第一話 「どん底のチーム」

『東京ナイターズ・フットボールクラブ』通称東京ナイターズは、日本の首都である東京。その中でも特に栄えている渋谷に本拠地を構えるフットボールクラブである。トップチーム、Uー18、Uー15、Uー10の4つのチームを運営し、トップチームはJリーグへの参入を目標にしてJFLでの戦いに臨んでいる。

チームの成績は可もなく不可もなく。歴代の最高成績は15チーム中3位。だが近年だけで見ると成績は急降下していた。昨年の成績は15チーム中13位。結果が伴わないため観客も減り、善意で出資してくれているスポンサーの数も大幅に減少。

Jリーグ昇格など夢のまた夢と言われも反論できない状況に陥っている。

 

そして・・・・


「ええ!?困ります!」

二月の寒い空気を切り裂くように、渋谷のとあるビルの中に入っている東京ナイターズFC事務所に男性の大きな声がこだまする。

「お願いします。今年だけでも何とかなりませんか?・・・そうですか・・・失礼します」

肩を落としながら男性、有馬裕也は受話器のボタンを押して通話を切った。

「どうしたの有馬さん・・・まさか?」

その様子を見ていた女性の川上結衣が恐ろしげに聞く。

「そのまさかだよ。渋谷鉄鋼が出資を打ち切るって」

「これでウチのチームは・・・」

「うん。メインスポンサーのトーキョードリームさんと、渋谷区からの支援金のみでチームを運営していかないといけない」

「そんな!」

「仕方ないよ。だけど、Uー10、15に続いて18も解散せざるを得ないな。今はトップチームだけで精一杯だ」

下唇を震わせながら絞るように声を出す有馬。チームのゼネラルマネージャーとして全く貢献できていない事が悔しくてたまらないのだ。

「会長」

有馬が立ち上がると会長の荒川真一は一つ頷いた。

「話は聞いていたよ」

「すいません。私の力不足でチームがこんな状況になってしまって」

「いやいや、君の責任じゃない。だが、チームもここまでかも知れないな」

初老の荒川は悲しげに、しかし現実を受け入れようとした顔で有馬たちに話しかける。

「会長!弱気にならないでください!会長が弱気になったら本当にチームが終わっちゃいますよ!騎士ナイトのエンブレムの誇りを忘れたんですかっ!」

川上が立ち上がって思いを伝える。だが荒川は冷静にその発言を聞いて返事をする。

「君の気持ちはもちろん分かる。しかしね、私たちのチームは弱く、その上お金もないときてる。悔しいけれど、もはやどうすることも出来ないんだよ」

「トップチームがJリーグにさえ上がれば可能性はあるじゃないですか!」

川上が諦めきれず熱を帯びた声で説得を試みる。だが、荒川の胸には響かないようだ。

「確かに、Jリーグにさえ上がれれば助成金も増えてチームは存続するだろう。しかしそれは夢物語なんだよ。一ヶ月でリーグが開幕するというのに給料の問題で監督すらいないチームには無理だ。代理の水野コーチだっていつ辞めるか分からないんだぞ?」

