破れ鍋に綴じ蓋

Jzbet

第1話



あぁ、ちょっと。良かった。そう、あなた、あなたです。僕が声をかけたのはあなたであっていますよ。

……え?ナンパ?いやいや、違いますよ!誤解しないでください!決してナンパ目的の声掛けなんかじゃないですよ。

あ、ちょっと!行かないでくださ、え?間に合ってます?……ッ違います!宗教勧誘でもネズミ講でもスカウトでもありません!

ちょっとだけ僕の話を聞いて欲しいだけなんですよ!ほんとにそれだけなんです!

……あぁ、よかった。本当に僕の話を聞かないでどこかに行かれてしまうんではないかと非常にヒヤヒヤしましたよ。

用件?用件はまぁ決まってはいるんですが、ちょっとこれがまた前置きが要るので少し移動しませんか?

あっ。そのやっぱりナンパじゃないかって顔やめてくださいよ、もー。

僕はこれでも真剣に、それはもう本当に真剣にあなたに用があって話しかけているんですからね?

そうですね……あちらの大通りを通りましょう。ここは少々道が狭いですから。

ん?なんですか?……はぁ、なんというか。早く話せとはまた……もっと心に余裕をもって生活しましょうよ。僕を見習って、ね。

あぁあぁ、そんな、もう怒らないでくださいよぉ〜。まったくぅ。

あ、そちらに行ったら死にますよ。




……はは、どうしたんですか?腰が抜けてしまいましたか?そりゃあそうでしょうねぇ、僕があなたを掴んでこちらに引いて差し上げなければあなたは今頃あのトラックに押し潰されて挽肉になっていたでしょうから。まさに間一髪。あの人たちには、まぁ、残念なことでお悔やみ申し上げますが。

何故わかっていたのかって?

えぇはい、気になるでしょうとも。話が早くて助かりますね。まさにその事があなたにお話しようと思っていた用件なのです。

ただ、僕は構いませんが、今のあなたはだいぶ顔色が悪く見えますし、そこのファミレスにでも移動しませんか?事故の証言?……あなたは真面目ですねぇ。これだけの大通りで目撃者も多いですし、昨今はドライブレコーダーも町中の防犯カメラもあります。わざわざ僕たち2人が名乗りを上げて証言せずとも警察はどうにでも調査出来ますよ。必要十分条件の中から、これだけの目撃者の、幾らでも替えのある欠けても問題ない、そんな十分条件の1つ程度である僕たちの言葉なんて、あったら丁寧ではあるけれどなくても別に困らない。その程度の証言でしょう?……ふふ、同意をありがとうございます。



あー良いですね!この大きいパフェ!血糖値が爆上がりする音が体内を反響して全身に糖分が浸透していく様で最高です。

……なぁんですか、その顔は。

? あんな凄惨な現場を見たのに食欲が沸くのがおかしい?

それは僕にはない価値観ですねぇ。とても新鮮なものの見方です。

これが世間一般では常識的で普通?はは、面白い事を言いますね。


アインシュタインは知っておられますか?

いいえ、バカにしているわけではありませんよ。知らない方もおられるという話です。

かのアインシュタインは言いました。常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションだ、と。

……おや?随分すぐにお認めになるんですね?僕はなにも嘘は付いていないと誓えますが、会ったばかりの僕が騙っている可能性は考慮されないのかな、と思っただけですよ。

え?その格言は知ってる?

……何故先にそれを教えてくれないんですか。これではまるで、まるで僕が学校で習った事を親に披露する子供の様ではないですか。ちょっと!笑わないでください!

もう、『これこそが心理学で言う権威効果です』と、話題を戻すためのオチにしようとしていたというのに。計画が台無しですよ。


さっさと戻せだなんてひどぉい!!

まぁ戻しますが。


そうですね、なにから話したものやら。

僕のに関しては他に知っている人はいないものですから、なかなかにむつかしい。

うーん、悩んでいても仕方がないですし、結論から言いましょう。

先程のあの事故ですね。アレは結果がみえていました。というより知っていた、ですね。

未来視?それは少し違いますね。未来は見えません。ただちょっと、歪みが見えるんです。予言でもないです。どうしてそんな胡乱な目を僕に向けるんですか。決して詐欺師なんかでもありませんからね。

なんと言いますか、1番近いのは一昔前のアニメでしょうね。

一昔前のアニメは、これから破壊される岩壁や建物は見た目からして異なるでしょう?そこだけ色が違うだとか、ズレてるだとか、強烈な違和感を発しているアレですよ。上から壊れている場所を覆って見えない様にしているあんな感じなんです。だからあそこは壊滅的に壊れるとわかっていた。あれはあくまでも、その破壊範囲からあなたを出しただけなんです。

あぁ、視覚として『見ている』わけではないのですよ。あくまでも分かりやすいように便宜上そう言っているだけでして、正確には出来事や行動という事象が及ぶ結果が理解出来てしまう、が正しいですね。

