第4話 「ジャイアントキリング」

崔柳真チェ・リュジンのキックで試合が再開する。真ん中に寄っていた袴田と短い間隔でパスを繋ぎながらFWが前線に上がる時間を稼ぎ、一気に攻勢に出る。

柳真リュジンっ!出せ!」

数多アマターッ。行くヨーッ!」

崔柳真チェ・リュジンは細いコースにボールを通す。あと少しで遠藤にボールが渡ろうとしていた時、

「させるかよっ!」

佐原がボールをカットして自分マイボールにする。すかさず坂本がプレッシャーをかけるが、当たりが激しかったため、佐原は倒れてしまいファウルになる。

「ちっ!」

坂本はストレスが溜まっているのか、地面を強く蹴り付けた。

東峰大学としては、ゴールとの距離がかなりあるため、フィールド中央の有田めがけてボールを蹴った。

有田は胸トラップでボールを収め、中央の縦ラインを走る。

プレッシャーを上手く交わしてから野田にパス。野田は一気に中央にボールを供給。

竹内が合わせようとするが、直前で佐々木が跳ね返す。仮に逆サイドにボールが流れていても、淀川がケアをしていたため、先程と同じようなパターンでの得点は不可能だった。


「ほう。先の失点を繰り返さぬ様に、一人が中央、もう一人はサイドの守備に回ったワケだね?」

「その通りですよ理事長。まだほんの僅かですが選手たちは考えだしてます」


「テメェら!何遍サイドから崩されたら気が済むねん!クロス上げさせんなボケェ!」

淀川が声を張り上げる。

「すまんにー」

跳ね返りのボールを受け取った外神が、淀川にテキトーな調子で謝りながら地を這うようなパスでサイドを変える。

「届かねぇ!」

東峰大の選手がギリギリ届かないコースに上手くボールを流せるのは流石の技術力だ。

ナイターズFW3人が、横のラインで上手くボールを回す。

 

「そうだ。それで良い」

 

夜月が頷く。東峰大DF陣はボールを持った選手にガッツリと身体を当てて奪おうする。

前半はゾーン気味の守備だったため、いきなりの守備の形の変更にナイターズの選手は驚く。

「うおっ!」

ドリブルを仕掛けようとした如月きさらぎが、鬼プレスを受けて大きくバランスを崩す。

「チャーンスっ!」

東峰大は奪ったボールをそのままサイドに送る。

「ちっ!」

これまでの攻撃は基本的に中央にいる有田が起点になっていたため、崔柳真チェ・リュジンなどのMF組は、サイドへの意識が薄くなっていた。

そのままサイドでボールをキープすると、我慢しかねたMFがサイドに重心を寄せる。

「ここだっ!」

そのドンピシャのタイミングを狙ってフリーになった有田にボールが渡る。

「!?」

混乱しながらも、ナイターズのDFは東峰大FWにベッタリとついてパスを刈り取れるように動いた。

 

「パスを出すところがない」

村田が冷静に分析する。

「確かに。でも、有田の仕事はパスを出す事だけじゃあありませんよ」


サイドに釣られたMF、前線の選手にベッタリと付いているDF。

ゴールまでの距離は約25メートル。ぽっかりと開いたスペースは、有田が撃てる一番良いシュートを放つ事を可能にする。

待ちのようにしなる脚がボールを叩く。空気すら切り裂く弧を描いたボールは、必死に跳んだ鈴木の指先に当たったが、そのままゴールの右隅に吸い込まれていった。

「しゃああああああああっ!」

有田が大きくガッツポーズし、東峰大の選手たちがわーっと抱きつく。

後半11分。東峰大学は逆転した。


「素晴らしい!」

村田は思わず立ち上がって拍手を送る。

「よし。流石有田だ」

夜月も満足そうに笑う。

「それにしても良いシュートだったね」

「そうですね理事長。ですが、このシュートが撃てたのは、東峰大の選手が考えてプレーした結果ですよ」

「・・・」

村田は敢えて何も言わない。解説を待っているのだ。

「今、有田が良いシュートを撃てたのは広大なスペースと、時間的な余裕があったからです」

「確かに。彼の周りには誰もいなかった」

「そうです。その原因は二つ。まず一つは、ナイターズの選手間で考えに違いがあった事です」

「違い?」

「ええ。先程、東峰大が同点に追いついた事で、守備の選手は更なる失点を恐れて、チャレンジする事なく、自陣のゴール付近にベッタリと付く形になりました。逆に攻撃陣は、勝ち越しの点を取るためにだいぶ前がかりになりました。そのために広い範囲をMFがカバーしないといけない状況が生まれました」

