五本目のジャックダニエル

 シラけたムードのしみったれた家飲み。場所はヒロシのPDSでの新居。する事が無くすっかり退屈し切ってしまったサーカスは本日五本目のジャックダニエルのボトルを空にした。

「しっかしババアてめえよぉ、俺達これからどうすりゃイイんだよ。こんな所まで来てやったってゆうのによお」

「すまんのぉ。本当にすまんかったのぉ。ほれほれ、もう一杯飲みなはれ」

「うるせんだよクソババア!ババアの酌で酒が飲めるか、おいブス、お前注げ」サーカスが私にタンブラーを突き出した。私がストレートでナミナミと注いだジャックダニエルを、鼻の穴から一気飲みして見せた。

「なあドリル、こんなビンボくせえ家に居たってつまんねえよ。パーっと飲みに行こうぜ」

「いいよ。どっか行こうか」

「おいおいお前らちょっと待ってくれよ」ピードルが二人の会話に割り込んだ。

「飲みに行くんだったらさあ、俺っちの事も一緒に連れて行ってくれよ」

「テメーなんか知るかボケ、来たけりゃ勝手に付いて来いや」サーカスの「おいブス物はついでだ、お前も一緒に来い!」の一言で、キャメロンを婆さんとヒロシに預けた私達はPDSの繁華街、飲み倒れ横丁へと繰り出した。

 私達は目茶目茶ド派手でケバケバしい「ブラッド・ティッティー・ブラッド・ツイスター」とゆう酒場を選んで店内に入っていった。店内も外観に引けを取らない毒々しさでカオスな空間に訳の分からないスメルが充満している。メタルバンドの生演奏、ストリッパー達のノイローゼダンシング、あっちのテーブルではロシアンルーレットで頭が吹っ飛び、こっちの席では結婚パーティーを開催していた新婚カップルから花嫁を強奪する集団。その横では新郎が抗議の焼身自殺。天井を見上げるとコウモリとネズミが交尾をしていて、なる程、どうりで足元を訳の分からない生物がウロウロと歩き回っているわけだ。羽の生えた虎が空中遊泳を楽しんでいるけれど、これは何と何のハイブリットなのだろう。

「いい店じゃねえか。気に入ったぜ」

 サーカスが御満悦。素晴らしくイイ事だ。ホントにコイツの機嫌が悪いとロクな事がない。

「おいバーテン酒持って来い。ジャンジャン持って来い。テキーラ、ウッカ、ウイスキー、何でもいい片っ端から持って来いや」

 サーカスがカウンター越しにドリンクをオーダーした。しかし…

「あんた達さぁ、なんか勘違いしてねえか」

 バーテンダーの態度がおかしい。おかしいと言うか完全に攻撃的だ。オーダーに応える素振りは微塵も見せずにバーテンダーが話を続けた。

「この店はなぁ、吸血鬼による吸血鬼の為の吸血鬼だけが遊べる店なんだよ。従ってお前らに飲ませる酒は無い!以上だ」

 バーテンの態度と発言にサーカスが当然激高。バーテンに詰め寄った。

「ふざけんじゃねえぞ糞野郎。だったらアレはなんなんだ?あそこのテーブルで騒いでるのは死神だろう、どう見たって吸血鬼じゃねえだろう!」

 吸血鬼のバーテンダーは悪びれる様子も見せずに淡々とサーカスに答えた。

「ああ、あちらのお客さんなぁ。あの方達は死神界の政治家の先生方や財閥の大金持ち、億万長者の方々なんだよ。死神さん達とはここ最近仲良くやってるからなぁ。でもな!そんな死神さん達だって、この店で酒が飲めるのは極一部の上流階級華麗なる一族の方々だけなんだよ!以上だ」

 いつの間にか私達は吸血鬼達に囲まれていた。ちょっとヤバそうな雰囲気だ。

「そうゆう訳でな、あんた達にはゴーホームしてもらわないとな。今なら黙って帰らせてやる、痛い目に遭いたくなかったら今すぐここから出て行くんだな。以上だ」

「痛い目に…遭う…だぁ?」

 サーカスが怒りでプルプルと震えている。しかし、吸血鬼共はビビって震えてると勘違いしているようだ。

「オイオイみんな見てみろよ。可哀想にこのアンちゃん震えちゃってるよ。分かった分かった、アンちゃん達もうイイからお家に帰りな。なあ、所でさあ、吸血鬼でも死神でも無いアンちゃん達がここで一体何をしてるんだ?アンちゃん達は一体何者なんだ?以上だ」

「俺様はなぁ…」サーカスの怒りが沸点に達した。

「超人様だ馬鹿野郎!」

 数分後、吸血酒場ブラッド・ティッティー・ブラッド・ツイスターはその店名の如く血の海にむせ返っていた。ドリルとサーカスは一体何人の吸血鬼を血祭りに上げた事だろう。特にサーカスは怒りの余り完全に見境が無くなって、私達を取り囲んでいた吸血鬼以外の揉め事とは関係の無い吸血鬼達までボコボコにぶち回し、更にはもっと関係の無い死神達まで追い掛け回し暴行を加え続けた。

 撲殺し切ったサーカスはカウンターの中に進入。店中の酒を殆ど飲み干し、残るはズブロッカのボトル一本だけだ。サーカスはポケットの中から家一軒買えちゃうんじゃないの?ってぐらい大量の大判小判を取り出して、ぶっ倒れているバーテンダーの上にバラ撒いた。

