第10話 迷宮について

「《迷宮》、《迷宮の核》の破壊……」


 ティエラの言葉をポツリと反芻する。


 《迷宮》――それは、今からおよそ二百年以上も前に起こったとされる、地球への魔力の流入。それによって起こった天変地位以降、発生が確認されている次元の裂け目のことだ。

 次元の裂け目は放っておけばその範囲を徐々に拡大していき、次第に強力な魔物を解き放つことになる一種の時限爆弾のようなものだ。


 そのため、《迷宮》の発生を確認すれば、すぐに政府から《探索者協会》へと即座に《迷宮》の攻略および、破壊を目的とした命令が下される。

 そして、《迷宮》を破壊するには、《迷宮》の最奥にある《迷宮の核》――宝石や道具であることが多いそれを持ち出す必要がある。そうして初めて、《迷宮》は崩壊を始めるのだ。

 なにより大事なのはこの《迷宮の核》は、それ一つで人智を超えた力を有しているということ。


 実際に《迷宮の核》の一つである《天上の焚火プロメテウス》により、日本は自国はおろか、全世界への安定的な電力の供給を可能としてしまった。

 しかも、この《天上の焚火》は薪や石炭などを投下せずとも無限に燃え続けるため、資源の消費を必要としないのだ。

 《核》の全てが《天上の焚火》レベルの物とは限らないが、少なからずそれに近しいものである。それを破壊するとなれば、確かに重大な罪になるだろう。


「私はどうしても《迷宮》に行きたいの。行かなくちゃならない。誰よりも早く、《迷宮》を攻略してを破壊しなければ……」


 ティエラは視線を下に下げて、握り拳を作ってみせた。自分の決意を今一度確認するためだ。

 その行動が、彼女にとってその目的がどれだけ重要なものなのかをリュートに理解させるのには充分すぎる。

 だからこそ――


「それなら、俺と組むのはあまりオススメはできない……かな」

「え?」


 リュートは彼女の目的を聞いた上で、自分と組むのは得策ではないと判断した。

 

「ど、どういうことよ! 貴方、約束したわよね! 話を聞いて辞めたは無しって!」

「あ、ごめん。言い方が悪かったよ。俺は別にその話を聞いた上で、自分から降りることはしないよ。でも、ティエラさんにとって、俺と組むのは不利益になる」

「そ、それは……どういう……?」

「えと……まぁ、なんというか…………。俺、《迷宮》に潜れないんだ…………」

「ふぇ……?」


 リュートは申し訳なさそうに頬を掻きながら、視線を逸らした。


「そもそも……《探索者協会》が《迷宮》についてどう扱ってるかは知ってる?」

「……知らないわ」

「ええとね、《迷宮》っていうのは《遺跡》と比べても危険度が高いし、重要度も段違いだから、《迷宮》に潜れるランクを明確に定めてるんだ」

「ランク……?」

「そう。《迷宮》に潜るには、最低でもCランク探索者であることが条件なんだ。俺はDランクだから、《迷宮》に潜ることが許されてないんだよ」


 冒険者にもランクがある。魔物と同様、EからSランクまでの六段階に分かれているのだ。

 このランク分けの意図は単純で、より優秀な探索者を見分けやすくするためである。EランクとSランクでは、実力もそうだが入ってくる仕事の質が違いすぎる。

 EとDですら、その差はかなり大きいのだ。


 その中で、《探索者協会》は《迷宮》に潜る条件として最低Cランクであることを設定した。

 理由は至極明快。《迷宮》はさまざまなギミックと、強力な魔物のオンパレードだからだ。《迷宮》にいる魔物は軒並みCランク以上の危険度を有している。

 だからこそ、ある程度経験と実力のあるCランクからが潜れる最低ラインとされたのだ。


「でも、DからCならたった一つランクを上げるだけでしょ? そんなに難しいことでもないんじゃ……」

「いや、簡単じゃないんだよ」


 ティエラの疑問も尤もだ。

 一つランクを上げるだけなら、そんなに難しい事のように思えないだろう。

 だが、実際はそうではない。


「EからDに上がる……っていう話ならすごく簡単なんだ。なにせ、ある程度実績を残して、昇級試験に合格すれば良いからね。でも、DからCに上がるってなると条件も変わってくるんだよ」

