Bedside Story~おばあちゃんの昔ばなし~

黒河 かな

第1話 「天気雨」と「キツネの嫁入り」


 これは昔――、私自身が祖母から聞いたお話。


 私は小学生の時、山深い田舎の、駅から随分と離れた茅葺屋根の一軒家に住んでいた。


 その土地は、色んな信仰が根深く植わっている所で、住人である祖父母もその信仰を深く信じているような、そんな人達だった。


 両親は既にこの世になく、私と年の離れた妹がともに暮らし、年老いた祖父母と肩を寄せ合いながら住んでいた。


 小学校は家からほど遠い場所にあり、妹とともに色んな話をしながら、また野の花や野草など食べられるものがあれば摘んで帰って、夕食の一品などにしていた。


 買い物などもそうそう行ける訳でもなく、時折訪れる移動販売の車の人なんかから買って、または街に行くという村の人に頼んで買ってもらったりしていた。

 だから、甘いものというと野イチゴや柿、或いは祖父母が作る干し柿などで、それほどいいおやつがある訳ではなかったのだ。


 それでも――、年老いた祖父母を置いて村から出られる訳もなく、まだ小学校に通う自分達は宿題を済ませたらその辺の空き地で遊んだりして、夕方まで時間を潰していた。本なども図書館に行けばあったのだろうが、その図書館も駅から電車に乗って街まで行かねばなく、どっちにしても娯楽というものは少なかったのである。


 そんななか、祖母が話してくれる就寝前のお話が、唯一の楽しみでもあった。


 祖母は――、保育園の園長先生だったこともあり、色んな昔ばなしを知っていた。それを、私や妹に語って聞かせてくれた、その話を、覚えている限り書き記そうと思い、この筆を執ることにした。


 最初の話は、「キツネの嫁入り」という話だ。


 祖母はよく、畑仕事の合間に、晴れているのに雨が降るという変な天気の時には、

 「どこかでおキツネさんが、嫁入りでもしてるのかねぇ」

と、山の方を見ながら言っていた。


 気になって訊くと、にっこりと笑いながら「天気雨」のことをそう呼ぶのだと、そう話してくれた。


 その夜の話は、そんな言い伝えの話を、ゆっくりと話してくれたのだ。


 ――むかーし、山に山菜を取りに行った人がいてな。その人はなかなか山菜が採れなくて、おかしい、おかしいと思いながらも、いつの間にか深い山の中に迷い込んでしまったそうなんじゃ。


 気付けば自分の山から遠く離れた山の中じゃ、連絡手段なんかもあるわけもなく、帰り道も分からんでな、途方に暮れたんじゃそうな。


 そんな折、急に雨が降り出した。

 空を見上げても、雲なんぞ見える範囲には1っつもない。変だなと思いながら、いよいよ本降りになってしまって、できるだけ大きな、枝の張る木の下に雨宿りするために行ったんじゃと。


 大分濡れたなと、持っていたタオルで服の雨粒を弾いて、どうしたものかと枝を見上げた、その時じゃった。


 遠く霞む、木々の間からすり抜けるようにして、先触れ――昔の、お殿様やお姫様が、今から通るよっちゅう案内みたいなものやな。ふわふわしたもんが付いちょる長槍を持って、練り歩く男衆のことやと、そう思えばええ――が現れたんやそうや。


 何じゃろ、思いながらじっとその先触れを見て、それに続く行列の、その後ろを見てギョッとなった。


 立派な――、白い馬に乗った花嫁御寮が、しずしずと近付いて、しずしずと目の前を通り過ぎて行ったんじゃ。


 はて、こんな山奥に誰ぞ嫁ぐものでもおったんかと、その時は思ったんだそうな。

 しかし――、この先には民家なぞない。深い深い山の中だ、誰かが住んでおるなそ聞いたこともない。


 あるのは、もう誰も足を運ばなくなった、古ぼけた社のみ。確か、おキツネ様を祀っているとか言われていたが、誰もその社の謂れを知らない。


 ふと気になって、その花嫁御寮の――、ほんの少し煙る、その角隠しを見る。

 そして、驚いて叫びかけ、慌てて口を塞いだそうな。


 その、角隠しからぴょこんと飛び出した耳は、ケモノの耳じゃった。しかも茶色の――、毛深いとんがった耳――。

 よくよく見れば――、花嫁御寮の顔もとんがって、犬に似た動物のように見えなくもない。


 それでは、この花嫁行列は。


 そこで、花嫁御寮の近くにいた、お付きの女中がその人に気付いた。驚いて飛び上がり、それが周りに伝播して――、慌てふためきながら、


 「ドロン」


と、煙のように消えてしもうたそうじゃ。


 気付けばあれほど降っていた雨も止み、木々の間からは青空も見え、そして着ていた服も濡れてなぞおらず、それこそキツネにつままれたように、大きな木の下に立っておったそうな。


 後々その人が言うには、

 「あれが『天気雨』で、『キツネの嫁入り』という奴じゃったんじゃな」

ということじゃった。


 あの、花嫁御寮は――、無事に婿さんの所に嫁げたじゃろうかと、死ぬまで心配しとったそうな――。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る