「ふむ」

「そこで東峰大の選手達は、どの道筋が一番ゴールに近いか考えます。選手個人の能力はナイターズに軍配が上がりますから、べったりと付かれている攻撃陣にパスを出すのは得策じゃありません。かといって、SB、MFの選手が横からシュートを撃っても、入る可能性は高くありません。ボックス内に人が密集しているなら尚更です。そうなったら有田がフリーの状態で、ど真ん中からシュートを放つのが一番可能性が高いという事を考えます」

「けれど、ナイターズのMF陣は有田に寄った守備をしているから、フリーにはならない」

「はい。そこでサイドでボールを受け取ってからしばらく走るんです。相手の守備陣は迂闊に持ち場を離れられないし、相手攻撃陣が前線から戻ってくるのには時間がかかります。3人いる相手MFのうち、一人はすぐに食いつきます。そのプレッシャーに耐えて走り続ける。相手の選手がぐんぐんゴールに迫るのを見ると、否応なしに焦る気持ちが湧き出る。そうなると、中央に位置するMFの重心が少しサイドに傾くんです。それを合図にして有田にパス。サイドの爆走でゴールへの距離を近付いている。となると後は思い切って脚を振り抜くだけ・・・そして見事に有田はゴールを決めて見せてくれたってワケです」

「なるほど」

「さて、ここまで来たら後はこっちのもんでしょう」

  

夜月の言葉通り、ここからは東峰大の時間が続く。どうにかして点を取るためにDFはラインを上げざるを得ない。するとその裏に有田が上手くボールを流す。得点にこそ至らないが、ナイターズの選手は精神的にかなりキツイ。

だからこそ、普段ならしない不要なプレーが生まれる。

「うおっ!?」

有田のパスをオフサイドギリギリで受け取った竹内が発した声だ。ゴールを狙いにドリブルを開始した所で、淀川に襟を引っ張られて倒された。

ピーッ!

ホイッスルが鳴り響く。ファウルだ。

「嘘やろ!そんなラフプレーちゃうで!」

「いや、あれは引っ張ってるよ。公式戦ならカード出てるよ」

抗議する淀川に、針山がしっかりと注意する。

 

「PKか?」

有馬が目を凝らす。

「いや、ギリギリだけど、ボックス(ペナルティエリア)の外。フリーキックだよ・・・でも、あの距離のフリーキックは有田にとってPKとそう変わらない」


有田はボールを設置して、数歩後ずさる。

ピッ!

ホイッスルが鳴った。後は蹴り込むだけだ。

「っ!」

蹴られたボールはナイターズの壁を越える縦回転のボール。高く上がったボールはゴールを越えそうだが、高度を下げて、ゴールの中に入った。

「しゃあ!」

後半16分。東峰大学がナイターズを突き放す3点目を挙げる。


ナイターズは、CBの淀川と佐々木に変えて、ベテランの阿部凌河あべりょうが清水拓磨しみずたくまを、SBの佐々木に変えて、夜月に突っかかった尾形麗音おがたれおんを投入した。


残り時間は僅かだが、ゲームが再開してからナイターズは落ち着いてボールを回している。


「いやぁ、やっぱりベテランは偉大だね」

夜月が有馬に話しかける。

「そうだなを体力的な不安はあるが、試合を落ち着かせることができるのはやはりあの二人だ。そして麗音は・・・」

「あぁ。俺と一緒にプレーしてたからな。考えるサッカーができるよ」


阿部アベっさん!ボールくれ!」

尾形はボールを要求すると、愛対するMFを避けるためにダイめ《アゴ》ナルり《ラン》する。予測不可能な動きに見えるが、縦方向への単純な突破だとその後ろで捕まるか、勢いを消されるのでこの騒動が最適解だ。