荒川はチーム解散についての書類に押印しようと印鑑に朱肉を付けた。この印鑑が押された書類を提出した瞬間にこのチームは終わる。

そのカウントダウンが刻一刻と迫り、印鑑が押される刹那、有馬の声が事務所に響いた。

「持ってください!」

「・・・有馬くん。君までどうしたんだい?」

「選手はいる。ならば、監督さえ居ればチームは戦えますよね?」

「そうだな。雀の涙程度の給料で弱小チームの指揮を取ろうとする物好きがいればの話だがね」

荒川が厳しく言う。

「一人、アテがいます。どうか明日まで待ってくれませんか?お願いします!」

有馬は荒川の前に走って土下座してみせた。

その姿を荒川はじっと見つめ、煙草に火をつけた。

「分かった。1日だけ待とう。だが、監督が見つけられなかった時点でチームは解散だ。いいね?」

「はい!」

荒川はあー、やれやれと呟きながら事務所を出て行った。

有馬はふぅ。と息を吐いて椅子に深く腰掛ける。その肩を川上がわしゃわしゃと掴む。

「有馬さん、アテがあるって一体誰なんですかー!」

「結衣ちゃん。ちょっとあんまし揺らしすぎないで・・・」

「でもホントですよ。一体誰なんです?」

強化部の織部誠おりべまことがパソコンと睨めっこしながら聞く。有馬はその問いににやっと笑いながら答えた。

「元々U《アンダー》の監督をしていた君ならよく知っている人物だよ」

「まっ、まさか・・・」



「サイド!フリーッ!」

人工芝のピッチに声が轟く。その声に呼応して一人の男がパスを出す。

「らあっ!」

転がってきたボールをダイレクトで蹴ると、そのボールはゴールに吸い込まれてネットを揺らす。

「「うおおおおおおおおっ!」」

選手と観客の声が綺麗に重なった。

ここは赤山学院大学サッカー部のピッチ。パソコンで文字を打つことで表示できる電光掲示板には『赤山学院1ー3東峰大学』という文字が書かれている。

「いやぁ、まさかここまでとはなぁ」

大学サッカー通の男が興奮のあまり足をカタカタと揺らしながら呟く。それも無理はない。大学サッカーに詳しい人なら驚きのスコアなのだ。

赤山学院は大学サッカー界の中でも名の知れた強豪校。それに対して東峰大学はほとんど無名の大学だからである。

「さぁ、最後まで気ぃ抜くなよ!」

選手間で引き締めあって、赤山学院の選手が放ったシュートを押さえたキーパーがたっぷり時間をかけて大きく蹴り出す。

ピピーッ!試合終了を知らせるホイッスルが鳴り、東峰大学の選手の喜びの声が溢れた。

 

審判や観客への挨拶を済ませた後に、選手達がチームベンチに集まる。紫色のユニフォームを着た東峰大学の選手が集まった先にいるのは監督の夜月彰人やづきあきと。茶髪で少し猫背。選手と歳の変わらない大学生だ。

「彰人〜。ありがとな!お前のおかげで最後の試合大金星だぜ!」

選手の一人が笑顔で感謝を伝えると、周りの選手もうんうんと頷いた。

「人数集まらなかったからチームは廃部になるけど、最後にあんな強豪校に勝てるなんて思ってもみなかったよ。ありがとう」

「あぁ。本当に良い思い出ができたぜ!しかも、有田はボランチなのに大会得点王だぜ!俺たちの学校から得点王が出るなんてな!」

大学サッカー交流戦。間も無く卒業する四年生が最後に戦う大会で、東峰大学は史上初の準優勝い輝いた。

人数が集まらず廃部が決まっている部活が最後にこんな躍進を遂げるとは誰も予想していなかった。

次々と述べられる感謝の言葉。その言葉を受けて夜月はにこりと笑う。

「よせよ。この結果はお前らの努力の成果だよ。有田以外はほとんど素人の中で四年間ずっと努力できるのは並大抵の根性じゃできないでしょ。俺はたった一年間横から口出ししただけだ」

「そんな事言うなよ彰人。俺は強豪校で三年間一度もレギュラー掴めなくて、大学でもずっとスランプだった。そんな俺の才能を見出したのはお前だ。子供の頃の夢だったプロにはなれなかったけど、最後にめちゃくちゃ楽しいサッカーができて良かった。ありがとう」

有田宗也が深々と頭を下げた。

「やめてくれ。俺は本気でお前をプロに行かせたかった。俺はそれが出来なかったんだよ」

夜月は悲しそうに目を伏せた。

「・・・」


喜びムードが一転して重苦しい空気になった。次にどう発言するべきか、全員が周りの様子を窺っている。


「あ、見つけた!」

 