例えばそうですね。グループワークなどで課題の締め切りが近く、複数人で顔を突き合わせて資料を作っていたとしましょう。その際にメンバーの1人が体調が悪く、咳き込みながらも懸命に資料完成の為に頑張っていたとしましょう。当然わかると思いますが、そのままそのグループは風邪が蔓延して発表に参加出来なかった、となりますね。

……うーん、これだと例えがショボいでしょうか。推測でもなんでもなく僕にはわかっているのですが、僕の洞察能力が高いだけにも聞こえてしまいますし。

え?バタフライエフェクト?なんですそれ……へぇ。なるほど。え、他にもある?ふむ、風吹けば桶屋が儲かる、ですか。とても綺麗な言い回しかつ端的に僕の事を表しているかのような言葉ですね。はは、良い言葉を教えて頂いてありがとうございます。

回り回って大きな事故や災害に繋がる……えぇ、そうですね。よくある事です。少なくとも僕が知覚しているものはそんなものです。

ではもう1つ、お教えしましょうか。

あの外を歩いているご老人。あの人は今渡ろうとしている信号の道半ばで持っている杖が折れて転びます。そういう運命で、ってちょっと!!どこに行くんですか!!





はぁ、あなた、呆れるほどお人好しですねぇ。折れた杖代わりにご老人の手を引いて道の先まで連れて行くなんて。普通はそこまでしませんよ。ちょっと!アインシュタイン返しはやめて下さいよぉ!……まぁそのお人好しの結果、多くの人の運命が変わったわけですけども。

? なんです?そんなに驚いた顔をなさって。え?運命?……あぁ、あぁそうでしたね。あくまでも認識できているのは僕だけだと忘れていました。

あなたがご老人に手を貸したことによって起こるはずだった出来事の結果が変わりましたよ。

は?未来の改変?そんなわけないじゃないですか。そもそもまだ観測されてすらいないものが変わったなどとはどう証明するおつもりで?僕の知覚した結果と違うから自分が未来を変えてしまった、なんて言って回って誰が信じてくれると思います?

せいぜい親御さんが頭を撫でて慰めて、僕なんかとは縁を切りなさいと優しく窘めてくれる程度ですよ。


はぁ、折角ですから少し歩きましょうか。ファミレスのお代?あなたが飛び出してしまうから僕が払いましたよ。あぁいいですいいです。あなたの時間を貰っているんですから僕に持たせてください。それに僕の方がたくさん頼みましたし。

さっきの出来事で何がどう変わったのかって?そうですね、事故が起きなくなりましたね。回り回ってなんやかんや未曽有の列車の脱線事故が起こる予定だったのですが。

おや。とても顔色が悪いですがどうなさったので?

? 分かっているなら何故ご老人に手を貸さなかったのか、ですか。

僕が?どうして?

はぁ、そうですね、まぁ。

あなたは正義感がとても強いようであらせられますが、僕からすれば行き過ぎた正義に見えます。これもやはり偏見でしょうね。あなたは気になるようですが、僕はそこまで気になりません。

……ちょっと、そんなに本気で怒らないでくださいよ。ちゃんと答えますから。

実を言えばですね、僕は『結果が見え』はしますが『変わる場所』は分からないんですよ。何がその結果に収束するポイントなのかわからないんです。

特異点?あぁそう言うんですね。そうですね、それが僕にはわからない。何気ない一言でも物事が180度変わると言いますが、僕の知覚する物事の観点から言えば本当にその通りなんですよ。そして全てが起こり終わってからでなければ、僕は結果が分からない。

本当にあなたは表情がころころ変わりますね。

お気付きになられましたか?

ん?僕が行動しないのは行動する事により最悪の事態を招いて、被害を拡大させない為なのか?ですって?


いいえ、まったくそんなことはありませんが。


あなたの僕への好感度がジェットコースターも真っ青なほどの振れ幅になっているような気がするんですが気のせいだと思う事にしますね。

正直な話、僕は自分が善人だとは天地がひっくり返ったとしても思ったりはしないわけです。心理テストなんかをやってみても、僕は共感性が低い、とどのテストにも言われる始末ですから、これは正しい自己分析だと自負しています。それこそあなたのように正義感に満ち溢れていて、他者が傷付きそうであれば身を挺して庇い助けるような存在では絶対にありません。

僕が自分から行動を起こすときは、そうせざるを得ない状況だった時か、僕自身が興味がわいた時のみです。

ふむ、あなたはどうやら大層不満そうではありますが、これはどうしようもありませんね。これが今まで僕が生きてきた経験や記憶から培った『僕』というアイデンティティなわけですから。



ぅん?

