第26話 出来ること、変わること 9
「――二式~! こっちこっち~!」
ショッピングモールを離れて指定された公園を訪れた二郎は、びしょ濡れ状態の清歌と里穂が東屋の屋根下に佇んでいることに気付いた。
里穂の声に呼ばれ、二郎はそちらに近付いていく。
2人は二郎の姿を見て、どこかホッとした表情を浮かべていた。
「はあ……ようやくびしょびしょの状態から解放されるのね」
「てか二式、カジュアルな服着てんじゃん。あたしたちにもジャージじゃなくて普通の服を買ってきてくれた感じ?」
「いや、ジャージだが」
「そ、そう……」
「僕に女子の服を選ぶセンスはないからな」
そう言って二郎は清歌と里穂にジャージを手渡す(二郎も一度目のユ○クロ来訪時にジャージを買っているわけだが、そちらは一式への変装時に脱いで仕舞ったままである)。
着替えのために公園の多目的トイレに移動していく2人を尻目に、二郎はヘアカラースプレーを取り出して使用の準備を整える。
(このあとは、どうするべきだろうな……)
ハイキングは急な雨のせいで消化不良に終わってしまった。
代わりに何かをしようにも、夕方が近い。
帰りの電車だけで2時間近く掛かることを思えば、余計な寄り道は現実的じゃなかった。
(……ま、大人しく帰るしかないか)
清歌を癒やすための休日がこんな形で終わることになるのは、二郎としては申し訳ない気持ちでいっぱいだった。悪天候にも対応可能な、もっと別の良いプランがあったのでは、と思わなくもないので尚更である。
「ふぅ、乾いた衣類サイコー!」
やがてそんな言葉と共に里穂がジャージ姿で東屋に戻ってきた。
背後には色違いのジャージを着た清歌の姿もある。
「ねえ二式くん、髪の毛を染めてもらってもいいかしら? 自分でやるのは結構大変だから」
「……ああ」
油断せずサファリハットを被っていた清歌のそれを脱がせ、二郎は黒染めのヘアカラースプレーを白銀の髪に噴射し始めた。
「なあ、白川さん」
「なに?」
「今日はごめんな。あまり良い気分転換を与えられなかった気がする」
思っていることを素直に吐き出すと、清歌はゆっくりと首を左右に振ってくれた。
「そんなことはないわ。山頂でも言ったけれど、誘ってくれた時点で元気は貰えたの。さっきモールの入り口で正体がバレそうになって、色々イヤな気分に陥りそうにもなったけれど……誰かさんのおかげで救われたからね」
(……誰かさん……か)
なんだか、イヤな言い回しだった。
誰かさんとは一式のことに決まっているが、それならそうと、一式を名指しで言えばいいのだ。
にもかかわらず、誰かさんとぼかした。
それはなんだか……二郎に対して遠回しに何かを伝えるような言い方である。
(――まさか勘付かれて……)
ハッとして清歌の様子を窺ってみるが、こちらに背を向けて大人しくスプレーを噴射されている。
あなた一式くんでしょ? と騒ぎ立てる様子はない。
「とにかく、充分に英気を貰えたわ。今日は素晴らしい1日だった。それは揺るぎない事実だから、私はまた頑張ることが出来るでしょうね」
清歌はどこか晴れやかにそう言ってくれた。
清歌が何をどこまで見破りつつあるのか気になったが、二郎はひとまず清歌の言葉をありがたく思い、その髪を丁寧に染め続けた。
※
清歌を黒髪美少女に仕立てたあと、二郎たちは帰路に就いた。
地元の駅に到着した頃には、空の一部が紫がかっていた。
「ここから追加で遊ぶ、ってのはないんよね?」
改札を出たところで、里穂に問われた。
「ないな。僕は解散するつもりだが」
「私も解散で良いと思うわ。さすがに疲れてしまったし」
「そっか。じゃああたし門限あるから急いで帰るね。――今日はめっちゃ楽しかったっ。またね二式っ、白川さん!」
そう言って里穂が足早に立ち去っていく。
里穂が急遽参戦したときはどうなることかと思ったが、ひとまず無事に別れられたことにホッとする。
それから気を取り直して、二郎も帰ることにした。
「じゃあ白川さん、僕もこの辺で――」
「――待って二式くん」
しかし駅の外に出ようとしたそのとき、清歌に呼び止められてしまった。