「よく考えた」

ベテランで周りの見えている阿部は斜めドンピシャにパスを出す。尾形はワンタッチで崔柳真にボールを預けると急加速してサイドをぶっちぎる。

「はやっ!」

東峰大の選手たちはそのスピードに圧倒される。

「このまま切り裂くぞっ! 柳真リュジン!」

「リョーカイでス!」

あまりの速さに東峰大の視線は尾形に釘付けになる。

「やり返しなんだなー」

気が付いた時には、尾形とは逆サイドの外神がボールを持っていた。

「分かってるよね、数多あまたん」

外神から出されたボールの勢いを殺す事なく、少ないタッチで遠藤はゴール付近に近づくと、守備を引きつけてから中央に送る。

「またダイレクトか!?」

東峰大のDFが坂本のシュートコースを防ぎに距離を詰める。

「外神がやり返しって言ったろ?」

坂本はボールをスルー。そのまま逆サイドに流れた先にいたのは、

「だらぁ!」

尾形だ。尾形は迷いなく右足を振り抜く。センタリングの勢いをあいまったボールは、キーパーの片手に触れたが、ネットに突き刺さった。

後半19分。ナイターズは意識を持った崩しで1点を返して見せた。

しかし、反撃もここまで。けたたましいホイッスルの音が鳴って、試合が終了する。


東京ナイターズFC2ー3東峰大学

得点者

坂本真一・前半18分(ナイターズ)

野田光 ・後半6分 (東峰大学)

有田宗也・後半11分(東峰大学)

有田宗也・後半16分(東峰大学)

尾形麗音・後半19分(ナイターズ)


勝者・東峰大学


試合形式を終え、各チームのベンチで軽く振り返りを行った後、夜月はナイターズのメンバーの前に立った。

「お疲れ様。良いゲームを見させてもらったよ。もっとも、君たちにっては面白くなかったかもしれないけどね」

選手の表情は様々だ。

「この試合を通して分かったけれど、ユナイターズ個人の力は決して弱くない。柳真リュジン外神とがみは良いところにドンピシャのパスを送れているし、坂本のゴールは素晴らしい。それでも、俺が率いる大学生チームには負けた・・・とはいえ、最後の得点は見事だったよ」

夜月は拍手する。

「何故、最後点を取ることかでできたのか。その理由は分かるよな、麗音」

尾形は敵対心を隠そうとせず吐き捨てるように答えた。

「考えたからだ」

「その通り。自分の長所を活かして相手を欺く。本当に良い攻撃だった。あれが俺の目指すサッカーだ」

一部の選手の目つきが変わった。

「いいかい?このチームが不調なのは考えなかったからだ。点を取られても、いつのもの事か。とそれだけしか考えていなかったんだろう。でも、俺がきたからにはそれは許さない。失敗しようが成功しようがその理由を考えてもらう。それさえできれば、俺は必ずこのチームをJリーグに導く。さぁ、考えるサッカーをしよう」

そこまで話をした所で、後ろから村田が近付く。

「考えるサッカー。非常におもしろうだ。それでは、プレシーズンマッチを楽しみにしているよ」

そういって村田は去っていった。

「ブレシーズンマッチ?」

夜月が呟くと、周りの選手達がザワザワし出した。

「忘れたのかよお前毎年やってただろ?」

「え?なんだよ麗音・・・あー、あれか」

「そうだよ。毎年恒例、J1・東京ヴォルケーノとのプレシーズンマッチ。ま、実を言えば、チケットの安い試合で、シーズン開始前に俺たち相手に大量得点。ヴォルケーノの新規サポーターを獲得するための試合になってるけどな」

プレシーズンマッチ。通常のリーグ戦の前にスタジアムで観客を入れて行われる本格的な練習試合のことである。

東京VはJリーグ誕生当初から存在する古豪クラブだ。一時期はJ2に落ちていたものの、数年前にJ1に復帰しており、現在はJ2時代に失ったサポーターを取り戻そうとしている。

「なるほどね。俺たちはかませ犬ってわけだ」

夜月はキッパリと言い張る。

ナイターズのメンバーは怒りの滲む表情になるが、事実なので言い返さないようだ。

「でも、試合までは2週間ある。これだけあれば対策もできるよ」

「え?」

「何?勝ちたくないの?」

「そりゃあ勝ちたいに決まってんだろ!」

「ははっ。なら練習しよう。そして2週間後、起こしてやろうぜ」

「何をだよ・・・」

夜月は腰に手を当ててニコッと笑う。

「決まってんだろ。ジャイアントキリングだ」


この物語は、東京の弱小クラブがなみいる強敵に立ち向かい、頂を目指す物語である。

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GIANT KILLERS 神渡楓(カワタリ・カエデ) @kawatari

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