スローバラード

 カーラジオからスローバラード。続いて軽快なダンスナンバー。最高に心地いい。キャメロンもノリノリだ。しかし凄いよキャメロンは、普通の赤ちゃんだったら死んでいてもおかしくは無い程の大怪我を負ったとゆうのに二日後の今日には、もう音楽を聞きいて大ハシャギしながら哺乳瓶に満タンの豆乳を飲み干している。

 ところで、カーラジオ!そうアナルトリップスはCARをGETしたのだ。しかも、そんじょそこらのCARじゃない。聞いて驚かないでほしい。いや、別に驚いてもいい。と言うか聞いたらきっと驚くと思うし感情の赴くままに驚いてもらった方がこっちも気分が爽快だ。

 ドリルモービルDX!これがアナルトリップスの新車の名前だ。ドリルモービルが装いも新たに更なるパワーアップを遂げてここに復活を果たしたのです。

 腕相撲が全ての国はその国名からも想像が付くようにリブの人達が聞いたら話しだけで卒倒しかねない程の完全な男尊女卑社会。そうなれば当然車好きの人口が半端無く多くカーマニア達が自慢の愛車を乗り回し性能を競い合っている。と言う事は当然カー用品店も充実しまくっている訳で、そんな状況下に置いてカーキチな上に頭脳明晰なドリル、たったの一日で以前のドリルモービルよりも高性能なニューマシン、ドリルモービルDXを作り上げたのだ。

 気分は爽快ぽかぽか陽気。選曲最高ディスクジョッキー。マシンは最強ドリルモービル。この上ない、申し分ない、気分が良すぎて申し訳ない。ドライブスルーなんて本当にスルーして最高の気分に相応しい本格的なレストランを求めながら心地のいい空腹をボトルワインで紛らすアナルトリップスは余裕の塊状態でドライブを楽しんだ。

 メキシコ料理屋とインド料理屋が向かい合わせに営業しているイイ感じのストリート。食欲を刺激するスパイスの匂いが渦巻いている。どっちのお店も美味しそうだ。

「この二つのどっちかに入ろうぜ。今の気分なら俺はメキシカンかなぁ」ドリルの意見にサーカスも同調した。

「いいねえ、メキシカンいいねえ。タコス食いながらテキーラをガンガン飲もうぜ。店ごと空っぽにしてやるぜ」

「店ごと空っぽ… かぁ…」

 どうしたのだろう、ドリルの表情が心なしか曇っているように見える。そう言えばドライブの最中も新しいドリルモービルに浮かれて大ハシャギで酒を飲んでいたドリル以外のメンバーとは明らかに違うオーラで一人運転に没頭していた。

「ドリル、どうしたの?元気ないみたいだけど」私が訪ねると、うなだれるように静かに答えた。

「うん、いやぁ…まあ…そうだな、いつまでも隠し通せる事じゃ無いな。じつは、みんなに話さなければならない事があるんだ。まあ、とにかく店に入ろう。食いながら話すよ」

「話しってのはさぁ」ドリルがテキーラを一気に飲み干してから切り出した。

「金がさぁ、もう殆ど無いんだよ。こうしてレストランでまともに食事が取れるのも、ここのメキシカンが最後になると思う。ドリルモービルを作り直した時点で、もう殆ど金が尽きてたんだよ」

 そう言われて私はハッとした。私は今までお金がどうなっているのかなんて考えた事もなかった。ドリル達はお金の話は一切しなかったし、いつでも豪快に飲み食いしていたのでお金の心配どころか感覚が麻痺していて、誰がお金を出しているのかなんて気にすらもしていなかった。

「金?そんなの全然問題ねえじゃん」サーカスがタコスを口いっぱいに詰め込んでいる割にはやけに滑舌よくドリルに言葉を続けた。

「金ならまた稼げばいいじゃねえか。なんなら取り合えずこの店の店員ぶっ殺してレジの金でも奪っていくか?」

「あのなぁ、サーカス」ドリルがサーカスの目を真っ直ぐに見据えた。

「いいか、お前も父親になったんだ。いつまでも今までみたいに、奪ったり殺したり盗んだり襲ったり騙したり暴れたりイジめたり、人を高い所から突き落としたり、人の家庭をメチャクチャにしたり、ペットに飽きてすぐに捨てたり、カラオケBOXでSEXしたり、禁煙席でタバコを吸ったり、それを注意しに来た店員に逆ギレしたり、満員電車で座ってる人のヒザの上に座ったり、道端にガムを吐いたり、コンビニの前で唾を吐いたり、痰を吐いたりしてちゃ駄目なんじゃないのか?」

