立ちこめる暗雲
100年戦争に負けた……? そんなはずはない。フランスはジャンヌダルクの登場で盛り返して、イングランドに勝ったはずだ。確かに私はお告げを断ったけど、別の誰かが神のお告げに従って、戦争に参加したのでは? もしかして、ジャンヌダルクだからこそ、100年戦争に勝てたの? 考えても無駄ね。起きてしまったことは受け入れるしかない。それに、フランスが負けても、スローライフが壊れるわけではない。放っておけばいい。
「噂だと、イングランドが各地に兵士を派遣しているって話だ」
「何のために?」
「そりゃあ、支配下に置くためさ。この村にも、おそらく来る」
兵士が来る! それは困る。でも、支配下に置くだけなら、教会再建や村でのスローライフは継続できるはず。多少、制限が加わるかもしれないけれど。
「みな、もしイングランド兵が来ても、慌てぬように」
「慌てるなって、難しいだろうな」とアランが呟く。
「ねえ、相手の人数によっては、追い返すことが出来るんじゃないかしら」
「そりゃ、出来るかもしれない。でも、犠牲者が大勢出るぞ。まあ、なんにせよ情報収集のために見張りが必要だろう。俺が行ってくるよ」
結局、アランをはじめ村の若者たちが各所で見張り役をすることになった。あとはイングランド兵が友好的なのを祈るだけね。まあ、敵国に友好的な人なんて聞いたことないけれど。
「奴らが来たぞ!」
アランたちが見張りを始めて三日目のことだった。武装はほとんどなく、数名が槍を持っているくらいだそうだ。そして、人数は30人ほど。この村を支配下に置くには十分だ。槍は威圧感を出すためだろう。最低限の人数で村を掌握する。合理的だ。
「第一印象が大事じゃ。みな歓迎するように」
あたりから不満の声があがる。私も例外ではない。歓迎? 果たして、それだけでマシになるのだろうか。
「みな、静かに。これはわしからの命令じゃ。決して追い返そうなどと考えないように」
イングランド兵がやってきたのは数時間後だった。村に来たのは数人。おそらく、本隊はどこかに陣営を作ったのだろう。アランは「これだけなら、やれるんじゃないか?」と言ったが、それは難しいだろう。こちらにある武器といえば料理用の包丁くらいだ。それに、先遣隊を追い返しても本隊にやられるのがオチだろう。
「さて、知っての通り、戦争では我々イングランドが勝った。従って、この村もイングランドのものとする。異論はないな?」
村民からヤジが飛ぶが、兵士は槍を掲げるとこう続けた。
「文句がある奴はかかってこい。この槍で串刺しにするまでだ」
その威圧的態度に恐怖を感じたのか、子供たちが泣き始める。
「大丈夫よ。心配しないでね」
そうなだめていた時だった。兵士が子供を殴りつけたのは。
「ちょっと、子供に暴力をふるのは駄目よ!」
「うるさい奴は実力行使で黙らせるまで。生意気な女だな。次はお前の番だ」
私の番? 別に私は構わない。でも、子供を殴る行為を許すことはできない。気づくと、私は兵士の一人を殴っていた。
「なるほど、痛い目をみないと分からないらしいな。よし、この女を殺せ!」
槍を持った兵士がこちらに向かってくる。まずい。体勢が整っていない。ここで私の人生も終わるのね。
「させるか!」
アランが私と兵士の間に割って入る。ダメ! 槍はアランの腕をかすめ、鮮血が飛ぶ。アランはそのまま倒れこむ。
「今だ!」
男の声を合図にイングランド兵に飛びかかる。予測外の事態に、兵士たちは逃げ惑い四方に散っていった。そうだ、今はアランの治療が優先だわ! 服の袖を破ると、傷口が露わになる。予想よりは軽傷だ。でも、早く手当しないとどうなるか分からない。
「お願い、ワインを用意して!」
「はあ? ワイン? この一大事に何言ってるんだ!」
「いいから、早く! アルコールで消毒するの。なるべくアルコール度数が高いのをお願い」
私の言葉にたじろいだ男は酒蔵に走って行く。アルコール消毒は医療の基本だけど、ワインのアルコール度数は低い。焼け石に水かもしれないが、やらないよりマシなはず。私は自分の服を破くと、受け取ったワインをかける。
「しみるかもしれないけど、我慢してね」
布を巻きつけると、アランがうめく。
「どうやら、君は無事らしいな……。何よりだ」
私が無事でも、アランに死なれては後味が悪い。いや、そういう問題ではない。アランには死んで欲しくない。
「おーい、一人捕まえたぞ!」「でも、一人だけだぜ。他の連中が本隊に知らせたら……」
捕虜は一人。このままでは、村が襲われるのは目に見えている。私のせいで、アランは傷つき、村が襲われる。一時の感情が最悪の事態を招いた……。空は黒い雨雲で覆われ、ポツンと雨粒が降ってくる。まるで、私の心を映し出すかのように。
「君は……自分を責める必要はない。子供を守るために、した行為なのだから」
アランの呼吸は浅く、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。そして、目を閉じる。まさか! 大丈夫、脈はある。
しかし、かなり事態は深刻だ。イングランド兵の攻撃をいかにやり過ごすか。あるいは抵抗するか。どちらにせよ、作戦が必要だ。考えろ、考えろ。30人ほどの部隊を殲滅することは可能か? これは難しい。やり過ごすのはいい方法が思いつかない。では、和平は? 私が兵士を殴った以上、和平は難しい。本当にそうだろうか。捕虜が使えないだろうか。
和平を実現するには、使者がいる。捕虜を解放して使者にすればいい。では、どのようにして和平を有利に進めるか。敵に村への攻撃が無意味であると思わせる必要がある。いくつか方法を思いついたが、これには村のみんなの協力が不可欠だ。広場にみんなを集めてスピーチをするしかない。元凶の私の話を聞いてくれるかは別として。
私は広場にみんなを集めると深呼吸をする。
「今回はイングランド兵との和平を実現するために集まってもらいました」
「和平?」「そもそも、お前が殴ったから話がこじれたんだ」
ヤジが飛ぶが、これは想定内だ。
「確かに、私に非があります。だからこそ、和平を実現させたいのです。村のために」
「みんな、まずはジャンヌの話を聞いてみようぜ」
それは、兵士に殴られた子供の父親だった。
「ありがとうございます。では、具体的にどうするか。村に抵抗勢力が多いと錯覚させるのです。例えば村のそばには丘があります。夜にあそこで焚き火をして明るくします。そして、多くの旗を立てる。こうすれば、こちらの人数を多く見せられます」
「おいおい、そんなことで騙されるほどイングランド兵も馬鹿じゃないだろ!」
「大丈夫です。まだ、作戦がありますから」
私は夜になると、村のみんなと一緒に丘で焚き火をした。そして、他にも作戦通りに事を進める。後は捕虜を解放するだけ。すべては、この捕虜にかかっている。
「今からあなたを解放します。本隊に戻ったら、こう伝えてください。『村が和平を望んでいる』と」
やれることは、すべてやった。アランは軽傷だけれど、今も安静にしている。つまり、今回の和平に向けた交渉は私にかかっている。大丈夫。自分を信じなきゃ。
捕虜を解放してからすぐだった。イングランド兵の代表が村にやってきたのは。いよいよ、始まる。村の存亡をかけた交渉が。
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