惑星 E2.3

八無茶

第1話 惑星 E2.3

           八無茶 

第一章  探査船ゼウスⅢ号


 数億km離れた銀河の中の惑星R381。

3人のクルーは調査を終え、探査船ゼウスⅢ号に戻って来て、笑顔で操縦席に座った。

「トラブルも無く、あとは帰還するのみだ。離陸準備のチェックをしてくれ」

船長の大垣は考古学者でもある。猿橋隊員は地質学者、野津隊員は生物学者でもある。船長は時間をみながら「こちらはゼウスⅢ号、ニビルのコントロール室、応答願います」と繰り返している。


宇宙探査コントロール室では、隊員たちが忙しく仕事を行っている。

コントロール室でコンピューターを眺めていた野口隊員が報告をした。

「御船隊長、間もなく通信可能時間帯に入ります」

「よし。全員持ち場についてくれ」コントロール室に緊張が走る。

しばらくして、探査機からの声がコントロール室に響き渡った。

「こちらはゼウスⅢ号、ニビルのコントロール室、応答願います」

野口隊員が受信したことを喜び、拳を上げ隊長に合図を送った。


「大垣船長ご苦労さん、みな無事か?」


「みな無事に任務を終了しました。離陸の準備は完了しております。コントロール室からの離陸誘導待ちです」

コントロール室には歓声と拍手が起こった。

「離陸および航路の追跡はこちらでコントロールする。発進したらゆっくり疲れを取ってくれ。6ヶ月後に会おう」

「了解」


探査船ゼウスⅢ号の操縦室では、コンピューターの声で自動操縦に入りますとのアナウンス後に船は静かに離陸が開始され発進した。

惑星R381の岩と砂の荒涼とした景色に別れを告げ、操縦室の窓にはシールドが張られ、クルーは凍眠ケースに入った。

クルーの顔に安堵の笑顔が見られ、お互いに軽い敬礼を交わしている。


宇宙探査コントロール室では正規の軌道を順調に進んでいる探査船ゼウスⅢ号の軌跡がモニターされている。

「すべて順調」のアナウンスに安堵し、追跡班以外の隊員は席を離れ始めた。

その時、突然緊急体制の警報が鳴りわたった。

「恒星R3に異常フレアー発生、今までにない強烈な爆発です」モニターにフレアーの映像が映し出されている。


「太陽風による電波障害が推測される。探査船ゼウスⅢ号への電磁波の到達時間及びニビル星への到達時間は?」御船隊長の声が走る。「船まで約8分、ニビルまでは約40分」

「障害の規模は?」

「約3分間の通信不能、電子機器に損傷の発生が予想されます」

「追跡、続行」がアナウンスされた。

 コントロール室のモニターには冷凍ケースで静かに眠っているクルーの様子が映し出されている。

次第にモニターの画面が乱れ始め、「電波障害による通信不能」がアナウンスされ、ゼウスⅢ号が太陽風の影響を受け始めたことを認識した。

「追跡、続行」コントロール室ではニビル星が太陽風による電波障害の影響を受けるまでの約30分間必死に船の追跡を行っている。


「5分経過、ゼウスⅢ号不明」「10分経過、未だ不明」「20分経過、未だ不明」「30分経過、未だ確認できません」

ついに、コントロール室の計器類が不規則な信号やモニターが乱れ、ついには消灯し、ニビル星が電波障害の影響を受け始めてしまった。


太陽風の通過後、復旧作業が行われ、モニターの映像が再開するが、ゼウスⅢ号は確認できない。隊長の悲痛なアナウンスが続いた。「探せ、通信は続けろ」


しかし「未だ、不明」のアナウンスがむなしく繰り返されるだけであった。

20時間が経過した。

コントロール室の隊員に疲れとあきらめ感が漂っていた。

その時、「ゼウスⅢ号をキャッチした」の朗報が飛んだ。アナウンスに全員の歓声があがり、大型モニターに注意が集まる。確かに船の点滅を映し出している。

「航路は大きく東にずれ、E系に向かっています」

「距離は?」

「約3億2000万km」

「軌道修正の誘導を開始」隊長のアナウンスに対し、遠隔誘導班からの返事は「誘導不可能。ゼウスⅢ号の遠隔誘導が反応しません。自動修復装置もやられているようです」

「遠隔誘導および修復が可能かの調査を続行。なお追跡は続行する」御船隊長以下全隊員は最悪状況を考えていた。


6ヶ月経てばクルーは眠りから目が覚める。その時、異常に気付きマニュアルで軌道修正できるだろうか。もしも船内の自動装置が壊れていたら、宇宙空間で永遠に眠り続けたまま難破船となる。

誰も口に出せずコントロール室は重苦しい空気に包まれていた。


第二章  不時着

 

ゼウスⅢ号の凍眠ケースが白く曇った。しばらくすると 3人のクルーは目をさまし背伸びをしている。自動で扉が左右に解放された。

凍眠ケースから出たクルーは屈伸運動をしたりして体調を整えている。その時、コンピューターの声で船内アナウンスが聞こえた。


「恒星R3の異常フレアー発生による影響で正規の軌道を外れました。不時着できる惑星を検索した結果、コンピューターにデータが登録されていた惑星E2.3に不時着します。大気圏に突入するのでシールドの解除は禁止します。操縦は自動操縦のままでクルーは操縦室で待機して下さい」


「惑星E2.3に不時着すると言ったな?惑星E2.3とは生命体がいると言われているあの星か?」猿橋隊員が尋ねる。

大垣船長がE2.3について説明を始めた。

「E2.3は2000年前に見つけた生命体が存在する惑星だ。ニビル星以外に生命体、特に分類で人類存在の惑星としては2番目であり、Eゾーンにある恒星E0から3番目の惑星としてE2.3と名付けられた」説明は野津隊員に代わり続けられた。


「記録によると生命体は人類の進化初期段階、つまりニビル文明の歴史からの推測では5000年前と推測され、生活環境は狩猟生活だったらしい」

猿橋隊員が不安そうに「その後の探索はされていないのか?」

と尋ねた。

大垣船長が説明を続けた。

「距離が遠く、往復で3年かかる為、その後の探索はされていない」

猿橋隊員は多少ではあるが笑顔になり

「今の宇宙技術なら往復約2年だな。また2000年の経過から推測すると、やっと農耕生活を始めたくらいかな」と野津隊員に問いかける。

「文明進化の歴史から推測するとそうだろうな」と野津隊員も納得している。

操縦席に座るとコンピューターの声が流れた。

「大気圏に突入します」とアナウンスされ激しい振動を受け始める。

その後、「車輪等の着陸制御機器が故障の為、比較的陸地に近い海面に胴体着陸をします」とアナウンスされた。


着水の衝撃のあと、窓のシールドが解放された。

船は海岸の砂浜にめり込むような体勢で停止していた。

窓から見える景色は違和感もなくニビル星に帰還したような状況だ。

大垣船長は無線装置のスイッチを入れるが起動しない。

コンピューターの声で「無線機は故障です。遭難信号の発信は可能です」

即座に船長は遭難信号を発信した。

野津隊員から大気成分、気圧、温度、有害ガスの有無等について、2000年前のデータと大差なく生命維持装置の装着は必要ない事が報告された。

その報告を受け、船長より「船外に出るが2日分の水、食料およびナイフやザイル等の遭難時携行品、銃器は小型レーザー銃を携行すること。また遭難信号は発信状態で残しておく。以上」

