第8話 蒼の仮面を燃やしつくせ
「よ、ヨゾラくん、これどうい──」
そばにいたはずのマコトの声は突然途絶え、アキトが瞬きした次の瞬間にはその姿が部室から消えていた。
「え……ど、え?」
部室内を何度見まわたしてもマコトがいない、何が起きたのか全く飲み込めない。
「そうだ! 写真! さっきなんかおかしかったんだ」
あの謎の写真を慌てて手に取って見てみると、カメラを持つ女の子の代わりに何かの映像が流れている。映画に出てくる魔法の新聞じゃあるまいし、ただの紙媒体が映像を映せるはずがない。そういう風に自分を納得させようにも目の前の実物が違うと訴える。
目を擦っても写真の上で映像は流れ続けている。
「何がどうなってるんだ?」
よくよく見ると、映像に映っている人物はこの部室から消えたマコトである。
その一方、
マツナガマコトの登場という予想外のハプニングに騎士団は一斉にざわつき始めた。
当のマコトももちろんひどく困惑している。現実世界と思えないような異世界の風景、怪しさがカンストした仮面をつけた不審者集団。今までアルカナ能力に目覚めてから何度か超常現象を目撃してきたが、今回のこれは今までの経験とは規模が違う。
ふと視線を集団の横に泳がすと、一人見知った人物が立っていることに気づく。
「……え、学園長?」
なぜこんな場所に学園長がいるのか、その問いに答える人間はいない。
そうこうしているうちに、仮面集団の後方に立つ一人の青年が前に出て学園長に耳打ちする。
「あの女は俺がやりましょうか? ここに侵入できるってことは多分『女教皇』ですよね?」
「いや……あの子『女教皇』なんかじゃない。ボクの観察眼が合ってればあれは『皇帝』だよ。キミの『恋愛』による
学園長の目は騎士団のメンバーと違って人の本質を見抜く力を持つ。余程特殊な例でもない限り、彼はただの一瞥で相手のアルカナ能力とその素質を見抜ける。
しかし、学園長の答えは騎士団の皆をさらに混乱させた。この異例な侵入者はいったいどうやって入ってきたのか、物事を守護する性質の「皇帝」保有者が侵入する以前にそもそもこの秘匿された場所を認知できないはず。
「で、ではヤツはどうやって……」
「…………この場所と縁を持つ何かに導かれた……としか考えられないな。まあいい、捕らえて後でゆっくり話を聞けばいい。アイカワちゃん、バリアを砕くの得意だよね」
「悪魔」の騎士に指示するようにアゴを軽く動かす。洗脳できないならそれを防ぐ壁を破壊すればいいだけ。
離れたマコトは彼らの話した内容をきちんと聞けてないが、自分に向けてくる敵意と視線には一瞬で気づいた。慌てて逃げ出そうとしたその瞬間、仮面集団の誰かの力によって両足を固定されてしまう。その隙に「悪魔」の騎士はマコトの目の前まで距離を詰め、腹部に目掛けて弱めの右フックを入れる。
マコトが急遽貼った見えない障壁は一瞬で割られてしまい、そのままフックに当てられて体が浮き上がる。アイカワはすかさず右手を引いて空中に浮くマコトの首を掴んで地面に叩きつける。
「ガハッ! ……ゲホっゲホ……」
痛みに苦しむマコトの首を絞める力を徐々に強めていく。
「『皇帝』持ちは変に丈夫だから損しますよね。さっさと気絶してくれれば私もアナタも楽できるのに」
アルカナ能力にも相性はある。本来、守護の「皇帝」は暴力の「悪魔」に対して極めて有利であるはずなのだが、マコトとアイカワの二人では基礎的なレベルが違いすぎてもはや能力相性以前の問題になっている。
マコトは苦しそうにアイカワの右腕を叩いて必死に抵抗するが、相手はびくともしない。
「無駄ですよ。弱い相手をいたぶる趣味はありませんので、早く気絶してください」
息がどんどん苦しくなって、耳に入ってくる音も聞こえなくなり始めた。言葉を形として編むこともできなくなり、視界には白いモヤがかかり始めるその時──……
真紅に輝く火花を見た。
「……──その子を離せぇーーーー!」
未開地の空間を切り裂くその輝きは烈火の如く、その奥から加片学園の制服を着た一人の青年が飛び込んできた。
青年の叫びに驚いたアイカワが顔を上げて前に向いた瞬間、青年は彼女の両肩を掴んで全力の頭突きを喰らわせる。
派手に砕く「悪魔」の仮面と共にアイカワは衝撃に押されて数歩後ずさりした。渾身の頭突きを喰らわせた張本人も額から一筋の赤が滴る。
「あ、新しい侵入者!? くっ、だれですか!?」
「僕は3年A組の転校生、ヨゾラ アキト!」
「な、名乗っちゃうダメだよ!」
背後に倒れるマコトの忠告を気にもせずにアキトは言葉を続けた。
「何がなんだか知らないけど、今がその時だってことだけはわかる────」
そう話す彼の両目から騎士団たちとは真逆の赤き閃光が放たれる。
それは1から21までのどのアルカナにも属さない、No.00の「愚者」だけが見せることのできる情熱と可能性を帯びた焔。
「すっげぇーことをするんだ!」
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