失セモノ捕物忘レモノ(下)
五番通りの男が商売を始めてから、今までガマ通りで二束三文で買い叩けたユーレイはキチョウ品になった。
ないならどうするか。あるところから盗むのが定石だ。
十日ごとの休みに出歩いてるユーレイがさらわれる事件が起き始めたんだ。
パワフルさんは品物が逃げやがったと怒って、電気ジュウをうちまくって俺たちに当たりちらした。
風向きが変わったのは、見世物小屋にいたユーレイがここより更にジゴクに近いろくでもない場所、七番通りで見つかったときだ。
通りかかったパワフルさんが、切り売りされたブタ肉のはぎれが地面にへばりついてるのかと思ったぐらい、ムザンな姿だったらしい。
五番通りの男は悪いがシンボウしてくれと俺たちを外に出さなくなった。男は寝る間も惜しんで犯人さがそうとクズどもを血祭りにあげたそうだが、なしのつぶてだった。
少しの楽しみもなくなったユーレイたちはよけいにユーレイ香にのめり込んだ。せっかく五番通りの男がやめた客取りまでこっそりやって金を稼ぎ、ユーレイ香に注ぎ込むヤツもいた。
俺はずっとお前のことを考えながら早くユーレイ狩りの犯人さがしにケリがつくことを祈っていた。
ある雨の夜、見世物小屋は休みだったが、やることもないんで俺はオリから手を出して煙草を吸っていた。
オリの中が青白い光で海の底みたいになって、雨水がうでを打つたびに冷たい指がなぞるようないい気分だった。こうしてると、セキを思い出した。
ふっとオリにカゲがさして、誰か来たのがわかった。
真っ黒なスーツの男が俺のオリにもたれかかって煙草をくわえていた。すだれみたいな長くて黒い髪から少し顔がのぞいた。青い光の中でそこだけ真っ赤だった。右半分がひどい火傷だったんだ。
五番通りの男だとわかった。見るのは初めてだった。
トリモノチョウの合間に立ち寄ったんだろう。
くたびれて煙草をくわえて、ジッポライターをする花火みたいな音がきこえた。ガス欠だったのか、いつまでも火がつかない。
世話になってる礼で、俺はオリの間からマッチを差し出した。
男は化けモンを見たようにひどくおどろいてた。ユーレイだから正しいんだがな。
それから、男は無事な方の顔を隠すみたいにわざと右半分の身体をこっちに向けて、「どうも」とマッチを受け取った。雇い主に礼を言われるなんかはじめてだった。
俺は背中合わせで男と煙草を吸っていた。
気まずくなった頃、男が急に言った。
「あなたはいつも仕事熱心で助かってる」とかそんな話だ。信じられるか。売りものにそんな口を聞くなんて。どっちが主人かわかりゃしねえ。
俺がおかげさまでとか何とか言っていると、男は煙を長く吐いて、「あなたはここにずいぶん長くいるようだが何かミレンがあるのか」と聞いた。
俺はコイツになら話していいかと思って、お前のことを話したんだ。オリの傷でお前の年を数えてることも、俺みたいなクソ親父とちがっていい子だとか、俺のことは忘れて幸せになってほしいとか。
いつもなら言わないことまで話した。
男は吐き気をおさえるみたいに口元をおおってた。何かマズイことを言っちまったかと思ったら、急に男は俺のオリに高級な煙草を一箱放り込んだ。
「あなたはいい父親だ。きっと息子さんは忘れてない」
そう言って、五番通りの男は雨の中を走っていっちまった。変わった男だ。
もしかしたら、親父と死に別れて懐かしくなったのかもな。
後には、まだ一本しか減ってない煙草と、海みたいな光の中を泳ぐ煙だけがのこった。
それから、五番通りの男は大仕事で数日いなくなった。
俺はいつも通り見世物をやった後、布団でねころがっていたら、急にカーテンの向こうから声がかかった。ウワバミとクモだった。