船長より指示が出され、脱出用ハッチが開かれた。


 3人のクルーは陸の奥の方向に見える高台へ向かった。

歩きながら「山や森を見る限りニビル星に還って来たみたいだな。間もなく救援隊の出迎えがあるのでは」と猿橋が冗談を言ったのだが、まさか現実になろうとは思ってもいなかった。


暑い日差しの中、やっと高台に到着した。1km四方ほぼ平らな、人工的に作られたような高原である。周囲を見渡すが火山と思われる山と煙の他には森林しか望めない。

大垣船長は「探索は明日からにして、探索の計画と体力温存の為、今日はここにキャンプを張る」と命令を下した。

夜になると夜空が美しい。ニビル星はどの方角だろうかと思いながら見渡していると、森林の奥、遠い西の方角の空が明るく見える。

野津隊員が「あの明かりは火山の明かりか?」と猿橋隊員に問いかけると、双眼鏡でじっと見つめていた猿橋隊員は「違う。宇宙空間からニビル星を見た時の都市の明かりに似ている。信じられない。」

「推測では明かりは南北50km、ここからの距離約100km、信じられない」

軍事用双眼鏡には距離を推測できるメニスカスが映像に見える。

しかし距離が遠いため、双眼鏡では光の集合体にしか見えない。

大垣船長の提案で、明日、西へ進み、光は何かを確認することになった。


第三章  捕虜


 翌朝、爆音で目が覚めた。

「救援隊か?」と野津隊員が飛び起きた。

船長は「気を付けろ。敵だとわかっても攻撃は私の合図まで待て」

3人は外に飛び出た。爆音の方向をみるとヘリコプターが3機、低空で近づいてくる。その後方にはジープや装甲車が地煙を上げながら接近してくる。ニビル星の物ではない。

「ヘリコプターに装甲車とは信じられない」クルーはあっけにとられている内に取り囲まれてしまった。装甲車のスピーカーが何か叫んでいるが理解できない。きらびやかな鎧をまとった兵士たちが銃を構えながら近寄ってきた。

何を叫んでいるのか理解できない。

船長は両手をゆっくり挙げ、2人も船長にならって手を上げた。

そして3人は兵士達に拘束されてしまった。

 

目隠しをされ、後ろ手に縛られてジープで移動している。

「野津隊員、2000年前は類人猿の世界で2000年たっても文明の進化から推測すればやっと農耕生活程度ではなかったのか?」と船長が尋ねる。

「不思議です。2000年前に別の文明があったのか、またはこの惑星は、E2.3ではないのかもしれません」

突然兵士が大声を上げ、野津隊員はライフルの台座で殴られ気を失ってしまった。


恐怖の2時間が過ぎ、ジープから引きずり降ろされ、石作りの道を歩き、建物の中を歩かされ、ひざまずかされた。

目隠しを外されると目の前に自分たちの所持品が並べられ、その奥には3段高い位置に金、銀の飾りを身にまとった高貴な人達を見た。

中央の玉座に座っている人物が第一声を上げた。

「私はこの国の王、カイだ。お前達はどこの国から来た?名前を述べよ」

3人には理解できない言葉だったが、大垣船長は深く頭を下げ、小声で敬意を示すことを2人に告げ、他の2人もならって深く頭を下げた。大垣船長はとっさに質問の意味を推測し

「私達はニビル星の者です。ある惑星を調査した帰りに船の故障の為、帰還できずにこの星に不時着しました。私の名前はキャプテンの大垣、この者は野津、それと猿橋です」と指で各人を指しながら紹介を終わったが、王は難しい顔をして首をひねっている。

質問の意味が違っていたのか言葉を理解してもらっていないようだ。

次官らしい人物が王と話をしている。

捕虜の3人は顔を見合わせ、次に来る恐怖に身構えていた。

王は次官の話を聞き終えると、次官が通訳をする形となった。

「あなた方の話は王に伝えました。しかし王は、なぜあなた方が、古代語を使っているのか聞いています」

大垣は2000年前の記録に類人猿に火の使い方や言葉を教えたことを思い出したが、

「私達の星では標準語として使っています。遠い昔、この国と何らかの交流があったのではないでしょうか」と答えた。

通訳を受けた王は複雑な含み笑いをしている。

未だに古代語を使っている民族をどのように評価したのかわからない。片言ではあるが王も古代語が使えるようだ。

「武器はどれだ」王の大声は理解できた。

大垣はサバイバルナイフを指差した。王はそれを無視し、レーザー銃を指差して兵士に持ってくるよう命令したようだ。

兵士がレーザー銃3丁を王に差し出した。そのうちの1丁を手に取ると、大垣に狙いをつけて引き金を引いた。

光線が大垣の顔を照らした。大垣はピクリともせず、恭しく次のように言った。

「我々は学者であり兵士ではないので武器は持っていない。身を守る道具はナイフだけです。それは銃の形をした懐中電灯です」

理解し難かったのか通訳ともめている。

「王はこう言っておられます。これは預かっておく。ほかの品物は不要として廃棄するがよいか?と」

王は我々の顔の変化を探るためだろうか、じっと睨んでいる。

大垣が頷くと王は何か大声で命令を出した。すると目の前1mの床に奥行3m程の割れ目が出来て床下から光の帯が現れたその瞬間、床は下方に開き始めた。我々の所持品は中央に向かって滑り出し、床下に落ち始めた。その奥は穴のようだ。しかし目を覆うような明るさでよく見えないが傾斜が大きくなるにつれて床の厚みは1m以上ある。

開口は3m。その淵に座らせられている我々はおもわず後ずさりしていた。所持品のすべてが落下すると床は元に戻り始め、何もなかったように豪華な宮殿の床に戻った。

王が何かを叫び宮殿を後にした。3人は再び兵士達に促され、元来た方向に戻るようだ。王の判決は何だっただろうか?

3人は小声で話をしている。

大垣が言った。「荷物と一緒に廃棄されなかっただけでも幸運だ」

「猿橋、あの穴をどう思う」

「あの深さと熱気から推測すると底はマグマかもしれません」

「レーザー銃は知らなかったようですね」

「レーザー銃で狙われた時は、指紋認証装置付きなので安全だとわかっていたが、一瞬ぞっとしましたね」大垣船長は大きく頷いている。

レーザー銃は威力が強いため、万一銃が敵にわたっても指紋認証登録をした本人以外の者は発射できない様に安全装置が施されている。一度登録されると解除や別人の再登録もできないようになっており防犯にも効果絶大である。

武器も持っていないことで害が無いと判断されたのか、目隠しも手の拘束もされていない。

ジープに乗せられどこかに連れて行かれるようだ。ジープが動き出したがあまりにも静かだ。

猿橋が「これは電動ジープだ」と小声で船長に語る。船長も野津も頷いている。

町並みを走り出してその景色に3人は唖然としてしまった。

町は整然としてゴミひとつない静かな町だ。ニビル星の大都市とまでは言えないが小都市と変わりないビル群や、道路、路面電車や自動車を見た。

野津隊員は不思議な光景に小さくうなり声を発している。


小声で「不思議です。信じられない。文明はある時点から加速度的に発達するが、何を転機に文明が発達したのだろうか」「ニビル星の150年から200年前の文明に匹敵しているように推測されます」

船長も猿橋隊員も声が出ない状況で食い入るように走り去る景色を見つめていた。


第四章  惑星E2.3の文明の謎


鉄条網が張り巡らされた収容所に到着し、牢屋に入れられた。

ポンチョらしき服をまとった囚人たちは、銀色の宇宙服を着たままの3人を興味深く見つめたり、目が合うのを避けるようにしている。そのうち向かい側の牢の隅に座っていた髪も髭もぼさぼさの老人が一言発した。「どこの国から来た?」クルーは目を見合わせた。

