第10話 22人目の愚者

 アルカナも、今自分が立っている謎の異世界も、なぜか所持していた写真とそれに写る女の子も、今のアキトには何一つわからない。

 過去に何度も小さな疑問や謎に直面したことがある。そんなときアキトはいつだって自分の直感を信じてきたし、実際運も毎回そんな彼の勘に味方する。


 だから今度もそうすることにしたアキトは知らないはずの言葉を口にした。


「シャイニーッ! バースト!!」


「なに!? なんで自力で──」


 アキトの言葉と彼が放出する炎の形態変化に驚いた「悪魔」は思わず一歩後退りするが、勝負の世界ではその小さな一歩が試合の結末を決める。

 アキトは格闘技を習ったことがない。だからさっきやられたことをそのまま真似してやり返す。驚く「悪魔」の腕を掴んで引っ張ると、右肩ではためく光のマントは意志を感じ取ってアキトに応える。3本目の腕のようにマントは「悪魔」の腕に巻き付いて一緒に引っ張ると、「悪魔」の巨躯をいとも簡単に持ち上げてしまう。


「ハァァーーッ!」


 右に捩じった体の勢いと火花を左拳に乗せて、眼前の「悪魔」の顔面に叩き込んで仮面を再び砕く。アイカワを包んでいた黒い液体は強烈な拳圧で一気に吹き飛んで、空中でグツグツと音を立てながら蒸発して消える。

 生身に戻ったアイカワは恐る恐る瞼を上げるが、仮面を砕いたアキトの左拳は彼女の頬の手前で寸止めしていた。目的はあくまでも無力化で相手を傷つけるためではないらしい。


「──……もう、誰かと対峙して瞼を閉じることなんてないと思ったのに…………こんなに……また悔しさを感じられるなんて」

 

 アイカワの戦意が喪失したことを確認したアキトは掴んでいた彼女の腕を優しく放した。アキトは軽く微笑みながら自身のアルカナ能力を解除する、熱かった炎が消えても放った輝きは消えなかった。


「悔しいんだったらさ、またリベンジ受け付けるよ」


「うっ、勝ち誇りやがって……そんなこと言ってると本当にリベンジしますから」


「フッ、いつでもどうぞ…………あっ、やっぱり」


「な、なんですか? マジマジと私を見つめて」


 真っ直ぐ見つめてくるアキトの視線がこそばゆかったので、アイカワは負けた気まずさを隠そうと赤くなった顔を逸らす。


「あんなグロイ仮面なんかよりも素顔のほうがかわいいじゃん」


「は、はぁ!? ……まさか、仮面を砕いた理由って……顔を見たかったからですか?」


「うん」


「……──……ふっ、くだらなっ」








 一方で、同時刻の地下第一実験場。


「そんなの……ありえない……幹部の仮面能力補助装置を使用せずに自力でシャイニーバースト状態を制御した上、騎士団の幹部に勝つなんて……」


 アイカワより先に現実に帰還した騎士団一同は全員第一実験場のスクリーンを凝視していた。未開地ネストにいるアイカワのバイタルチェック装置との通信で映り出される転校生との交戦、それはその場にいる全員に強烈な衝撃を与える……学園長のミハラを除いて。


「学園長、ご存じですよね? あのアルカナ……」


「あぁ……最後に見たのは74年前だったかな。可能性をもたらす真紅の炎、ボクと同じ終点のアルカナである『世界』に至れる唯一無二の輝き」


 学園長の言葉を聞いた騎士団はやっと謎のアルカナの正体を知る。

 未成年者にのみ発露するアルカナ能力は使用者の特性であり、人生という旅の中でその者が果たすべき役割を指し示す。それは生涯かけて進むべきレールが揺れ動かないのと同じように、№01から№21のアルカナ能力は決して主軸の外に分岐しない。

 だが、自身や他者をを持つ者も存在する。彼らの結末は決して予測できるものではなく、共通点は炎の輝きのみで能力は十人十色。自身ですらどのような未来へと進んでいるのかもわからない不安定なアルカナ、そんな特性故にそれを知る者は「愚者」と名付けた。


 「愚者」の出現は世界規模で見ても極めて珍しく、今日に至るまでの過去で発見された人数は学園長を含めても21人しかいない。


「22人めの『愚者』、ヨゾラ アキト……キミはどんな終点№22にたどり着くのか、楽しみだよ……」





 

 写真部室。


 開拓地で過ごした時間分だけ現実世界でも時が流れていた。部室の窓から覗く外はもうすでに陽が落ちていた。

 アキトの力で再び現実世界に帰還した二人、マコトを異世界に引き込んだ写真は元通りに戻っていた。アキトは写真を手に取って表裏を何度も確認する。


「やっぱりよくわかんないな」


「あ、あの、ヨゾラ──」


「アキトでいいぜ」


「あ、アキトくん……助けに来てくれたんだよね? えっと、お礼、言っとかないと思って……ありがとう」


 感謝の言葉を述べるマコトは会ってから初めてアキトの目を見た。思えば二人は今日初対面なのに、この強烈な出来事のおかげで距離が一気に縮んだ感覚する。そしてそれはアキトも同じように感じているらしい。


「なんか首絞められてヤバそうだったから、助けなくちゃって思っただけ……そんなことより──」


 写真を自分のジャケットのポケットに戻すとアキトはマコトの肩を組んで部室から連れ出す。


「ここの街まだ全然詳しくないからさ、なんか美味いモン食べに行こうぜ!」


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