第9話 シャイニーバースト

「何ですか、その赤い光は? ……見たことのないアルカナ」


 アキトの頭突きでアイカワは仮面を砕かれて素顔を晒してしまうが、そんなことよりも目の前の転校生のほうが気になる。彼女、というより聖歌隊と騎士団の常識ではアルカナ能力の発する光彩はいつだって穏やかな青だが、決して転校生が帯びている烈火のような赤ではない。


「フフ、幹部の証を砕かれちゃいましたけど、手伝いましょうか? 『悪魔』さん」


 普段のアイカワであれば売られた喧嘩は必ず買うが、今回限りは同僚の嫌味を無視することにした。


「黙りなさい、『戦車』。相手は未遭遇のアルカナ能力を保有してる可能性が高いです。みなさんは今すぐ帰還してください、何かあれば私のデバイスで観測して対策を練ってください」


 ボクシングは競技であってケンカではない。アルカナ「悪魔」の能力は暴力性の増大だが、だからこそ己の志や誇りで律しなければいけない。

 そして暴力はあくまでも目標達成や仲間を守るための手段の一つに過ぎない。今ここで戦ったところで仲間を巻沿いにしてしまうかもしれない、彼女は離れて立つ学園長の目を見つめ静かに訴える。


「……そうか、みんな撤収だ。道はすでに開いた、探検のチャンスはいくらでもある……そういうわけで頼んだよ、『悪魔』の騎士」


 アルカナ騎士団はアイカワ一人を残して現実世界へ帰還した。それを見届けたアイカワはアキトのほうに向いて改めて礼を伝える。


「待ってくれて感謝します、転校生……先ほどの人数差でよく名乗ってくれましたね、お返しに私も名乗りましょう……ボクシング部所属、3年D組のアイカワ ナナミ」


「なんだ、話できるタイプじゃん。だったらここは穏便に──」


「できません、あなた方のような未知な存在は聖歌隊と騎士団に害を及ぼす可能性があります。だから──」


 もう配慮すべき仲間が居ないからなのか、アイカワはマコトの時と比較できないほどの速度でアキトに急接近する。立っていた場所には彼女の残像が残っていて、それが消えると踏み込んだ衝撃が遅れて地面を爆ぜ飛ばす。


「捕縛して尋問します」


 現実世界で出力したことのないエネルギーを右手に込めてジャブを放つが、アキトはその動きを完全に捉えてるのか鏡合わせのように左拳を当てて相殺する。両者の拳が当たった瞬間凄まじい衝撃が発生してすぐ近くのマコトを軽く吹き飛ばしてしまう。

 

「くっ……動きは拙いのに、私の動きを捉えて真似してくる!? しかもパワーも互角……」


 アキトの左手を掴んで引き寄せると同時に左フックをアキトの顔に叩き込む。衝撃波で地面は派手に砕けるが転校生をそれ以上の頑丈さを持つ。アキトの目に炎が宿ると即座に頭でアイカワの拳を無理やり押し返す。そしてそのまま彼女の襟元と右腕を掴んで背負い投げを決めてみせた。


「くっ、いったい何のアルカナなんですか!? なんで『悪魔』よりもパワーを出せるんですか!」


 アイカワは倒れたまま腹筋だけで足を回してアキトから距離を取る。アキトに反撃されないようにアイカワは速攻で自分の顔に手を当てた。すると、砕かれた「悪魔」の仮面の破片は意思を持つように自動で主の手に集って再び仮面として成形する。


「力が足りないというなら……もっと足せばいい、ですよね」


 そう話した直後、仮面は彼女に応じるように両目から黒い液体が流れ出て、それらは流動的に蠢いてアイカワを包み込む。そして黒い液体に抱擁されたアイカワは背中一面トゲの生えた筋肉隆々の「悪魔」と化す。

 どこか可愛らしかった声は黒い液体内で反響してるのか、加工された低く渋い声へと変わった。


「うわ、それもアルカナとかいうやつ?」


「……ここからが本番です」


 黒い悪魔は大きくジャンプしてアキトに向かって両手を振り下ろす。アキトは打撃を真正面から受け止めるが、彼が立っている地面はその衝撃を受けきれずに小型のクレーターが出来てしまう。

 アキトが足を踏ん張った瞬間、身長5メートル超えの黒い悪魔はその巨大な手で敵を持ち上げた。そして、すかさずに追撃するように前蹴りで遠くまで飛ばす。


 蹴り飛ばされたアキトは滑空中に手を地面に当てながら体勢を立て直して着地する。


「あの子人間やめちゃってるけど……僕も結構ヤバくないか?」


 今更自身の身体能力に軽く驚くもアキトは速攻でその事実を受け入れた。こんな非現実的な状況もこんな人間やめた戦いも初めて体験するのに、なんとくこうなる予感してた、こうなることは気がした。

 

 その時、誰か知り合いに呼ばれたような気がして、アキトは自分の右に視線を向けた。そこには球状の多重障壁があって、そしてその最奥には彼女が居た。


「なんで……写真の子があそこに? ……──……」


 しかしその正体を考える隙もなく、黒い悪魔は再び距離を詰めてきてジャブを放ってきた。


「同じ技は通用しないから」


 ジャブを両手で受け止めるアキトは双眼だけでなく、今度は全身が炎の衣に包まれている。炎は一瞬で拡散して周囲を火の海に変えたと思いきや、それらは瞬く間にアキトの体に収縮していく。


「なっ!?」


「アンタが偽りの仮面を被り続けるなら、僕は何度でもそれを砕いてみせる!」


 凝縮した炎は赤を捨て煌めく光へと変わる。

 そしてそれはアキトの決意を守る光のマントとなって、未開地を照らす眩しい輝きを放ちながらはためく。


「シャイニーッ! バースト!!」

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