先ほど王が喋った言葉の一部であり、どこから来たかの意味であることを推測した。「惑星ニビル星だ」しばらく沈黙が続き、囚人たちはその老人と我々を交互に興味を持って見守っている。

「目的は?」彼は古代語が使える。クルーの3人に笑みがこぼれた。この星に来て初めての笑みだ。大垣船長は王に話したことをゆっくりとかみしめるように話した。老人は黙って目を閉じて聞いている。それから長い沈黙の時間が流れた。

長い沈黙に耐えかねた大垣船長が、「この惑星の名前と、もう一つこの国の名前を教えてください」と尋ねた。

囚人たちは相変わらず、成り行きに興味深く聞き耳を立てている。沈黙が続く。諦めかけた時、3人は度肝を抜かれた。

「惑星テラ、アトランティス、ここは東アトランティス」

大垣船長は畳み掛けるように質問をした。

「東と言うことは西もあるのか?」

「西の王はデル、東の王はカイ」確かに王の名前はカイだった。

「ありがとう」と言って大垣は深く頭を下げた。その姿を見て老人は一瞬驚きの顔を見せたが、また目を閉じ沈黙が続いた。


猿橋隊員が上気した顔で「この国は美しい国だ。町もきれいだ。この生活を維持しているエネルギー源は何なのですか?」

文明の謎が知りたかったのだろう。今まで穏やかだった老人の顔に変化が現れた。

「地の底の火と熱だ。つまり・・」言いかけて止まった。猿橋が間髪をいれずに言った。「マグマですか?」

「そうだ。マグマだ」次第に老人の顔に殺気が漂い始めた。

「彼らは神の火と呼んでいる。古い昔、神は我々の祖先に、言葉や火やその熱の使い方を教えた。火や熱は低温では水を蒸気に変え、蒸気は物を動かす力となり、高温では金属を融かし道具を作ることができることを教えた。このことは長い間伝説とされていたが長い年月の間に現実となった。その為に森林は荒廃し、空気は汚れ、そんな時、お前の言うエネルギー源を求めて穴を掘っている時マグマの層が地表から近い距離にあることを発見した。東の王も西の王も神の言葉に反する永遠のエネルギー源としてマグマに目をつけたのだ」


一気に話してきたが一息入れるようだ。


「悲しいことに俺たちは穴掘りの奴隷として連れてこられた。そして熱交換器の補修さえすれば、永久的に発電できるようになり、一気に電気文明とやらが進歩したわけだ」

大垣船長が質問をする。「それで、このアトランティス、ここの東アトランティスは平和を維持しているのだな」

「違う。東と西で戦争状態だ」と老人が怒るように叫んだ。

「ある時、マグマを求めて穴を掘っていると燃える水が噴き出してきた。これが液体燃料として使えることが分かり、油田は東にしかない事までわかると西は共有開発を提案してきたが、東は拒否した。なぜなら軍事的に優位に立てるからだ。

軍用車両、軍用船、軍用機すべて液体燃料に切り替え、航続距離、航続時間、積載量すべてに優位に立った。

しかし西の取った戦略は、生活の主エネルギー源の発電所の爆撃を開始した。発電所はマグマの熱で水を蒸気化し再利用するための冷却水は海水を使用するため大陸の海沿いに東西合わせ36基作られたが現在8基が破壊され、破壊の後はマグマが噴出し、地面は陥没を繰り返し、電気を供給していた地域が廃墟の街になっている。 神への冒涜だ」

地質学者の猿渡隊員は、老人の怒りを込めた説明が理解できる。この戦争の終結が地質学者としての推測に恐怖を感じ始めた。


大垣が「あなた方はどこから奴隷として連れてこられたのか?」と尋ねた。「アトランティスではない。アトランティスのもっと東にあるマチュピチュ群島の中のマチュピチュ島の者達だ。漁業と農業で穏やかに暮らしていた者たちだ」


その時突然サイレンが鳴り響き、兵士たちのあわただしい動きと爆発音、地響きで収容所も攻撃の的になったことを認識した。

老人がボソッと一言「すぐに止むさ。西の戦闘機は積載能力が少なく、航続時間に制限がある」

爆音は東の戦闘機らしい。西の戦闘機を追いかけているのだろう。すぐに爆音は遠ざかって行った。

「話の続きは後日にしよう。その前に合わせたい人が居る」

大垣が「だれに?」と声をかけたが疲れたのであろう、老人は目を閉じてしまった。


第五章  豊かな文明と自然破壊

 

翌日は囚人たちが駆り出され、爆撃を受けた発電所の修理に行くことになった。囚人たちが車に乗せられ現地に向かう。

被害は建屋の一部が壊され主に屋外の設備の被害が激しい。

海から導く冷却水の配管、熱交換器、ポンプ類、電気供給の変電設備が破壊されている。

重機による破壊された設備の整備や解体が行われている間、3人は建屋内の破壊された破片のかたづけや補修に必要な解体の残渣等の片付けの為、工場内に入った。

中央に直径10m位の缶体が床から8mほど突き出ており頂部の蓋は解放され蒸気を噴き出している。停止中の余剰蒸気を頂部から逃がしているのだろう。缶体を支える架台には缶体の昇降装置が両側にあり、もう一方の缶体の側面には水の配管らしきものがつながっている。その反対側に低い四角に囲まれた枠があり、そこに廃材や残渣物が集められている。

頂部の排気パイプから枝分かれしたフレキシブルパイプは屋内の機械、たぶんタービンだろう装置につながれ、タービンの底からは配管が屋外へつながっている。屋外の熱交換器につながり、海水と熱交換され冷されて復水化した水がポンプで圧送され、缶体に循環させているようだ。

タービンの軸がタービンの箱から出ているが、発電機と思われる大きなモーターと連結しており、発電するのだろう。

屋外の破壊された鋼材や解体された鋼材も建屋内に運び込み、缶体脇の四角の枠内に運び込まれている。

兵士たちの叫び声で囚人たちが車の方に移動を始めた。今日の仕事の終わりらしい。

工場を出る時、発電所の職員の操作する機械音が聞こえたので3人が振り返ると、3m四方の床が開き始め、鉄骨やコンクリートの廃材が滑り落ち始め、後ろからショベルカーがそれらを前に押し出し、穴に滑り落としている光景を見ていた。

帰りの車で珍しく囚人の老人と一緒になった。

大垣はまだ自己紹介もしていないことに気づき、自己紹介と猿橋、野津の2人を紹介した。

猿橋は「サルと呼んでくれ」と笑顔で話しかけている。

老人のかぼそい声が一言だけ聞こえた。

「私の名前はノアだ」

疲れているのだろう。しばらく沈黙が続いた。

しばらくして「あれを見ろ」と老人が指さす方を見ると、火山のような煙を噴出している低い丘が見え、道に従って回り込むと溶岩が流れ出している。

「火山ですか?」

「違う。発電所が破壊された後の姿だ。地盤は崩落を続けて、何も残らない。今も地盤の崩落と溶岩の流出が続いている。昔は緑豊かな森林だった。人が増え、町ができると電力補充供給の為、次々に発電所が作られる。昔のような公害は無くなり、豊かな文明を得たが、発電所が作られるたびに自然破壊が繰り返されている」

