戻ったクオードは、ベッドに飛び込むと枕を抱え、見悶える。エスフィリアと別れたのはついさっきなのに、頭の中はあの笑顔でいっぱいだ。
「エシー……」
そっと口に出すと、それは極上の甘味の如く甘い。きゅっと胸を抱き、何度も呟いた。
翌日。
早朝に目覚めたクオードは、上機嫌で教室へと向かう。その足取りは踊るように軽い。昨夜の夢にエスフィリアが現れたからだ。
二人で手を繋いで、海岸線を歩く。そんな他愛もないものだったが、クオードにとっては甘美な時間だった。気を抜くとすぐニヤけてくる顔を何度も整えるが、無駄な努力に終わる。
その肩に、何かがぶつかった。
「痛いな。もっと隅を歩いてくれないかい? ︎︎万年最下位のクオード・ファラムくん」
クオードが顔を上げると、キザったらしく前髪を掻き分ける男が目に入る。クオードとは真逆の、長身に金の髪、青い瞳。この学園の出資者の息子で、試験でいつも上位に陣取るスウェン・ピオスだ。
スウェンはクオードを見下し、こうして突っかかってくる。嫌いなら放って置いてほしいのに、何故いちいち構うのか。
クオードは無言のまま
「おやおや、万年最下位くんはまともに歩く事もできないらしい!」
派手な音を立てて転倒したクオードを、スウェン達はゲラゲラと
クオードはむくりと起き上がり、服に付いた埃を払うと、ツキりと痛みが走った。顔を
以前のクオードならめそめそと泣いていたが、今は心を強く持てる。そこにはエスフィリアがいるからだ。彼女のために強くなりたい。クオードの瞳には、確かな信念が宿っていた。
それは、学業にも現れる。
クオードはこれまで、数えきれないほどの疑問を教授達にぶつけてきた。そのため、知識量はずば抜けている。時には教授さえ言い負かすほどだ。
しかし、いざ試験となると問題に集中できない
入学したのは十七の時だ。ある種の問題児であるクオードがこの学園に入学できたのは、地元の教師が厄介払いという名の推薦をしたからだった。要は学園に押し付けたに過ぎない。そうして、いつもの調子で授業を搔きまわしていたクオードに、その人だけは真摯に向き合ってくれた。名をダネス・ギエといい、この学園の創始者の一員だ。創始者は六名。他の者達は専攻が違い、クオードは会った事がない。
そのダネスの
しかし、それも変わった。
疑問を口にするのは相かわらずだが、それが理路整然とし始めたのだ。以前なら、教授が答えている合間にも、遮るように疑問を重ね続けた。だが今は、しっかりと飲み込み、教授の言葉を待っている。
試験も同様だ。試験は学期末の大規模なものが成績に反映されるが、授業の中でも定期的に行われる。授業の試験は十点満点の小さなものだが、クオードはその問題にも集中し、空欄を埋めていく。すると、どの講義でも見違えるように満点を量産するではないか。
そんなクオードに周囲は驚きを隠せずにいた。教授陣は不正を疑ったほどだ。そのせいで大勢の監視のもと、再試験を何度も受けた。それでも結果は満点。教授達の
周囲の態度も、それに
その一方で、暗い目を向ける者もいる。奇人だと嗤っていたのに、いつの間にか優等生なのだから。特に面白くないのは、もちろんスウェンだ。今まで馬鹿にしていたクオードが自分に勝るなど、絶対にあってはならない。級友に囲まれるボサボサ髪を睨みつけながら、口元を歪めた。
刻ノ傀儡 文月 澪 @key-sikio
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