第15話 旅立ち

「なんだとっ」


 前後二つの門に兵を分散させ包囲していたエドガーは、いきなり敗報を告げられ動揺した。それにしても負け方が酷すぎる。

 しかし彼には驚いている時間がない。


「退く――」


 この状況では、これ以上戦う理由がない。代官の生死は分からないが、この先に関しては、自分に与えられた裁量を超えたことは確かである。エドガーは逃げてきた兵を吸収すると、すみやかに後退を始めた。

 去り際、街を振り返る。

 弟子が気になった。やられたとの報告は受けている。代官は分からないが、交渉材料になり得ないベインを生かす理由はないはずだ。最悪が予想される。


「っち、貧乏くじどころじゃないぞ」


 この件を報告しなければならないと思うと、さらに気が重くなった。

 エドガーは、今まで横で副官として働いていた兵を捕まえると、


「この先はお前が率いろ」

「は? いや、しかし――」


 と、無茶な要求をした。だが動揺する兵をなだめている時間もない。気の毒とは思いつつも、仕方がなかった。代われるのであればそうしたかった。


「敵方に追うつもりはない。それよりも俺にはやらなければならないことがある。――後は任せた」


 エドガーは集団から抜け出た。

 味方を背にして、夜道を馬で駆け、領都へと急ぐ。

 やがて領都に着くと、報告のために領主の面会を求めた。内容が内容であるので、直接伝えなければならない。幸い面会自体はすぐに可能になった。それで領主に報告を済ませると、報告を聞いた領主のギデオンは何ともつかない表情をしていた。