「必ず神の罰を受けるだろう」と最後に小さな声で付け加えられた。

それを聞いた猿橋が何か言いかけたが、大垣がそれを制止した。

兵士が睨んでいる。


 収容所に着くとシャワーをした後、食事が牢に運ばれてきた。

食事をしながら野津が「シャワー付とはさすがに電気をふんだんに使える国だからだろうな。文明の過渡的発展の転機は、この電気が無尽蔵に使えたことだろうな」

猿橋は不安を隠せない。

「マグマを利用することは素晴らしい発想と思うが、コントロールが難しい。現状の発電所を見た限りでは、コントロールが貧弱に思う。通常発電するには400から600℃に水を加熱蒸気化させ、タービンを回しその回転を発電モーターに伝え発電するが、オーバーヒートに対しては火力を弱めたり、原子力の場合は制御棒の出し入れで温度をコントロールする。今日工場を見た限り、温度のコントロールは、缶体の昇降と水の供給量しかない。今回のように爆撃を受け冷却水ラインが破壊されたら、循環ができないので別途真水の供給をし続けるか、塔頂の安全蓋の解放しかない。缶体の昇降にしても建屋との関係で制限があり、真水の供給にも限界があり、空になった缶体はメルトダウンするか、水を再供給した場合、水蒸気爆発を起こし工場は吹っ飛ぶだろう」そして続けた。

「一番危惧するのは、マグマの表面高さは長い年月の間に変化する。また突然局所的にマグマは増加する場合がある。その例が休火山や死火山が突然噴火し、大量のマグマを吐き出すこともある。ここでのマグマの上昇は、メルトダウンと水蒸気爆発を避けることができないだろう」

向かいの牢で老人が食事をしながら聞き耳を立てている。

「電気が無尽蔵に使える豊かな文明も、一皮むくとある日突然電力供給が止まり、ライフラインの遮断、町の崩壊と国の滅亡が予想される、非常に不安定な文明なのか」

「その通りです」

隅の方で食事をしていた老人が、いつのまにか前の格子の所で壁にもたれ、聞き耳を立てているのに大垣が気付いた。

「何か話があるのか?」と老人に聞いたが「何もない」と素っ気ない返事が返ってきた。

「今晩、ある人に会ってもらう。その時話をしよう」と言って元の隅に座りなおした。


「国が滅亡するような話をしたのは、失敗だったかな?」と猿橋が不安そうにつぶやいた。

「今の話が王の耳に入ったら、私等は殺されるかもしれないな」と野津も不安を隠せない。

3人は今晩会う相手が誰なのか不安になった。囚人と会う人とは誰なのか。囚われの身でありながら、国の滅亡が推測されると喋ったことが間違いの発端なのか不安な時間を過ごすことになってしまった。


   第六章  イブ王女とノア

 

食事が終わり、誰と会うのか、それまでの時間が長く感じられた。

衛兵が直立し敬礼をする軍靴の音が牢内に響いた。

男女一人ずつの2人の若い高貴な人物が牢に入って近づいてくる。きらびやかな飾りをつけた2人を見れば高貴な人であることはわかる。

「ノア、あなたの言う人はこの者達か?」

「その通りでございます。イブ王女様」

王女と聞いた3人は立ち上がり頭を下げた。

「古代語を操ると聞いていたが通じますか?」と大垣らの牢に向かって尋ねてきた。

大垣は「よくわかります。王女様」と返事をした。

王女は嬉しそうに笑顔を作る。

ノアが紹介してくれた。

「イブ王女とノキア皇子でございます」と我々に、そして「彼らのキャプテンの大垣、地質学者の猿橋、生物・人類学者の野津と申します」と王女に紹介している。

大垣らは敬意を表す片膝を折って礼をした。

王女が話を始めた。

「私たちがノアから何度も訴えられ、聞かされてきたことの真意を解かりやすく説明して欲しい。今般はニビル星の人間で我々の古代語を話すので、神が遣わした者達ではないかとノアに聞いたので興味が湧き、話をしてみたくなった」

大垣は大きく頷き敬意を表明した。

「私達は神の遣いではありません。しかしご質問にはアドバイスが出来るかと思います」

イブ王女は笑顔で頷くがノキア皇子は信用できないと訝しい顔で3人を見ている。

「神は怒っている。神は人類に罰を与えるだろう。とノアが言うの。神は自然破壊を続けてはいけない。この自然や動物たちを後世に残すべきだ。ともおっしゃっている」

「その通りでございます。神は人類に天罰を与えるとおっしゃっています」ノアが興奮気味に付け加えた。

「しかし昔のような公害は無くなったのでノアの心配が何なのかわからないの」

「神はこのようにもおっしゃいました。船を作れと。動物たちを守るための未来への船を作れと」ノアの興奮は収まらない。

「動物は好きですけど、一匹や二匹の話ではないのでしょう。後世に残すためには、つがいで何千種類の動物たちが乗る船でしょう。そんな大きな船をどうやって作るの?」

「神はこうも申されました。大津波で人類は滅亡するだろう。その前に私の遣いの者を送ると」

王女は我々に向かって「それで神の遣いが来ました。人類滅亡は近い日に起こりますとノアが言うの」

大垣らは二人のやり取りを聞いて、やっと納得ができた。

大垣が静かに話し始めた。

「初めに申しあげたように私達は神から遣わされた者ではありません。しかし宇宙を旅していた私達の船が遭難し、このテラの惑星に不時着したのが神の仕業なのか偶然なのかもわかりません。しかし文明が栄えたこの国を見て驚愕もしました。この素晴らしい国を大津波が襲うことが真実かどうかも分かりませんが、ノアと同じように私達も危惧するところがあります」

イブ王女とノキア皇子は身を乗り出し一歩近づき聞く姿勢である。

「地質学者である猿橋にその説明をしてもらいます」と言って猿橋に目配せをした。

「猿橋と申します。恒久的な熱エネルギー源としてマグマを利用することは公害も無く素晴らしいことだと思いますが、ニビル星にもマグマがあります。しかし利用はしていません。なぜならマグマは神の領域の物で、人間にはコントロールができないからです」

「コントロールができないとはどういうことか?」ノキア皇子が身を乗り出して質問してきた。

「マグマはこの惑星テラの気象をはじめ環境を維持しています。このマグマのバランスが崩れると、つまり冷えるとご存じのように岩石の死の惑星になり、増えすぎるとまたご存じのように太陽のような燃えるマグマの星になります。太陽では核の分裂と核の融合が繰り返され、爆発を繰り返し、燃え続けています。それと同じような分裂と融合がこの惑星の地下で繰り返されています。そして人類が住める惑星の環境を維持しています。長い年月の間にはこのバランスが崩れマグマの量が増えて燃える惑星になる前に地表に吐き出します。それが火山です」

何度も頷くノキア皇子が「死火山が何十年ぶりかに噴火するのはそのせいか?」と問うた。

「その通りでございます。そしてこの惑星で人類が生活できる環境を維持しているのです。その神の領域と言われるマグマ溜まりに対し、保護をしている地殻層から人工的にマグマに達する穴を掘った場合、穴の底は次第に融かされマグマの増加が考えられます。ましてや鉄やその他の金属類、ゴミ、捕虜を含む死体、すべての産業廃棄物を投げ込むことはバランスを崩す源となります。一番危惧することは、発電所の爆撃跡にマグマの噴出と地殻の陥没が見られ、死の惑星の一部を見たような気がします。戦争は止めることです。また新しい発電所やゴミ捨ての穴を掘ることは止めることです」

「また昔のように公害が発生しますよ」王女が反論した。

「文明の発展には公害等の問題は避けられません。公害の原因を検討し、防止技術を開発し、公害防止や環境を再生する技術の開発が必要です。そのためには今ある余力電力を利用し、効率の良い火力発電や、水力発電、風力発電、公害の少ない焼却設備等の開発、また油田があったことはガス田もあるはずです。神の恵みを探し、加工して利用することです」

