第三話 「考える」
試合開始のホイッスルで、最初にボールを蹴ったのはナイターズだ。センターサークルから大きく蹴り出されたボールを両チームの選手がライン際で競り合って、結果的にナイターズのスローインになる。
体格差ではナイターズに軍配が上がる。
「ふーん。これが今のナイターズのトップメンバーね」
夜月は選手のデータが記されている紙を確認して、ナイターズのフォーメーションを紙に記した。
東京ナイターズフットボールクラブ・トップメンバー(公式戦スタメン候補)
フォーメーション4ー3ー2ー1
GK
DF(CB)
DF(CB)
DF(SB)
DF(SB)
MF(CH)
MF(SH)
MF(SH)
FW(WG)
FW(WG)
FW(CF)
「4ー3ー2ー1なんてきょうび中々見ないフォメだね」
「ああ。確かにな。ウチは上手い選手はMFに集中してる傾向がある。交代枠も踏まえてその選手たちを使うにはこのフォーメーションが最適解なんだよ」
夜月と有馬はそんな話をしていると、スーツがよく似合う男性が近づいて来た。
「先生、あの人誰?」
と、夜月が聞くと有馬は声を潜めて説明する。
「あの人はこの大学の理事長だ。練習場を提供してもらっているんだ。絶対に失礼のないようにな。絶対に敬語使えよ」
「・・・へい」
気がつくと理事長は夜月のすぐそばまで来ていた。
「君が新監督の夜月くんかな?陽橋大学理事長の村田だ」
「東京ナイターズFC監督の夜月彰人です。よろしくどうぞ」
村田は夜月の隣の席に腰を下ろした。流石は大学の理事長とだけ合って所作がキレキレで品がある。
「本当に君たちのクラブには感謝しているよ」
村田は急に頭を下げた。夜月が首を捻ると、有馬が理由を説明してくれた。
「練習場を週2回提供してもらう代わりに、スタジアムやホームページ広告で宣伝をしてるんだよ」
「なるほどね」
夜月は納得したようだ。
「ところで今はなんの練習をしているのかな?」
丁寧に整えられた髭を撫ぜながら村田はピッチに視線を送っている。
「試合形式です。ナイターズと元々俺が指導していた東峰大学とで。ユニフォーム姿がナイターズの選手、ビブスを着ているのが東峰大学の選手です」
有馬が、お前敬語使えるのか!と驚いた顔をしていたが、夜月はスルーした。
「ふむ。なるほど、大学生など、実力差のあるチームとの練習試合に勝つ事で、勝ち癖を付けようという訳だね?」
「いいえ違います。この試合はナイターズが負ける事に価値があるんですよ。だから俺は今、東峰大学の方を率いてるんです」
「?」
村田はわかりやすく疑問符を浮かべる。
「勉強と同じですよ。課題がわからないと克服のしようがないでしょう?」
「確かに。それは一理あるね」
「ナイターズには他のチームに比べて圧倒的に足りない点があるんです。この練習試合はそれを取り戻す《・・・・》ために必要なんですよ」
村田は納得したのかこれ以上は何も言わなかった。
試合の流れをみると、キックオフからナイターズが東峰大を押している。
鈴木のフィードを受けた
「うん。やっぱり外神は頭ひとつ抜けてるね。LSB《レフトサイドバック》は彼で決まりだ」
夜月はフォーメーション表の外神に赤ペンで丸をつけた。
「CBはサブ組も見てみたいな・・・」
次は、青ペンで淀川と佐々木をぐるりと囲む。
「外神というのは、背番号3の選手かい?サイドバックとはどのような仕事をする選手なのかね?」
隣で試合を見ている村田が質問する。
「ええそうです・・・理事長はあまりサッカーに詳しくないんですか?」
夜月が恐れ知らずな質問を投げると、村田は頷いた。
「学生時代は弓道をしていてね。あまりサッカーは詳しくないんだよ」
「なるほど。それならサッカーを楽しく見れるように、解説してあげましょう。ナイターズの選手で解説しますね」
夜月はにやっと笑ってから鈴木を指差した。
「今ボールを持っている
「ふむ」
「そして、キーパーの前、フィールドの中央にいる二人。
「ふむ。確かに彼ら二人は体つきががっしりとしているね」
「そして、
「
「えぇ。その二人はSB《サイドバック》。彼らの仕事はサイド、つまりフィールドの左右の端っこ縦ラインの守備、そして攻撃のスイッチを入れる事です」
「スイッチ?」
「ええ。SB《サイドバック》はフィールドの端でボールを貰って前まで駆け上がり、FW《フォワード》に点に直結する様なパスを出すこともあるポジションです。自陣から、相手の陣地まで幅広く走る必要があるため、豊富な運動量が求められます」
「SBはキツそうだ」
「確かにきついと思いますよ。ちなみに、今紹介した4人が、DF《ディフェンダー》と呼ばれる選手達です。次は、フィールドのど真ん中。センターサークルあたりにいる
