第二話 「新監督」

「えー、夜月彰人やづきあきと、22歳。トップチームどころか、プロクラブでの監督経験はありませんが精一杯頑張ります。どーぞよろしくお願いします」

渋谷のとあるビルに間借りしている東京ナイターズFCの事務所で夜月は、クラブの会長である荒川に挨拶を済ませた。

昨日の一件から一夜明けてのことである。善

「・・・おお、夜月くんか。久しぶりだな元気にしていたかね」

荒川はにこりと笑いながら握手を求める。

「えぇ。おかげさまで元気にやらせてもらってます。会長も相変わらずお元気そうで何よりっす」

夜月も手を伸ばして握手した。

「それでは早速だけれど仕事の話をしよう」

荒川は引き出しの中から取り出し数枚の書類を机上に滑らせて夜月に渡す。

「これが正式な契約書になる。サインをすれば契約成立だ。わかっているとは思うが我がクラブには金がない。君も、そして君が連れてきた有田という選手にも満足な給与は払えないぞ?」

提示された給与は本当にどうにか食っていけるかどうかといったレベルだ。

しかし、夜月はにっと笑って見せた。

「分かってますよ。でも確かに俺はともかく、選手もこの給与では満足しねーでしょうね」

「ならば監督を辞めるか?」

「いいや。俺がこのクラブを育てて、5年後にはこのクラブの名を全国に轟かせてやりますよ。俺も会長も5年後には豪邸に住んでますよ」

「ははは。楽しみにしているよ・・・それともう一つ」

「まだ何か?」

「君と言う監督が見つかったことで今年こそチームは存続したが、それも今年までだ。今シーズンでJリーグに上がれなければチームも、君のキャリアもお終いだよ」

「・・・分かってますよ」

「それじゃあ次こそは、逃げ出さずに精々頑張ってくれ」

「・・・」

煙草を吸いに出かけた荒川を見送って、夜月と有馬はクラブの練習に向かった。

  


「ねぇ、先生」

「どうした?」

有馬の運転する車の助手席に座ってカフェラテをちびちび飲みつつ、クラブ所属選手のデータを確認しながら夜月は話しかけた。

「会長ってあんな嫌味な人たったっけ?俺がアンダーにいた時はもっと優しいイメージあったけど」

「ははは。確かにな。まぁ会長もストレスが溜まっているんだろうな。ま、それもクラブの順位が良くなれば機嫌も治るだろうさ」

「そんなもんっすか」

「あぁ。よし。練習場に着いたぞ」

有馬は車を停めてエンジンを切る。場所はとある大学の駐車場だ。地図を見ると港区と表示されている。

「え?練習はクラブの練習場でするんじゃないんすか?」

月夜が聞くと、有馬は申し訳なさそうに頭を掻く。

「それがな、お前たちがいた頃のクラブ専用練習場は、去年J1のクラブに売却したんだ」

「まじ?」

「マジだ。だから今は練習場を貸してくれる大学や施設を転々として練習してるんだ」

「へぇ」

二人は車を降りて、練習場を提供してくれた大学の監督に御礼をしてから練習場に向かう。

選手達は夜月の存在には気が付かずに練習に励んでいる。


外神とがみさんっ!」

「サイド警戒しろ!」

「プレス嵌めろ!」

選手達が声を掛け合いながらボールを回している。どうやらミニゲームをしているらしい。

「ふーん」

夜月は値踏みするような視線をピッチに送る。その時、駐車場の奥の方からガヤガヤとした声が聞こえた。

振り向くとそこには、東峰大学サッカーサークルのメンバー勢揃いしていた。その中心にいるのは有田だ。

「あ、彰人ようやく来た!」

「なかなか来ないから練習出来ずに、宗也困ってたんだぜ?」

などと言いながらメンバーが夜月に詰め寄る。

「ワリ・・・ところでなんでお前らも練習着なんだよ?」

「いやぁ、宗也がプロチームの練習に参加する姿を見たら絶対俺らも動きたくなるだろうから、どっかでボール蹴れるように準備して来たんだよ」

「へぇ」

そんな話をしていると、有馬が夜月と有田に声をかける。

「それじゃあ彰人も、有田も練習に合流しよう」

「待って」

しかし、夜月が有馬の肩をがっしりと掴んだ。

「もうちょっとあいつらの練習が見たい。あ、でも有田は一応アップしといて」

「何か狙いがあるのか?」

有田が問う。

「・・・まーな」

夜月はいたずらな笑みを浮かべた。



練習の様子を上から確認できる大学の校舎の一室がちょうど空いていたため、夜月と有馬はそこから練習を眺める事にした。

選手の声もきちんと聞こえて内容もしっかりと見える良いロケーションだ。

キーパーのコーチングを中心に選手達がコミュニケーションを取り合っている。

「おら、そこスペース空いてんぞ!」

「リスクを負うな!失点が多すぎる課題を解決するんだぞ!」

「そこ、もうちょい早くパスくれ!それじゃあ点が取れない!」

「そこのトラップいる?ワンチで流せよ!」

選手達の声を聞いて、練習を見ながら夜月は何やらメモをしている。

「おー、みんな鬼気迫るって感じだねぇ」

メモをとりながら練習を眺める夜月は面白そうだ。

「そりゃあな。選手達も今年がチームの限界って事に気が付いてる。是が非でもJに昇格しようとしてるんだよ」

「だね。それにしてもウチのチーム、選手はそんなに悪いってわけではないんだね」

「え?」

「なになに?先生はナイターズの選手は他のチームに比べて劣ってるって思ってるの?自分がGMなのに?」

「いや、そういう訳ではないけど。ウチのチームは去年練習場を含めて色々売却して補強して、今年はユース上がりしか補強がないから去年と選手が入れ替わってない。それで去年は散々な成績だったらな。つい」