ノキア皇子が質問をした。「神が船を作れと言われたのはどういう意味か?」

「推測ですが、万一マグマが異常に増える災害が生じた場合、この国は焼き尽くされ住む場所も無くなる。その場合、海に逃げるしかない」

「そんな災害が予測されるのか?」

「これも推測ですが、硬い地殻層に覆われた他の場所に比べ、このアトランティスには多くの発電所やゴミ捨ての穴等が多数あり、マグマ層の中でもアトランティスの地下の気圧は下がり、マグマが集まり易くなっており、先の説明のように地殻層が薄くなっていると予想されます。アトランティスの地下には予想以上のマグマが渦巻いているかもしれません」

イブ王女は心配そうな顔で「神は船を作れとのことですが、そんな大きな船はどのように作るのですか」これには大垣が答えた。

「予想がつかない大きさになると思いますが、船内にたくさんの部屋を数層階に分ける作りを考えると、梁が多く入る構造になるので必然的に強固な船体になるでしょう。

ニビル星では大量に運ぶ貨物船等は、長さ、幅、高さを30:5:3の割合にしています」

この話を聞いて既に計算を始めたのだろう。ノアの目がきらりと光った。


第七章 脱走

 

毎日のように仕事を終えた夜、ノアを中心に数人が話をしている。中には若い少年の顔も見られる。リーダー格の若者が話しかけてきた。

「私の名前はガイアと言います。あなたたちが不時着をした東の果ては、どんな地形だったか教えてください」大垣は頷き話を始めた。

「海岸の近くに1km四方くらいの平たい台地があった。そこにキャンプを張ったのだが、周辺は森林で町の明かりが見えたが100kmは離れていたと思う」

「他に目印は?」

「南の方向、近くに火山が一つ見えた」若者は笑顔になって

「ラパ・ヌイの火山だ」と叫んでまた数人が相談をしている。

3日目の夜、イブ王女が来た。

「ノキアは理解してくれたが、父を納得させることはできなかったわ」と言いながらノアの牢の前に立ちノアと話を始めたが、

ひそひそ話で内容は聞き取れない。

昼の間にノアに話しかけても返事もしない。大垣らは不吉な予感を感じていた。

4日目の夜、ノアが珍しく語りかけてきた。

「明日の夜、脱走する」大垣らは突然の決断に驚愕は隠せない。

「脱走してどうするつもりだ。故郷のマチュピチュ群島までは遠いぞ」

「小さな船でマチュピチュ群島まで逃げるのはやめて、殺されるかもしれないが神のお告げに従うつもりだ。だからあなた方を道ずれにはできない」

「詳しく説明してくれ」

「イブ様が脱走の手筈をしてくれます。ノキア様が身を挺して追跡をとどめさせる。とのお言葉をいただきました。もし捕まれば殺されます。明日の夜、お別れです。私達はあなた方が神の遣いであると信じています。神に感謝しています」

寂しそうな私達に敬意を払う顔を見て決断の程を感じ、大垣らは何も言えなかった。

大垣らは相談をした。その結論は必ず追跡隊が組まれるだろう。そして全滅だ。何とかしなくては?考えはまとまらないまま、ついに脱走の日が来た。


大垣はノアに話しかける。「イブ王女かノキア皇子に私の話を伝えてくれ。必ず王はイブ王女とノキア皇子を責めるだろう。その時は“ノアに話をしに来たイブ王女を私達が羽交い絞めにして、皆を逃がせと命令した”と言ってくれ。悪いのは私達にしてくれ」

「策はあるのか?なければ、即、穴の底だ」とノアの意見だ。

「何とか考える。神のご加護を」

「お互いにな」ノアの決心は変わらないようだ。


 夜が来た。囚人たちの落ち着かない様子が伝わってくる。

イブ王女の声がした。

「今日はゆっくりして頂戴。衛兵室に振る舞い酒を置いてきたから、皆で楽しんでください」衛兵の礼をする軍靴の音が聞こえた。

彼女の手には合鍵が握られており、素早く牢の開錠をしていく姿を大垣らは見ていた。ガイアを先頭に静かに抜け出していく。

ノアが頭を下げた。お別れだ。

最後にイブ王女が「ごめんなさい。私達は神のお告げに従います」と言って出て行った。

野津が「王女も一緒に逃げるのか?」と大垣船長の顔を見て尋ねた。

「知らなかった」


第八章 東西和平への道

 

翌朝は天地が引っくり返るような騒ぎだ。衛兵が怒られている。睡眠薬入りの振る舞い酒だったのだろう。王が直々に兵士をつれ牢屋に来た。怒りは我々にぶつけられ、連れ出されて今日は宮殿の地獄の穴の上の床に座らせられた。ノキア皇子も横に座らせられている。

「ノキア、お前が手筈をしたのか?」王の怒りはノキアに向けられた。

咄嗟に大垣が発言をした。

「申し訳ございません。イブ王女を羽交い絞めにして鍵をノアの牢に投げ込むよう命令しました。イブ王女を人質にするとは思ってもいませんでした」

「ノキア、お前は脱走の計画を知っていたのか?」ノキア皇子は震えながら大垣と目を合わせた。

すかさず大垣が「ノキア様は知る由もありません」と言った。

しかし王の決断は非情なものであった。

「ノキア、お前が追跡隊の隊長として、必ず皆殺しにせよ。イブも同罪だ。以前から私には意見をするし、ノアの味方をし、反抗の態度をとっていた。殺せ」怒りは親子の情を超えてしまっている。


「カイ王様、おこがましい事ではございますが私の提案をお聞きください」すかさず大垣が話しかけた。

「逃げた彼らは神のお告げに従うという強い意志のもと、死を覚悟の上の脱走です。故郷のマチュピチュへ帰るため東に向かったと思いますが、軍船でもない限りマチュピチュ群島までたどり着くのは無理かと思います。また追いかけて彼らを殺害しても何も得にはなりません。今、追跡隊を組むことは兵力の分散となり、航続距離に優れた液体燃料の航空機や車を使うと、西の国にとっては東を攻める好機に値し、西国の攻撃が強化されるでしょう」