「ふん…俺達に飲ませる酒は無いだと?冗談じゃねえぞ馬鹿野郎、お前らに振舞ってもらう酒こそ俺様には一滴だってねえんだよ。だから金はここに置いとくぜ。ごっつぁんよ。ウマかったぜ」

 最後のズブをラッパ飲みしながらサーカスがフラフラと出口に向かって歩き出した。さすがに結構酔っ払っている様子でそこらの死体に躓いてはその上でバンプを取っている。

「なあ、みんなよぉ。こんなクソったれな所には用なんてねえだろう。もう、どっかに行こうぜ」

 アナルトリップスはPDSを後にした。

 キャメロンが美しいレディに成長した。

 物凄いハイペースで成長を遂げたキャメロン。生後たったの一年でもう殆ど成人だ。お前は猫か。

 将来が危惧されていた顔面も赤ちゃんの頃の面影がすっかり無くなり本当に美人で可愛らしく、父親に似ている所と言えば尖った耳とお尻のシッポぐらいだ。その上更に胸は大きくウエスト細く、手足もスラっと長くって華やかさ極まれるプレイガール体型。ちくしょう、羨ましい。キャメロンめぇ…憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い…。そんな訳でガチンコに可愛いキャメロン。当然の事ながら男共が放っておく筈がなく、旅の道中先々で土地土地の男達がキャメロンに猛アタック。その度に親バカの王様サーカスがフルパワーの暴行を行うのでアナルトリップスのツアーは常に精肉工場みたいな臭いが漂っていた。。が!しかし!サーカスの理不尽に屈する事無く何度でも何度でもキャメロンに求婚を続ける青年が遂に現れたのだ。

 青年の名は「ジェット・ハーディー」。ドリル&サーカスの二人と比べても全く遜色が無い程に鍛え上げられた古代ギリシャ神話の彫刻の美を連想させるその肉体。変形した拳にカリフラワー状の耳、一部変色している上に触らなくても分かるぐらいに硬そうなスネ。はっきり言おう、一言で言ってこの男、只者では無い筈だ。

 それなのに、このジェット・ハーディーはサーカスの暴行に対してやり返す事は決してしないで「お父さん聞いてください。僕はキャメロンを愛しています。どうか話しだけでもさせてください」などと言いながらサーカスに懇願を続けて、その度に「お父さんじゃねんだよ馬鹿野郎!娘を名前で呼ぶな糞野郎」と虫ケラのように扱われ更に激しく殴る蹴るの暴力に晒され続けた。

 そんな日々が続く中、私はキャメロンの心境の小さな変化に気が付いていた。最初の頃は自分の外見に惹かれているだけの、その他大勢の一人としてしかジェットを見ていなかったキャメロンだったが、ジェットの真っ直ぐな行動と勇気の前に少しずつ心を動かされ、ほのかな恋心を抱き始めていたのだ。

 そんな中、サーカスのジェットに対する態度にも変化が見られ始めていた。ジェット本人には言わないけれど、酒が入ると私達には「あの野郎、少しは骨がありそうじゃねえかよ。けけけけけけ」などと言うようになり、以前ほどは酷い暴力を振るわなくなっていた。

 その日アナルトリップスはいつものように真昼間っから酒場で飲んだくれていた。そして、これまたいつものように、私達のテーブルから少し離れた場所ではジェットが正座をしながら宴の終了を待っていた。

「おいジェット」ほろ酔い加減のサーカスが唐突にジェットに声を掛けた。それも、出会ってから初めてきちんと名前で呼んで。

「お前、ちょっとコッチ来て一杯やれ」

「は、はい。失礼いたします」

 緊張の面持ちでテーブルの一番端に座ったジェットに対し、サーカスが驚きの言葉を口にした。

「バカ、お前なんでそんな隅っこに座るんだ?お前の席はそこだ。そこの席に座れ」サーカスが指定した「そこの席」とは、キャメロンの隣の席だった。

「気い使えバカヤロー」運悪くキャメロンの隣に座っていたピードルがサーカスにブッ飛ばされた。

「じ、自分が…いいんですか?」

「同じ事を言わせるな。お前の席は娘の隣だ」

 キャメロンの隣の席、その席は自動的にサーカスの真正面の席でもある。サーカスの隣でウイスキーを飲んでいたドリルが嬉しそうにつぶやいた。

「こりゃあ、旨い酒になりそうだな」

 ジェットは凄かった。ドリル&サーカスとタメを張る超酒豪だったのだ。その上、まあ緊張も有るのだろうけれど、どんなに酒を飲んでも決してダラしなく乱れたりはしない。サーカスはそんな飲みっぷりと男っぷりが気に入った様子で益々の上機嫌。エンプティボトルがオブジェのように重なる様は限界とゆう観念を覆し素敵だった。ネヴァーエンディング・ドリンキン!酒に飲まれて死んじまえ!宴は延々続いてゆき店中の酒を空っぽにした。アナルトリップスが行く酒場、店はいつでも空っぽだ。

 翌朝、アナルトリップスは南の島に向けて出発した。キャメロンとジェットの結婚式を行う為に。

 キャメロンに先を越された私は完全に不機嫌だった。私だってソコソコ可愛い筈なのにキャメロンが大きくなって以来、私はもう単なる引き立て役でしかなかった。私はもう全部不愉快だった。畜生、私も男超欲しい…。ちくしょう、キャメロンめぇ… 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い・・・・。

