殺された未来

有耶/Uya

殺された未来

 ――西暦二一四一年――


 「遂に……遂に悲願を達成したぞ!」


 ある女の声が高らかに響いた後、ラボから大勢の歓声がどっと押し寄せる。


「遂にタイムマシンが完成した……!」


 女は顔を上げ、その場に膝をつき、両腕を突き上げた。

 研究者が何代も生涯をかけ、遂に大成した研究、そして発明。


 タイムマシン、並びに時間旅行の確立だ。


 世界に先駆け、彼らが成し遂げた偉業は世界を変えるものであり、過去未来のあらゆる事象を調査できるようになる画期的なものでもあった。

 今はまだ、タイムワープした場所に長く留まることは技術的に不可能であったが、いつかは何年、何十年とその時代に居続けることだって可能になるはずだ。


「やりましたね! リーダー!」


 遥かに年上の男が女の背中を叩いた。


「いたた……ありがとう。君たちも、まだ若い私についてきてくれたことに感謝する!」


 研究チームのリーダーであった女は立ち上がり、後ろを向き、多くのチームメンバーに向けて深々と頭を下げた。


「それでは、記念すべき最初のタイムワープ。搭乗者はもちろん……リーダー、あなたですよ」


 多くの人が、女を見つめる。


「私が? 私でいいのか?」


「ええ、あなたはこのタイムマシン開発に一番尽力してきた。あなたよりこのタイムマシンを知ってる者もいない。ならばあなたの功績を讃え、世界で初めての時間旅行者になってもらいたいと思いまして」


「……ありがとう。君たちの思いを受け取り、私が実験者となろう!」


 女は意気揚々とタイムマシンに乗り込んだ。コックピットに散りばめられたスイッチの数々、全て見慣れ、知り尽くした、私が考えたコックピットだ。

 初めてのはずなのに、手に取るようにわかる。熟練者のような手つきで起動シークエンスを進める。


 ゴウン、とマシンが始動し、コックピット内が青白い光に照らされる。三台のモニターが点灯し、女はモニターをタッチして次の操作を進めた。


「オッケー。準備完了だ」


 コックピット内のマイクを通じて外に連絡を取る。すぐに返事が返ってきた。


「初めてのタイムワープ。どの時代に行くおつもりですか?」


「そうだな……やっぱり、未来に行きたい」


 私たちの未来は一体どうなっているのか、まずはそれが知りたくてたまらなかった。


「どれくらい先の未来に行きます?」


「……二百年後だな」


「二百年後ですか」


「きっと二百年経てば世代は一周しているはずだ。私たちが見ることのない、近くの未来を見てくるよ」


「分かりました。ご無事を祈ります」


 そうして連絡は一度切れた。


 言われてみれば、これが初の実稼働なんだから、私は自ら実質的な人柱に乗り出た訳だ。別にそこに抵抗などなかったが、何かトラブルが起きないことを願うしかない。

 うん、大丈夫。何度もシミュレーションを重ねて作り上げた傑作だ。そう簡単にエラーが発生してたまるか。


 モニターを操作し、ワープする年代を二百年後に指定する。


「じゃ、初のタイムワープ、行きます!」


 叫んで意気込み、実行ボタンを押した。稼働音が唸り、マシンが少しの衝撃と共に浮き上がり、その後はゆっくりと上昇していく。その過程でマシンはホログラムが崩れるように電子化し、その空間から消えていった。


 紺と白の光が入り混じった渦のような空間をしばらくマシンは飛ぶ。時空とはこんな姿をしていたのかと、女は感心した。今すぐに写真を撮って、SNSで「時空なう」と呟きたいほどには映える景色だ。


 機械音声のアナウンスが流暢に告げる。


『間も無く到着します。不意の衝撃に備えてください』


 コックピット両端にある手すりをしっかり掴み、踏ん張った。時空が歪み、暗黒の世界へ。そして突如として目の前が真っ白になる――



 ※



 『――到着しました』


 衝撃に備えろとは言われたものの、実際大きくマシンがぐらつくことはなく。二百年後の世界に到着したようだ。


 だが――目の前の光景はとても未来とは言い難かった。

 どうも、森の中に転移してしまったらしい。枝葉や蔓が、マシンに覆い被さるようにして茂っている。

 確か、付近で最も安全に着陸できるだろう場所を自動で検出し、そこに着陸する設計にしてあったはずだから……


「研究所潰れたかな……?」


 女は一抹の不安を抱えながらマシンを降りた。やけに蒸し暑い。足元の草は想像以上に伸びており、膝に届きそうなものもあって少しくすぐったい。

 マシンについた蔓や蔦や枝を全て払いのけ、辺りを一周見渡してみる。思った以上に密度が高い森林だが、車の走行音などの生活音が聞こえる。やはり街は近くにあるようだ。


 そういえば、こういうときのためにタイムマシンには便利な機能が備わっているんだった。急いでマシンに戻り、起動する。


 モニターに映し出されたマップ。これはこの時代のものだ。この時代に到着した際にちょっと電波を拝借し、付近の地図を自動でインストールする機能を盛り込んでおいたのだ。これを見る限り街は北側にある。