ユーレイ香の押し売りならぶん殴ってやろうかと思ってカーテンを開けると、甘い香りがした。ヤツらは気色悪いうす笑いで待ちかまえていた。
クモのヤツは俺に会わせたい奴がいると言った。
だんだらの赤いオリの向こうから、ウワバミが手を引いて連れてきたヤツを見て、俺は動いてない心ゾウがまた止まったかと思った。
ホマレ、お前だったんだ。
お前は前にこの見世物小屋に飛び込んで来たときより、少し大きくなっていた。
あいわらずセキに似ていたが、ちょっとだけイシに似てもいた。きっと表情のせいだろう。
お前の白い肌にはいくつもあざがあって、首には両手でしめたような手形まで残ってた。
お前は昔と同じようにこのオリにすがりついて泣いた。
俺はすっかり気がおかしくなって、ホマレ、ホマレと呼びながら二本足らない指を伸ばした。
何があった、泣いてちゃわかんねえだろうが、金ならいくらでもある、とか言っても、お前は泣きつづけてた。
クモがオリを開けるか、今ならだれも見てないと聞いた。俺はふたつへんじでたのむと言った。
何でもいいから早くお前を抱きしめて大丈夫だとやりたかった。
ようやくしゃくりあげて顔を上げたお前は真っ赤な目をして言った。父さん、助けて、と。
そのとき、セキの声がオリの奥から聞こえた気がした。俺に逃げろと叫んだときの、ケモノみたいな声が。
何かがおかしいと思った。
お前は強い子だが、まだ子どもだ。こんなろくでなしの父親にも助けを求めることだってある。
そう思いながら、本当にそうかとも思った。
俺はお前がにぎりしめてるオリを見た。
ボロボロでキズだらけの赤いオリ。俺が毎日欠かさずお前の年を数えてたオリだ。
そのとき、わかった。
俺が一通目の手紙を書いてから十年が経った。
十年だ。とんでもない年月だ。お前は二十四になってる。
目の前にいるお前はあまりにおさなすぎる。
俺はとっさに飛びのいて、誰だてめえはと聞いた。
お前はじっと俺を見つめて煙みたいに消えた。
そして、やっと何が起こってるかわかった。
辺りにはバクゲキされたように白い煙がもうもう立ち込めて、電気ジュウの火花や叫び声が聞こえていた。
ユーレイ香だ。
ウワバミとクモがユーレイたちにマボロシを見せておびき出してるんだ。となりのオリの男があみにかけられて魚みたいに引きずられてくのが見えた。
電気ジュウの音はパワフルさんが必死でたたかってるんだろう。
俺はオリを開けて入ってきたクモの手の甲にかじりついた。さびた鉄をかんだような味がして、口の中に血が広がった。
クモのひめいを聞きつけたウワバミが俺を電気ジュウでうった。身体中が泡になってフットーしたと思った。
俺はタタミに爪を立てて心の中で思った。セキ、力を貸してくれ、と。
俺はセキがやっていたようにケモノみたいに四つ足で走り、ウワバミに飛びかかった。
もう一発うたれて、目の前が真っ白になった。セキを電気のボウでぶん殴った俺がこんなことでへばってられない。
俺は身をひねって伸びた爪をふりかぶった。かすんだ目にウワバミの顔がぼやけてうつり、ものすごい声がひびいた。
爪に血まみれのカンテンみたいな丸っこいモンがつきささってて、ヤツの目をえぐったとわかった。
クモが落っこちた電気ジュウをひろって俺の頭につきつけた。
終わりか、と思った。お前の顔が浮かんだ。
そのとき、頭をおさえてうずくまってたウワバミが台風にまきこまれたようにふっとんで、クモとかさなりあって倒れた。
ころがった電気ジュウがオリをうった。
目がかすんで何が起こってるのかろくに見えなかった。黒いひとがただけが煙の中にぼんやり浮かんだ。その顔の右半分が赤いのも。
ウワバミとクモは抱きあってふるえ上がった。
五番通りの男がもどってきたんだ。手下を山ほどつれて。
そこからは早かった。