 翌日、アナルトリップスは予定通り南の島に到着していた。

 しかし!ナイス神様。空はあいにくの雨模様。これで砂浜での式とパーティーは台無しだ。ざまみろキャメロン。

「この雨じゃあ仕方がねえなぁ。プランを少し変更するか」

「パパ、冗談は顔だけにして。こんな雨ぐらい私が止めてみせるから。エイっ!」キャメロンの「エイっ!」本当に雨が止んだ。

 そして宴が始まった。

 南の風が気持ちいい。

 キャメロンが離婚した。ジェットは最低のゲス野郎だった。

 あの男がアナルトリップスに近ずいて来た理由、それはドリルとサーカスの財産。大量の大判小判。そう、ジェットは結婚詐欺師だったのだ。

 そしてキャメロンは失踪してしまった。「探さないでください」とゆう一言だけの書置きを残して。

「ねえ、コレどうするの?探さないでって書いてるよ」

「探すに決まってるだろう馬鹿野郎!」

 キャメロンの失踪以来、寂しさを紛らわす為なのか、これまで以上により一層強盗家業に余念が無いサーカス。気が付くとアナルトリップスはとんでもない大金持ちになっていた。

 そしてアル中。娘が居なくなってしまった悲しみと連続強盗による疲労とストレスが重なってサーカスは完全に酒に溺れるようになってしまった。

「その目玉はビー玉か?いったい何で出来てんだ。どうせ、お前らは俺様の事が嫌いなんだろう。ただただ嫌な奴、嫌と言ってみろよ!消えてやろうか?それともお前らが消えるか?消えちまえよ馬鹿野郎」

「お客様、随分とお飲みになられているご様子で…。そろそろ、お止めになった方が宜しいかと思いますが…」

 初老のバーテンダーがサーカスを諭しながらドリルに目配せをしている。

「そうだぞサーカス。今日はもうお開きにして帰ろうぜ。最近のお前は、いくらなんでも飲みすぎだぞ」

「うるせえ!俺様の金で俺様が飲んでんだ。文句が有るならぶち殺せよ」サーカスがバーテンダーに札束をばら撒いた。

「おやじ酒だ。新しいボトルを出せ。♪あっ、ニューボットル!♪あっ、ニューボットル!」

 サーカスの態度に溜息をついたドリル。私とピードルの分の支払いも済ませると、一人、店を出て行ってしまった。

「けっ」と最低な態度でドリルを見送ったサーカスに注文したニューボトルが差し出された。

「おいピードル。後でコズカイやるから今夜はとことん俺様に付き合え。♪あっ、ニューボットル!ニューボットル!」サーカスがピードルのポケットに札束をねじ込んだ。ついでに私のポッケにも。ワイルド・ターキーのリッターボトルが速効でで空にらると「キャバでも行くかあー?」とキャバクラ好きのピードルがサーカスに提案。

「おいブス、お前もとことん付き合えよ」と言うサーカスに腕を掴まれて、私達三人はキャバレークラブ「中出しプリンセス」の扉を開けた。

 隣のテーブルからキャバ嬢と客の会話が聞こえてくる。

「ねえねえ、お仕事わぁー?ナニやってる人なんですかぁー?」

「俺?俺は魚屋だよ。アメ横でバイトしてる」

「えー、お魚屋さぁーん。すっごーい」

 一体なにが凄いのか。会話がまるで理解不能。まあ、場末のキャバクラですからね、キャバ嬢のトークのレベルなんてこんなモンでしょう。

 しかし私も変わったよ。酒ばっかり飲んでんじゃん。以前はたしなむ程度だったのに、今となっては居酒屋だろうがバーだろうがキャバクラだろうが酒さへ飲めれば何処でもいい。魂の欠片も無いような意味不明なキャバクラトークも全然頭に来ないとゆうか、むしろアテに丁度いい。おうおう、血中のアルコール濃度が…。

 しかし、やはり物には限度とゆう物が有る。隣の席のキャバ嬢のトークは幾らなんでも酷すぎた。どんなバカ女が話しているのか逆に気になり顔を見てみたくなった私は隣のテーブルを覗いてみた。そして隣を覗いた私はキャバ嬢の顔を見て思わず酒をこぼしそうになった。だけどさ!私が驚くの無理ないって。なんと接客していたキャバ嬢は青春失踪真っ只中のキャメロンだった。

 ヤバイ。ヤバ過ぎる。親バカ大王のサーカスがこんな場面を目撃したら大変な事になってしまう。見境無しに大暴れするに決まってる、そうなれば当然またしても血の海だ。サーカスがキャメロンの存在に気が付く前に中出しプリンセスを抜け出さなければ。

 バカの手でも借りたいとの思いから、ピードルに「ピンチだぞ光線」の視線を送っってはみたものの、やはりピードルはピードルだ。フリーで座った女の子へのセクハラに夢中でこの一大事に全く気が付いていない。やはり私が一人で何とかするしかない。私が一人テンパっているとサーカスが店員に声を掛けた。

「おい!この店のナンバーワンを連れてこいや」

 しばらくするとナンバーワンが私達のテーブルに付いた。

「ご指名ありがとうございまーす。ブリトニーでぇーす」

 ナンバーワンはキャメロンだった。そして、キャメロンはブリトニーになっていた。

 不幸中の幸いだった。ブリトニーことキャメロンが私達のテーブルに付いた時、ピードルは酔い潰れて爆睡。サーカスはトイレに行っていて、たまたま席を外していたのだ。

「お、おばさま… まさか、パパも一緒?」私に気が付いたキャメロンは顔面蒼白。驚きのあまり固まってしまっている。モタモタしている暇は無い、サーカスとピードルに気ずかれていない今のこの瞬間しかブリトニーを二人に合わせないで済むチャンスは無い。