 歩いて北を目指す。この森はやけに蒸し暑いし、植物の密度が高い。それでも木々の隙間からちらりと、街っぽい何かが見える。


 その何かが鮮明に見え始めるにつれて、女は懐かしい違和感を覚えた。


 自然と足が早まる。動悸がしてくる。息が上がるほどに急ぐ。


 森を抜けて、その先にあった街並――


 ――それは特に何も、二百年前と何も変わらない街並みであった。


 いや、その「変わらない」というのには語弊がある。目の前にあるのは知らないビルだし、知らない名前の建物や店も見受けられる。


 ただその構造、構築材料などが、二百年前の建造物と大して変わらないのだ。ただ壊され、建てられ、リフォームを繰り返したような、根本的には何も変わらない街並みだ。


「どういうことだ……」


 来る時代を間違えたか? ただ世界のどこかにワープしただけだったか?


 女が頭を抱えていると、通行人の男が声をかけてきた。


「おいあんた、大丈夫かい?」


「……少し教えてくれないか?」


 その男の問いには答えず、逆に切羽詰まった表情で投げかける。「今は何年だ?」


「今かい? 二三四一年だけど」


 淡々と告げられた事実に女は大きく落胆した。目眩がして激しくふらつき。その場にいた男に慌てて支えられる。


「おい、大丈夫か? やっぱり具合が悪いんじゃないのか?」


「……いや、大丈夫だ」


 深く呼吸を数回、何とか平静を保つ。

 つまるところ、私が何かドッキリでも仕掛けられてない以上、これは確実にタイムスリップしているということになる。


 女は考えた。いや、考えるものはそこに存在しなかった。


 ただ単純に、この光景の真相を知るため、特段変わった手段は必要としなかった。


「突然ですまないが、あなたはタイムスリップを信じるか?」


「タイムスリップか? あれはもう完成してるんじゃないかい?」


 男からは予想外の解答がすぐに飛び出してきた。タイムスリップすら知らなければいよいよ迷宮入りするところだっただけに、女も一つ息を吐く。


「いつ頃完成したんだ?」


「確か二百年前かその辺り」


「そうか……そうか、それは良かった」


「ただ……」


 女が喜ぶ裏で男は続けた。「それっきりだけどね」


「……は?」


 緩んだ顔はまた力無く元通りになる。「それきりとは?」


 女は尋ねたが、男の黒く冷えた、どこを見てるのかも分からない瞳に嫌な予感を覚えた。


「タイムマシンで未来に行けることが証明された。それで終わりだよ。その後、世界中の技術者がこう言い始めたんだ。『もう研究する必要はない』と、ね。お陰で二百年前から技術は進んでないらしくて、何も変わらない」


 低く空を見上げた男は。今の言葉を飲み込むことすらままなっていない女に追い打ちをかける。「……もしかしてあなたは、過去からやってきた人か?」


「……そうだ」


 全身に悪寒を感じ、冷や汗を流しながら、女はどんな反応が返ってくるかをじっと待った。頭がくらくらする。血が昇りすぎてるのか引き過ぎてるのか、もう分からない。視界すらぼやけ、音は反響し、こもって聞こえる。


「ならお願いだ。『未来は何も変わってなかった』なんて言わないでくれよ。多分そのせいで研究を諦めたんだ。頼むから嘘をついてくれ。未来は発展していたって言って、失望させないでくれ――」


 ――もうそのあとは聞こえなかった。何かの物音が頭を包んでいるようで、吐き気がして、何も見ることすらままならなかった。


「……おい、大丈夫か? おい――」


 最後に地べたで聞いたのは、そんな男の声だった。



 ※



 「――お帰りなさい! どうでした? 未来は」


 懐かしい、男の声が聞こえる。女を送り出した男を先頭に、多くの研究員がこちらを見ている。


「……あ」


 女は震えながら悩んだ。というのも、度重なるショックによって記憶がほとんど抜け落ちてしまっていたからだ。一体誰がタイムマシンまで自分を運んだのかと考えた刹那、時間が来ると搭乗者を回収する機能があったことを思い出す。

 更にそれによって思い出した光景。私は誰かと、何も変わらない未来で何かを話していた。進歩していない街並みと霧が掛かった誰かが、途端に鮮明に、脳裏に映し出される。


 ……言えない。何も変わってなかったなんて言えるわけが無い。どれだけの人々が落胆するか計り知れない。


「み、未来は……」


 震えに満ちた声で口を動かすも、言えるわけが無い。あんな事実、言えるわけが……



 ※



 ――女は閃いた――


 なら、事実を言わなきゃいい。そうだ、発展していたって嘘をつけばいい。それで解決だ。


 タイムマシンは後で事故を装って破壊しておこう。


 誰一人として、真実に触れさせないために。


 決心がついた女は顔を上げた。


「み……」


 研究所のみんなが期待の目で見つめてくる。


「未来は、凄く発展していたよ……!」


 女は涙を流しながら、笑顔でみんなに宣言した。


 研究所のみんなは何度も頷いた。


「そんな、涙を流すほどに発展していましたか……」


 先頭の男も貰い泣きで、溢れる涙を拭いながら、大きな笑顔で言った。


「でしたら、未来は安泰ですね!」

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