「それは重要なポジションだね」
「ええ。高いパスセンスや、サッカーIQが求められるポジションです」
「私がサッカーをするならそこがいいな。面白そうだ」
「似合うと思いますよ。考えるのが好きな選手はここです。俺もプレイヤーの時はボランチでした。そして、ボランチの左右にいる二人、
「なるほど。MFは玄人向きのポジションだね」
「そうですね。そして最後はFW《フォワード》。まずは、WG《ウィング》と呼ばれる左右に張っている選手。ナイターズなら
「ストライカーというやつだね?」
「そうです。CFの仕事はシンプルです。何が合っても点をもぎ取る」
「単純だね」
「ですね。最近はある程度守備も求められますが、そもそもCFが何点も取れば負けることはありませんからね。決めれば賞賛、外したら罵倒。シンプルです」
「ふむ。理解できてきたよ。それで、フォーメーション4ー3ー2ー1というのは?」
「サッカーは、DFから順にフォーメーションを表記します。つまり、4ー3ー2ー1というのは、キーパーを除いて、後列が4人、中列が3人、前列が2人、そして最前列に1人というフォーメーションなんです。どんなチームにも基本的なフォーメーションがあって、それをベースに戦術を組み立てます。試合中にフォーメーションを可変する事をあります」
「なるほど。フォーメーションごとに効果的な戦術の違いがあるわけだ」
「そうですね。ナイターズの4ー3ー2ー1というツリー型のフォーメーションは中々珍しいもので、中盤の選手、つまりMFを効果的に使うものです。東峰大学の4ー2ー3ー1は、最も多くのチームが使っているものですね」
「なるほど。勉強になったよ」
「それは良かったです。お、そろそろ試合が大きく動きそうですね」
中盤でボールを受け取った外神が、大きくボールを蹴り出す。ピッチの後方から前方の遠藤まで一気にボールが渡る。遠藤はドリブルで東峰大の選手を引き剥がすと、中に切り込もうとするモーションを見せる。それを見た東峰大のCBが重心を右に向ける。その瞬間、遠藤は鋭いボールを真ん中に送る。
「良いセンタリングだ!」
有馬が席から立ち上がる。
ボールの落下地点には、坂本の姿がある。本来ならCBがマークしているが、遠藤が一人を釣り出したため、坂本の右側にはスペースが空いている。
もう一人のCBが坂本に詰め寄って、ドリブルを防ごうとする動きを見せる。
それを察知した坂本は落ちて来たボールをそのまま蹴った。
「ダイレクトボレー!?」
放たれた弾丸にも近いボールは、少し浮いてゴールポストに直撃。跳ね返ったボールを東峰大の右SB、赤里が回収。しかし、すぐにナイターズが奪い返すと、またもやセンタリング。次こそはと、坂本は右足を振り抜く。縦回転のかかった弾丸シュートは、キーパーを超えて、ゴールネットに吸い込まれた。
「っしゃぁ!」
坂本の雄叫びがフィールドに響く。
ナイターズの先制だ。
「いやぁ、良いゴールだね。あのコースは止められない。よくふかさずに撃ち抜いたよ」
夜月と有馬は素直に拍手を送る。
「そんなに難しいゴールなのかい?」
「えぇ。ダイレクトボレーシュートはかなりのスキルが必要です」
夜月が話す前に、有馬が語り出した。
「サッカーの基本はトラップ。つまり、止める事なんです」
「止める?」
「はい。足元にボールを収めて、次のパス、ドリブル、シュートに繋げる。足元に収めると、余裕ができますよね。だからこそ次のプレーの精度が上がります。もちろんトラップも難しいです。勢いのあるボールや、高いボールをぴたりと止めるのは至難の業です」
「ふむ」
「ですが、ダイレクトボレーは精度の良いシュートを一秒にも満たないタッチで撃たないといけないんです。それも上手くミートしないと枠から大きく離れた所に飛んでいきます。ロケットのように飛ぶことから、サッカーファンには宇宙開発と揶揄されたりもします」
「つまり、一度はポストにあったとはいえ、惜しいシュートだったし、二本目は完璧に決め切るのは、まさにストライカーという事だね」
「そうですね」
「しかし、このままでは順当にナイターズが勝つんじゃないかい?」
「ところがそういうわけじゃないんですよ。むしろ、この得点で負けに向ったとも言えますね」
夜月が笑ったところでホイッスル。前半が終了した。
東峰大学のメンバーがベンチに引き上げて、夜月を囲むように集合する。
「よっし。前半を1失点で折り返せた。このまま後半に入ったら、多分俺の予測通りになる。そうなればこっちの勝ち。とにかく後半立ち上がりの5分耐える事!行けるな?」
「おう!」
「まかせろ!」
「それじゃあ、後半、勝ちに行くぞっ!」
