第7話 サイン

 アルカナとは人生の旅路の縮図であり、運命の断片を22に切り分けたそれらは様々な側面を持つ。希望と閃きを司る「星」があれば、暴力や堕落を司る「悪魔」も存在する。

 今、未開地ネストの球体防壁の前に立つ学園長のそばにいる彼女こそが「悪魔」の騎士。


「ミハラ先生、この壁の奥にあるのですね? アルカナ能力の源が……」


「もちろん……そして、キミこそ目の前の最初の防壁を崩壊させる役割にふさわしい。アイカワちゃん」


 アイカワは今までで一番自分の仮面に感謝した。尊敬する人間から名指しで期待してもらえる、年頃の女の子の頬を赤く染めるのにそれだけで充分だった。


「ゴホン……では皆さん、少し下がってください」


 この場にいるのはツワモノばかりだが、これからすることはどういった危険性を孕んでるのかわからない。自分のせいで騎士団の仲間に傷を負わせたくないから、みんなが距離を取ったことを確認してからアイカワは拳に力を込めた。


「ハッ──!」


 「悪魔」の能力保有者であると同時にボクシング部の部長でもあるアイカワ、彼女はお手本のようなフォームで防壁に全力のストレートを叩き込む。

 生身の人間に当てれば木端微塵になってしまうような威力、そのエネルギーは爆発にも似た衝撃となって未開地全体に地震を引き起こす。凄まじい轟音と共に防壁に浮かぶ謎の文字らは光の粒子となって跡形なく消える。


「み、ミハラ先生? 成功したのでしょうか?」


「ああ、期待以上だ」


 学園長が笑顔を見せると、アイカワが拳を当てた箇所を中心に防壁全体に割れが広がっていく。巨大な防壁はビキビキと不快な音を立てながら崩れ落ちていく。

 防壁だった破片が雨のように降る中、学園長とその騎士団は確かに見た。球体防壁の内部はマトリョシカのように何層もの透明な防壁で構成されており、その最奥には一人の少女が空中で膝を抱えて眠っている。


 多層防壁が護る見知らぬ少女、学園長のケイジは……ケイジだけは彼女の正体を知っている。そして第一防壁の崩壊は一つのサインとなり、現実世界との唯一の繋がりに響く。






 現実世界、同時刻の写真部室。


 マコトとアキトはまじまじとパラドックスの写真を見つめていた。未来に存在するはずの物が自分たちの手のひらにある、どう考えても辻褄が合わない。


「こ、これ……合成写真だったりして? この女の子も本当はただの……えっと、フェイクとか?」


 マコトはこの写真の内容自体が虚構なのではないかと疑った、現実的に考えればその可能性が一番高い。しかし、アキトは即答でそれを否定した。


「いや、それはないよ。この子は実在するし、この写真も本物……のはず」


「……どうして?」


「直感! 僕にはわかるんだ」


「そ、そうですか……ん?」


 マコトは少し呆れたように写真に視線を戻すと起こり得ない異変を即座に気付く。


「あ、頭が消えた!?」


「え!?」


 写真に映る謎の女の子の頭が透明になって消えた。不気味な異変はこれに留まらず、女の子の体も徐々に透け始めてしまった。まるで最初から存在しないように、存在してはいけないように見えない何かの力によって消されていく。


「よ、ヨゾラくん、これどうい──へ?」


 そばに立つ転校生に顔を向けるがアキトはモノクロになり、返事が返ってこないどころか呼吸も瞬きもしない。気が付けば、周囲の空間と時間も彼と同じように色彩を失って完全に静止した。


「いったい何が……」


 思考が全く追いつけてないのに事態はマコトを待つつもりはないらしい。次の瞬間手に持つ写真から蒼光が放出されると共にマコトの両目も輝き出す、眩しい光は周りの時空間をあの未開地に書き換えていく。


「おい、誰だあいつ?」


 眩しさで瞼を閉じていたが、人の話し声を聞いたマコトは恐る恐る目を開ける。しかし目の前には見知った制服姿の学生はいなく、いるのは謎の仮面をつけた不審者の集団。


「お前、どうやってこの未開地ネストに侵入した?」


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