第6話 穿つ
鉤刃ビルの屋上には山田氏によるもう一つのオブジェがあった。
竜の鉤爪をモチーフにした『天穿つ』という石像だった。
言われてみれば竜の爪……なのかもしれないが、竜の頭がないだけでそれとはわからないものだと感じる。言葉で説明しようとすれば、大きい悪魔の翼のようなものの先端に鋭い突起物が前方の方に垂れ下がっている。そんなオブジェだ。
ビルの奇数階の外壁には竜の首を模した突起物が飛び出ている。これも、ビルの壁を伝い浸食する雨水を防ぐ効果があるとのこと。竜の頭を伝い、雨水は壁から離れた空間にしたたり落ちていく。
ビルを守っているのか、ビルを支配下に置いているのか。ビルを見上げることが無かったら気付かないようなオブジェたちだった。
しかし、エントランスには竜の首が鎮座している。ビルに立ち寄るときに否が応にも視界に入るあの竜の頭によって、来訪者のイメージは竜の翼と爪に収束していくのかもしれない。
イメージというものはバカに出来ない。刑事として、先入観を持たないように心がけてはいる。人の心は表層には出てこない。しかし、顔や挙動は正直に心を表していることもある。自分が見たいイメージを選び取ってしまうこともある。刑事の仕事に先入観は禁物だ。全ての情報を客観的に取捨選択しなければ、冤罪を生み、犯罪者を野放しにする。
このビルの竜の
竜の持つイメージ、存在感とはあの睨みを効かせた鋭い目だったり、こちらを噛み砕こうとする鋭利な歯だったり、今にも炎を吐くために息を吸い込みそうな鼻であったり、恐怖を覚える大きな口だったりするんだろうなと思った。ガードマンよろしく不審者を威圧するものだと思い込んでいた。
だが、実際の用途は雨樋だったとのことだ。あまりにも実用的で現実的な用途で肩すかしをくらったものだった。
イメージの筋道はエントランスの竜の頭から始まり、ビル屋上の翼と鉤爪に続く。しかし、本来の用途である雨の筋道は屋上の翼の鉤爪から始まり、エントランスの竜の頭へ収束していく。二つは対の存在。本来の目的をその巨大な存在感に隠して粛々と仕事をしていたのだろうか。頭と鉤爪とで物語が循環しているようにも思える。
そこには存在感があって、こちらを威圧する
そこには物語があって、隠された真の理由があった。
雨が天から降り注ぎ、また天に還っていくかのように。
これが山田氏の言う、竜がもつ
門番であり、守り神でもある。竜の持つイメージ。
当初山田氏は、鉤刃ビルのオーナー、鍵場 一鉄氏に依頼されて、このビルの屋上に鉤刃ビルをイメージして鉤爪と翼の
雨垂れ石をも
雨に強い素材で作り上げた竜の頭は、雨水を弾き、ひとつの雨宿りスポットになっていたらしい。
『Dragon head gargoyle』は、雨からビルと、人々を守る門番だったというわけか。
かといって、この威圧的な口の中で雨宿りをしようと思う人はどれだけいたのだろうか。今となっては遺体発見現場となってしまい、雨宿りする人はさらに半減するだろう。いや、むしろ増えるのかもしれない。いわくつきの竜として。
「先輩、なにやってんすか」
「雨宿りだよ」
「今雨降ってないッスよ」
「事件の日は降っていただろう」正確には遺体発見時の朝。雨が降っていた。
竜の口の中に立ち入る。竜の頭は最も高いところで3mはあるという。竜の口内は人一人普通に立って入ることができる大きさだ。遺体の頭があった周辺、竜の舌があった場所は酸でずたずたに溶けてしまっていた。被害者の頭部にかけられた酸によって。ふうん。石像はいくら雨に強いといっても、酸では溶けるんだな。
と、何気なしに上を見上げた。
暗い竜の上顎に明かりの穴が見えた。
こぶし
「…………おい」
「なんすか?」部下は急に話しかけられて短く応える。
「普通、雨宿りする屋根に穴なんて空いてないよな?」
「そりゃそうっスよ。穴が空いてたら濡れちゃうじゃないっスか」
「遺体の服、濡れてたよな?」
「はい。そりゃ遺体発見時は雨降ってましたからね」
竜が雨を防いでいたのなら、被害者の体が雨に濡れているはずがない。
石像は雨に強い素材で作られていた。雨で穴が開くとはあまり考えにくい。しかし、酸ならどうだ? 石像は酸で溶けていた。科学的な検証は鑑識に任せよう。するとこれは、どのようになる?
エントランスに設置した防犯カメラによって、遺体に近づいた人は皆無。毒を飲ませることが出来た人は居ない。通常の手段では。
被害者へ毒を飲ませることができる、唯一の筋道。
『天穿つ』
「おい、山田氏に確認しろ。竜の頭に鼻の穴は空いているかと」
ガーゴイルの殺人 ぎざ @gizazig
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