「ふ〜ん。でも例えばアイツ、SBの外神かな。彼は周りがよく見えてる。今のパスも中々良かった。あれはJでも通用するスキルだと思うよ。それ以外の選手も個人の能力だけならJFLの中で決して低水準じゃない。それでもチームとして弱いのは・・・」

「弱いのは・・・?」

「まっ、それはすぐにわかるよ。それじゃあそろそろ練習に行こう」



練習に区切りがついて休憩に入ったタイミングで夜月は選手の前に姿を見せた。

これまで臨時で指導をしていたコーチの水野が選手に集合をかける。

「俺が監督の夜月彰人だ。殆どの選手より年下だけど監督の威厳って事でタメで話すね。あ、でも選手のみんなも俺にはタメで話してくれていいから」

と、軽い調子で自己紹介を済ませ、有田にも自己紹介しなと促す。

「有田宗也です。東峰大学という大学で彰人に師事してました。ポジションはボランチです。よろしくお願いします」

パチパチとまばらな拍手が起こる。夜月はそれを聞いてからよし。と一回手を叩く。

「それじゃあ早速だけ練習に取り掛かりたいところだけど、その前に一つ。君たちの練習をしばらく見させてもらった感想を伝える」

夜月は敢えて勿体ぶるように間を置いてから口を開く。

「このままだとナイターズは今年も下位グループ確定だよ」

その発言で一気に辺りがざわつく。それも無理はない。有馬も水野も、何言ってるんだあんた!と言った表情を浮かべている。

「いきなりそんな事言う監督がどこにいるよ!彰人ぉっ!!」

小柄な選手が距離を詰めて夜月の胸ぐらを掴んだ。

麗音れおんか。久しぶりだな」

しかし夜月は気にしていないようだ。むしろ片手を上げて笑顔で挨拶すらしている。

「久しぶりだなじゃねぇよ!テメェはどの面下げてこのチームに戻って来たんだ!」

「・・・」

「なんとか言えよこのっ!」

麗音と呼ばれた選手が拳を握って殴りかかろうとする。

「待てっ!」

拳が夜月に直撃する直前に、麗音を制する野太い声が発せられた。

「そう簡単に人に手をあげるな!」

「キャプテン・・・すいません」

麗音が頭を下げる。

「まぁ良い・・・改めて監督、初めまして。東京ナイターズFCのキャプテン、坂本真一だ」

坂本は、どこかオーラを感じるそんな男だ。

「まずは先ほどの麗音の行為を詫びよう。あれは選手としてやってはいけない事だ。だが、先程の監督の発言は選手として、キャプテンとして納得出来ないものがある」

「というと?」

「我々は今年で絶対にJリーグに上がるために、強度の高い練習を行っている、そんな一瞬で下位グループだと決めつけらるのは心外と言う事だ」

「うん。そりゃあごもっともな意見だね。でも、俺は断言するよ。このチームは下位に沈むと」

「・・・」

夜月は選手達の表情を見渡してからふっと笑った。

「全員納得いかねぇって顔だね。まぁいいさ。東峰の奴ら、全員来て!」

夜月が声をかけると、離れたところで様子を伺っていたメンバーが恐る恐るピッチに入って来た。

「俺の言うことが正しいと示すために、十分後に、ナイターズ対東峰大学でゲームをやろう」

「はぁ?」

どちらともの選手から大きな声が放たれる。

「これは監督命令ね。試合はもちろんトップメンバーを出してね。ナイターズの指揮は水野コーチがとって、俺は東峰大の指揮を取る。前後半20分ハーフでやるからそのつもりで。それと、有田は東峰側に入って」

「分かった」

お互いが別れてベンチに座る。

「なぁ、彰人。流石にJFLのチームには勝てないって!」

東峰大学のメンバーは慄いている。だが、夜月はそんな事無いよと言ってホワイトボードを取り出す。

「俺の戦術で戦えば、充分勝てる。いつもそうだったろ?」



十分後、メンバーが揃ってピッチの中に入る。

審判はナイターズのフィジカルコーチである針山が行う。

「なぁ彰人。流石に大学生がウチのチームに勝つのは不可能なんじゃないか?」

有馬が話しかける。

「なんで?」

「なんで?いやまぁ理由を言うのは難しいけどさ・・・」

「これまでの歴史を振り返ると、大学生がJ1のチームを倒してる事だってあるんだよ?ちゃんとした戦術を練ったり、相手の弱みをつけばジャイアントキリングは可能なんだ」

「!」

「この戦いは、それをナイターズの選手に示すための戦いだよ」


ピーッ!


針山がホイッスルを吹く音が聞こえた。


試合開始だ!

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