 ならず者である。気持ちいい程に最低だ。しかし親友からのリアルな忠告は流石の俺様野郎にも結構貰ってしまった感が有ったらしく、サーカスにしては珍しく口数が減ってしまった。暫くうなだれていたサーカスはテキーラを飲み干してからキャメロンを抱き寄せて、ぼそぼそとドリルに話しだした。

「だけどよぉ、俺達全員まともに金を稼ぎ出す方法なんて知らねえじゃねえか。俺達全員ガキの頃から金は奪う物、物は盗む物、ずうーっとそやって生きてきた訳なんだしよぉ」一緒にしないで欲しい。私は違うから。

 しかし言われてみれば一理あるのかもしれない。根っからのアウトロー達に今更地道に真面目に働けと言っても難しい話なのかもしれない。特にサーカスは。

 気まずい沈黙が酒と料理で溢れ返ったテーブルを支配した。メキシコ料理屋のジュークBOXからガンズのウェルカム・トゥ・ザ・ジャングルが流れている。

「これなんかどうだよ?かなりイイんじゃねえ」将来に対する絶望と不安からテキーラとタコスの暴飲暴食に走ったドリルとサーカスと私に向かってピードルがジュークBOXを指差した。

「だからコレだよコレ。金持ちって言ったらロックスター。金が欲しいんなら俺達ロックスターになればイイんじゃねえ」

 アナルトリップスは楽器屋の前に居た。さし当たって必要な物はエレキギターとベースだ。マイク、アンプ、ドラムセットなどその他諸々はライブハウスやスタジオでレンタルしているのでそれを使えば問題は無い。ギターとベースも大抵のスタジオではレンタルしているが本数には限りが有るしライブハウスに至ってはギタリストとベーシストが手ぶらで入って行った場合出演出来る出来ないの話し以前に怒られてしまうだろう。なのでギターとベースは必需品なのだ。

 ただ、一つだけ問題が有るとすれば今のアナルトリップスにはギターとベースを購入する為の財力が著しく欠けているとゆうその一点に尽きるだろう。

 アナルトリップスは話し合った。ギターとベースを購入する為の現金をどのように捻出するのか、その点について私達は議論に議論を重ねた。今までならば何の躊躇も無く店内に乱入、楽器だけに留まらずレジスターの中のキャッシュや買い物客の財布まで巻き上げていた事だろう。しかし、いつまでもそんな事ではイケナイのだ。今までの自分を変える。立派な父親になってキャメロンのいいお手本になりつつ大金を手に入れる。ロックスターになる根本的な理由と目的はそれなのだ。

 話し合った。アナルトリップスは大いに話し合った。盗んではいけない。当たり前の事だ。しかし楽器がなければバンドは始まらない。ならば、どうするか。

 話し合いに話し合いを重ねた結果アナルトリップスが導き出した結論は「とりあえず、今回だけは盗む」とゆう事に落ち着いた。イエス!バンドやろうぜ。

「楽器を拝借するだけだぞ」「暴力は一切ふるうなよ」

 楽器屋の前でドリルが何べんもサーカスに釘を刺している。そんな真顔のドリルにサーカスが薄ら笑いを浮かべながらヘラヘラと答えた。

「分かった、分かったよ生徒会長。いつでもお前は正しいよ。だけど生徒会長さんさぁ、俺達やっぱり盗人だよなぁ。結局好きなんだよ俺たちゃコレが。何だかもう面倒臭えよ。バンドなんてカッタるい事も真人間になるなんて無理っぽい事もこの際やっぱりヤメにして、俺達は俺達らしく今まで通りに欲望と暴力を追求して行こうじゃねえかよ。どうだい兄弟」

「お前…ふざけんなよ」サーカスの言葉にドリルが切れた。

「馬鹿野郎!お前にはまだ分からないのか?自分が子を持つ親だってゆう自覚はコレっぽちも無いのかよ。大体今回だって盗むって訳じゃない。俺の中ではそうじゃない。バンドが有名になるまでの間、一時的に借りるってだけの話しだ。俺達が有名になったらスポンサー料を一切貰わずにここの楽器をドームツアーで弾きまくる。俺はそう決めている」