訪れた気まずい沈黙を破ったのは有馬の大きな声だった。

声があまりにも大きいので選手数人が一気に振り向く。

「誰だあの人?」

「知らね」

選手達がこそこそと話すが、そんなものは関係ないと言わんばかりに有馬はズンズン進んで月夜の手を取った。

「久しぶりだな。彰人!」

「先生。確かに久しぶりっすね。会えて嬉しいっす」

月夜が急に現れた謎の男の手を取ったため、選手達は驚いて目を見開いた。

「彰人、この人誰?知り合いか?」

一人の選手の問いに、月夜が答える。

「この人は有馬さん。俺がクラブユースでやってた頃の先生だよ」

「クラブの先生・・・あー、お前が元々プレーしてたナイターズのか」

「そ。それにしても先生、いきなりこんなところに来てどうしたんすか?まさかチームを首になったとか?」

「・・・」

ずばりと聞かれ、有馬は少し気まずそうに頭を掻きつつ、カバンから書類を取り出した。

「相変わらずの減らず口だな・・・と言うのは今は置いておこう。今日はお前にこれを渡しに来たんだ」

「これは・・・?」

 

「単刀直入に言う、東京ナイターズFCの監督にならないか?彰人」


その発言に対して最初に反応したのは、月夜自身ではなく、東峰大学の選手の方だ。

「すげえっ!」

「ちゃんとしたチームに認められたって事じゃん彰人!」

「いやぁ。分かっちゃいたけどやっぱ彰人は凄いんだな。名監督になれるって!」

選手達はワーっと盛り上がる。が、当の夜月は喜んでいるようには見えない。

「俺がJFLトップチームの監督?無理っすよ」

むしろ本人は監督打診の話をバッサリと切り捨てた。

「何故だ?お前はユースで選手でありながらチームに的確な指示を送り、ユースリーグで準優勝した。それに、今だって・・・!」

「結果は準優勝。優勝じゃない。今回の大会だって準優勝。それに、今の俺の目標は有田をプロに送るまで成長させる事。有田には才能があるってのに、それすら出来てない俺に監督をする資格はないっす」

一度受け取った書類を有馬に突き返す。

「そして何より、俺はあのチームから逃げたんだ。いまさらチームには戻れませんよ」

夜月の意思ははっきりとしている。だが、有馬も引き下がらない。

「恥ずかしながらウチのチームは経済的に大ピンなんだ。補強どころか監督すらいない。そんなチームを救えるのはお前しかいないんだ。頼む!」

「先生、頭を上げてくれ」

「いや、俺は全力で頼みにきた。そう簡単に頭は上げられない!」

このまま平行線の話し合いが続くと思われる。

果たして有馬は実に五分間も黙って頭を下げ続けた。

ついに根負けしたのか夜月はゆっくりと口を開いた。

「先生、俺が監督にならなかったらチームはどうなる?」

「え?」

「ナイターズの経営が上手くいっていない事は俺も知ってる。実際アンダーチームは解散続きで、18とトップチームしか稼働してないっすもんね」

「あ、ああ。我が東京ナイターズFCは明日までに監督が見つからなければ解散だ」

「・・・解散?それはマジって言ってるんすよね?」

「あぁ。それがウチのチームの現状だよ」

「そっか」

夜月はしばらく考えて、ゆっくりと口を開いた。

「・・・よし分かった。監督の仕事を引き受けましょう!」

「おお!」

選手の何人かが拍手する。

「ただし、条件が一つ」

月夜はピッと指を立てる。

「条件?それは一体何だ?」

有馬が聞く。

「簡単なことっす。ウチの有田をチームに所属させる事」

「え!?」

「彰人、お前・・・」

「有田。お前が俺のチームに入ってくれるなら、次こそ俺がプロ選手にしてやるよ。お前が良いなら俺についてきてくれないか?」

有田が目頭を抑える。

「本当に、俺がプロになれるのか?」

「あぁ。次こそは必ず・・・てな訳で先生。俺、監督するよ」

「・・・彰人」

「任せてくれ。俺が監督になったからには、クラブを必ずJリーグに上げてやる」


こうして東京ナイターズFCの監督になった夜月と、選手として加入することになった有田。


彼らの加入がどん底のチームにどのような影響を与えるのか。チームが大きく変革する。

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