梔色の先輩とやらと口の悪い後輩くん2

「後輩くん、甘いものを食べに行こう!」

「は?」


 この「先輩」とやら。勢いよく扉を開けて入ってきたと思えば、ドンッとココアが波立てる位の強さで机を叩きやがった。一口飲んで置いてよかったぜ。危うくこぼれちまうところだった。


「あんだよ、藪から棒に」

「初仕事成功祝い!甘いもの好きでしょ?」

「嫌いじゃねえけどよお」

「うんうん、素直な子はお姉さん好きだよ。ほら、早く準備準備!お店が閉まっちゃうよ!」

「いや、俺まだやること残ってんだが」

「細かいことは気にしなーい!」


 先輩とやらはさっさとデータ保存、シャットダウンを済ませて、パソコンを閉じやがった。お前、いいのか。いや、まあこの仕事はそこまで期限も厳密じゃねえし、報告書自体は既に書きあげたからいいのか。


 もう二ヶ月くらいこの先輩とやらと過ごしてくると、悲しいかな、だんだんこのノリに慣れてきちまった。この先輩とやらにつき合える野郎もそう居ねえらしい。自由奔放で、効率重視のやつや慎重を体現したようなやつからはとことん「合わねえ」認定されてる。

 しまいにはこいつのバディとして俺が宛てがわれそうになった。仕事は基本二人一組で組むんだが、先輩とやらはどうにも相性の合うやつがいなくて今まで単騎で行動していたらしい。


「さ、行こうよ後輩くん。お姉さんとデートしよう」

「しねえよ!」


 手首を怪力で掴まれて、骨の軋む感覚に顔を顰める。こんの馬鹿力め。引き摺られるよりかはマシだと立ち上がって、大人しくこの先輩とやらについて行くことにした。話が通じねえやつと長々争おうとしても疲れるだけだと言うのは、もうこの二ヶ月で散々学んだ。


「おい、犬じゃねえんだぞ。いい加減手を離しやがれ」

「ああ、ごめんごめん。恋人繋ぎする?」

「しねえよ!」


 パッと手を離された手首が、ややじんじんする。とんでもねえ力で握りやがって。普通に痛えよ馬鹿野郎。


 前の方に、腕を組んで目を閉じている男が見えた。赤い女の下僕みてえな男だ。先輩とやら以外では、一番俺と交流がある。この先輩とやらに関する噂も九割型こいつから聞いた。


「あれ、taupeトープじゃん!」


 先輩とやらが声をかけると、taupeは目を開けてこちらを見た。血の濁った色をした瞳は、珍しくてどこか怖ぇ。


maizeメイズpun purpleパン・パープルか。これからデートか?」

「ちげ」

「うん、そう!坊やはレディ待ちかい?」


 俺の否定をさえぎって馬鹿みてえにでけえ声で肯定を述べやがったこの女を睨むと、taupeはふっ、と笑った。


「いや、verdureヴァージャーを待ってるんだ」

「verdure?初めて聞くコードネームだな」

「あの子、ビビりの極みみたいな性格で、滅多に人と会おうともしないからねえ」

「加えて、verdureは主にコンピュータハックの仕事を担っているからな。縁がないバディはそれこそ一切会わないだろう」


 この会社で働いているのはせいぜい30人前後くらいのもんなんだが、如何せん一つの山に動くのが最大6人なせいで、会わねえやつとは本当に一切会わねえと聞いたことがある。

 飲み会が定期的に開催されるが、参加するのは10人くらいのもんで、しかもメンツもまあ変わらねえ。

 その上、別のバディは後処理か援護の役目のせいで、下手すりゃ顔も合わせず解散、なんてこともある。この間初仕事をしたときなんざ、taupeんとこのバディと組んだはいいが結局二人は現場には来なかった。一応外で待機はしていたようだが、完了連絡を入れたら直ぐに去ったようだ。


「ま、verdureが気になるならmaizeに聞くといい」

「ん?仲良いのか?」

「いやいや、そんなんじゃないよ。verdureをスカウトしたのはお姉さんだからね。他よりちょっと縁があるってだけ」

「へえ……ま、別に大して興味もねえが」


 verdureを調べると、緑色と出てきた。なるほど、緑色のなんがしかをつけてりゃverdureって訳だ。

 別にコードネームの色を身につけるかどうかなんざ個人の勝手なんだが、maizeにスカウトされたってことはまず間違いなくつけてんだろう。maizeも黄色のもんを絶対に着けているし、俺のスマホカバーが紫色なのはこいつが勝手に変えやがったからだ。髪飾りをつけるなんざゴメンだしな。

 一番わかりやすいのはscarletスカーレットだ。化粧も爪も赤で、普段着も赤が多い。俺は顔を合わせたこたねえが、taupeやほかの面々からそう聞いた。


 カツカツと聞こえてくるハイヒールの音。靴は赤。服も赤い。


「あら、随分と賑やかね。坊や、どう?連絡は取れた?」


 どぎつい美人な女が、タバコの煙を吐きながらそう口にした。この女がscarletか?いかにも悪役っぽい見た目だが。


「もう10分待ってくれ、だそうだ」

「そう……maizeたちは、ここで何をしているのかしら?」

「ちょっとした雑談だよー。坊やを口説いてるわけじゃないから安心して」

「そんな心配してないわ。maizeはお利口さんな忠犬よりも飼い主に噛み付く狂犬の方が好きでしょう?」

「よくお分かりで!」


 scarletはため息をつくと、髪をかきあげた。こりゃまたすげえ色気だこって。

 

「私が言ってるのはそんなんじゃないわ。今日非番の女がどうして会社にいるの、と聞いてるの」

「そりゃあもちろん、後輩くんをデートに誘うためだよ」

「後輩くん……?あぁ、貴方が例の新人さんね」


 興味なさげな瞳が一瞬こちらを見て、ふ、と外を見た。


「なら、これ以上何かを言うことはやめておくわ。デート、楽しんでちょうだい」

「あは、どうもー!」


 ひらり、とscarletが手を振った。優雅で色気のある女、っつーのはtaupeが惚れた目で言ってるだけかと思ったが、別に大袈裟でも何でもなかったらしい。


「っつか、デートじゃねえっつってんだろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Lady and boy 干月 @conanodo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