「馬鹿はテメーの方だろうが」サーカスがドリルに言い返す。

「何が有名になったらだ、なる訳ねえだろ馬鹿野郎!一時的に借りるだけだあ?現に今この店から楽器をパクるって事には変わりねえだろうが!所詮俺たちゃ悪魔超人なんだよ、ドス緑の血液が体の隅まで逆流してんだよ!」

「サーカス…そうやって自分を卑下するのはヤメろよ。キャメロンの小さな命を引き受けるって誓った時のお前は優しい目をしていたぞ。お前は悪魔超人なんかじゃない。自分とキャメロンの未来を信じるんだ。一生懸命バンドの練習をしてさぁ、キャメロンにカッコいい所見せてやろうぜ」

「ドリルぅ…俺、俺ぇ…」サーカスがコクコクと頷きながらドリルに右手を差し出した。

「分かってくれたらイイんだよサーカス。さあ、とにかく楽器を盗んでスタジオに入ろうぜ。予約の時間に遅れちまうよ。練習、練習」

「サンキュウ、ドリル分かったよ。また道を外れようなんて考えた俺様が馬鹿だったよ。もう俺様は決して暴力は振るわない、その代わりに花を育てるよ。傍若無人に振舞ったりもしない、その代わりにベルマークを集めるよ。物を盗むのも今日が最後だ。ん?盗む…いや違うな、お前の言う通りだよドリル、これは窃盗なんかじゃない。イニシエーションなんだ!真人間に生まれ変わる為に必要な大切な通過儀式なんだ!」

「…あのぉ…お客様…」

「・・・・・・・・・・・・・」

「先程から…そのぉ、盗むだとか悪魔だとか色々と物騒な言葉が聞こえてくるのですが、どうかなさいましたでしょうか…」

 丸聞こえである。ドリルとサーカスは馬鹿デカい声で言い争いをしていた為、数十秒程前から店員と警備員に取り囲まれていたのだ。馬鹿さ加減に呆れた私は近くのカフェで一服していた。タバコの煙、やけに青くて。

 サーカスは店員と警備員をボコボコにぶん殴りレジスターを叩き壊した。ドリルも別段それを止める素振りは見せなかった。調子に乗ったサーカスは何故だか口から火を吹きながら壊したレジから空のギターケースに現金を詰め込んでエアギターで高笑い。逃げ遅れた買い物客からも財布を巻き上げ、金だけ持って店の外に出て来てしまった。

 あんまりだ。酷過ぎる。これでは最初の計画から余りにかけ離れ過ぎている。見かねた私は二人の事を怒鳴りつけた。

「ちょっと!あんた達、一体何をやっているのよ?それじゃただのノックアウト強盗じゃないのよ。いい加減にしなさいよ!せめてギターとベースは持って来なさいよ」私の言葉で当初の予定を思い出した二人は店内へUターン。ギターとベースのみならず、マイクやアンプ、ドラムセットにシンセサイザー、鷲掴みにしたピックとシールド、エフェクター各種に弦を数セット及びドラムスティックとバンドスコアなどをドリルモービルに詰め込んで練習の予約を入れておいた音楽スタジオにマシンを飛ばした。

 スタジオに入ってから既に一時間以上が経過している。その間に楽器に触っているメンバーは一人もいない。一時間以上ずうぅーっとバンド名を決める話し合いに時間を割いている。スタジオ代だってタダでは無いし、こんなミーティングは貴重な練習時間にする事では無く別の機会にじっくりと話し合えばイイだけの事であって、もう、この時点で既にこのバンドは間違っている。

 大体、誰がどの楽器を担当するのかさえも、まだ決まっていないのだから他人事ながら呆れるばかりだ。私はバンドに関しては部外者だけれどもチンタラしたムードをぶち壊したくなり強引に会話に割って入った。

「ちょっとちょっとアンタ達、名前は後でもいいでしょう。ここは練習スタジオなんだよ、会議室じゃ無いのよ。とりあえず楽器を手にしなさいよ。大体パート割りはどうするのよ?三人しかいない訳だしトリオ編成になる訳だからリードボーカルは誰かが楽器と掛け持ちね」

「掛け持ちぃ?三人?寝言は寝てから言えよブス」自分が考えたバンド名が全て却下された為イラついているサーカスが私に食って掛かってきた。

「お前もバンドのメンバーだろうが!黙って聞いてろ公衆便所が。テメーの便器に垂れ流すぞコノ野郎」

 こうゆう犬畜生的な発言をここまでサラリと言われると馬鹿らしくて怒る気にもならない。

「あのさぁ…あんたさぁ、まあ、今更アンタの口の利き方なんてどうでもイイけど、私もバンドのメンバーだなんてフザけた事は言わないでよ。私、バンドなんてやった事ないわよ」

「俺達だって無えよ馬鹿野郎。ガタガタ言ってねえで担当決めるぞ。おいアバズレ、お前はリードボーカルだ」

「はあ?なんで私がボーカルなのよ」

「頭の悪い公衆便所だな。とりあえず最初はガンズの曲で練習するんだよ、俺達がアクセルのキーで歌えるとでも思ってんのかよ。俺達は全員初心者だけどヤル気だけは何処にも負けねえ、ヤル気重視の完全プロ志向なんだよ!」

「全員初心者のヤル気重視?その上完全プロ志向?ナメてんじゃないのアンタ達。道のり長いよ、そのプロ志向。だけどさぁ… あんた、なに私の闘魂に火を点けてくれちゃってんの?受けてやるわよアンタの挑発、歌ってやるわよアクセル・ローズ」

 私がサーカスの挑発に乗っかる形でリードボーカルは私に決定した。一つのパートが決定するとその後の話し合いはスムーズに展開してゆき、各パートは以下のように決定した。

 ギター ドリル


 好きなバンド ミュージシャン

 ブライアン・ジョーンズ

 ジム・モリソン

 ジミ・ヘンドリックス

 ジャニス・ジョップリン

 ミュージシャンとしてのアントニオ・バンデラスの歌声をこよなく愛する。また、好きなミュージシャンとして上げた顔触れがバンデラス以外全員、若くして死んでいる事からも分かるように、やや退廃的な人物像に惹かれがちである。

 ベース サーカス


 好きなバンド ミュージシャン

 ガンズ&ローゼス

 モトリー・クルー

 サーカス・オブ・パワー

 スキッド・ロウ

 ファスター・プッシー・キャット

 アリス・クーパー

 アメリカンハードロック一色な事からも分かる通り難しい音楽が大嫌い。ドラムはツーバスが好きらしく「とにかくドカドカやってくれよ」と、ピードルにツインペダルを投げつける。(そのつもりは無かったらしいが顔面直撃)それならば自分がドラムを担当すればイイのにと思うのだが「俺様はニッキー・シックスだから」と意味不明な勘違い。勿論ニッキー・シックスには似ても似つかないブサイクガサガサだ。

 ドラム ピードル


 好きなバンド ミュージシャン

 SEXピストルズ

 ザ・ポップ・グループ

 モーターヘッド(命)

 フランク・ザッパ&ザ・マザーズ・オブ・インヴェンション

 エルヴィス・コステロ

 軍歌

 ある意味メンバーの中で一番幅広い音楽性を持ち合わせている。DOLLのバックナンバーを「全部持ってる」と言っていたが多分嘘。とゆーか揃えていたとしても「だからなに」って話しだ。

 バンドは程なく解散した。メンバー全員が一欠けら程の才能すらも持ち合わせていなかった上にリードボーカル担当の私が並外れた音痴だったとゆう事実が発覚し私は悔し涙を流した。サーカスは自らの不甲斐無さにマジギレを起こしバスドラの穴に泣き笑いながら放尿、とんでもない悪臭に大変な異臭騒動が勃発。早々に練習を切り上げ「金なんて払わねえからな」とゆう最低の捨てゼリフを店員に残しスタジオを後にした。

「今日はこっちにしようぜ」バンド活動が頓挫したのは「昨日の飯がメキシカンだったからなんだよ!」とゆうサーカスの分析の結果、アナルトリップスはインド料理屋に入店した。ロックスターへの道が絶たれて荒れ狂うアナルトリップスの来店はインド料理屋の店員達を恐怖の大海原へと突き落とし精神衰弱に追い込んだ。

「か、辛えぇぇぇぇー!辛えんだよバカヤロー!」サーカスが店員を蹴り倒した。

「何なんだよこのナンはよぉ!べチャべチャじゃねえか焼き直して来い」ピードルがナンの焼加減に難癖をつけて怒鳴り散らしている。私も同じナンを食べている。焼加減は最高だ。もう、こうなるとタダのクレーマーでしかない。そのくせ実は店の料理を気に入っているらしく次々と注文を繰り返しながら食べ終わった食器を床に叩きつけるなど意味不明な破壊行為をヤメようとしない。結局食欲全快だ。

