第6話 柿を食う徳川家康
石田三成は思った。218回も関ケ原の戦いを戦うことになったのは、いつも小早川秀秋が裏切るからだ。この男にいちど、裏切りというものがどういうことか思い知らせてくれるわ。
三成は軍配を振り下ろした。軍配の指す方向は小早川隊であった。これを見て島左近が三成の前に進みでた。三成の足元には大量の柿の種が散らばっていた。
「柿の食い過ぎで指先がしびれているのではあるまいな?そちが指さしている方向は小早川の軍勢ぞ・・・」
三成は、ニヤリとしながら、軍配をもとに元に戻すと、再び、小早川勢の方向へ軍配を振りなおした。
「なっ」
島左近はあっけにとられた。三成の口元からよだれとともにさらに一粒の柿の種がこぼれ落ちた。三成の指示を聞いた兵士たちは一斉に松尾山を下山し始めた。伝令の馬が走り回り、味方の兵に指示を伝え始めた。
「てきはこばやかわー」
松尾山の石田三成隊は、松尾山を下山すると麓にいた小早川隊へ次々と襲い掛かった。壊走した部隊の中で小早川秀秋は自害した。介錯は家老の稲葉正成であった。
「おのれ三成。人面獣心なり。三年の間に祟りをなさん」
小早川秀秋の最期の怨嗟の言葉は、大軍勢の合戦の音にかき消されていった。
桃配山付近の家康本陣では前線の状況を知らせる伝令が報告を行っていた。
「申し上げます。石田三成隊が松尾山を降り、小早川隊へと襲いかかっております」
「む、石田三成は調略した覚えがないのだが・・・」
家康が眠そうに松尾山付近を見ると、土煙が確認できるほどの乱戦状態となっていることが見て取れた。家康はゆっくりと柿を一つ手にしてかじり始めた。
「石田三成め、発狂したか?まあいい。石田三成が発狂したなら、もはや西軍に勝ち目はないだろう」
家康は側近の本多忠勝に話した。
「そういえば、以前、石田三成に『大坂幕府』について相談されたことがある。秀頼公を征夷大将軍に据えて、大阪に幕府を開くという話じゃった。まあ、よくできた話であったが、儂を『大老』にしたいと言っておったな。いくら歳をとっているからと言って『大老』とはどういうことかと思っておったんじゃ・・・」
家康の気持ちはすでに戦後に傾いていた。しかし、本多忠勝は、まだ、目の前の石田勢と小早川勢の戦闘の行方を気にしていた。
「石田三成は義の男。これも何かの作戦かと・・・」
家康は食べていた柿を吐き捨てた。柿が渋かったからだ。
「三成は柿好きじゃったな。柿に毒があるとは言わないが、柿を食べている内に渋みがわからなくなって、いつの間にか大量に食べるようになっておったのだろう。戦いも同じ。戦いに私情がないことはなかろう。しかし、何度も戦ううちに、私情のみで戦うようになってしまったのじゃろう。私情で戦う連中に大義なぞないわ」
崩壊し始めた西軍に家康本隊が押し寄せ、各部隊は殲滅された。
家康の言葉の通り、石田三成の前にふたたび竜が現れることはなかった。
約218回目の関ヶ原の戦い 乙島 倫 @nkjmxp
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます