夕方五時のリズムに乗って

米太郎

夕方五時になったみたい。

「夕方五時になると巷にあふれかえる音楽を私にサブリミナル的に聞かせることによって、家へ帰ろうという気持ちを想起させようなんて、甘い考えは捨てた方が良いですよ。おじさん」



 俺は別にそんなことは一切思っていないんだが……。外で鳴っている音楽に合わせて、小学五年生くらいの女の子がしゃべってくる。


「わかっているわ、おじさんは私のことが好きで好きで溜まらなくて、それで私に手を出したいけれども人目につく公園なんかで手を出そうものなら警察沙汰になってしまうからって、自分の家に連れ込んでから色々やろうっていう魂胆が見えたから、私の方からおじさんの家に、ほいほいとついてきたのよ」



 俺にそんな気は無いのだが……。

 この女の子が、勝手に俺の後をついてきて、俺が家に入ろうとした瞬間、いきなり割り込んで入ってきたんだよな。


「まぁ、私が可愛いからって、そういう妄想をしてしまうっていう脳内の働きはすごく自然なことですし、その妄想を楽しむっていうことはその人の自由な訳ですし、何を考えていても他の人にはバレない訳だから、決して人に咎められることは無いけれども、それを実際に行動に移したとなれば、それはもうれっきとした犯罪な訳なんだよ?」



 まったく知らないガキに、俺は説教を食らっている。確かに見た目は可愛いけれども、俺にそんな趣味は無いわけで……。


「知ってますか? 日本の法律っていうのは、弱者を守るためにあると言われておりまして、大人の男性と子供の女の子がいた場合、子供の女の子を守るために作られているものが法律なのです。つまりこの状況で、私は法律に守られているのであって、私に手を出してしまったらおじさんは犯罪者です」



 まったくそんな気は起きない訳で……。


「それでも手を出してしまうというのが、男の人の性だと私の敬愛する書籍『好きな男性を一瞬で落とすためのテクニック100選』に書いてあったのです。だから、あなたは今から私に対して、何かイヤらしいことをしてくるはずなのです。もちろん私は、それに対しての対策も練って来ております」



 ……もういいや。とりあえず、泳がしておこう。


「無理やりするのだけが興奮の材料じゃないというのも、この本に書かれていましたし、少し抵抗をする方が良いということなので、私らしく無いのですけれども筋トレっていうものを一週間頑張ってみたんです。ほら見てください、ちょっと力こぶができているでしょ? これが私の気持ちです。こんなに頑張ったんですよ」



 フニフニの腕に触れと、腕を誘導された。

 一週間なんかで、筋トレの成果は出ないというのが証明されたわけだが。


「ね。ちょっとだけ固くなっているでしょ。これが私の努力の賜物というものです。これで少し抵抗することで、あなたの興奮はさらに高まるというものですけれども、私の対策はそれだけにとどまらずですね、下着も新調しているから見られもても大丈夫といいますか、しっかりと興奮を高める赤色をしているのです」



 今俺は強制的に見せられているわけで。俺は何も悪いことはしてないよな……?


「だから、私としては準備万端なのですけれども、そんな目をしているということは、もしかすると私からのサブリミナルが足りていなかったかもしれないということが、今わかりました。メグミちゃんが好き。今から追加で催眠……、じゃあなかったサブリミナルを入れていきますね。メグミちゃんが好き」



 ……こいつは、メグミって言うのか。本当に、何がしたいんだ?


「えっと、おじさん! 女性がこんなに猛アピールしているのに、手を出さないっていうことは、女性に恥をかかせるっていう行為なわけで、おじさん自体も意気地無しに見られてしまって、お互いにlose-loseになってしまうのです」



 いや、俺は何にも負けていないが。


「ここで手を出したとしても、被害者側が訴えなければ罪は罪じゃないわけで、私のことをしっかりと好きになってもらえて、責任をもって私と一生添い遂げてくれるという覚悟を見せてくれるのであれば、訴えないと誓いますし、そういう誓約書も一筆書いてきましたし。先日、おじさんのお母様にも挨拶してきましたし、もちろんお父様にもお姉様にも挨拶をして、『うちの息子をよろしく』って言ってもらってきまして、その時録音した音声はクラウド上にバックアップも取っています。おじさんの生活を支えられるように、ママに料理を教えてもらって、掃除も洗濯もできるようになって、それで、おじさんが好きな野球選手も全部覚えて、アニメだって覚えてきて、コスプレ衣装だって何着か仕入れましたし」



 そして、一呼吸開けて、メグミは言った。




「私と結婚してください!」



 夕方五時に音楽に合わせて、ラップをするように、リズミカルに、俺は女の子に求婚された。


 まだ日が落ちるには早い時間だが。

 時間が経てば日が落ちるように、俺が落ちるのも時間の問題かもしれない。


 了

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夕方五時のリズムに乗って 米太郎 @tahoshi

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