「そのまさかよ…。いい、キャメロン、話をしている時間は無いわ。パパは今トイレよ。ピードルはご覧の状態。逃げるチャンスは今しかないわ。早く逃げて!こんな姿をパパに見られたら大変よ。ヘタしたら、あなた殺されるわよ」

「おばさま…。私… わたしぃ…」

 ガチャ!その時だった。

「ふいぃースッキリしたぜー」の声と共にトイレのドアが開き、サーカスがテーブルに戻って来てしまった。

「おっ!来てるなあ。お前がナンバーワンか?どれどれ顔を見せてみろや」

 恐怖に怯えるキャメロンがサーカスに向き直した。

「ブ、ブリトニーです…」血の雨が降る。私とキャメロンが覚悟を決めたその瞬間…。

「おー!さすがナンバーワン!可愛いじゃねえか。気に入ったぜ。名前なんだっけ?ブリトニー?そうかそうか、ほらブリトニー隣に座れよ。じゃんじゃん酒を注いでくれ」

 マジで?どれだけ酔っているかは知らないけれど、普通忘れる?娘の顔を。しかしサーカスは本当に気ずいていないらしくブリトニーにセクハラの嵐。「オラ、オラ、オラ!オラ、オラ、オラ!」とオラオラ言いながら体中を触りまくっている。さすがに男性スタッフが止めに入って来た。

「困ります!当店はそのような店ではありません」

「んなコタぁ分かってんだよ馬鹿野郎!テメーぶっ殺すぞ。ジョークだよジョーク、ギャグだコラ!笑えコラっ!」

「ニヒヒヒヒ…にひひひひひ…」

「作り笑ってんじゃねえぞ馬鹿野郎!」

「ひえぇぇぇぇー」サーカスの悪の迫力に押されて、その後店員は何も言わなくなってしまった。そうなるともう、最低男の独壇場。実の父親が実の娘に、あんな事やこんな事。もう、キャメロンは殆ど素っ裸だ。

 さんざん最低な行為を繰り返した後、ようやく気が済んだサーカスは例の如く札束をばら撒いて(絶対やると思った)から酔い潰れたピードルを抱え上げ、さっさと店を出て行った。私はキャメロンに何か言ってあげたかったけれど、言葉が何も思い浮かばず無言のまま中出しプリンセスを後にしてしまった。

 サーカスはブリトニーをキャメロンだと気ずいてはいなかった。しかし、そうだとしても私はやっぱり許せない。この最低野郎に一言カマしておかなければ私の気が納まらない。全然気が済まねえんだよ!

「サーカスあんた最低だよ。キャバクラで女の子にあんな事して男として恥ずかしいと思わないの?私はさぁ、アンタと一緒に居るってゆうそれだけでホントに死ぬほど恥ずかしかったわよ。少しぐらい金が有るからって調子に乗ってんじゃないわよ。どれだけ最低すれば気が済むわけよ」

 サーカスは私と顔を合わせないようにして、そっぽを向いて歩いている。

「ちょっとアンタ話し聞いてる?こっち向きなさいよ」

 私はサーカスの肩に手を掛けて自分の方へ振り向かせた。すると、なんとサーカスは大粒の涙を流して泣いていた。

「あの子が…元気そうで安心したぜぇ…」

「えっ!アンタまさかブリトニーがキャメロンだって事を分かってたの?」

「当たり前だろう。あの子を思わない日はない。忘れる筈がないだろう」

「何それ!じゃあキャメロンだって分かってて、あんな事をしていたって訳?お前マジでフザケんなよ。サーカス、あんたは本当に腐っているわ。今日限りで絶交してちょうだい」

 サーカスは何も言い返してこない。さっきから、ただ泣くばかりだ。

「なに泣いてんの?今更後悔しても遅いわよ。後悔する資格すらお前には無いよ。冗談じゃない!今すぐ店に戻ってキャメロンに謝ってきなさいよ!」

「お前さぁ…それじゃあ全然意味が無いんだよ…」

 やがて私の激高を無視するように、サーカスが静かに話し出した。

「あの子が出て行っちまってから俺様は色々と考えたんだよ。あの子は自分で決断して己の道を決めたんだ。だったらもう俺様は何も言わない。あの子も、ああやって頑張ってんだ、それなのに偉そうに説教したり、ましてや無理やり連れ戻したって仕方ねえだろう。あの子が選んだのはイバラの道だぜ。簡単な世界じゃない。だから、さっきのは餞別だよ。覚悟を持って生きて行けって事を俺様なりには伝えたつもりだ」

 もらい泣かせないでよ。やるじゃんサーカス、キャメロンファースト!

