第11話 ミズカ様にアホと言われる

「……ちょっとした事情というのは?」


 アシットは訝しげに質問した。

 自分が大賢者ミズカをはじめ他のみんなに認められるほど強くなれば、これまで通り八人のパーティーで魔王へと挑めば良い筈だ。

 それなのに、いずれにしても誰かしら一人はパーティーから外すなど、俄かには理解しかねる話だった。


「私が面倒くさく思う程度には話すと長くなるんだけどね」


 ミズカはそう前置きして説明を始める。


「魔王との最終決戦は、定員が決まっているのよ」

「定員?」

「こないだ崩壊する地獄の塔タワーリング・インフェルノから、聖鳥コミガノスの背に乗って脱出したことは覚えているわよね」

「ええ……」


 もちろん忘れようはずがない。雲より高く聳える塔の頂上から放り出された絶望と九死に一生を得た安堵は、心の中に強く刻まれている。


「それが何か?」

「無事地上に帰還したあと、コミガノスがこっそり言ってきたのよ。『八人モ乗セルト結構背中ニクル……次カラ一人グライ減ラシテモラエナイカ』って」

「……はっ?」


 古より、悪に立ち向かう勇者たちの翼となってきた伝説の聖鳥がそんなことをボヤいていたとは。大空を舞う雄大な姿からは想像もつかなかった。


「魔王が居る闇の魔宮ダーク・パレスを覆っている暗黒空域を抜けるには、聖鳥に乗っていく必要がある。その所要時間はこないだの比ではない筈。貴方のリストラは、そっち方面からの要望でもあるのよ」

「……いやいやいやいや」


 重量オーバーによるパーティー追放など聞いたこともない。

 むしろそれが主因であるのなら、抗弁の余地はあるとアシットは判断した。


「そこはどうにか頑張ってもらいたいと言うか。あんなバカデカい……もとい巨大な鳥が人間を乗せたぐらいで……」

「愛鳥家に聞かれたらぶん殴られそうなことを言うわね」


 ミズカは肩をすくめる。


「確かにコミガノスにとって人間一人一人は大した重さではないでしょうね。でも八人まとめて乗せるとなると全然話は違うわ。貴方だって、肩の上にヌルヌルヘドロ毒ネズミを一匹乗せるのと八匹乗せるのとでは大違いでしょ?」

「重いとかの問題でなく、その生き物を身体に乗せること自体、極力避けたいんですが……」


 何だかおぞましいことを言われ、アシットは怯みそうになったが、ふと閃きが舞い降りた。


「——そうだ! ジャンプ作戦はどうでしょう!?」

「ジャンプ作戦?」

「そうです! 聖鳥に運ばれてる間、常に誰かがジャンプしていれば、重量は七人分になります!」


 今度はミズカが訝しげな表情で首を捻るが、アシットは勢い込んでアイディアの披露を続ける。


「つまり、誰か一人がジャンプして、背中に着地する前に別の誰かがジャンプ、そいつが着地する前にまた別の誰かがジャンプ……ってずっと続けていけば、常に七人分の重みしか……」


 目の前にいる美しき大賢者に、世にも呆れ果てたジト目で見られていることに気づき、アシットは言葉を止める。


「……アホなの? 背中でそんなドタバタされたら、それこそ腰をいわせてしまうじゃない」

「うっ……」


 言われてみれば当たり前である。

 言葉に詰まるアシットに、ミズカは再度質問した。


「……ねえ、アホなの?」


 世界中の叡智が集結した王宮賢者たちの、更に頂点に君臨する人物が日頃使うことは無いであろう侮蔑語が二度も飛び出す。

 さすがにめげそうになったが、アシットは己を奮い立たせる。


「そ、それなら、ダイエット作戦はどうでしょう!? 徹底的に炭水化物を抜いて、それぞれ7、8kgずつぐらい痩せればトータルで人ひとり分ぐらいの減量に——」

「そんなことして、栄養が欠乏した状態で魔王との最終決戦に臨むわけ?」

「う……」

「まったく、武闘家とか戦士とかの脳みそまで筋肉でできてる輩と話をしているとこれだからイヤになるのよ。どうせろくなこと言わないのだから、全ての戦士と武闘家は人前で声を出すことを禁止する法律を制定するよう国王に働きかけてみようかしら」

「何か物凄く差別的な発言をされたような……」


 壮絶な言われようにさすがに心が折れたか、もう案を出すことはせず、項垂れてしまう。


「まあ、実際のところ、コミガノスには何とか八人乗せてくれるよう交渉はするつもりなんだけど」

「!? それだったら——!」


 初めて良い方向に風向きが変わったかと身を乗り出しかけたアシットを、手のひらで軽く制止すると、ミズカは首を横に振った。


「忘れているの? 例の魔族とのハーフだという斜に構えた魔剣士のことを」

「……魔剣士リーフォス」


 もちろん忘れてなどいない。自身にとっても因縁深いその名前を口にしながら、アシットは全てを悟った。


「そう。私たちに激闘の末敗れて以降、狙ったかのように良い場面で現れては頼んでもない助力をしてきて『カン違いするな。貴様を倒すのはこのオレだというだけだ』みたいな感じの台詞を吐いて去っていく謎行動を繰り返していて、正直辟易としているところではあるんだけど……」


 陰口を言ったり、貶めたりといった意図は全くなさそうなフラットな口調と表情でミズカは言う。

 いけすかない魔剣士ではあるが、まさか己がここまでくそみそに言われてるなど想像もしていないだろうなと、アシットは密かに同情した。


「それでも彼が勇者様に次ぐレベルの凄腕であることは間違いないわ。どうせあんなの最終決戦には合流してくるに決まってるんだから、一枠は空けておく必要があるのよ」

「あんなの……」


 身も蓋もない言いようだとは思いつつ、アシットは納得せざるを得なかった。

 ある時は敵、ある時は味方みたいな位置どりをしているやたらと斜に構えたかつての強敵。ちなみに背が低くて、黒を基調とした軽装で、前髪が目にかかりがち。


 ——どうせそんな奴は、最終決戦では仲間になるに決まっているのだ。

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