……あぁいえ、こちらのお話です。お気になさらず。よくある事ですので。僕がこうやって拘う事はままある事ですから。

はは、気になると言われましても、これは僕自身の課題です。

あぁそう拗ねないでくださいよ。




ふぅ、あなたに声をかけてから約1時間と言ったところですかね。やはり時間とは本当にすぐ経ってしまうものです。

? なんですか?

あぁ、結局用件はなんだったのか、ですか。まぁ。そろそろさいごでしょうし、お教えしてもよろしいでしょうか。

いえ、わざと煙に巻いていたわけではないんですよ?

ただそれを言ってしまうと、それはつまりあなたとのこういった交流はすぐに終わってしまうわけなので、機会をうかがっていたんですよ……だからナンパじゃないですってば。


それで、用件ですが。

実を言えば、僕にはあなたが既に見えないんです。

正確言えば目の前に居るのは分かります。

ただ、僕にはもうあなたが大きな歪みとしか認識できません。

あぁご安心ください。人間の場合はまた別枠らしく、歪んでいるからと言って絶対にすぐ壊れるわけではないようですから。

むしろ歪みが大きい人は僕の見たものをいい意味で変えてくる人がとても多いんです。

人は多かれ少なかれパーツだけでも歪んでいるのですが、あなたはとても、特に凄いです。歪んでいない場所が存在しない。頭のてっぺんからつま先、髪の毛の一本に至るまで全てが他の人と違って見えます。

その理由が知りたくて、僕はあなたと交流して1時間を共に過ごしたんです。

おや、また。

ふふ、あなたは僕と過ごすうちにもどんどんと歪みが大きくなっていくのです。それこそ少し目を離せば全く違う歪みにころころと変わる。

僕はとても気になっているんですよ。だってそうでしょう?僕に見えているこの歪みが一体何なのか、誰も教えてくれないし知らないとおっしゃるんですから。自分で確かめるより他はない。

? あなたが初めてなのかって?

全然初めてではないですよ。過去最高の大きさと深さの歪みではありますけど。

他の人?あぁ、お会いになりたいと?残念ですが、もうみんな居ないんですよ。

その方達にもフェアであるための情報開示として僕のをご説明したんですが、みぃんな怒ってすぐにどこかへ行って。それからすぐに。すぐに彼等の結果を識るのです。

今までの関わりでわかった事ですが、どうやら歪みが大きければ大きいほど変えられるけれど、同じくらいに事象としての他の歪みに巻き込まれる事が多いのです。

まるでひずみ同士に磁力があるかのように。

言うなれば巻き込まれ体質なのですかね。そういった認識になりつつあります。おや、心当たりがおありで?


……そうですね、あなたの言葉を借りるならあなたのような歪みが大きい人が特異点、というものなのでしょう。

それ故に、あなたたちは死が近い。歪みの小さい人に比べて、だいぶ安全なラインを跨いで飛び越えている。

とても興味深くて、とても僕は惹かれます。

? なにをして欲しいのか、ですか。

なにも。

僕はただ、あなたの為す事を眺めて僕のについて理解を得たい。ただそれだけです。









「わかった」

なにがです。

「なら、ずっと近くで見ればいい」

はぁ、まぁ許可が得られるのであれば、見させてもらいますが。

「うん、だから」

「だから、その歪みに巻き込まれて死なないように、あなたが助けて」

……はい?

「あなたの望む、あなたの期待を裏切らない限り、生かし続けて」

なにをおっしゃって

「あなたの言葉通りなら、きっと悲惨な死が待っている。そうでしょう?わかっているなら回避したい。それは当然の考えだ」

それは、そうですね。ですがどうして僕が

「見たいんでしょう?変わる世界が。見えるんでしょう?なら、出来るでしょ?それとも、出来ない?」

……随分安い挑発ですね。

「出来ないなら、断って良い」

………………

出来ますとも。えぇ出来ますとも。

どれだけの間僕がこの世界をこうやって知覚していたとお思いで?

「なら、期待してる。よろしくね」

……なんだかまんまと嵌められた気がしてならないのですが。

「はは、あなたは正義感が強い、なんて言っていたけど、その実そこまで強いわけではない。実際には、自分の気分が良くなるために助けているだけだよ」

随分ぶっちゃけますね、あなた。

「だって、『フェアじゃない』でしょう?」

…………

「『そう拗ねないで?これが今まで生きてきた記憶と経験で培ったアイデンティティなわけ』だから変えられないんだ」

……本当にあなたは良い性格をしている。僕の目が正しかったと思いましたよ。

「はは! じゃあ、よろしくね。頑張って、死なないように、あなたが見たいものを見られるように、生かし続けて♡」

とんでもない方を捕まえてしまった気がするのですが、僕の命運が尽きた、という事でしょうか。それともこれもまた一興、という事ですかね。

……もちろん、僕は嘘を付かないですから。僕の見たいものを見せてくれる限り、絶対にあなたを生かしますよ。

「逃がさないから」

それはこちらのセリフですね。

「生きるために」

識るために。

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