「あんたは偉い!いよっ大統領!」

「よせよブス、照れるじゃねえか。あの屋台で飲み直すぞブス。奢ってやる、付いて来い」

 深夜零時の屋台のおでんは時間の経過を感じさせる味の浸み込みで私達の食欲を全快に刺激した。なんだかんだでサーカスと食べるご飯は、いつも美味しい。

 テレビを見ていたアナルトリップスは度肝を抜かされてしまった。キャメロンが逮捕されていたのだ。

「こんにちわ、午後のニュースです。本日午前零時頃、指名手配中の犯罪組織アナルトリップスのメンバーの一人ブリトニー・サーカスことキャメロン・サーカス年齢不詳が勤務先の飲食店で緊急逮捕されました。なお警察は引き続き逃亡を続ける他のメンバーの足取りを追っています。続いてのニュースは…」

 指名手配されていたんだ、私達…。まあ、あれだけ好き勝手に暴れていたのだから当然と言えば当然か…。しかし、テレビで報道される程に事が大きくなってしまっているとは…。

「おーい見ろよ、いま行って来たコンビニに俺達のポスターが貼ってあったぞ!いっぱい貼ってあったから一枚剥がして持って来たよ。文章も書いてあるけど俺っち字が読めないじゃん。なんて書いてあるのか読んでくれよ」

 買い物帰りのピードルはニュースを見ていない上に字が読めないものだから警視庁作成の指定重要指名手配被疑者のお知らせの張り紙を手に嬉しそうにサインの練習なんかを開始している。結構深刻な事態に移動ルートの確認と再調整に余念が無い私達三人を尻目に一人浮かれるピードル。時にはバカが羨ましい事もある。


 キャメロンは、まあ、それは私も同じ事だけれど犯罪には手を染めてはいない。ただ三バカと一緒に居たってだけの話だ。ましてやキャメロンは未成年、すぐに釈放されるだろうし父親のサーカスもそこの所はさほどは気にしてはいない様子だ。

 捕まった時に大変なのは、やはりドリル、サーカス、ピードル、この三人だろう。ピードルは、ドリルとサーカスに比べると派手さに欠ける所があるとゆうか一見なにもしていないように思われがちだけど、実際の所はコソコソと万引きをしたり、空き巣や覗きを繰り返したり買春をしたりして何かと地味に積み重ねているのだ。

 一番ヤバいのは断トツでサーカスだろう。もし捕まってしまった場合、暴力と破壊の限りを尽くすヴァイオレンスモンスターにシャバでの未来は訪れないだろう。

 ドリルは?ドリルの場合はどうだろう。凶悪犯罪の殆どはサーカスが勝手にやった事だけど何しろドリルはチームのリーダーだ。サーカスの単独犯罪だとしてもリーダーで有るとゆう立場上、指示を与えた主犯格だと判断されても仕方が無いかもしれない。そして仮にそうなってしまった場合サーカスと同等、もしくは、それ以上の重い判決が言い渡される可能性も十分に考えられる。微妙なところだ。

 私は?私の場合はどうだろう?指名手配されてテレビのニュースで取り上げられてしまった以上は逮捕されてしまう確立は非常に高いだろう。その際にアマゾネス的な立場の濡れ衣を被せらりたりはしないだろうか?最悪の事態を想定するのならば、この際三バカに見切りを付けて自分の事だけを考えてみる事にしよう。私はシュミレーションを開始した。

 私のプランはこうだ。まず三バカの目を盗み自分一人警察署に駆け込む。その際、あくまでも自首とゆう立場は取らない。自分自身も被害者の一人だと偽り、あいつ等に拉致監禁された後に今の今まで無理やりに連れ回されて命カラガラやっとの思いで逃げ出して今現在この警察署に駆け込みました。助けてください!お巡りさん。

 冷静に考えた結果、私は自分が導き出したこのプランは結構イケているとゆう答えに自問自答の末結論した。

 更にマスコミに取り上げられたりしたならば私は一気に時の人、悲劇のヒロイン誕生だ。

 再現ドラマで女優デビュー。主題歌担当歌手デビュー。音痴はこの際置いておいて、と言うか私の音痴ごときは現代スタジオの最新エンジニア技術に掛かればたちまちにしてエラ・フィッツジェラルドやサラ・ヴォーンな訳で問題など何も無い。

 そうと決まれば時は来た。今すぐ警察に駆け込んで記者会見の準備に取り掛かってもらおう。そう思い立ち上がった瞬間、私は大変な事に気が付いた。あぶねえ…私、今スッピンじゃん。

 危ない危ない、勢い余り素顔のままでマス・メディアの前に出て行ってしまう所だった。それだけは絶対に有ってはならない。メディアデビューとゆう晴れの舞台で大変な過ちを犯す所だった。

 パタパタパタ、ぬりぬりぬり。施すは勝負メイク。最初はやはり、とても肝心だ。パタパタパタ、ぬりぬりぬり。

「…ブス、お前なにしてんだよ」

「何って、見れば分かるでしょう。お化粧してるのよ」

「んな事ぁ分かってんだよ!そんな事やってる場合じゃねえだろうって言ってんだよ。全世界に指名手配されたんだぞ、一つ所に留まってる場合じゃねえだろ。今だってコンビニ帰りのピードルが目撃されてるかも知れねえんだぞ!とっとと移動だ、早く行くぞ」

「移動!ダメダメ、それだけは絶対ダメよ。大丈夫よ、ここなら大丈夫なんだから」

「おいコラちょっとソコのブス。お前なに言ってんの?いいから行くぞ早くしろ」

「いやだってチョットまだ眉毛…」

「馬鹿野郎テメー、マジで置いてくぞ!」

 サーカスに掴まれた腕を、私は強引に振りほどいた。

 私の「だったら勝手に行けばいいじゃない」の一言に、キレたと言うか呆れたとゆうか…とにかく三人は本当に行ってしまった。しかし今の私にとって、この展開はむしろ好都合。警察に駆け込む時、三人の目を盗む手間が省けたばかりか誰にも邪魔されずにメイクアップに専念できる。パタパタパタ、ぬりぬりぬり。

「パチッ」気分転換と最新メイクの研究を兼ねて私はテレビのスイッチを入れた。可愛いメイクやファッションの映像を求めてチャンネルサーフしているとアナルトリップスのニュースを伝えるチャンネルが目に入って来た。