「追跡隊は組むなと言うことか」

「その通りでございます」

「穴掘りや発電所の修復の手はお前たち3人では足らぬわ」

「労働力は敵の捕虜を使う形を考えましょう」

「簡単に捕虜と言うが、戦いは苦慮している状況下にある」

「捕虜は生かしておいて、西国との和平交渉を進めることです」

「なにを言っている。西国が和平に応じるような状況ではないわ。何とか油田をものにしたいと勢いは収まっていない」

「和平への提案が一つあります。東国には強力な兵器があり、その状況を見せつけたうえで、これ以上西国の被害を増やしたくない旨を和平の手段とするのです」

「なに?強力な兵器だと?どこにある?」

「私どもの所持品のレーザー銃です」

「懐中電灯が武器だというのか?持って来い」と怒りは頂点に達し、収まらず兵士に大声で命令を出した。

久しぶりに見るレーザー銃は、3丁とも原形のまま保管されていたことに安堵した。

「OOGAKIと彫られたものをお渡しください」と言うと、まさか武器とは思っていないため簡単に手渡しされた。

大垣がレーザー銃を手にし、握りしめた。

「ピューン」という電子音が発生し指紋認証が作動したようだ。

大垣は宮殿内を見渡し、

「あの鎧は、破壊してもよろしい物でしょうか?」と尋ねた。

王は大笑いをしながら頷き「あの鎧は、銃では貫通できないぞ」と言うのをしり目に、大垣は水平にレーザー銃を発射した。

音も無く、光の帯が水平に走った途端、鎧は真っ二つに切り裂かれ、火花と煙を上げながら床に崩れ落ちた。

これには王はおろか、兵士の全員が度肝を抜かれた形相で言葉も出ない。

ノキア皇子の「すばらしい」の驚嘆の声で雰囲気が和らぎ、初めて見た驚愕の威力について兵士もお互い何かを語り合っている。

王はどもりながら「他には何ができる?」と一言発するのが精いっぱいのようだ。

「飛行機は真っ二つにできます。戦車は無理ですが、溶かし、動けなくしたり、穴を開けることは出来るでしょう」王は有頂天になってきた。

「なぜお前しか撃てないのか?」一番の疑問を投げかけてきた。

「もしも敵軍にこの銃が奪われても、本人以外は撃てないよう指紋認証を採用しているからです」

初めて聞く指紋認証だが、何とか理解した顔ぶりだ。

「指紋認証とかを解除し、私が撃てるようにしろ」

「解除するとレーザー機能が破壊される仕組みになっており、新規に作られた銃には1回だけ使用者の指紋認証が登録されます。

そこで私からの提案ですが、私のこの銃を開発用にカイ王様に進呈いたします」

これには王は大満足で「今日からお前達はこの国の兵士だ。制服に着替えろ。そしてノキアに従え」

 緊張した場面をやっと乗り越えたことで、3人は笑顔で頷きあっている。

ノキア皇子は尊敬の目で客人を扱うような言葉と仕草になり3人を自分の部屋へ案内した。

ノキア皇子は彼らに制服を与え、野津と猿橋にはレーザー銃を「大垣さんには旧式だがこれを使ってくれ」と言って自分の机の中から最新銃と思われる物を渡した。

「これで私の部隊は最強部隊だ。ところでレーザー銃の秘密を明かしたのは、命乞いの代償か?」

「いいえ、これ以上両国で発電所の攻撃や破壊を続ければ、ノアの言う人類滅亡の時期が早まり真実になります。早期に和平ができる体制にし、和平をして共に発展できる道をノキア皇子に託したいのです」

「なるほど、東西の統合だな。和平交渉までは戦いは必要だな」

「それは仕方がありません。攻撃機がことごとく真っ二つに破壊されれば西国も和平を考えざるを得ないでしょう」

皇子は有頂天になって「今の話をまとめると、発電所が攻撃される前に我が国の力を見せつけなければならない。また我々は西国の発電所の攻撃は控える」しばらく考えてから

「その為には我々の部隊が最前線で戦わなければならない。捕虜の確保は後続部隊に任せるか」皇子はその戦果に身震いをして力説している。

大垣は「その通りでございます。航空機等は破壊するが、発電所は攻撃しない。そして敵は出来るだけ殺さず、捕虜にしても灼熱の穴に捨てたりせず、和平交渉時の手段にすることです」

ノキア皇子に和平までの取るべき役目と和平へのストーリーが出来たのだろう。笑顔で握手を求めてきた。


 早や10ヶ月が過ぎた。来る日も来る日もノキア隊は最前線での戦いであった。敵の攻撃を受ける前の戦いである。そして決して深追いはせず、毎日のようにノキアと3人は次に攻撃を受ける場所や、攻撃を受けそうな発電所の予想に明け暮れた。

レーザー銃の威力は格段の戦力の差として徐々に西国に脅威を与えて行った。音も無く戦闘機が真っ二つに切り裂かれる状況は、西軍にとって恐怖の連日であった。

カイ大王がノキア皇子らと共に収容所を訪問している。

捕虜の数も以前の囚人よりはるかに増え、100人は超えているだろう。捕虜の中には小隊長らしき者も見られる。

「ノキア、素晴らしい戦果だ。余は満足しておるぞ」

笑顔でノキア部隊に賞賛を送っている。


ある日大垣らはノキア皇子に和平の話を持ち出した。

「西国はこの戦いで疲弊しています。和平を行うにはいい時期かと思います」

「私も和平の方向を考えていた。そのやり方だがいい案はあるか?」

「まず西国の捕虜の中から小隊長あるいは下士官クラスの者を3名ほど選び、彼らに、東国の状況や和平の状況を説明します。そして彼らを和平の使者にし、西国に返します」

「和平の条件が一番の問題事項ではないのか」

「その通りでございます」

「和平の条件は何とする?」

「和平条件の前に、まず東国はこの戦いを好んではいない。東国から西国への攻撃は一度もしかけていない事を強調します。そして武力では格段の差があることを彼らに認識させ、燃える穴に捨てられて当然で、すでに殺されているだろうと思われている君達を全員生きて返すつもりでいることを話します。そして西の国のナダ王が納得できる和平の条件を書いた親書を持たせます」

「和平の条件は?和平交渉の場所は?」皇子は先を急がすほど興奮している。

「和平の条件は、一つ、捕虜全員の解放、二つ、油田や製油所の共同開発、三つ、新しいマグマ利用の発電所の製作はせず、今後予想される公害に対する公害防止技術の共同開発、の3件でいいかと思います。そして和平交渉の場所は、西国との国境近くにある油田・製油所で行うのが一番効果があると思います」

「それはいい案だ。しかしカイ王が了解するだろうか?」

「今の話を正直に王に進言してみることです」


 ノキア皇子は早速、カイ王に相談をしたが、意外と王は納得し和平交渉の方向を指示してきた。

ノキア皇子と大垣らは、捕虜の中から3人を選び、東国の武力の優位性や和平の条件を説明した。

液体燃料を使用する軍用機や車両の優位性やレーザー銃の威力には、大砲か高射砲しか持たない西国の兵士には、なぜ音も無く自分達が撃ち落されたのかを知り、東軍の軍事力に驚愕していた。

またカイ王は親書をしたためる作業をおこなった。

そしてノキアと大垣らは3人の捕虜をつれて西国の砦まで輸送し、和平の道が始まった。

しかし王の親書には、“10日以内に和平の意思の返事が無ければ、和平決裂とし、攻撃を開始する。また和平条件に“東の将軍をノキア、西の将軍をナダ王とし、カイをアトランティスの大王とする”と高圧的な内容が書き加えられていたことはノキアも大垣らも知らなかった。


 10日後に和平の意思がある趣旨の親書が届いた。3日後に和平交渉を行うことになった。ナダ王以下5名が来場した。

交渉の場では西側の和平の条件に、暫定的にパイプラインの設置とレーザー銃の技術開示が強く要求されたが、レーザー銃の技術開示については、カイ王は断固として開示しないことで和平は無事に成立した。

捕虜の全員解放や、技術者の交流が始まり、平和が訪れた。しかしその裏では西のナダ王は、ナダ将軍としてカイ大王にかしずかねばならない身分に不満が募っていった。


「今は我慢だ。その内・・・」の感情は拭うことはできなかった。


第九章 アトランティスの消滅

 

和平が成立して2ヶ月が過ぎた。ノキア皇子と3人はニビル星の文明の歴史の話からアトランティスの将来の予測などについて話が盛り上がっていた。

「我々のアトランティスでは、エネルギー源として木材や石炭の歴史があったが、森林の荒廃をはじめとして環境破壊が起こり大気汚染や水質汚染も従属的に発生し、水質汚染の防止技術の開発は続けられたが、エネルギー源としては究極の地熱利用としてマグマを利用する開発に代わった。おかげで大気汚染の公害は無くなり、無尽蔵の電気を使用して、文明が急速に発達した歴史がある」

「ニビル星も同じ経過をたどったが、公害防止技術、重油等の化石燃料は枯渇する心配があるのでリサイクル技術の開発を行い、他には火力発電、水力発電、風力発電、太陽光発電、バイオ発電そして原子力発電などがそれぞれ共存する形でエネルギーを確保している。

