第六話 即興技
翌日、いつものように城の訓練場に来ていた俺。訓練場の天井はもともと崩れており、朝日が差し込んできて心地がいい。俺が深呼吸をしていると、ルフォアが訓練場に入ってきた。その後ろからユナとリリスが続く。
「おはよ、ミナト」
「おう、おはよう。……ルフォア、リリスにユナまで。今日は勢ぞろいだな」
「ああ、今日の訓練は私たちも参加しようと思ってね」
「……マジ?」
全員と戦うとなると、相当な難戦が予想されるな……。まず、リリスは相手の心が読める。したがってブラフを張ることがかなり難しくなる。そしてユナの持つ能力により異能が強制解除される。霧での錯乱も難しくなるだろう。そこにルフォアが来たら……
「ふふ、さすがに本気は出さないよ。六割くらいかな」
「半分超えてますよねそれ!?」
リリスに文句を言うが、まるで聞こえていないような素振りをする。六割とは、十のうちの半分以上を出すということだと。それはオーバーキルであり、俺のやる気を著しく削ぐのだと教えてやりたい。
「さて、新人君! 早速始めたいんだが、いいかな?」
ユナやルフォア、リリスは準備万端のようだ。仕方ない……腹を括るか。大きなため息をついて、覚悟を決める。
「……来い!」
とほぼ同時に、ルフォアとユナが俺のほうへ突っ込んでくる。もともと開いていた距離は十メートル程。一瞬で詰まる距離だ。
「『
ルフォアが魔法名らしき言葉を放った瞬間、俺の視界からルフォアとユナが消える。咄嗟に
「ユナ!」
「やってるさ! だが……魔力出力が大きすぎる! もう少し時間が掛かるぞ!」
「わかった、こっちで食い止める!」
霧の中、ユナとルフォアの声だけが聞こえてくる。位置までは分からない……だが方向は分かる!
「……『
そう呟く。右手に霧が集まり、たちまちハンドガンの形に。周囲の霧は少し晴れてしまうが、まあ許容範囲内だ。
「……霧が晴れた! まさか……」
ルフォアが言葉を紡ごうとしたその時。霧で形成された弾丸がルフォアへと放たれた。弾丸はルフォアへとぐんぐん突き進む。常人なら確実に死を想起し、恐怖で一瞬体が硬直するだろう。しかし意外にも、ルフォアは冷静だった。弾丸をギリギリで避け、俺のほうへと向かってくる。一切の躊躇なく。
「マジか……よおっ!」
ギリギリでナイフを
「ほらミナト! 躱すだけじゃ倒せないよ!」
ナイフの狙いは次々と変わっていく。喉元、心臓、鳩尾……どれも致命傷になる場所だ。必死に躱し続ける。だんだん後退していく。……タイミングを見計らって、
「……! ルフォア! 霧が来るぞ!」
「っ!!」
リリスの声を聴くと、ルフォアは攻撃をやめ一気に後ろへと飛び跳ねた。……リリスに読まれたのか! 遅れて、霧が立ち込める。ここまではいいのだが……さっきみたいにルフォアに詰められたら終わりだ。それに、もうすぐユナが俺の異能を解除してしまうだろう。
「……だが」
なぜかわからないが……この状況を、この戦いを、楽しんでしまっている自分がいる。アドレナリンというやつだろう。魔法で戦うという「非日常」、その高揚感……これは、
「……!? ルフォア、ユナ! 防御しろ! 何かデカいのが来る!」
「「了解!」」
霧が一気に俺の右手に集まってくる。その霧はだんだんと、俺の
「……!? 『剣』……!?」
「こういう戦い方もしてみたかったんだよな……『
「なんてことだ……」
ユナは感激のあまり、解除を中断してしまっている。ルフォアとリリスも驚きを隠せていない。それはそうだろう。今まで俺がしていたのは、霧を「集めて」「放つ」……言うなれば「水鉄砲」のようなことだ。だが今俺がやっている
「さあ、二回戦と行こうぜ!」
ルフォアはすぐさまナイフを構える。ユナはもはや戦う気がなさそうだが……
「ユナ!」
「ああ、わかってる! 新人君! 具現化できたのはいいが、果たしてそれを持続させられるかな!?」
「くそっ、やっぱ見抜かれてるか!」
そう、俺が懸念する一番の問題――この剣をどこまで維持できるか、そもそも持続できるかどうか。それを見抜かれてしまっている。「具現化できたぜ」とドヤ顔したはいいが、これが維持できなかったら笑い者だ。
ユナとルフォアは再び俺のところへ全速力で駆け抜けてくる。ルフォアはナイフ、ユナは長剣を携えて。
「いつの間に――っ!!」
俺は一度バックステップで距離を取り、すぐさま
「
そのままルフォアに放つが、ユナの長剣に弾かれる。弾かれた弾丸は軌道を変え、俺のほうへ戻ってくる。
「そんなこともできるのか!?」
「あまり研究者を甘く見ないほうがいいよ新人君! 軌道計算なんて朝飯前さ!」
弾丸を
「ミナト、そろそろキツくなってきたんじゃない!?」
「そっちこそ!」
ルフォアと軽口を交わすが、俺もルフォアも、ユナも、皆体力はとうに限界だ。三人とも息は切れ、肩で呼吸をしている。
その時、突然、訓練場に足音が響いた。
「さて、では私も参戦しようかな」
今まで体力を温存していたリリスが、なんとこのタイミングで来た。いじめかな?
「ふふっ。時には、体力を消耗した状態で戦わないといけないときもあるよ」
「そん時は逃げるけどな、俺は」
リリスは不敵な笑みを浮かべている。……俺の体力はとうに限界。ここで長期戦なんてしたら、ジリ貧で俺の負け。となると……。
「……ふむ、大技を打とうとしているね」
「ああ……バカでかいのをな!」
右手に、振り絞った最後の力と、魔力を籠める。
「リリス! 今の全力をぶつけるぞ!」
「言われなくても……分かっているさ! ルフォア! ユナの魔法を!」
リリスはユナの魔法で無効化しようとしている。だがユナの体力はとうに限界だ。無力化は……できない!
「……受けてみろ! 『
俺の詠唱によって霧は巨大な拳となり、リリスに向かって放たれる。空気が振動する。訓練場そのものを破壊するかと思われるくらいに、拳は勢いよく突き進む。
だが、その勢いとは裏腹に、その拳はリリスの前で呆気なく霧散してしまった。
「……『
烏丸湊は取り戻す 有澄春人 @suimin_daisuke
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