第13話 ミズカ様に特訓を披露する

「はい。スピードと回避力を高める特訓をしているんですけど。良かったら見てみますか?」


 アシットはそう言うと、少し離れた林の方を指し示した。心なしか若干のドヤ顔に見えなくもない。


「——こっちです」


 案内された一隅いちぐうには異様な光景が広がっていた。

 文字どおり林立した大木の枝々から何本もの縄が垂れ下がっており、その先端には拳大よりひとまわりほど大きな石が結ばれている。

 見上げると、枝と枝の間にも縄が張りめぐらされているようだった。


「……これは?」

「危ないのでちょっと離れていてください」

「……」


 ミズカが二、三歩下がるのを確認すると、アシットは背筋を伸ばしてその場に直立した。

 目を閉じて集中力を高め、吸った息を静かにゆっくり吐き出す行為を二回繰り返す。


「いきます」


 目を開くと、垂れている中で一本だけ石のついていない縄を掴む。


ッ!」


 気合を入れてその縄を強く下に引く。

 と、張りめぐらされた縄を通して、樹々の枝が嵐を受けたかのように揺れ、激しい葉音を立てる。

 必然、そこから垂れ下がっている石付きの縄も大きく揺れたり跳ねたりした。


「!」


 ミズカは目をみはった。

 何本もの縄が、その先端の石が、勢い付いて次々にアシットの身体へと向かってくるが、彼はそれらの全てを必要最小限の動きで交わしているのだ。

 時折石と石が弾き合ったりもして、不規則に向かってくるが、彼の身体にはかすりもしない。しかも大きく回避行動をとるわけでなく、全てがミリ単位の見切りだった。

 前方だけでなく、死角である筈の位置から飛んでくる石も難なく避ける。前から後ろから同時に飛んできても、僅かに身体を右左にブレる程度に動かして避ける。


「左……次は後ろ……」


 呆然と見ていたミズカは片眉を上げた。よく観察すると、アシットは何やらボソボソと呟きながら動いているようだ。

 概ね縄の動きもおさまってきた。最後に、もう大した勢いではなくなった石が前方から向かってくる。


「哈ッ!」


 それをのけぞるように交わし、そのまま後方宙返り。着地も鮮やかに決める。


「——こんなところです」


 体術を極めんとする武闘家として面目躍如の姿がそこにはあった。


「……なるほど。素晴らしい神業ね」


 得意げな表情を隠しきれない武闘家に、大賢者はそう声をかけたが、その表情はいたって冷ややかだった。

 それには気づかず、アシットは賞賛の言葉と素直に受けとる。


「少しは見直していただけましたか?」

「そうね。できればもう一度見せてもらいたいわ」

「お安い御用です」


 先程と同じ位置に、同じ方向に身体を向けて立つと、やはり同じくゆっくりと大きな呼吸を二度繰り返す。


「いきます」

「……」

「哈ッ!」


 再びアシットは縄を引っ張った。

 樹々は揺れ、ざわめき、垂れ下がった縄も大きく揺れて、先端の石が襲いかかってくる。

 それらの全てを、アシットは完璧な見切りで交わしていく。


「……前、右……左後ろ……」


 アシットはやはり何やら呟いている。

 ミズカは軽く嘆息すると、人差し指を立て、それを僅かに傾けた。


「右前、左……あれっ!?」


 快調に回避運動をしていたアシットが急に素っ頓狂な声を上げるや、『ゴッ』と鈍い音、そして悲鳴が轟く。


「ギャッ!!」


 おデコ直撃。

 前方から飛んできた石をまともに喰らった武闘家は、立て続けに飛んでくる石に対して態勢を立て直して対処することなどできなかった。


「うわっ! ぐぎゃ! うわらば!」


 頭、顔はじめ身体の至る所を無数の石に打たれ、ついには断末魔のような悲鳴を上げて倒れ伏してしまう。


「……惨めね」


 垂れ下がっている縄の動きは不規則なように見えて、力点となる縄を引っ張る強さが同じなら同じように動くようになっていること、アシットはそれを全て覚えたうえで回避していたこと。

 ミズカは一度見ただけでそれらに気付き、二回目は魔法でほんの少し縄の動きに変化を加えてみたのだが——


「……それにしても、こうも為すすべなくボコボコ喰らうなんて」


 呆れ口調で見下ろすミズカに、息も絶え絶えの彼は呻くように言った。


「うう……だいぶ高まったと思っていたのですが……回避力……」


 どうやらパフォーマンスの類ではなく、彼としては大真面目に修行として取り組んでいたらしい。ミズカは更に呆れ果てた。


「ダンスの練習で強くなれたら苦労しないわね」


 そう、こんな的外れな自己流の修行をしている限り、この男が強くなることはまず有り得ない。

 それはミズカにとって好都合なことであったが、彼女は柄にもなく憐憫を覚えた。何て惨めったらしい男なんだろう。


「今回の負傷は私には一切関わりないけど、仕方ないから特別に治療してあげるわ」

「一切関わりがない……本当でしょうか?」

「ええ。私、嘘はたまにしかつかないことにしているの」

「……」


 治癒魔法を発動させつつかがみ込み、患部を看ると、ミズカは目を見開いた。


「えっ……?」


 アシットの身体はいたるところ打撲だらけ、頭は瘤だらけというひどい有様である。

 だが——


(——急所を外している?)


 厳密に言えば人体における急所と呼ばれる部位にもいくつかは被弾しているのだが、生命に関わったり、深刻な後遺症が心配されるような急所中の急所と言うべき箇所には一つも石を受けた形跡はなかった。

 顔も腫れ上がってはいるが、目鼻や顳顬こめかみ、顎といったとりわけ弱い部分への直撃はしていないようだ。


(偶然? それとも——)


 ミズカは王宮図書館で見つけた書籍の一節を思い出し、そっと声に出した。


「——かの武神、身の護りに優れ、一千撃たれども壊れること無く、一万撃たれども滅すること無し……」


 意識が朦朧としているのか、少なくともアシットはその声に反応はしなかった。

 青タンだらけの情けない顔を見つめ、ミズカはもう一つ呟く。


「まさかとは思うけど……観察は続けた方が良さそうね」

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大賢者ミズカ様は当たりが強い 氷波真 @niwaka4

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