地熱も一部利用しているが、マグマは利用していない。理由は以前に説明したようにコントロールが難しいためだ」

そんな話をしている時突然、緊急配備のサイレンが鳴り渡り、高射砲や大砲を撃つ音が響き渡った。

まさか西国の攻撃か?とノキア将軍と3人は外に飛び出した。

そこで見たものは銀色に輝く円盤が宮殿前の広場に静かに着陸をしようとしている。

大垣が叫んだ。「ノキア将軍、味方です。ニビル星の船です。撃ち方をやめさせてください」ノキア将軍は攻撃をやめさせた。

兵士たちが見守る中、船の扉が開き中からは御船隊長と同僚3名が降りてきた。大垣ら3人は撃つのをやめてくれと叫びながら、走り寄った。

「無事でよかった。迎えに来たぞ」と御船隊長が握手を求めてきた。やっと兵士たちは安心し、攻撃態勢を解除した。

ノキア将軍を紹介していた時、ノキア将軍は彼等の後ろからイブ王女が降りてくるのに気づき、走り寄って抱合した。

兵士たちには感動の声が上がる。

イブの後ろから「ノキア様、お久しぶりです」とその声の方を見ると脱走した囚人のリーダー格のガイアである。

「ノキア様、脱走をお見逃ししていただいたことを感謝しております」

ノキア将軍も興奮した声で

「そうか。ノアも元気にしているか?」

「おかげさまで全員元気です」

「ノアが言っておった船はできたのか?」

「できました。動力が無い箱舟です。ノアが聞いたという神のお告げに従い、間もなく動物たちの確保も終わる予定です」

「動力なしで大丈夫なのか?」

「偏西風に乗れば故郷に帰れると思います」

「お父様、イブでございます。大垣、野津、猿橋を解放してあげてください」イブの悲痛な声にカイ大王は喜びの顔で頷き

「大垣、野津、猿橋には感謝をしておる。喜んで旅立ってもらうつもりだ。東西の和平統合が出来たのも彼らのおかげで、ノキアは東の将軍になったぞ」イブはノキアを見つめ涙ぐんでいる。

「どうだ、イブ、戻ってこないか?」

「3日後には箱舟が陸から海に向けて滑り降り、進水します。それを確認したら御船隊長に送ってもらい戻ってきます」

「そうか、宜しく頼む」とカイ大王は御船隊長と握手を交わした。


 解放された大垣らを乗せた後、かすかな電子音を残し、円盤は離陸し飛び去ってしまった。未知の文明の船に驚嘆のまなざしで眺める大王以下兵士たちに紛れ、西国から研修に来ている技術者がその様子を意味ありげな顔で眺めていたことに誰も気づかなかった。

その情報はその日のうちに西のナダ将軍へと報告された。


 箱舟は全長約400mはあろうかと思われる大きなもので、満足げなノアと久しぶりに会い、中を見せてもらうことにした。

案内役が紹介された。アダムと言う名の青年だ。

中は9層に別れ、9回建てのビルに相当し、動物たちの部屋、食料部屋、飲料水の樽、掃除用に使う水樽その他くつろげる居間も見受けられた。

海への進水には海岸から内陸に向け、材木で作ったV字型の進水路が作られ、先端のストッパーの大木を止めている蔦を切ると滑り海へ進水できるようになっている。


海岸の近くには不時着したゼウスⅢ号の残骸がある。大垣らは探査をした惑星R381の資料やデータをゼウスⅢ号から宇宙船に移し替え、ニビル星への帰還準備をしている。


 その頃、西国では軍事会議が行われていた。

「強力な武器を持った異星人が居なくなった今がチャンスです」

ナダ将軍もカイ大王にかしずく屈辱には限界を感じていた。

「東の発電所すべて、および油田も攻撃対象とする。液体燃料の軍需兵器が無い代わり、夜襲をかけ、夜が明けるまでには大打撃を与える。各部隊の編成を明日の夜までには完了しておくこと」

西国の裏切りを東国は知る由もなかった。


 箱舟の方も作業は終了し、大垣らも帰還予定を明日に控え、晩餐会が行われている。50名以上いた仲間も今は8人しかいない。箱舟完成前に小型の船を作り、先にマチュピチュに向け出発したらしい。

ノアは一緒に残るように勧めたが、動力がない箱舟で偏西風任せの航海に期待が出来なかったのは仕方がない事だったらしい。

ノアは「神は必ず我々を導いてくれる」と。

「そうあってほしい。神のご加護を」とイブ王女はノアと握手をしている。イブ王女にとっては別れがつらいのだろう。

アダムが質問してきた。「ニビル星には何日間で帰れるのですか?」

御船隊長が答えた。「約1年」

アダムは驚きの顔で「それじゃー、迎えに来るのにも1年かかったのですか?」

「そうだ。往復で2年かかる」

「そんなに遠いのか」

「この宇宙では近い方だ」

理解できたのかどうかわからないが、アダムはノアの顔を見ている。

ノアがアダムに「マチュピチュには先祖からの言い伝えがある。大昔に神が空から降りてきた。そして人類が作られた。神は人の道を教え、暦を教えてくれた。暦に従い働き生きる糧を教えてくれた。忘れてはいけない。神の領域と人類の領域を」

「神の領域と人類の領域と言われても分からない」とアダムが質問した。

ノアは続けた。「私も分からない。神はこうも言われた。奢るなかれ。永遠を求むなかれ。日々の努力にいそしむべし」

アダムは首をひねっている。

ノアはイブの方に向き直り「イブ王女様は神の申し子ではないかと思う時がある。イブ王女様が人類の未来を導いてくれるお方ではないのかと思う」

彼の言葉を聞いて御船隊長以下全員がそうあってほしいと願って頷きあっている。

明日の別れを寂しく思うのか話は途切れてしまった。


 夜陰に紛れ、西国の軍が静かに東国に侵入していた。

風切音のみの攻撃用ヘリコプターはターゲットの発電所10ヵ所に接近し、ロックオンの報告がナダ将軍らの軍事司令室に届いていた。

「攻撃開始」の命令が飛ぶと爆撃が開始された。

東国では緊急指令が発せられ、迎撃に向かう航空機や装甲車のエンジンが起動され、カイ大王の指令を待っている。

「反逆だ。攻撃開始。ノキア隊は3個小隊を率い、敵の本拠地をたたけ」

発電所に火柱が上がる。変電設備が破壊されたのであろう。都市の明かりが次々に消えていく。都市がパニック状態になっている。西国の奇襲攻撃に東国は甚大な被害を受けてしまった。

カイ大王は「西へのパイプラインを破壊せよ」の命令を発した。


パイプラインが爆撃を受けると西に向かって次々に爆発炎上している。その光景は火を噴く龍が西に向かって走っているようだ。


晩餐会を行っていた全員が爆発音を聞き、西の方角が見える場所に走った。火柱が数ヵ所に上がるのを見た。

御船隊長が「東と西は和平をしたのではなかったのか?」

誰も何が起こったのかわからず沈黙が続いた。

しばらくしてノアが低い声で「人間はまた罪を犯し始めた。神は天罰を下すだろう。人類滅亡の時が来た」とつぶやいている。

火柱は北の発電所や南の発電所と思われる。火柱の後に2度3度とより大きな火柱がたち、本来は爆撃後には火勢は弱くなり火災の形をとるはずだが炎の塊は山になり、陸地全体に広がっている。この東の果てに向かっても爆発や火の塊が近づいてくる。