 数分、そのままだったが、やがてゆっくり口を開くと、


「やるしかない――」


 と、何やらか決意をした様子でそう言った。

 であるのに、何やらぼやいてもいる。


「速いか遅いかだ……、きっと何とか……」


 エドガーはギデオンの不審な様子に疑問を抱きつつも、深く関わりたくもないので黙って待っていた。


「……悪いが、供を頼む。私が動かなければならなくなった」


 エドガーは頷いた。どうやら処罰の流れではないらしいと、少し安堵した。だが護衛を頼まれるということは、何かあるのだろう。

 「準備がある」と、ギデオンは一度どこかへ行った。そのまま三十分ほど待っていると、鎧を着て戻ってきた。


「行くぞ」


 詳細は馬上でとのことだった。

 夜道を二人、馬で駆けていく。

 方向はグレイストーンとはズレている。

 ギデオンは言う。


「兵がいる」

「どうするつもりで?」

「領都から動かすのは難しいが、近くにいいところがある」


 エドガーには思い当たる所があった。


「駐屯地ですか?」

「ああ。私自らが行けば、即座に軍を動かせるだろう」


 ギデオンは問題を全て解決するつもりだった。


「向こうの数はもう分かっている。こちらはその十倍以上の数を揃えてやる」

「可能なのですか?」


 エドガーは思わず疑問を口にした。それが出来るなら初めからやればよかっただろうにと思った。そうすればあのような敗北もなかったろうにとも。


「ああ。もう問題はない、――手は打った」


 ギデオンは腹をくくったというよりは、開き直っていた。エドガーは身の安全のためにも聞かなかった。


 夜道を進んでいくと、林が見えてきた。その林に、馬車がちょうど通れるような道が一本通っていた。

 月はとうに傾いている。

 三日月から放たれる月光は、地上の全てを等しく照らしていた。

 静かな林の中、馬が地面を蹴る音が立っていく。

 途中、


「ん? 何だ?」


 道の奥、人影が二つあった。

 暗くて誰かまでは分からない。

 ギデオンは手綱を緩ませずに、大きな声を出した。


「何者かは知らんが、どけ!」


 言い終わり、距離が縮まったところで、ギデオンは息が詰まった。

 『見られた』と強く感じた。目が合ったわけでもなかった。なのにそんな気がした。まるで己の中身を覗き込まれたような、奇妙な感覚。

 馬が動揺して、前足を高く上げた。


「なっ」


 ギデオンは御しきれずに落馬した。馬は勢いのまま遠くに走り去っていく。並走していたエドガーも御そうとするが、止まれずにギデオンを置いていく形で前に進んでいった。


「一体何が――」


 ギデオンは何とか受け身は取れており、身体は無事だった。

 しがしながら、突如として起きた身の危険。感情がたかぶった。ギデオンは上体を起こすと、感情のまま叫んだ。


「何者だ!!」


 前方には自身を見下ろす少女の姿。


「知る必要はない。お前の役目はここで斬られて死ぬことだけ」

「俺を誰だとっ――」


 立ち上がり、怒りのまま剣を抜き去ったギデオンだったが、頭の中に既視感がよぎって動作が止まった。どこかで見たことあるような、ないような。

 少女が口を開く。


「正直、お前のことなんて忘れていたんだけど、思い出した記念に殺してやることにしたんだ」


 ギデオンに考えている時間の余裕はない。敵だということが確定した今、やることは一つだ。踏み込み、


「死ね!」


 不届き者を害さんと、剣を振りかぶる。

 元は軍人だ。将でもあった。衰えてなどいない。実力はまだ充分過ぎる程に――、


「あれだ。皆と同じように運が悪かったのさ」

「な――」


 ギデオンは、力が抜け倒れていく我が身に、ようやく己が斬られたことを理解した。


「さようなら」


 倒れ、地面に伏したギデオン。その左胸を剣が通り抜け、墓標のように地面に突き刺さった。


 ギデオンが動かなくなると、少女は興味をなくしたように視線を切った。その瞳はゾッとするほどに冷たい。そして地面の剣を抜く様子もない。


 ――何の感傷も湧かないな。


 風が木々を揺らす。少女の桃色の髪もまた、揺れる。


「ああ、そうだ」


 礼は果たさなければならないだろう。


「邪魔しないでくれて、どうも――」


 血がやけに似合う少女、アリアは、一連を見守っていたエドガーに向き直るとそう言った。


「……ああ。弟子のこともあるしな」


 エドガーは少し迷いながら返事をした。

 先ほどエドガーたちから見えた二つの人影は、アリアとベインだった。馬を御している時にベインが手助けをしたことで、エドガーはそのことを知った。