 聞けば、ドリル達は楽器には触った事すらも無かったらしい。大体において楽器のチューニングすらも知らなかった奴らに演奏など出来るはずが無かったのだ。細かいようだが「チューニングが出来ない」のでは無い。「チューニングとゆう行為そのものを知らなかった」のだ。こんな奴らが「ロックスターロックスター」言っていたのだから、三十過ぎても全く芽が出ず、それでも未来の大逆転を夢見て日々楽器の練習をしたり習慣化しているだけのスタジオリハーサルや、お客がほぼ内輪の人間だけだったりするライブ活動を延々と繰り返す高円寺辺り在住のパッとしないバンドマンの皆様方に申し訳が立たない。

 カーステレオで音楽を流しても冷静でいられるようになるまでには、悪夢のスタジオリハーサルから一週間以上の時間の経過が必要だった。あれだけ大騒ぎして手に入れた楽器類も、どっかの森林に不法投棄して今やピックの一枚すらも残っていない。向き不向きの見極めは大切ですね。マイケル・ジョーダンですらも野球では大した成績を残せなかった訳だし今度はみんなで映画でも作ろうよ。

 ジプシーロード。行く当ての知れない獣道。みんなのイライラが少しずつ積もり始めていた。テンションが上がらないドライブに少しでもエンタメ性を持たせようとアナルトリップスはビリヤード場に立ち寄った。しかし、逆効果だった。店全体が下水臭い上に出てきたコロナがぬるかった。サーカスはコロナのビンを叩き割った。退屈の充満にみんなが少しずつ狂っていく。サーカスがピードルの右肩の肉を噛み千切った。「痛ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇーー!」のた打ち回るピードルにピードルの肉片を「ぺっ!」と吐き出したサーカスは「あー汁物食いてえー」と言いながら隣接するラーメン屋に入っていった。

 時刻は丁度お昼時、小腹が空いていたアナルトリップスはヌードルパーティーと洒落込んだ。アルコール漬けの脳と肉体に魂を宿そうと、皆一様に無言でドンブリに戦いを挑んで行く。完全にガチンコだ。

「でかくならなきゃ」

 ドリルは相撲部屋の新弟子のように、この言葉を繰り返しながら替え玉とお代わりを繰り返す。

「でかくならなきゃ」

 サーカスもまた新日の新弟子のようにこの言葉を連呼しながら大盛りラーメンに大盛り餃子を直接ぶち込んで流し込むように平らげては「おかわり!」を連発している。二人共、すげー食う。

 いつまでも「おかわり」を繰り返すドリルとサーカス。大食漢の二人がお腹一杯になるまで私とピードルは食事の度に毎回待たされる。この日も先に食事を終えた私とピードルは時間潰しに二人で物まね合戦をしながら笑い転げていた。

 ピードルの岡本太郎に腹がヨジれる程爆笑していた私の肩を誰かがポンと叩いた。振り向くとそこには見知らぬ老婆と死神が立っていた。やがて老婆が口を開き私達に喋りかけてきた。

「素晴らしい活躍の数々、拝見させてもらっていたよ、アナルトリップスの面々よ…」

 死神の大国「セパルトゥラ・サバス」に凶悪吸血鬼集団「パンテラ・ドラゴン・スレイヤー」略して「PDS」の戦闘員達が「セパウトゥラ・サバス」根絶やしを目的に乗り込んで来てから既に一ヶ月以上が経過しているとゆう。代々、事有るごとに争いが絶えなかった死神集団と吸血集団。何世紀にも渡り戦争と停戦を繰り返してきた両軍隊が性懲りも無くまた戦っているのだとゆう。

 戦況は今の所「PDS」の方が圧倒的に押しているらしく、セパルトゥラ・サバスの住民達はかなりの人数が捕虜に囚われて奴隷生活を余儀なくされているらしい。不眠不休での農業や漁業、軍手なしでの土木工事や炭鉱作業など内容は様々らしいが何しろ現場の環境が劣悪過ぎて結核や赤痢が大流行。さらに伝染病の悪化により使い物にならなくなった捕虜達をセパルトゥラ・サバスに送り返すとゆう時限爆弾まで投下して来た為にサバスの街は大混乱。なので、婆さんと死神の二人はセパルトゥラ・サバスの戦力強化を図る為、アナルトリップスに接触してきたのだ。