「条件…………。……ちなみに、その条件っていうのは?」

「まず一つは実績。これはどのランク帯でも基本は変わらない。で、もう一つが最低四人以上のパーティを組むことなんだ」

「なるほど……じゃあ、仲間を集めなきゃならないってことね」

「そういう事になるかな」


 リュートの話にティエラは何度か頷きながら、顎に手を当てて何か考える素振りを見せる。


「で、ここで問題になることがあるんだ」

「……問題? 仲間集めなら、《探索者協会》に出向けば色々一人で活動してる探索者はいるんじゃない?」

「いや、まぁ……そうなんだけど……。俺、実はさ……かなりの不幸体質で、それが悪名として広まったせいで今の今まで一人で活動してたんだよ……。だから、仲間集めは厳しいかもなぁ……と」


 リュートの懸念点はそこだった。今まで、何度かパーティを組もうとはしてきた。実際、あと少しでパーティ成立というところまで漕ぎつけた事もある。

 だが、決まってその直前に魔物の大量発生やら、地盤の崩落やらに巻き込まれ、気付けばパーティの話は破談となってしまうのだ。


「なるほど……。だから、貴方と組まない方が良いのね」

「悲しいけど、そういうこと」


 ティエラは何か言葉のカバーをすることもなく、ただ淡々と情報の整理だけをしている。

 なにか慰めのような言葉があっても良いんじゃないかと、リュートは不満に思いながらもそれを口に出すことはしなかった。


「それじゃあ、今後の話をしましょうか」

「え? 今の話聞いてた? 俺と組まないほうが……」

「聞いてたわよ、失礼ね。聞いた上で、貴方といる方が色々都合が良さそうなの。貴方のその不幸体質。それを活用すれば、より早くあの《核》に辿り着けるかもしれない。なら、それを利用しない手はないわ」


 ティエラはあくまでリュートの価値にのみ、焦点を当てていた。リュートと組むデメリットを聞いた上で、それ以上にメリットの方が大きいと判断したのだ。


「それになにか勘違いしてるみたいだけど、私は探索者の登録もしてないから、貴方よりも土俵は下なの。だから貴方の言う問題もさしたる障害じゃないわ。なんだったら、私のほうが足を引っ張っちゃうわよ」

「あ、確かに。言われてみれば、そうか」


 リュートはそこでティエラがまだ探索者ではないと言う事実を思い出した。ティエラがすでに探索者であり、リュートと同じDランクだと仮定してしまっていたのだ。


「となれば、早速探索者申請してちゃちゃっとCまで上げないとね。さ、行きましょ、リュートくん」


 ティエラはやる気満々と言った様子で、立ち上がり外へ出る準備を始める。彼女としては、今すぐにでも《探索者協会》に行って探索者になり、実績をある程度積んでDランクに上がりたいのだろう。

 だからこそ、ここで水を差すのは憚られるのだが、リュートにはどうしても言わなければならない事があった。


「あ、あのぉ……少し、言いづらいんだけど。俺、三日は探索に参加できないんだ…………」

「…………は?」

「じ、実は……武器が壊れてて、三日後に新しい剣が届くことになってるんだ……。だから、探索者登録するのは今日でも良いんだけど、探索開始は三日後になるかな……」

「嘘……でしょ? じゃあ、探索はお預け? こんなにやる気満々なのに?」


 ティエラは行き場のなくなったやる気をどうにもできず、その場に力なく崩れ落ちた。

 いや、一応一人で探索するという手もあるのだろうが、何分彼女は初心者だ。さすがに一人で探索させるのは色々とまずい。


「ご、ごめんね? ほんとにごめん……」


 ショックを受けるティエラに、リュートはただ謝罪することしかできなかった。

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アポカリプス・レコード〜退廃した世界の迷宮異譚〜 ホードリ @itigo15

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