第12話 ミズカ様、モヤモヤする

 魔剣士の参戦が確実視される状況下、神鳥コミガノスの背中が定員オーバーであることを聞かされ、アシットはいよいよ暗澹たる気持ちを深めた。

 そんな武闘家に一切憐憫を寄せる様子はなく、大賢者ミズカは言葉を続ける。


「それにつけても情けないことをのたまっていたわね。仲間と戦うなんて想像もできないだの、どうせ僕なんて社会の底辺を這いずる負け虫だの」

「……後半のは言った覚えが無いんですが」

「いいえ。瞳が饒舌に物語っていたわ」

「そうすか……」


 この何日かで、彼女のこういう主張に抗しても無意味であることは理解した。

 アシットは色々と諦めつつ、ミズカの言葉の前段だけを受けて、言葉を続ける。


「情けないと言われたらそれまでかもしれませんけど……でも、今まで苦楽をともにしてきた仲間たちと戦うなんてどうしてもイメージできなくて。しかも俺が勝ったらソイツがパーティーから外れるなんて聞いちゃったら尚更……」

「その心配はないと思うけど」


 相変わらず切って捨てるように言われるが、武闘家は反発の素振りを見せない。


「まあそうかもしれませんが……」


 また項垂れるアシットの姿に、ミズカは軽く鼻で息をついた。先日見せたやる気をすっかり失っているようだ。

 言わずもがな、誇り高き神鳥コミガノスが人間ごときを重いなどと泣き言を垂れる筈などなく、アシットに諦めさせるためにミズカがこしらえた作り話だった。

 あっさりと騙されてくれて思う壺ではあるのだが、ほくそ笑む気にもなれず、ミズカはごく事務的に言葉を発した。


「どうしても戦えないのなら、ギヴアップということでいいわね? なら早速荷物をまとめて蒸発してもらえるかしら?」

「でも、やるしかないんですよね……」

「ん?」


 顔を下に向けたままアシットが発した声は、静かではあったが何やら重みのある、意志を感じるものだった。


勇者アイツとは、物心ついたときにはもう友達ダチになってて、これまで楽しい時も苦しい時もずっと一緒にいたんです……」

「……」

「そんなヤツが、全世界の運命を賭けて、最後の戦いに挑むって時に、一緒にいられないなんて絶対に嫌だ……」


 ゆっくりと顔を上げ、ミズカの目を真っ直ぐに見据える。


「ミズカさん……俺、肚が決まりました。もう甘ったれたことは言いません……誰が相手だろうと俺が勝って、最後の最後まで勇者アイツと連れ添います」

「……」


 ミズカは一瞬ポカンとした表情を浮かべそうになり、至急いつもの無表情を繕った。


「それはそれは。結構な鼻息じゃない」


 軽口で返しながら、ミズカは自身に複雑な思いが芽生えていることを自覚し、内心戸惑っていた。

 戦う意欲を削ぎ落とそうとしたら却って焚きつけてしまった失策を悔やむ気持ちは当然ある。まったくもって忌々しい男だ。

 一方で、身の程もわきまえずに情熱を燃やしているアシットの姿を見て、声を聞いていると、どこかモヤモヤするような、胸が締めつけられるような感じもしてくる。

 あらゆる知を極めた大賢者を以てしても、この意味不明な感情には説明がつかなかった。

 気を取り直し、つとめて冷徹に話を続ける。


「で、仲間を手にかけることも厭わないほどに闇堕ちした武闘家さんに聞きたいのだけど」

「ひどい言われよう!」

「じゃあ言い方を変えてあげるわ。味方殺しの武闘家(黒)は——」

「よりひどくなった!」

「まあ呼び名はさておいて、貴方は、誰を、どうやって、倒すつもりなの?」


 そう問われると言葉に詰まってしまう。

 イメージトレーニングもままならぬアシットに、今のところ具体的な方策はない。


「それは……とりあえずもっと強くなるために一生懸命修行して——」

「修行ね」


 ミズカは念のため確認しておくことにした。


「後学のため、この山に入ってから、どんな修行に勤しんでいるのか聞かせてもらえる?」

「それは、腕立て伏せとかで筋肉を鍛えたり、一日千回の正拳突きとか……」

「それをわざわざ山の中で?」


 つい呆れ口調になる。そんなのは普通に町で暮らしていてもできることだ。


「もちろん山の中を駆けたり歩いたりとか、あんまり冷え込まない時間帯に滝行したりはしてますけど」

「……そう。それは結構なことね」


 ミズカは安堵した。

 万が一、本当にパーティメンバーの誰かを倒せるほど強くなられたらと危惧していたが、そんなレクリエーションのような修行であればまずそれは無いだろう。むしろ却って弱くなるまであり得そうだ。


「あ、あと、特訓もやってまして」

「特訓?」


 アシットの何気ない言葉に、ミズカは微かに片眉を上げた。

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