「アンタ達の力が必要なのじゃぁぁ!」老婆が懇願を始めた。

「頼む!わしらと一緒に戦ってはもらえぬかぁぁ?仲間になってはもらえんかのぉぉー」

 老婆の訴えにサーカスが口を開いた。

「ハウマッチ?」

「・・・・・・・・・・」

「ハウ!マッチ!」

「…そ、そうか、報酬か… 報酬じゃな。えーと、報酬報酬と…」

「おいババア、お前、まさかとは思うけど、俺達をタダで使うつもりだったんじゃねえだろうな?あんましナメてっとPDSの方とつるんでお前等にトドメを刺すぞ」

「ま、待て、待つのじゃ。報酬… そうかぁ報酬かぁ…。おお!そうじゃ、カレー!おぬしらカレーライスは好きじゃよな?まさか嫌いなんて事は無い筈じゃよな?世界中の誰もがカレーを愛してやまない筈じゃぁぁぁぁー」

「かれー?」カレーと聞いた瞬間、サーカスの顔付きが変わった。

「まあ、確かに、カレーには目が無えけれどよ」サーカスの発言に老婆の鼻の穴が広がった。

「そうじゃろう、そうじゃろう、そうじゃろうがよぉ。そこでじゃ、何を隠そうこのワシは、隠れたカレーの三ツ星店、スパイスジャンキーモンキーの店長の婆ちゃんなのだ!報酬はカレーでどうじゃ?一生涯食べ放題のパスポートを孫に発行させよう。孫は大のお婆ちゃん子じゃ、トッピングも付け放題にするように言っておくぞ。これでどうじゃ!」

「…カレー…かぁ…」向こうは中々の好条件を出してきた。戦場に出向くべきかどうか、アナルトリップスの緊急会議が始まった。

「カレーだってよ。どうするドリル」

「うーん、でもそのスパイスジャンキーモンキーってどれだけ旨い店なんだよ?それが分からない事にはさぁ、ちょっと話しにならなくないか?」

「保障付きじゃあ!味なら絶対に保証付きじゃぁぁぁー」ババアも必死だ。

「ババアは、ああ言ってるけどよぉ、死神の味覚ってのもよく分かんねえしなぁ。どうするドリル?行っちゃう?」

「いやいやいや、待てよサーカス、そう結論を急ぐなって。第一この婆さんと死神、タイミングが悪いんだよなぁ。さんざん飯食った直後に飯の話をされてもテンション上がらないんだよなぁ」

「それはそうなんだけどさぁ。最近ちょっと退屈じゃねえ?暇潰しには悪くねえかなぁなんて思っちゃってるんだけど。俺様的にはチョッとだけ…」

「そうじゃあぁぁ!暇潰しじゃぁぁ!退屈は心のテロじゃあぁぁぁぁ!」

「うるせえババア黙っとけ!決めるのは俺達だ」

「しゅん」ババアがしゅんとした。そんな時、ピードルが初めてイイ事を言った。

「死神の味覚だろう?そんなの試してみればイイんじゃねえの?」

 テーブルに並べられた二枚のお皿。それぞれにカレーライスが盛り付けられている。一方のカレーは行列が出来る有名店のテイクアウト。もう一方はディスカウントストアのセール品、200グラム78円の謎のブランドのレトルトカレー。この異なるカレーをそれぞれ老婆と死神に試食させて、どっちのカレーが美味しかったのかをジャッジさせる。二人が行列のできるカレーを選べば契約成立。スパイスジャンキーの味も保障されるとゆう寸法だ。

「さあ、食え」サーカスが老婆と死神にスプーンを手渡した。ピリピリと張り詰めた緊張感が場の空気を支配した。この緊張感まさに辛口だ。

「パクっ」ついに二人がカレーを口にした。

「パクっ」お互いの皿を取り替えてもう一口。慎重に噛み砕く二人に向かってサーカスがアンサーを求めた。

「さあ、どっちだ!どっちのカレーを旨いと思った。俺様が今から三つ数える、俺様が三つ数え終わったら旨いと思った方のカレーを指差せぇぇぇーい!あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!」

 何故だかサーカスのテンションがバカ高い。一人やたらと興奮しながら物凄い形相でカウントダウンを開始した。

「スリー…ツー…ワーン… ゼイィロォォォー!」死神と老婆が人差し指を突き出した。はたして二人のジャッジメントは?しかし!これは一体?