大垣が猿橋隊員に向かって「サル、お前が心配していたことはこのことか?」

猿橋隊員は興奮した声で、

「マグマです。マグマが暴れています。中央の黒煙を上げ火炎を噴きだしているのは、油田が破壊され重油が自噴し、燃えているのでしょう。アトランティスの地下には思った以上のマグマ溜まりがあり、噴き出しているのです。内陸へのマグマの広がり速度を見るとアトランティスの表面地殻は想像以上に薄くなっていたと思われます」

「収束するのか?」

「わかりません。大爆発も考えられます」それを聞いた御船隊長が号令を出した。

「船に避難する。イブ王女は状況が落ち着くまでは箱舟に避難して下さい。避難が出来たら我々7名で箱舟のストッパーを外し、海へ進水させます」

ガイアがノアに手を貸しながら、アダムはイブ王女の手を取り避難を開始した。

御船隊長以下6名はレーザー銃を使ってストッパーを止めている蔦のロープを焼き切って、海への進水が無事にできたことを確認した。

母船の円盤に戻ったクルーは「離陸開始、箱舟の上空で一時待機する」御船隊長の指示に従い離陸を開始した直後に高台からやや南方向の火山が大爆発をした。野津が「パラ・ヌイと言われる火山の爆発です」

しかし猿橋は「あのマグマの吹き出しは異常です。大爆発が予想されます」と言い終わらないうちに目の前が真黄色になり大爆発が起こった。

母船は数km程吹き飛ばされただろう。

「船体に異常がないかチェックしろ」「異常なし」そして見たものは、ラパ・ヌイ火山を含む大陸の一部が吹き飛び、大津波が箱舟に迫っている。全長400m幅70m高さ40m程もある大きな箱舟だが木の葉のように漂っている。

しかし今の津波で箱舟はずいぶん陸から離れたようだ。

箱舟の上空にまで戻り、箱舟の安全を確かめ、上空に停止しアトランティスの様子を観察した。

ますますマグマの噴出は勢いをまし、アトランティス全土がマグマの海になったようだ。大垣、野津、猿橋は目を覆いマグマの収束を祈るばかりだ。

隊長の叫ぶ声が響いた。「シールド・オン」

前方を見た3人はこの世の終わりを見てしまった。目の前は全て真黄色で燃えるマグマが大爆発を起こし、その閃光を受けてしばらくは目が見えなくなった。


母船は先ほど以上に吹き飛ばされ、異常チェックと安全確認が行われている。「異常なし」の報告に安堵し外を見るが何も見えない。

「外気温度が徐々に下がっていますがまだ60℃を超えています」

「煙なのか水蒸気なのか?」

「水蒸気です」何が起こったのかわからない。

レーダで箱舟を捜すが見当たらない。


赤外線スコープで大陸側を見ると温度は下がり100℃以下なっているのでマグマは収束の方に向かっているようだ。しかしスコープには温度の急激な変化は見られるものの、山や森林、遠くの都市の形は見えず波を打っている像しか認識できない。


2時間も過ぎたころ雨が降り始めた。バケツをひっくり返したような雨とはこのことだろう。

「雨が上がれば箱舟の捜索をする。それまでR381の探査資料の整理及びE2.3惑星での行動記録を録画・録音しておこう」

しかしこの作業をするには十分すぎるほどの時間があった。

雨は7日間降り続け、やっとあがった。


西の方角は海しか見えない。

「大垣、船の位置が変わったのか?」

「大陸から10kmの位置で7日前から移動していません」

御船隊長は最悪を予想しているのか、顔が引きつっている。

「見てみろ。アトランティスが無い」全員が窓際に走り寄り説明のつかない情景に沈黙が続いた。

御船隊長は「計器を信用し、進路を東に採り、箱舟の捜索を始めよう。その内、この謎も解決するだろう」

東に飛行しているうち、大陸に直面した。

「サル、あの大陸はおかしくないか?」猿橋は位置情報を野津に尋ねた。

「本来ならばこの辺はマチュピチュ群島です。あの大陸は隆起してできた大陸でしょう」

「地殻変動か?」猿橋が次の調査を依頼した。

「あの山の頂上に緑、森林が見えます。標高を調べてください」

別の隊員の報告では「計器によると約2400m、その隣は約2700mです」地質学者の猿橋は首をひねっている。

「数日で約2000mの隆起は信じられません」

「サルの見立てが当たっているとすると、隆起ではなく海面水位の低下が推測されます」大垣が提案した。


御船隊長はしばらく熟考した後

「前が見えないほどの水蒸気、7日にわたる大雨、2000m程の海面水位低下を考え、仮説を立てると、アトランティス大陸は吹き飛んだと推測される。箱舟の捜索は継続するが、この広い大陸で見つけることができなかった場合は、陽の高いうちにイブ王女が帰れるアトランティス大陸があるのかどうかを調査しに戻る」と命令を出した。


箱舟の捜索は難航し見つけることができなかった。

海藻やサンゴらに覆われた比較的捜索しやすい状態の大陸であったが、見つけることができなかった大垣らは悔しさを隠せなかった。

アトランティスがあった場所に戻るが、海ばかりで陸は見当たらない。御船隊長は、海底の調査に踏み切った。パラ・ヌイ火山があった位置には海洋の中にポツンと噴煙を上げる火山がありパラ・ヌイ火山は残っていた。海中に潜航するとラッパを逆さにしたような形で、陸を形づくる地殻層は水深約2000mもあり、そこから西へ向かったが、アトランティスがあった中央あたりまで陸の形跡は全く無く水深2000mから5000mの海底が続いていた。

そして隊長が結論を出した。「アトランティス大陸は消滅した」と。


第十章 帰還

 

その日はパラ・ヌイ火山がある溶岩島にとどまり、写真や映像をまとめ、E2.3惑星の記録を整理し、翌日帰還することにした。

野営の食事をしながら会話が続いている。

「ノアの話だが、神が人類に罰を与えたのかな?」

「しかし大津波が来るから箱舟を作れとは本当に神からのお告げだったのだろうか?」

「動物を未来へ残す発案も神のお告げだったのだろうか?」

「こうしてすべてが具現化すると、箱舟は無事にどこかに漂着していると考えられますね」

「そうだな。本当に神のお告げだったらそう信じてもおかしくはないな」

期待なのか、見つけ出せなかった後悔なのか、話が湿っぽくなってきたとき、

御船隊長が「明日夜明けとともにE2.3惑星を離れる。これは命令だ」  「了解」の声で吹っ切れたようだ。


 突然、隊員の一人が大声で叫んだ。「あれは何だ」

指差す夜空を全員が見上げて全員が途方に暮れた。

雲の切れ間から夜空に浮かぶ丸く白く輝く物を見た。

御船隊長が「サル、E2.3惑星にいて、今までに見たことがあるか?」

「ありません。初めてです」

「他の惑星では?」

「探査時、他の惑星では何度か見たことがあります。衛星です」

御船隊長が言った。「新しい衛星の誕生だ。記念すべき日になったな」

大垣はしみじみと言った。

「あれがアトランティスか。アトランティスは幻の大陸として後世に言い伝えられるだろう」



翌日帰還の船は、E2.3惑星を飛び立ち、生まれたばかりの衛星を映像に収めながらE2.3惑星に別れを告げた。

ノア、ガイア、アダムやイブ達にまた会えるだろうか?

会いたい。

その時のE2.3惑星テラはどうなっているだろう。

アダムとイブの笑顔が思い出される。

大垣、野津、猿橋らは、彼らとの再会を願いながら静かな眠りについた。

                                  完












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惑星 E2.3 八無茶 @311613333

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