第二章 愚者への挑戦

第11話 再会の夜

 未開地ネストへの到達成功は喜ぶべき事実なのだが、「愚者」保有者による襲撃というアクシデントのせいで騎士団内はどこか重苦しい空気で満ちていた。 

 一旦整理の時間を作って翌日に改めて会議する場を設けるとのことで、学園長のミハラは聖歌隊と騎士団のメンバーをひとまず解散させた。


 その日の夜、ミハラは自宅に戻らず地下基地の指揮長室で寝泊まりすることにした。指揮長室は基地の入口からもっとも離れた端にあり、普段は騎士団の幹部クラスの急用でもない限りその隔離された作りの部屋に近づくことはない。


『……認証完了──扉のロックを解除します』


 ミハラはいつものようにパスワード・指紋認証・虹彩認証を解除して鋼鉄の扉を開ける。


「……あ、お帰りなさい」


 部屋の主の帰りに気づいた誰かがその玲瓏な声であいさつした。全裸で白いベッドに座る若い女は無機質な表情でミハラを真っすぐと見つめる。


「ハジメ、起きたのか……じゃなくて、服を着てくれ」


 ここには誰も来ないとわかっているが、それでもミハラは慌てて入室して急いでドアを閉めた。当のハジメ本人は裸を見られることに何の抵抗もない。


「……私の魂はとっくに老いて摩耗しきったわ、もう裸ぐらいで揺れ動くことはない」


「キミはそうでもボクは違うよ。キミを見たときに覚える感情は今も昔も変わらない」


「そうね……アナタは永遠の少年、ずっと変わらない、それがアナタの辿り着いた『世界終点』なんだよね……ねぇ、今は?」


 ミハラは自分のスーツのジャケットを脱ぐと、ハジメに優しくかけてあげながら横に座る。彼女の言葉通りその精神には微かな色彩の残滓しかないが、肉体はミハラのおかげでずっと若い頃のまま。


「2024年だよ」


「そう……私、74年も眠ったのね。新しい『愚者』が現れた、でしょ?」


「ああ、新しいガキどもで軍隊も作ったし、明日から作戦を開始させる」


 ハジメは嬉しそうに「愚者」という言葉を口にするミハラの手の指に自分の手を絡ませた後、小さく短い溜息を吐いた。


「まだ続けてるんだ……も…………この時代のアナタの名前は何?」


「ミハラ ケイジ」


「ケイジ」


 ハジメの声は彼の名前を呼ぶときだけわずかに温度が宿っており、外見の若さからは想像できないほどの色気を帯びていた。

 ケイジをベッドの上に押し倒すとハジメはそのまま彼の上に乗って、憂げでありながら力強い視線でケイジを無言で見つめる。


「……」


「『愚者』を狩るのをやめろってボクに言いたいんだろ? そういう表情するときはいつもそうだった」


「……アナタは私のことをよく知っている、そしてそれは私も同じ……──……今のアナタに必要なのは忠言ではなく、一緒に眠ること」


 そう言うとハジメはケイジに自分の体を預けるように優しく抱きついた。キスも性交もいらない、もうそういった肉体関係を求めるには老いすぎた。


「アナタは寂しがり屋だから、私がそばにいないと眠れないんでしょ」


「もうすぐ熟睡できるようになるさ」


「……『愚者』を『世界』に成長させて殺してまで、私は熟睡したくない。アナタと一緒なら──」


 その晩、ケイジは74年ぶりに熟睡することができ、一度も悪夢を見ずに済んだ。


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