「おいおいおい、これは、さすがにねえだろう…」

「どう判断したらいいんだ?この場合、俺達は」

 予想外の局面に私達は絶句した。想像の斜め上を行くこの展開。老婆と死神はお互いがそれぞれに違う皿を指差してしたのだ。

「ドローだ…ド、ドローだ…」

 老婆と死神が気まずそうに顔を見合わせている。ビミョーな空気だ。

「どうするよ?おい…」

「どうするって、聞かれてもなぁ…」

 重苦しい沈黙がしばらく続いた。ドリルとサーカスも判定を決めかねている。

「おお!」老婆と死神を凝視していたドリルが何かを発見した様子で声を上げた。

「よし!スパイスジャンキーモンキー採用決定だ。みんな早速マシンに乗り込め」

「おいおいドリル一体どうした?何でいきなりそうなるよ?」

「アレを見ろよサーカス」

「んん?げえ!」ドリルが指差した方向を確認したサーカスは驚きの表情を隠せなかった。

「そうゆう事なんだよサーカス。婆さんは正解の方の皿を指差している。つまり婆さんの血を引いている孫が店長を勤めるスパイスジャンキーモンキーのカレーの味は動物に例えるならば血統付きの高級アニマルって事になるんだ。よし、みんなガンガン行こうぜ、カレーの味は保障されたんだ。体を動かした後のカレーは格別だからな」

 PDSに乗り込んでいったアナルトリップスを待っていたのは驚愕の光景だった。

「おいババア、これはなんだよ」

「あれれれれ…おかしい…のう…」

 婆さんを困惑させるその風景。アナルトリップスの眼差しは不信感でいっぱいになった。

「まあ…取り敢えずは、もう少し奥まで行ってみよう」私達は検索を開始した。

 平和は素晴らしい。世の中平和が一番だ。アナルトリップスにしたって、何もこっちから争いごとを求めている訳ではない。世の中が平和で有るのならば勿論それに越した事は無いのだ。

 しかし、これでは余りにも話しが違い過ぎる。まあ、とりあえずは一服、我々一行は居酒屋に腰を下ろした。

「どうなってんだよババア!戦争どころかオメぇ、町並み全然平和じゃねえかよ」サーカスの言う通りだ。PDSの至る所で老いも若きも男も女もギターを鳴らして歌を唄いキャンプファイヤーやフォークダンス、雰囲気とってもジャンボリー。バーベキューやピクニック、お花見やホコ天でのバンド演奏など各自がそれぞれ思い思いにエンジョイしていて、とても死神と吸血鬼が戦争をしている最中には見受けられない。

「あれ?お婆ちゃん?」見知らぬ青年が日本酒(冷や)を飲んでいた婆さんに話し掛けて来た。

「ヒ、ヒロシ?ヒロシちゃんかい?」

「やっぱりそうだ!おばあちゃん!あばあちゃーん!」二人は互いに抱しめあい、オイオイと泣き出した。

「お前ら何やってんだコラっ」戦闘の当てが外れてイライラしているサーカスがヒロシの首根っこをムンズと掴んで自分の方に引き寄せた。

「説明しろや。この状況を説明しろや」

「ヒロシちゃんに乱暴するなぁー!」ヒロシを庇って詰め寄って来た婆さんをサーカスがハイキックで黙らせた。

「言え!言うんだヒロシ!今PDSは一体何がどうなっているんだ」

 サーカスの剣幕にビビりまくりシドロモドロなヒロシの説明によると、まあ要するに死神軍団と吸血鬼軍団は戦っている内に段々と意気投合。仲間意識が芽生え始め先週ぐらいから仲良く一緒に共同生活を送っているのだとゆう。

「お、お前等マジでふざけんなよ…」サーカスがイキり立っている。

「こんな所まで来させておいて、お前らそれは無いだろうが!戦えよ、お前ら今すぐに殺しあえよ…」サーカスが首を掴んだまま話を続けるものだからヒロシは意識を失ってグッタリとしてしまっている。さすがに見かねたドリルがヒロシをサーカスから引き離した。収まりの付かないサーカスは手当たり次第に物に八つ当たっている。

「ふざっけんなよ吸血鬼!ガッツを見せろよ死神豚野郎!殺させろ!誰でもいいから俺様に殺させろ!ハラハラドキドキさせろやコラぁぁぁぁー!」

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