「「「おおっ!」」」
・
「それでは後半を始めます!」
ホイッスルが鳴り、後半開始。東峰大学がボールを蹴る。いきなり攻撃を仕掛けることはなく、キーパーに戻して、最終ラインでボールを回す。奪われれば即失点に繋がるが、ギリギリのところでナイターズのプレスを掻い潜りボールを回す。
「赤里」
「よっしゃ」
左から右へとサイドチェンジ。しかし、それを読んでいたかのようにボールを回収。焦ったのか赤里が後ろからユニフォームを引っ張ってしまい、ナイターズにフリーキックが与えられる。
「ナイターズの方は、右サイドを狙い目にしているね?」
村田が夜月に聞く。基礎的なポジションの説明を受けたばかりとは思えない成長ぶりだ。
「そうですね。左サイドは調子が良いですけど、右の調子は良くない・・・ですからね」
ナイターズのフリーキックは風に煽られたこともあり、ゴールの右側に大きくそれた。
・
「有田っ!」
東峰大のSB、阿久根からパスを受け取った有田は、敢えて大きくトラップし、背中にベッタリとついていた
「行かせるかよっ!」
袴田が体を寄せてボールを奪おうとするが、その直前で有田はパスを出した。
その先にいるのは、CFの竹内。竹内は有田のボールをトラップする。少し大きくなってしまったが、構わずにシュートを放つ。
「おあっ!」
鈴木が思い切り飛ぶがボールに追いつくことはなさそうだ。しかし、ボールはゴールポストにぶつかってしまう。ゴォン!と、鈍い音を上げながらボールが跳ね返る。
「っふぅー」
淀川がボールを回収する。淀川は一気に前線にボールを送る。が、精度を欠いたボールはラインを割って東峰大のスローインになる。
「よし、有田ぁ!」
スローインのボールを有田が貰い受ける。有田が前を向くと、前へのパスコースを防ぐようにDFが動き出す。
「ふっ」
有田は横へパスを出す。ボールを受け取った左SHの佐原は自分の周りにできた縦のスペースを一気に駆け上がり、センタリング。高く上がったボールをゴールネットに収めるには頭で叩きつけるしかない。
CBの二人が竹内にゴールを決めさせまいと前に飛ぶ。
「へへっ」
先に飛んでいる竹内は笑うと、ボールに触れる事なく、むしろ空中でボールにぶつからないように避ける動きを見せた。
触れられなかったボールはそのまま右に流れ、右サイドから駆け上がっていたWGの野田の足元に収まる。
「オラァ!」
ドフリーで放たれたシュートは豪快にゴールネットに揺らした。
「よぉし!」
夜月は大きくガッツポーズする。
後半6分。見事な同点ゴールである。
「お見事!」
村田は拍手する。
「彼は今日は調子が良くなかったようだけれど、よく仕事をしたね」
「ふふ。村田さんもそう思いますか?」
「どういう事だい?」
「これは戦術です。東峰大学は、前半を通して、ナイターズの守備の比重を左に傾けたんですよ」
「?」
「試合開始前に、前半は基本的に左サイドからの攻撃を中心にするよう選手達に要求したんです。そしたら後半右にスペースが開くからと」
「そんな事ができるのかい?」
「普通に考えたら厳しいでしょうね。しかさ実際にできてしまっているんです。しっかりと考えるチームならこの子供騙しのような戦術は通用しません。でも、今のナイターズの選手は極端に失点を恐れている。簡単にいうと、去年の得点と失点両方ともリーグワースト1位な事を引きずっているんですよ。とにかく失点したくない。先制したのなら尚更。そんな思考に支配されれば、選手は必然的にボールウォッチャーになっていきます。極端に視野が狭まるんです。つまり、考えなくなる」
「本当にそんな事が・・・」
「ボールを潰せば失点はしない。そんな本能レベルの思考だけでボールを追いかけてます。その証拠にキーパーのコーチングを聞き流していました」
「・・・」
「ですが、この失点を通して、ピッチの中にいるナイターズの選手は考えてると思います。何故失点したのか。今は冷静じゃないだけで、彼らは馬鹿じゃない」
「ほぅ」
「これは、同じカテゴリーや上のカテゴリーのチームに負ける事に慣れている今、自分たちより下のカテゴリーに属するチームにやられてようやく考えられる事です。残念ながら、ナイターズはそんなところまで堕ちてしまっていました」
「・・・」
「この試合はアイツらに全力で勝ちに行きます。その上でしっかりと考えることができるなら、俺はこのチームを上に導けます」
夜月は立ち上がって、ベンチから声を送る。
「東峰大!こっからだぞ!プロをぶちのめしてみろ!」
試合は、さらに熱を帯びていく。
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