第2話 「河童」と大工
夏になると、山々から渡る風がとても涼しく、また近くには川もあるためか、せせらぎの音がとても寝心地のいい空間になる。
蝉の声は多少うるさくても、夜になれば静かになるのだからそれほど気に病むことはない。
小学校では水泳も始まり、毎日どこかしらの教室が水泳をしているせいか、とても賑やかになる。
私たちの学年ともなると、時折校外学習という形で川に入って泳ぐというものがあり、急流の中に放り込まれてクロールをしたり、穏やかな流れの中では平泳ぎをしたりと、段々と泳げるようになっていくのだ。実際に、コツを掴んで泳げるようになった友もいるのだから、不思議といえば不思議である。
その日の夜の、祖母の話は、夏という季節に相応しい、川にまつわるお話だった。
「河童って、知っとるかね」
祖母は、私達にそう訊いて、知らないと無邪気に答えた妹ににっこりと笑う。
「河童はな、川に住むっちゅう妖怪なんよ。人に近い身体付きをしておるが、頭にお皿のようなものを乗せて、背中に甲羅を背負った、子供――まぁ、個体差というもんもあるからな――みたいな身体なんだそうや」
そう、1つ言いおいて、話を始めた。
むかーし、ある国に橋をかける大工がおってな。
その大工は、その国の殿様に、
「この川に橋を渡せ」
っちゅうて、急流――流れが早い川のことやな――に橋をかけるよう、命令されたそうや。
大工は殿様直々の命令やと、張り切って橋をかけるために準備をして、弟子も呼び人も増やして早速取り掛かったそうな。
ところが、や。
――どんだけ頑張ろうが、いかな名人でも流れが急すぎて、かけるごとかけるごと、雨が降っては川の水かさが増えたり、弟子やらの不注意で木材が流れてしもうたりで、まったく橋をかけるにならん。
これは川の神様が怒っちょる、ちゅうんで、人柱を立てたらどうか、という話になった。
しかし、大工はあたら貴重な人の命を、いたずらに奪う訳にはいかんと悩んでおったそうな。
やけんどが、殿様が言うた期日もある。
人の命が、言いよる場合じゃない。
大工は随分と悩んで、その日も外に出て考えながら歩いて、いつの間にか橋の――作りかけの袂まで来とったそうな。
どうしたものかと、葦の葉の前で途方に暮れちょるそん大工の足元で、
「ワシならば、1日で橋をかけようものを」
という、野太い声が聞こえた。
何じゃろ、思うて、つい返事をしてしもうた。
「お前さんなら、1日でこの川の橋をかけることができるんか」
とな。
「おおよ、ワシならしおいこんだ」
その声が、笑いを含んだ声で戻る。
「どうやって、この川の流れを止めずにかけるんじゃ? 俺に教えてくれんか?」
そう、大工が問うと、
「お前さんが、ワシの名を当てたら、その橋をかけてやろう」
と、そんな返事が戻って来た。驚く大工に「もし、ワシの名を当てられなんだら、お前の娘を嫁にもらう」と、そう付け足してな。
大工は驚いた。それというのも、大工の娘はまだ、年端も行かぬ子供だったからじゃ。
「――いいじゃろう」
そう言うたもんの、期日は2日じゃ。まけにまけて――許してもろうた。
思いつく限りの名をあげてみたが、尽く違うと言われての。
結局、その男の名を思い付かぬまま、期日を迎えてしもうた。やれやれと、橋の袂に足を運ぶと、どうしたものかと溜息をつく。
その日の夕方近く、約束した時間の前に道端を歩いておった大工の、その頭の上から、少しざらついたような声で、
「明日、河童のガジロウが嫁を迎える、いう話を、お前さん聞いたかや」
と言われたそうな。見上げると、カラスが木に止まっておってな、じっと大工を見下ろしておったそうじゃ。
「ガジロウが?」
「――あぁ、何や、橋かけるご褒美にと、大工の娘を貰い受ける約束をした、ちゅうてな」
カラスが誰かと話しておるのはさておき、そんな名じゃったのかと、大工は思うたそうな。
急いで川の、あの橋の袂に駆け付ける。
「お前の名は、ガジロウじゃ」
そう、力の限り叫んだそうな。
すると――、急流の真ん中に渦が出来てな、大きな河童が頭と上半身をさらけ出したそうな。
「何たることぞ、ワシの名を知っておるとは」
そう――、野太い声で叫ぶと、約束じゃから、一晩で橋をかけようぞ、と言い残して、再び激流の中に消えていったそうな。
翌日、大工がその川に行ってみると、立派な橋がかかっておったそうな。
大工は喜んで、殿様に正直に、「河童が橋をかけたのだ」と告げたそうなよ。
そしてその橋は、誰言うともなく「河童橋」と呼ばれ、その川には河童が出ると言い伝えられ、今に至るんじゃそうな。
その橋の真ん中で、泳ぎがうまくなるようにと願いを唱えれば、泳げるようになると言い伝えられておるそうながよ。あんたも妹ちゃんも、泳げるようたくさんお願いしちょきい。
そう言って、にんまりと祖母は笑い、私たちの頭を交互に撫でてくれたのだった。
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