「解散で良い、って言ったけれど……少し、話をさせてもらえない?」
そう言われ、二郎の中に緊張感が生まれた。
「……話?」
「ええ、ちょっと気になっていることがあるの」
真っ直ぐな瞳で射貫かれる。
公園での態度といい、どうにもやはり意味深だ。
「誰にも聞かせるべきじゃない話をしたいから、そこのカラオケに入らない?」
そして誘われた。
見透かすような瞳が二郎を捉えている。
逃すまいとする圧を感じる。
(やっぱり……一式の顕現は分かりやすいヒントになったんだろうか)
どうにも疑われている気がする。
何をと言えば、それは当然、一式か否かを。
その二択を見極めようとする気概を清歌からヒシヒシと感じてやまない。
(ここは何か強引な理由を付けてでも逃げた方が良いように思えるが……)
そんなことをしても、明日になれば普通に学校で顔を合わせてしまう。
ならば逃げても意味はない。
だから二郎は、
「まぁ……どんな話か知らないけど、別にいいよ。入ろうか」
と言った。
真正面から受けて立つ――という意思表示ではありつつ、二郎としてはどこかさっさと、楽になりたい気持ちもあった。騙している心苦しさを、前々から持っているがゆえに。
(白川さんに対しては……ひょっとしたらお縄につくときが来たのかもしれないな)
※
こうして二郎は、カラオケの個室に清歌と2人きりで入室した。
それからドリンクバーで飲み物を汲んできて、互いに少し離れて座る。
「……で、話っていうのは?」
尋ねたが、少しのあいだ静寂が続く。
清歌は清歌で、緊張しているようだった。
それでも彼女はゆっくりと、自分が知りたいことを知ろうとして口を開いた。
「さっきも言ったけれど……ひとつ、気になっていることがあるの。どうしても、引っかかっていることがあってね」
「それは……なんだ?」
「ショッピングモールに、一式くんが現れたじゃない?」
「……ああ」
「あのとき、二式くんはどこに居たの?」
「そりゃ、買い物に……」
「証拠は出せる?」
「今、白川さんが着ている下着やジャージを買いに行っていたんだ……それが証拠だよ」
「そう……」
「というか、白川さんは何が言いたいんだ?」
そんな風に尋ねつつも、二郎はもちろん清歌の意図を理解している。
一式かどうかの探りを入れられている。
だから二郎としては当然、防御を行わなければならない。
反撃も兼ねた一手として、二郎はこう言った。
「白川さんはまさか――僕が一式一人だとでも言いたいのか?」
これは美奈との初対面時にも行なった、心理的な牽制攻撃である。
自分にかけられた疑惑を自らが口にすることで、相手にそれはないだろうと言わせる駆け引きを二郎は再び実行した。
事件の犯人が街頭インタビューを受けるようなアリバイ工作。
しかしながら、それは時にカウンターを食らうこともある。
「――そうよ」
「……っ」
清歌は力強く頷いて立ち上がると、二郎に近付いてきて――
「ごめんね二式くん……その顔をしっかりと見せてちょうだい」
二郎の前髪を掻き分けるために手を伸ばしてきた。
だから二郎はそれに――
「…………」
抵抗しなかった。
堂々と振る舞うことに疲れていた清歌とは対極的に、二郎は正体を隠すことに若干疲れていた。
否、疲れとは違って、騙している心苦しさ、申し訳なさが前々からあったというのが、先ほども考えた通りに二郎の正確な胸中。
だから、別にいいかと思ってしまった。
子役時代からの付き合いがあって、ライバルとして、仕事仲間として、一緒にひた走ってきた清歌にだけは正体を明かすのも一興。
そしていっそのこと、楽になってしまおうと思ったのである。
「……やっぱり」
そして髪の毛を掻き分けた向こうに現れたその面差しを見て、清歌はどこか安心したような、呆れたような、複雑な表情を浮かべ始めていた。
「あなたって人は……。あぁもう……高校入学から1年以上も私を騙し続けるなんて、さすがだわ……一式くん」
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