 エドガーは弟子を生かしてくれたことの礼だと、アリアの邪魔をしなかった。

 しかしそれは護衛としては有り得ない選択で、この先明るい未来はないだろう。だが、そんなことよりエドガーには優先すべきことがあった。


「望みがある」


 エドガーは失いつつあった自己を取り戻していく感覚を得た。

 息を深く吸う。

 肺の奥まで入れ込むと、身体が少し冷えた。同時に高揚している自分を感じ取った。笑みが浮かぶ。剣士としての自分がそこにいた。剣を抜いた。


「今度は最後まで付き合ってもらう」


 アリアは薄く笑った。


「――いいよ。今日は月がキレイな夜で、気分が良いんだ」

「いざ――」

「ああ、待った」


 アリアは止めた。念を押す必要があると思った。加減する気がない。


「一応、死ぬかもしれないけど、大丈夫?」

「聞く必要のない問いかけだ。俺は今ただの剣士として存在している」

「そう」


 アリアは、自分の左手の甲に軽く口をつけた。

 すると左手から光が溢れ、一振りの太刀が現れる。

 鞘から刀身を抜き放ち、構える。

 先ほどの酷薄な目つきとは違うも、恐ろしく鋭利な目つき。まさしく刀剣のよう。


「悔いだけは残さぬように」

「無用だ!」


 エドガーは高揚した。笑みが湧き出る。

 もはや敵とは認識出来なかった。同じ道を行く同士。これ以上ない程に剣士の顔つき。今まで見たことがない美しさ。


「いざ――」


 エドガーは直感した。これまで会った者の誰よりも――。

 達人ともなれば必殺の剣を持っている。であれば、どちらの必殺が届くか。それだけだと。エドガーはこの勝負が長引かないことをさとった。

 もったいぶる気はない。誰よりも速かった最速の必殺剣。


「しっ――」


 これまで剣に費やした全て。肉体が発射台のように、剣を、一振り、繰り出した。

 鉄が煌めき、音を置き去りに、標的にまで到達、――その寸前、


 ――っ。


 少女の姿が幻のようにブレた。

 最後に見えたのは三日月だった。


 ――悪くない。


 意識が薄れ、消えた。




 ◇◆◇




 グレイストーンの街ではもう朝日が昇っていた。

 激しい戦闘の後ではあったが、街は静かだった。

 街の残った人たちが色んな片付けを行っている。逃げ出す者はとうに逃げ出した後で、今更逃げるような者はいなかった。

 アリアは一人で街に戻った。

 報告を受けたウォルターが出迎えに来た。剣を杖代わりに、よたよたと歩いている。


「歩いて大丈夫なの?」

「……まあな」


 アリアは口を閉じた。

 どう見ても無理をしているようだったが、本人がそう言うのならこれ以上言うのは野暮だろうと思った。

 街の中を共に歩いていく。街はそこまで荒れていない。適当に会話をするが、ウォルターの声は硬かった。戦闘の緊張が解けていないのか、解けては意識を保っていられないのか。それとも心配事か。


「今更疑うってわけでもないんだが、何をしてきたのかを聞きたい。偵察には行かせてるが、特に情報も得られてなくてな。何でもいいから教えてくれると助かる」

「領主斬ってきた」

「そうか。ん? ……そうなのか?」

「うん」

「冗談か?」


 アリアはある一点を指でさした。


「あっちにある林の道の真ん中に、誰にも回収されてなければまだ落ちてる」


 ウォルターは慌てた。もしかするともしかするかもしれない。


「お、おい! 今すぐに――」

「あ、ああ!」


 馬が駆けた。

 行き違いのように、別件で領都方面に偵察に行かせていた兵が帰ってきた。


「――何だとっ?!」


 その報告で、王子が領都に来ているということを知った。

 ウォルターはどうするか迷った。

 代官を斬ったのだ。ここのいる仲間たちは、間違いなく死罪に該当する罪人になる。戦って死ぬならまだしも、裁かれて死ぬのは何かが違う。


「それがどうにも変で、王子の兵と領都の兵が睨み合っているような様子でした。もしかしたら味方になってくれるかもしれません」

「……なるほど。しかし、領主は死んだぞ? この事態をどう収束させるんだ?」

「え?」


 ウォルターは例のとんでも話をした。


「……にわかには信じられませんが、もしそれが本当であれば交渉の余地はあるのではないかと」

「それは判断する者次第だろう。杓子定規なやつだと困る」


 王子の人格に関して悪い噂はない。だが能力面においては、無能だと言う声も大きい。擁護する意見でも「頑張ってる」といったもので、何とも頼りない。期待するには怖く、絶望するには早い。