「えー、なお、この凶悪犯罪グループは主犯格と思われる謎の日本人女性の指示の元数々の犯行を繰り返し…」

 な!なによコレ!一体どうゆう話になっているのよ?どうして私が主犯なのよ。


 夢が破れた一人の部屋で香水の香りだけが虚しく充満している。悲劇のヒロイン、女優デビュー、歌手デビュー… 思い描いた私の夢は、今静かに幕を降ろした。大切な夢が音も無く崩れる瞬間の心細さと寂しさに絶望した私は体中から力が抜け落ちテレビを見ながら放屁していた。数秒後、オナラと香水が交じり合ったこの世の終わりのような悪臭に私は「はっ」と我に帰った。そう、こうしてはいられない。最愛の仲間達、マイベストフレンズ№1であるドリルとサーカスに早く合流しななければ!私一人だけだったら簡単に捕まってしまうに決まっている。今居るここの場所だってコンビニ帰りのピードルが目撃されてるかもしれないのだ。

「待ってぇぇぇー!みんな待ってぇぇぇー!」私は眉毛の無い顔で、街の中を駆け抜けた。

「なんなんだよ…お前はよぉ」みんなの視線が冷たい。まるで視線のレーザービーム。ドリルモービルに乗せてもらう為に、私はサーカスの命令で屈辱の土下座を強いられた。さらには、やはりサーカスに「誠意を見せろ」などと言われ、たこ焼きを30パックも買わされてしまった。サーカスとピードルは指や口の周りに付いたソースを私のキャミソールとスカートで拭き取り、鰹節とマヨネーズで私の顔にお化粧を施した。だけどさ!誠意でたこ焼きを買わせたのなら、そのたこ焼きを食べたって事は誠意を受け入れたって話しになるんじゃないの?だったらもうイイんじゃないの?違うんだったら食べないでよ!だったらそれ食べないでよ。私が泣きながら暴れていると、「分かった分かった。サーカス、もう許してやれよ。助手席で泣いたり暴れたりされるのは困るよ」とドリルが言ってくれたお陰で何とかその場は収まった。車内がとってもソースくさい。

 アナルトリップスは局面打開策を模索していた。なにしろ全世界に指名手配されてしまったのだ、状況はかなり厳しい。サーカスがたこ焼きを頬張りながら私に言った。

「こうなったらもう星外逃亡しかねえな」

「え?星外逃亡?」

「そうだ。いいか、よく聞けクソ女。全世界に指名手配されたって言っても結局はこの星の中だけの話じゃねえか。だったら星から脱出して他の星に移り住めばイイってだけの話しじゃねえかよ。そうだろう、けけけけけけ」

「あのさぁ…そうだよ、あんたの言う通りだね。ただし、宇宙に行く事が出来ればね。どうやって行くのよ?星の外に」

「うるせえんだよブス。俺様はお前になんか話してねえんだよ。俺様はさっきからドリルに話してんだよ」

「さっきアンタがよく聞けクソ女って言ったんじゃないのよ」

「うるせえ。バカ、ブス、死ね。なあドリル、どうにかならねえのか?ドリルモービルを宇宙仕様に改造出来ないか?陸海空いけるんだ、宇宙が駄目って事は無いだろう?」

「ああ全然大丈夫だよ」

「マジか!」

「マジだ。てゆーかサーカス、お前さっき改造とか言ってたけれど、そんな事しなくたってドリルモービルは今のままで普通に宇宙に行けちゃうぜ。なんだ、知らなかったのか?」

「それは…ちょっと知らなかったな」

「よし、じゃあ出発するぞ。みんなトイレは済ませたか?大気圏に突入する時はシートベルトをキチンと締めろよ」

 問題なんて何も無かった。アナルトリップスは宇宙の何処かへ旅立った。

 宇宙遊泳を楽しんでいると、何んとも住み心地の良さそうな惑星が目の前に現れた。外見の美しさに心を奪われたアナルトリップスは取りあえず着陸してみた。そして、地上に降りて益々と、その星の素晴らしさに感服してしまった。

 緑が多くて空気が綺麗。その上、この星の住民達は皆一様に明るく陽気で屈託のない素敵な人達ばかりだった。一日のんびりと過ごしたアナルトリップスはこの星を第二の故郷に認定した。勝手に自分等で。

 しかし、時の経過に比例して私達はある事に気がついた。この星の食事で使われる食材はピーマンばかりなのだ。最初は「流行ってるのかなぁ」ぐらいにしか思っていなかったが数日間を過ごした後、私達の疑問は確信に変わった。

「この星の食文化は、著しく遅れている…」

 辺りを観察してみると、やはり食物はピーマンしか栽培していない。牛や豚の存在は確認出来なかったけれど、空には鳥が飛んでるし海では魚介類が水しぶきを上げている。ピーマンが育つとゆう事は他の野菜、果物、豆類、お米なども育つとゆう事であり、ならば豊富な素材を使ってバラエティ豊かなフードメニューを作れる筈なのだ。

 それなのに…許せない。頭に来る。毎日毎日ピーマンピーマン、それ全然笑えないから。あなた達が勝手に食べる分には好きにすればいい。栄養あるしねピーマンは。でもアナルトリップスは違う!断じて違う。レヴォリューション、私は肉を食べたい。ジェネレーション、こぼれたミルクは拭けばいい。

