第3話 狸のお囃子


 季節は秋である。


 山から来る風は、ちょっぴり冷たさを持って、もう夏蒲団のような薄い薄い上布団では寒くて寝られない。


 くわえて、茅葺屋根では隙間風も多く、ガタガタという音がする度にビクリとして目が覚めてしまうのは仕方がないにしても、概ね平和に過ごせていたのだろう、その当時は。


 そんな秋の楽しみは、やはり食べ物の豊富さにあったのかもしれないと、今になって思う。それだけ――、実りの秋と言われるこの季節が貴重だったのだ。


 あの頃はそれほど食糧事情も良くはなかったし、大体の子供が飢えていたと思う。食べる物も今のように捨てるほどある訳でもなく、甘いものも卵なども高級品であるが故に、プリンやケーキなど、それこそ口にしたことはなかった。

 話には聞いていたが、私たちは食べることすらなかったのである。


 だから――、やはり野イチゴや柿、アケビなどその山に生えるものを甘みとして食べ、それで飢えをしのいでいたような気がするのである。それが――、当時村の子供達の甘味であり、または大人達も知っていて見て見ぬフリをしていたのだろう。


 都会では高く売れるキノコ類以外のものは、いくら食べたとしてもそれほど目くじらを立てて怒られることはほとんどなかった。売り物にならないようなものを、子供達は口にしていたというのもあるのだろうし、大人もその恩恵にあずかっていたような所があるからだ。


 時折畑を荒らすイノシシやシカなども、貴重な資源となっていた。

 捕獲して、または撃ち殺して、村の貴重な財源となっていたし、余ったものは村の者達で分けて鍋に入れて食べたりして、いい栄養源となっていたのである。


 そんな折、タヌキが檻にかかったと、誰かが言った。

 珍しいから家で飼う――、と、檻に入れて飼っていた。


 おりしも、季節は秋の十五夜。


 祖母はそんな気の毒なタヌキの話を聞いたのか、こんな話をしてくれた。


 むかーしのこんだ。

 昔はな、今と違ってタヌキやキツネも、人と仲が良かった。キツネもタヌキも人に化けて買い物行ったり、野良仕事を手伝って賃金を得たりして生計を立てよった。


 まぁ、悪さするもんも一定はおったけんどが、そこそこ仲よう暮らしておった。


 そんなある日のこんだ、村で秋まつりが開催される、ちゅう話を、どこかのタヌキが耳にしてな。わしらもと思うたんか、参加したいと思うたんか、すすきの原で原太鼓を叩いて練習する姿が見られるようになったそうな。


 村人達も微笑ましくそれを見てな、秋祭りが開かれる時は、そのタヌキたちを呼んでやろうと、話をしておったそうな。


 そして、それは毎夜続いて、賑やかに――、穏やかに過ぎて行ったある日。

 それは唐突に起きたそうや。


 いつになく、大きな、腹を叩く音が続いたと思うたら、


 「パァン!」


と、何かが爆ぜる音がしたそうな。


 誰もが驚き、そして何かあったのかと思いながらも、誰も近付けなんだそうや。


 ――翌朝、そのすすきの原に恐々と様子を見に、近付いた村人が見たもんは、腹を大きく裂いて死んでおる、一匹の大きな古狸やったそうや。


 きっと――、若いタヌキと競りおうて、その腹の太鼓をどれだけ大きくならせるかと意地の張り合いをした結果、止めるに止められなかったんやないかと、誰もが思うたそうや。


 そして、その気の毒な古狸の死を悼み、その遺骸をすすきの原に埋葬して、その上に社を建てて祀ったそうな。


 その神社は、月日が経つにつれて誰が言い出したもんか、「太鼓の神様」がおる、いう話になってな、願えば太鼓がうまくなる、ちゅうて崇められるようになったそうや。


 今は――、音楽の神様いうこんで、芸能関係者らが多くお参りに来るようになったと言われちょるそうやで。


 そんでな、今でもすすきの原に、十五夜の――、月の照らす時に行くとな、柔らかな月明かりの下で、多くのタヌキが腹鼓を打っとる姿が見られる、いう噂や――。












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Bedside Story~おばあちゃんの昔ばなし~ 黒河 かな @riguka_na

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