第27話 出来ること、変わること 10(最終話)

「ねえ……私を騙し続けて得たモノはある?」

「罪悪感」

「ふふ、なるほどね」


 正体がバレた、というかバラしたあとの二郎は、清歌と一緒にカラオケから出て帰路に就いていた。別れ道が来るまで、一緒に歩くことになっている。もちろんお互いに変装した姿のままだ。


「まったく、本当に大したものだわ。匂いが同じじゃなければ察することも出来なかったでしょうからね」

「匂い?」

「一式くんと二式くんの匂いがね、同じだということに気付いていたの。そこから色々と怪しいなって思い始めて、ショッピングモールの一件で察しがついた感じかしら」


(なるほど……匂いか)


 気を付けていたつもりだが、女性はそういった部分に鋭いとも言うので、付き合いの深さもあって誤魔化しきれなかったようだ。


「でもあなたは、まだ誤魔化そうと思えば誤魔化せたはずよ。大人しく前髪を掻き分けさせてくれたのは……どうして?」

「だからまぁ、罪悪感だよ。君を騙すことに疲れたんだ」


 二郎は素直に応じた。


「堂々と過ごすのが大変なように、隠れて過ごすのにも割と労力が要る。特に白川さんに対してはな、付き合いが長いのもあって結構気を張り詰めさせる必要があった」

「それに疲れてしまったということ?」

「罪悪感が溜まって、発散させたくなった。そうすれば気が楽になると思って、大人しく正体を明かした……ってことになるんだろうな」


 誤魔化そうと思えばまだ誤魔化せたのは確かだと思う。

 しかし清歌から疑いを持たれたまま過ごすのは、これまで以上に労力を使うことになるのは間違いなかったわけで。


「僕は……平穏な私生活を送りたくて正体を隠しているわけだ。それなのに正体を隠すことに躍起になりすぎてリラックス出来なくなるのは本末転倒だろう」


 だから、疑われるくらいなら正体を明かして味方に引き込んでしまえばいいと思った部分もある。秘密の共有者が増えるのは考え物だが、清歌1人くらいなら問題ないのでは、と思ってのことだった。


「元々、たとえば先生方は僕の正体を知っているからな。そこに君を加えて平穏を維持出来るなら、このネタばらしはプラスだと思ってる、ってことだ」

「なるほどね」


 清歌は得心したように頷いた。


「そういえば……白川さんは怒っているか?」

「騙されていたことに、ってこと?」

「……ああ」

「まぁ、そうね……怒っているというよりは、寂しい、とでも言えばいいのかしらね……」


 清歌はこちらを見上げ、ムッと頬を膨らませてみせた。


「どうせなら……最初から、秘密の共有者に加えて欲しかったわ」

「それは、悪かったよ……」

「まぁ……別に良いのだけどね。秘密を知る者の数は少ない方が良いのだし、あなたの選択は正しかった。合理的に動いていただけよね」


 二郎の心情を理解するようにして、清歌はそう言ってくれた。


「それにしても、プライベートが謎過ぎる若手ナンバーワン俳優がこんな身近に居ただなんてね……まさしく灯台下暗しだわ。もぅ、どうしてくれるのよ……私の一式くんへの憧れやらそういう思いもすべて、二式二郎としてのあなたに聞かれていたということでしょう? ……恥ずかしいったらありゃしないわ」

「……本当に済まない」

「それで、本当のあなたはどちらなの?」


 清歌は二郎の目を興味深そうに覗き込んでくる。


「一式一人? 二式二郎? どちらが本当のあなただと思えばいいのかしら?」

「それはもちろん、二式二郎で頼む……陰キャなのが、僕の素だからな」

「なるほどね……それはなんだか安心したわ。一式くんは一式くんで大事だけれど、気に掛けていた存在がまやかしだったとしたら、私としてはやるせなかったところだもの」


 嬉しそうに微笑んで、清歌は次に迫ってきた十字路の前で足を止めた。


「じゃあここが別れ道だから。今日はここまでね」

「心は、もう大丈夫か?」


 疲弊していた精神について尋ねると、清歌は力強く頷いてみせた。


「大丈夫。また改めて注目と向き合っていくわ。でもたまに今日みたいな息抜きに付き合ってもらえたら、私としては嬉しいところよ」

「ああ。それは是非付き合わせて欲しい」

「ありがとう」

「それと……秘密は、守ってくれるんだよな?」


 厚かましいお願いだとは思いつつ、そう問いかける。

 清歌は頷いてくれた。


「ええ、私は全力で二式くんの味方をやらせてもらうつもりよ。だけれど、味方を引き受ける上での条件をひとつ、提示してもいいかしら?」

「条件?」

「ちょっと耳を貸してもらえる?」

「……ああ」


 清歌がちょいちょいと手招きをしたので軽く屈む。

 そして――ちゅっ、と頬に軽いキスをされ、二郎は目を丸くすることになった。


「……は?」

「ふふん、耳を貸せというのはウソよ。今のが引き受ける条件というか、契約の証ということで」

「な、なんでキスが条件なんだよ……」

「はあ……あなたのそういう鋭敏ではないところ、嫌いじゃないけど好きでもないわ」


 どこか呆れたように呟いて――しかし清歌は笑顔で二郎から離れ始めていく。


「ま、別にいいけどね。とにかくそういうわけだから、私はこれからあなたの味方。一緒に頑張っていきましょうね、二式くん」

 

 そう言って清歌は手を振りながら、自宅方面へと歩き出していった。

 二郎はその背を見送って、ふぅ、とひと息吐き出した。


(意外と……こんなもんか)


 正体を明かせば、もっと大袈裟な事態になるものだと思っていた。ショックを与え、疎遠になってもおかしくないんじゃないかと、そう思っていた部分もあった。

 だからこそ、清歌の変わらない態度はありがたいとしか言えなくて――


(いずれにせよ……明日から環境が変わるな)


 清歌が味方になる。

 そして隠遁生活は続く。


 清歌に正体をバラしたのは、騙し続ける心苦しさがあったのもそうだが、そもそも勘付かれてしまったのが一番大きい。

 怪しまれ続けるくらいなら、いっそのことバラして味方に引き込んでしまおう。

 そんな思惑が功を奏したのが現状である。


(……他のみんなにもバラす、とはならない)


 結局二郎の考え方は変わっていない。

 ――秘密の共有者はなるべく最小に。

 それが断固とした方針である。


(白川さんの手を借りて、むしろより強固に……正体を守り抜いていかないとな)


 油断せず、慢心せず、二郎は自分の正体をひた隠し続ける。

 若手ナンバーワン俳優の隠遁生活は、こうして新たな幕開けを迎えることになった。





――――――――


今作はひとまずここまでとさせていただきます。

ご愛読のほどありがとうございました。

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不登校陰キャの僕、実は女子に大人気の若手トップ俳優です。平穏を求めて私生活では正体を隠していますが、校内に結構ファンが居るし同業の大人気女優も在校しててやたらと構ってくるから隠遁生活も楽じゃない 新原(あらばら) @siratakioisii

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