 アナルトリップスは畑を耕した。海に潜って魚や貝を乱獲し鳥を無理やりひっ捕まえては焼き鳥やチキンスープを拵えた。この星の先住民達に圧倒的なレベルの違いを見せ付けてアナルトリップスの食卓は発展の一途を辿った。

 私達が食事の支度を始めるとドリームスメルに引き寄せられた先住民達が家の周りに集まりだし、準備が終わり食事が始まる時間になれば押すな押すなの大観衆が押し寄せて私達は家の塀の補強を余儀なくされた。さらには群集を見込んだテキ屋やトラブルの発生に従う警察や消防隊の出動など周囲は常に騒がしく、アナルトリップスの摂食時間は「アースの神秘」と囁かれ、この星の新たな名物になっていた。

 素晴らしい事を思いついてしまった。私は自分が思い付いた素晴らしいプランを伝えるべく、シャコの殻取りに熱中しているドリルとサーカスに駆け寄った。

「ねえねえ、あんた達、商売を始めたら?飲食店。みんなあんなに食べたがっているんだから飲食店を始めたら今度こそ全うなビジネスでお金が稼げるんじゃない?」

 話は早かった。私達は潰れた焼きピーマン屋の空き物件を買い取って、一階をドリルの寿司屋、二階をサーカスの焼き鳥屋にして、この星ではピーマン屋以外では初の飲食店「ジェラシーMAX」をオープンさせた。

 ジェラシーMAXは予想通り開店と同時に大盛況。先住民達が何も知らないのをイイ事にメチャクチャにボッタくった料金設定にも関わらず、連日連夜店に入り切れないお客が行列を作り一組一時間入れ替え制にしても対応しきれない程だった。

 先住民達に「マック」の愛称で親しまれ完全に定着したジェラシーMAX。ブレインの私、直接料理の腕を振るうドリルとサーカス、いつしか私達三人は与党から出馬の要請を受ける程のカリスマ的英雄に成り上がり完全にコントロールの効かないイケイケ状態に突入していた。こうなるともう店の事はバイトに任せての殿様商売。ドリルとサーカスは包丁を握る事も殆ど無くなり(フォトセッションの時だけ包丁を握ってカメラ目線)魚をさばく事や鶏肉に串を通す事も「手が汚れるから」と言って一切やらなくなり「せめてネタぐらいは自分でチェックしたら?生物を取り扱ってる訳なんだし」とゆう私の言葉にも「髪や服にニオイが移るから」と言って生肉や魚には触るどころか近ずく事さえも嫌がる始末。それでも客足が途絶える事は無く銀行口座の入金額は連チャンフィーバーの倍々ゲーム。アナルトリップスはセレブレティーなパーティアニマルに変貌していた。

 サーカスがバーボンのボトルを噛み砕き、そのまま一気に飲み干している。彼の最近のお気に入りのやり方だ。あっちでバーン、こっちでボーン。英雄な上に大金持ち。私達を遮る物は何も無くどこに行ってもVIP待遇。腑抜けと高慢が凌ぎを削りイカれてフザけた精神状態での大暴走の日々。こうして絵に描いたような成り上がり、金の亡者が誕生した。

 デタラメ放題の日々の中、最初に感じていた快感は日毎夜毎に薄れてゆき、何かに丸呑みにされているような違和感と疎外感。私達は感じていた、全然楽しくないとゆう認めたくない実感を。

 猛烈な興奮と強烈な退屈。私達はこのまま、馬鹿丸出しの大掛かりな暇潰しを一生続ける事になるのだろうか。無気力な日々の中、酒浸りの私達。ただただ、目玉が黄色くなっていくばかりだった。

 珍しく長雨が続いた、ある連休最終日。私達は外に遊びに行く事もなく、酒とタバコとテレビジョン。誰も、一言も喋らなかった。

「あれ、ピードルは?」

 沈黙に嫌気が差したのかドリルが口を開いた。ピードルの事なんか気にしていないくせに…。

「…ピンサロじゃねえか。さっき勃起してたから」

 心ここに有らずな雰囲気を全開に漂わせ、サーカスがいかにも適当な感じでドリルに答えた。さあ、そろそろ夕食だ。おかずは何にしようかな。この星に来て以来10キロ近く太った私は献立を考えながら何気なしに窓から外を見た。すると、そこにずぶ濡れのピードルがいた。

「いたよ。ピードル」私の言葉にドリルとサーカスがダラダラと起き上がり窓の外を見た。

「あいつ何やってんだ?クワなんか持っちゃって」

 見るとピードルは一人で畑の跡地を耕している。私達がこの星で一番最初に農作業を行った、今はもう何も育てていない畑の跡地で。

「おーい!ピードル、風邪ひくぞぉ。早く家に上がって来いよー」

 ドリルが窓を少し開いてピードルに声をかけた。外は、どしゃ降りだ。

 農作業の真似事をヤメようとしないピードル。びしょ濡れのまま一心不乱にクワは振り下ろし続けている。仕方が無いので私達は、ピードルを迎えに外に出て行った。どしゃ降りの雨、勢いを増すばかり。

「何やってんだ?お前は」サーカスがピードルに詰め寄った。

「何って…農地を耕してる」

「んなぁ事ぁ見りゃ分かるんだよ。もう何も育てていない畑の跡地で雨の中なんでそんな事をしてるのかって聞いてんだよ」

「楽しいからやってるんだよ。お前らとボーっとしてるだけなんかよりも全然楽しいね。なあ、俺達初心を忘れてないか?こうやって汗水垂らして働いた我武者羅だった日々の事をさぁ…」

