雨のち晴れ

 いよいよ、交渉が始まる。私の双肩に村の存亡がかかっている。向こうは代表者一人に部下二人。こちらは私に村長が出席している。交渉の窓口は私。しかし、一村人が交渉窓口では舐められるので、村長にも同席をお願いしている。



「さて、帰ってきた部下からは『和平に応じて欲しい』という伝言を受け取った。お前たちは正気か? 多勢に無勢。結論から言うと、我々はこの村を焼き尽くすつもりだ」



「結論を急がないでください。和平が実現すれば、あなた方にも利益があります」



 冷静になれ。イングランド兵が来た時みたいに感情的になってはダメ。論理的に説き伏せるのだ。大丈夫、私なら出来る。



「利益? 村一つ焼き尽くすのと比べるほどの利益があるとでも? ありえない」



「確かに、私もあなたの立場なら、そう考えます」



「ジャンヌ、何を言っておる」村長がささやく。



「でも、それは情報が足りないからです。あなた方は昨夜、私たちが決起集会をしたのを見ましたね?」



「決起集会? もしかして、あの焚き火と旗で騙されるとでも? バカにするのもいい加減にしろ!」



 当たり前ね。これで話が済むはずがない。



「では、そこにいる捕虜だった方にお聞きします。村の様子はどうでしたか? 何か違和感は感じませんでしたか?」



 ここからが勝負だ。捕虜の反応次第ですべてが決まる。



「そうですね……。やけに足跡が多かったと記憶しています。それに、夜にも関わらず騒音が絶えませんでした」



 そう、捕虜に偽の情報を与え、イングランド側を動揺させる作戦だ。もちろん足跡は村のみんなでつけたし、騒音は鍋を叩くなどして、いかにも大人数が食事をしているかのように錯覚させる作戦だ。ここで和平に持ち込みたい。



「なるほど。つまり、そちらには大規模な抵抗組織があると?」



「そうです。ここからは別の観点から考えましょう。あなた方はこの村を攻めて何か得るものがありますか? 復讐として焼き尽くすおつもりなら、こちらにも覚悟があります。そして、制圧に時間がかかれば、あなた方の物資も底をつくでしょう。そして、ここはイングランド本土からは距離があります。一つの村に固執すべきではないと思いますが」



 村を攻めても意味がない。これを徹底的に主張すればいい。この辺で和平へと相手の考えを変えたい。これ以上の手札はない。



「……なるほど。お前の主張は分かった。しかし、和平に応じることはできない」



 これは……交渉失敗? 最悪のパターンだ。



「おい、こんな村は放って他の村へ行くぞ」



 そうか。リーダーの意図が分かった。和平に応じれば、村と同等の立場になる。それは、イングランド側としてはあってはならない。だから、村を放っておくという表現をしたのだろう。ここが落とし所かもしれない。



「では、失礼する」





「みんな、朗報よ! イングランド兵が撤退したわ!」



 私は先ほどまでの緊張感から解き放たれて、ウキウキしていた。誰かが手を振っている。あ、アランだ! 私は駆け寄ると抱きつく。



「アラン、無事でよかった!」



 アランが私の頭を撫でる。あれ、いつのまにか涙がこぼれ落ちている。そうか、私はアランを好きになっていたのね。



「ジャンヌも無事でよかった。これで、教会の再建に集中できるな」



 そう、まだ再建というミッションが残っている。ある程度は再建できている。あとは特徴的なステンドグラスや屋根を作って終わりだ。ゆっくりと進めればいい。





「オーライ、オーライ。もう少し右だ」「もう少し右ってどれくらいだよ」



 村の人々は今日も再建に向けて張り切っている。しかし、このまま再建すれば良いのだろうか。何か工夫はできないのか。



「ねえ、アラン。ステンドグラスは二重にしようよ」



「なぜだい?」



「この地方の冬はすごく寒いわ。クリスマスの時に実感したから、間違いないの。ステンドグラスを二重にすれば、寒気を防げるわ」



 北海道に旅行に行った経験から、二重窓にすることの重要性を思い出す。外側をステンドグラスに、内側を透明なガラスにすればいい。



「さすが、俺のジャンヌだ」



「まあね」



「あれ、否定はしないのか?」



「だって、その通りだもん」



 以前なら否定していた。でも、今は違う。私はアランの隣に立っていたい。どのような困難が待ち受けていようとも。





 いよいよこの日がやってきた。今日は教会再建披露の式典だ。村長からのお願いで、テープカット役の一人に指名された。私だけではない。アランはもちろんのこと、他の女性も一人指名された。曰く「今までのわしらの考えは古かった。ジャンヌの活躍を見て気づいた。女性の意見も取り入れるべきだ」と。この村も徐々に変わっている。いい方向へ。



 いけない、テープカットまであと少しだ。慌てて走ると、そこには私以外の全員がいた。



「ジャンヌは相変わらずのんびりしているわね。だらしさがなくなっただけ、成長したかしら」



 お母さんの言う通りだ。私はこの村に来てから変わった。村だけでなく、私自身も変わった。人間関係の大事さを知ったことで。



「さて、テープカットじゃ」



 村長がテープカットの合図をする前に「リーンゴーン」と鐘の音が鳴る。ちょっと、テープカットの後に鳴らすんじゃないの!? 広場が笑い声であふれる。これはこれでありだろう。村の雰囲気が明るければいいのだ。



 これから私の真のスローライフが始まる。すべてはうまくいかないだろう。それでも私はあがく。スローライフを目指して。

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【完結】転生したらジャンヌ・ダルクでした。神のお告げを無視して、スローライフを目指します 雨宮 徹 @AmemiyaTooru1993

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