 ウォルターたちが先のことについてしばらく話していると、領主の確認に行かせた者が息を切らせながら戻ってきた。何かを抱えている。


「見ろよ! ギデオンの野郎の死体だぜ!!」


 ソレは街の広場に、皆が確認出来るようにして置かれた。

 実際に目にしたウォルターは腹をくくった。


「こうなりゃ賭けだ。これで交渉してみよう」


 悩んでいるのが馬鹿らしくなった。この先どうなるにしても、倒すべき最終目標がいなくなった以上はやることなんてないのだ。それが分かった。

 領都に向けて、早馬を飛ばした。どうなるかは、天のみぞ知る。

 街に残った者たちも、戦う準備すら辞めて、各々談笑したり休息を取ったりと自由にしはじめた。

 アリアも暇になった。


 ――そろそろか。


 アリアは決めた。


「じゃあ、私は――」

「行くのか?」


 近くで、あれこれと打ち合わせをしていたウォルターが反応した。


「うん。元々ここには用がなかったし」

「用? お前には何か目的があったのか?」

「ないよ。あれば幸せになれるんだろうけど」


 ウォルターは少し考えると言った。


「じゃあ人生の先輩として言ってやる。お前は戦士だ。一度でいいから誰かに仕えてみろ。そうすれば自分というものが分かってくるだろう」

「うーん、自分を知らないつもりはないんだけど」

「そうじゃない。社会を前提にした時の話だ。お前が言ってるのは、心とか魂とかそういうのだろう? 俺が言っているのは、もっと俗っぽい、人と人との関わり合いのことだ」


 騎士として生きてきたウォルターの言葉には説得力があった。


「手っ取り早く分かるようになるには、誰かに仕えてみるのがいい。それにお前ほどの実力があれば、いくらでも選べる。俺がこの後、生きていられるかまでは分からないが、お前にはこの世でもあの世でも名前を聞けるようなやつになってほしいんだ。もちろん、これは俺のワガママだから聞き流してくれていい。俺は先に逝った仲間たちが誇れるような戦士としてありたいんだ。そしてお前にもそうあってほしいと願ってる」


 アリアの脳裏に、領地から逃げ出した時のことが浮かんだ。己の為に命を張って時間を稼いだ兵たちの生き様を、覚悟を思い出した。


「なるほど、悪くない。ただ生きるよりもずっとね」


 体験してみるのもいいかとそう思えた。

 アリアは軽く頭を下げると、街を去った。

 名を売るなら人が多いところの方がいい。ならば王都にでも行ってみるかと。そんな事を思いながら。


 アリアを見送ったウォルターは、その場でへたり込んだ。

 近くの若い兵が駆け寄った。


「大丈夫ですか?」

「ああ。悪い、少し気が抜けてな」

「まあ、あんなに可愛い子と話してたんですから無理もないでしょう」


 ウォルターはその冗談を鼻で笑った。


「お前はまだ若いな」

「ええ? あの子を見てそう思わないやつなんていないでしょう」

「そうじゃない。接してみると分かるぞ。あいつ、すげえおっかないんだ」

「強いからっすか?」

「自由すぎるんだ。社会から外れたところにいるのに、己がブレてない。普通ならどうにかなっちまうような所にいるくせに平静を保ってられてる。つまり、どっかイカれてるんだよ」

「仲良さそうだったのに、結構言うんすね」

「親近感があるからこそだ。幸せになってほしいと思った。だから誰かに仕えてみろって勧めたんだ。世界に居場所を作らせるためにもな」

「考えてるんですね。自分はてっきり顔に負けたのかと」

「馬鹿野郎。まぁ、俺も最初はそういう類のモンスターかと思ったけどな。けど話してみるとあいつはちゃんと人間だったよ。それも何かを乗り越えたばかりのやつだった。そしてこれから何かを得ていこうとしていく感じもした。そんなやつ応援するだろ」


 昼を過ぎてから、領都に向かわせた早馬が帰ってきた。

 持って帰ってきたのは情報だけではなく、わずかな供を連れた王子を伴っていた。大いに驚いたが、迎え入れるに他はない。

 事の顛末を説明をすると、最終的に王子の顔は明るくなった。つられて周りも明るくなった。どうやら良い方向に行きそうだ。そう思えた。

 ウォルターは少し離れると、心の内で感謝を捧げた。


 ――お前のおかげで不思議と上手くいった。


 恐ろしく血生臭い幸運の少女に向けて。

 アリアの去った方向を向いて、剣を上に掲げると、バランスが取れなくなり、またへたり込んだ。

 その顔には笑みが浮かんでいた。




---

ここで一章?終了です。

次回からは王都編となります。

リリアナちゃんとか王子とか紛失した乙女ゲームのシナリオとか、

その辺りの回収だったったりと、

アリアちゃんがあれこれと成長? 好き勝手? していく話になります。


それでは、これからもよろしくお願いします。

評価や応援とか頂けるとうれしのおんせん……( ‘ ω :::…

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乙女ゲームのヒロインに転生したTS少女は、何一つ気づかずに剣を片手にマイペースに生きる さえぐさ @booklbear

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