 なんだコイツ。なんて自分らしくない事を言い出すのだろう。絶対にテレビかなんかのセリフをそのまま抜粋している。

 大体において一生懸命に農作業に取り組んでいたのは私とドリルとサーカスの三人だけであって、私達三人が必死になって働いている時に、この馬鹿っタレはプラプラと散歩をしたりガーガーと昼寝をしたりダラダラとテレビを見ていただけであってクワを持つとかそうゆう以前に畑の中に入る事自体、今のコレが初めてなのだ。

 本当にいい加減にして欲しい。こんな生物には初心も何も有った物ではなく駄目で馬鹿の欠如したリアリズムが平然と繰り出した視界不良の能書きに呆れた私は一刻も早くこの場を離れたくなり、とっとと家の中に引き返し夕食兼酒のツマミにロールキャベツを作り始めた。

 結構な時間が経過していた。ドリルとサーカスは、まだ家の中に戻って来ない。「まさか」と思った私が窓の外に目をやると、なんと信じられない事に二人はピードルの大根芝居に感動してしまったらしく三人で泥だらけになりながら畑の跡地にクワを振り下ろしていた。どしゃ降りの雨の中、意味なんて何もないのに。

 気が付くと私は三人の元に駆け出していた。蘇った労働意欲、言葉は何も要らなかった。私達は一様に無言のまま泥しかない畑の跡地を耕し続けた。何故だかとっても、涙が溢れて。

 三十分以上はそうしていただろうか、ピードルがヘラヘラと沈黙を破った。

「もう飽きた。疲れたし。お前ら、よくこんな事やってたなぁ」

 我に帰ったサーカスは腑に落ちない表情で大雨の中、器用にタバコに火を点けた。

「なんだこれ。俺様としたコトが一体なにに浸っていたんだ…」

 更にはドリルまで。「危なかったなぁ…。危機一髪だったよ。どうかしてるよ」

 ポイっ。ピードルがクワを投げた。

 ポイっ。サーカスもクワを投げた。

 ポイっ。ドリルも投げた。ポイっ。私も捨てた。

 早々に魔法は解けた。やっぱりアレかね、恵まれ過ぎちゃうと不幸とゆうか悲劇とゆうか、そうゆう「ごっこ」を嗜みたくなる物なのかしらね。私達はシャワーを浴びて魔法の泥を綺麗に落とした。ネオン街へ繰り出そう。着飾って、新しい靴を履いて。

 リフレッシュで大体の事は解決する。みんながソレを忘れているから世の中が暗くなる。性格が悪くなる。リフレッシュに成功したアナルトリップスは美酒にトロけた。酒場のBGMではいつかのようにアクセル・ローズがシャウト。アクセルのシャウトにドリルがエアギターで応戦、そこにサーカスがヘッドバンキングで絡み付く。エアギターとヘッドバンキングのセッションは夜の深まりと同時進行で激しさを増してゆき、アナルトリップスは気絶するまで酒を飲んだ。

「あー…首いてぇ…」昨夜のヘッドバンキングのダメージにサーカスが首をさすっている。痛み止め代わりのモーニングウイスキーを一気に飲み干した。

 昨日までの長雨が嘘の様に晴れ渡った、馬鹿馬鹿しい程に晴れ渡った完全な晴天。ドリルが本を読んでいる。

「ドリル、その本どうしたんだよ」

「ああ、さっきタバコを買いに出掛けたら女みたいな声のカツラを被ったおっさんが泣きながら通行人に配ってたんだよ。声が元に戻っちゃったよぉー、なんて言って泣きながら。その時貰った」

「なんだ、そのジジイ。俺様にもナンかくれるかなぁ?」

「気になるなら見てくればいいじゃん。あの様子ならまだ泣いてると思うぞ。この本もまだ配ってるんじゃないかなぁ、ガラ袋いっぱいに入ってたし、殆どの通行人は気味悪がって受け取ってなかったから」

「けけけけけ、何だそれ?面白えな、そのオッサン。貰ってやれよな通行人も、配ってんだからよ。けけけけけ」

 アナルトリップスに訪れた、久し振りに鼻歌交じりな光の午後。開け放った窓から流れる風を受けピンク色のハンモックがリビングで揺れている。キャメロンの帰りを待っているサーカスが娘の為に用意したプレゼントだ。

 主を待つハンモックの真ん中で、ヒマワリ色した子猫が二匹、小さな寝息を立てている。なんだか今日あたり、キャメロンが帰って来るような気がする。

「どうして言う事が聞けないの?」

 私は昔から我がままだった。

「人の物まで欲しがらないの」

 我がままな私は怒られた。

「少し足りないぐらいの方が本当は楽しく遊べるんだよ」

 自分の脂肪に口ずけた。

 瞬き一つしている間に救われている事もあれば溜息で吹き飛ばしてしまう事もある。幸せの手触りを握り潰してしまった時、気が付かない振りをして余裕と予感を振りかざせば最後に泣くのはきっと自分だ。そして本当はみんなその事を知っている。

 昨日までのとは違う心地のいい沈黙がリビングを支配している。このまま支配されていたい。ドリルは読書、サーカスは飲酒、ピードルは昼寝。さあ、私は何をしようかな。取り敢えずはメイクアップ!パタパタパタ、ぬりぬりぬり。その時だった…。

 部屋に響いたインターフォン。ぶち壊し、何もかも。

 本の続きが気になるドリルと、酔いが回っていい気分だったのを邪魔されたサーカス。二人はダッシュで駆け出して、同時にドアを蹴り上げた。

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