ユーレイ狩りの連中は見る間に死体に変わって、ウワバミとクモはどこかに連れていかれた。
煙が引いて辺りがしずまりかえるまで半刻もかからなかった。
俺のイシキがふっとぶまで、五番通りの男は俺の頭をひざにのせてずっと見守っていた。何を言っていたかは聞こえなかった。
ユーレイがこんな言い方をするのは変だと思うが、俺のイシキが戻るまで三日三晩かかった。その頃にはもう全部が終わっていた。
パワフルさんから聞いた話じゃ、ジゴクの方がずっとマシな三日間だったらしい。
五番通りの男はすぐにウワバミを殺さなかった。
一番古いオリにヤツと一緒に閉じこもって、パワフルさんが通りかかるたび、聞いたこともないような音や焦げるにおいがただよってきたらしい。
男は赤いヘドロの化けモンみたいに血やらはらわたやらをくっつけてたまにオリから出ると、水をかぶって洗いながしてまた戻った。
ひめいも泣き声も聞こえなくなってもまだつづいた。
死体をショリするヤツらは呼ばれなかったらしい。
ほとんどはトイレにながせるくらいこまぎれだったとか。
パワフルさんいわく、クモが泣きながらゲロを吐いてる音と、ウワバミのかすれた声が聞こえたそうだ。残りは食わせたのかもしれない。
クモは生きてはいる。
だが、八本足の名前と違って、手足は一本もないらしい。見世物小屋におろしたユーレイ香と同じ分だけ肉を量り売りにしたとか。
残りは竿で吊るして八番通りの娼館が持ってったらしいが、あそこに行くぐらいなら死んだ方が百万倍は幸せだ。
聞いてるだけでおそろしい話だ。
つくづく五番通りの男をてきに回さなくてよかったと言ったら、パワフルさんはあきれた顔をした。
あの男から俺に話があるそうだ。
何のことかけんとうもつかない。だが、怒らせちゃいないはずだ。
俺はユーレイ香も使わなかったし、ユーレイ狩りの連中とがんばってたたかった。ウワバミやクモみたいな目にはあわないだろう。大丈夫だと思いたい。
もしかしたら、別の仕事をあたえるつもりかもしれない。用心ボウに逆戻りかもな。
お前に手紙を書いたのは、一瞬でもお前のマボロシにだまされたことを謝りたかったんだ。
それから、もし五番通りの男が本当に俺に別の仕事をくれるつもりなら、もうこのオリにはいないかもしれないからな。
アブラ女屋のジジイには行き先を伝えておくつもりだが、それができなかったときのホケンだ。
本当は俺なんかに二度と会わない人生の方がいいに決まってる。
お前ならきっとちゃんとしたいい大人になってるはずだ。りっぱになってなくても幸せならそれでいい。
そんときは死んでも会えないな。
お前は天国で、もし、ユーレイもいずれあの世にいけるなら、俺はジゴクだ。
かまわねえさ。
お前が本当のおやじとおふくろといっしょに天国にいることを思えば、何百年だってジゴクで楽しくやっていける。お前をはげみにここで十年くらしてきたんだからな。
でも、もし、俺の育て方が悪かったせいで、お前までろくでなしになっちまってたらどうしようか。
そんときはいっしょに楽しくやろう。
ひとでなしどうし同じジゴクに行けるはずだ。
追伸
だから、これが最後の手紙になるかもな。
もしも、万が一、お前が俺をたずねてきたときのために、俺が貯めた金は五番通りの男に預けておく。
ヤツなら悪いようにはしないはずだ。
あの男の名前が書いてある札が、見世物小屋の入り口にあった。俺には読めなかったが、見よう見まねでうつしてきた。
これを目じるしにしてくれ。
五番通りの男は「河隅誉」だ。
死ニモノ見世物親子モノ 木古おうみ @kipplemaker
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