終章

終章

「まったく、こんな目にあうとは思わなかったよ」

 そう言って苦笑しているのは、スタンティムだった。ゆったりとした衣装はナトゥラ諸島のものだった。髪も短くなり、ふくらはぎには幾何学模様の刺青が入っている。

「もっとひどい目にあってたかもしれないですからね、そこは我慢してもらって」

 テレプはニコニコとしていた。

「そう言うがなあ」

 「来訪神」の生き残りは基本的に罪人の扱いとなり、自由は与えられなかった。スタンティムだけは功績も認められ、特別な役目を負わせることで免罪された。

「本物の通訳が育つかもしれないですからね。僕は楽しみですよ」

 スタンティムに与えられたのは、彼の母国語を残す、というものだった。語り部に対してナトゥラ諸島の言葉と母国語を交互に話し、語り部がそれを記録する。いつの日かまた異邦人が来るのに備え、そしていつの日かまた外海に調査に行くことにも備えていた。

「お前みたいに俺の魔法を使える奴が増えればいいんだが」

「魔法なしで言葉がわかるのは、きっと素晴らしいですよ」

 二人は、レ・クテ島の砂浜にいた。二年前、海竜が最初に現れた場所である。

 そして、テレプの師匠が立ち続ける場所。

「今回も変わらないな。動く様子がない」

「それでいいです。いつの日か、大魔法使いになった僕の姿を見せたいですね」

「ふっ。もうなっているのかもな。今からルイテルドに帰るのか?」

「ええ。ルハが待ってますから」




「たまには王を辞めたいなあ」

 自室で寝ころびながら、四代クドルケッド王はつぶやいた。

 二年前、三か月にわたる攻防の末に、彼は実権を取り戻した。そして五代を名乗った弟と、それに味方した息子は処刑した。

 ナトゥラ諸島のためにはそうするしかないと思った。海竜との約束を果たさなければならないという気持ちも大きかった。しかし常に、王は王としての仕事をしたいとは思っていない。仕方なくするだけなのである。

 多くの人々が傷ついた。いまだに火種も残っている。

 王の改革に反対する者もいる。昔ながらの身分差は残すべきだと思っているものも多いし、兵に女性を登用することも随分と反対された。

 それでも、王は自分の意志を貫き続けた。そうやって生きていこう、皆の前では堂々としていようと決めたのである。

 ただ、一人の時には存分にだらだらとする。

「本当に辞めたいなあ」

 ナトゥラ諸島に、夕日の時間が訪れる。




   「ナトゥラ諸島の海竜」完



参照

印藤道子『島に住む人類』 (2017) 臨川書店

小野 林太郎 「島世界の葬墓制とホモ・サピエンス<共同研究:島世界における葬送の人類学:東南アジア・東アジア・オセアニアの時空間比較> 」民博通信 Online 172 8-9, 2023

海域アジア・オセアニア研究 東洋大学アジア文化研究所拠点 「海辺居住のレジリエンス―海域アジア・オセアニアにおける地域間比較」 アジア文化研究所研究年報 58巻 , p. 205-211, 2024

ファブリス・アルグネス他 吉田春美訳『地図で見るオセアニアハンドブック』(2023)原書房


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ナトゥラ諸島の海竜 清水らくは @shimizurakuha

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