3
「ふあ」
「なんだレイ、ねみいの?」
「眠い」
「楽しみで寝れなかったんだろー」
「いつもより一時間半も早く起きたんだぞ」
ムッとして言い返す。
私の前を勇んで歩く面々が笑った。
「オレも楽しみで全然起きてたわ!」
「つか、おれ逆に忘れもんしてそうで怖いんだけど」
「おやつと弁当あれば大丈夫っしょ…あれ俺しおりどこやったっけ」
「ポケットじゃね?」
「それはもう見た。見てこれ、ひとくちチョコ」
「そんなとこ入れてたら溶けるって!」
「なあ、ちょっとおれのリュックからティッシュ取ってくんね?」
「どこ? いつものランドセルじゃねーから分かんねーわ。てかお前のリュックかっけー」
「だろお。先週買ってもらった。あっちのショッピングセンター」
「マジかよいいなあ」
早朝の街は、いつもの登校時間よりもずっと静かだ。先ほど通り過ぎたリサイクル屋にも人の気配がさらさらなかった。
交差点は赤信号。皆で止まって、塀に寄る。
「……あ、や、やあ」
「ん?」
足音に振り返ると、視線を泳がせる、スーツ姿の男性が立っていた。
彼は気まずそうにこちらに礼をする。
「誰、この人」
「なんか用?」
「どちら様ですか」
私の周りにいた彼らが、少し鋭い口調になった。
「レイの知り合い?」
「あ、ま、まあ、なんというか。わたしは以前、彼女に助けてもらったんだ。ずっとお礼が言いたかったんだよ」
「おっ、そーなの?」
「さっすがレイ」
男性が深々と頭を下げた。
「本当に、ありがとう」
瞬きをして、頭を擡げる。
男性の顔は穏やかだった。だから、私の知っている彼の顔と一致させるのに、少々時間がかかってしまった。
ようやく気がついて、キューで道を小突く。ちょうど、白線の位置だった。
「あの日の。自転車はどうしたんだ?」
「いやあ、その節はどうも。新しいのはちゃんと受け取ったよ」
老人だとばかり思っていたが、彼は皺や表情でそう見えていただけだったのかもしれない。
「あれ以来、徒歩で通勤するようにしてね」
晴れやかな面持ちで彼は言うと、
「青だよ、諸君」
横断歩道をさっさと渡って行ってしまった。
「なにあれ?」
「さあ?」
「良かったのか、レイ?」
「多分」
「えっ良いのあれ?」
「不審者?」
「おれらも渡ろうぜー」
「だな」
白く塗られた部分だけを選んで飛び跳ねる。
「そーいえばさあ、図工の陶芸のやつ、今日俺らがいない間に焼くんだって、ズルくね?」
「えっ。なんだっけそれ」
「夏休み前に図工でやったやつだよ、最後に変な匂いの薬に浸けたじゃん」
「鼻にズギャーってきたやつな!」
全員が交差点を通過すると、計ったかのように信号が赤に変わる。
ガードレールの内側で、二列になって歩いた。
「あーはいはい、あれね。ついに焼くんだ。うわーそれ見たかったな」
「だよなあ」
「見るったってみんなで窯の周りに突っ立ってるだけだろ」
「そうなの?」
「多分」
「ふーん、じゃあいいか」
「ま確かに、子供がちょこまかしてる時より安全だもんな」
「今日焼くってことは来週渡されんのかな」
「やべーメッチャ楽しみなんだけど」
「いや待って、俺何作ったか忘れたわ」
一行が笑いに包まれる。
行く手に大型バスが停まっているのが見えてきた。
校門に立っていた先生がこちらに気づき、両手を大きく振ってくる。
なんとなくお辞儀と声が揃って、全員で言うことになった。
「おはようございます」
「はい、おはようございます。みんな、忘れ物は無いよね?」
彼がこちらをぐるりと見渡して、私の手にするキューに気がついた。
「……それはバスの中に置いておくこと」
唇を尖らせる彼に、すいませーんとヘラヘラ返す。
「一回、教室に集まっておいて。時間になったら先生行くから」
「ウィース」
「おっけー」
「っしゃいちばーん!」
「あっ待てコラ!」
「俺も俺もー!」
「ヒューっ!」
一斉に校舎へ駆け出していく。私もまた、彼らの後に続く。
背後でバスのドアがプシュっと開いて、ラジオの音声が耳に届いた。
「グッモーニング、あるいはボンジョルノ。本日もおはようございます、タンティ・アウグーリの皆さん!」
バスの運転手が聴いているのだろうか。
「今日も皆さんのアンセムが、我らがファミリア・ファミリに届きますよう!」
キューを握り締めた。
校庭の砂地を走っていると、なんだかウキウキしてくるのだ。
「レイ、緊急事態!」
「昇降口が開いてねー!」
「正門側からじゃないと入れないぞ!」
中庭の向こうまで行ってしまった彼らにそう呼びかけ、急旋回する。
「お先!」
「あっ、ずりーぞアイツ! さては分かってたな!」
「一番は俺だって! 俺以外無効の紋章が正門に刻まれてっから!」
「まあハンデってことで! オレと、この新品の相棒の待望のタッグで世界新を叩き出してやるぜ!」
「おれらを疲れさそうったってそうはいかねえ! おれはこの水筒に汲んだポーションでスタミナを回復!」
「俺はチョコレートをポケットから召喚!」
「今食うなよ⁉︎」
「うえっ、デロデロ!」
「やば、溶けてんじゃん!」
彼らの笑い声を背に聞きつつ、息を切らして必死に駆ける。いつもと違う中身だからか、鞄ががちゃがちゃいっていた。
上下に揺れる視界に、鰯雲が映り込んだ。
秋晴れ。良い日だ。
「……ああ、ははっ」
目を伏せると、自然と笑みがこぼれる。
今日が始まる。
ラシャの上の街 山城渉 @yamagiwa_taru
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