第五話 急成長
「……すごい成長速度だね。体こそ最初は貧弱だったが、吸収の速さでもう私と渡り合えるレベルだ。才能の原石だね」
「少し褒めすぎじゃないか? ユナは戦闘が専門なわけじゃないんだろう? 勝って当たり前なんじゃないのか」
「これでも鍛えているつもりだが……私もまだまだ、という事かな」
特訓が始まって早二か月。俺は自分でも驚くほどの速さで成長していた。どれくらいかというと、ユナをノーダメージで倒せるくらいだ。まあ、といってもユナはもともと異能の研究担当だし、しかもハンデとして異能を使っていないから、実際はまだまだなんだろうけど。
ユナ曰く、俺が持っているのは「魔力の扱いに特化した才能」のため、魔法の出力は非常に高い。だが、それ以外の技術――特にフィジカル――に関しては、全くできていなかったそうだ。まあ実際元の世界でも運動神経は良くなかったしな……。
ということで、この二か月はフィジカルトレーニングに集中していたのだ。
「ま、とりあえず。これで基礎は完璧かな。王族の護衛くらいなら簡単に倒せるんじゃないか?」
「王族の護衛って……精鋭部隊じゃないのか!? そこまで成長しているのか、俺は……?」
「護衛って言っても、実際そこまで強くないよ。このトレーニングメニューをこなした君なら、ね」
なんてことだ……そんなに鍛え上げられていたのか、俺は。確かに「山を登って下ってを繰り返す」とか「湖を泳いで横断」とか、そういうことはさせられていたが……。
……うん? よく考えればこういうの全部こなした俺すごくね?
ふと気づき、自分の体を見る。腹筋は綺麗に六つに割れ、二の腕の筋肉も程よくついている。体も前より遥かに軽く、以前と比べて二倍くらいの身体能力はありそうだ。
「ふふっ、今気づいたのかい? 君、自分が思っている以上に鍛え上げられているんだよ」
「……ああ。なんというか……感無量だ」
前までのだらしない体から、こんなに美しい筋肉を携えた体になるなんて……。ボディビルダーの気持ちが、ほんの少しわかった気がした。
「さて新人君! 明日からは君の『
「ああ、了解した」
そう言って、俺はユナと解散する。床に脱ぎ捨てた服を拾い上げ、身につけようとすると、後ろから声をかけられた。
「……ミナト」
振り返ってみると、その声の主はルフォアだった。
◇
「ルフォア。どうしたんだ?」
「ミナトの様子を見に来たの。どう? 順調?」
ルフォアが優しく俺に微笑みかける。
「順調だよ。最近は筋肉もかなりついてきたし」
そう言って俺はルフォアに力こぶを見せる。
「……触ってもいい?」
あまりにも目を輝かせながら言われたので、断れるわけもなく、俺は承諾した。
「ああ、どうぞ」
ルフォアが俺の腕に優しく触れる。なんだか恥ずかしいな……。彼女はまじまじと筋肉を見つめている。次は腹筋を触り始めた。ちょっとくすぐったいが、まあ我慢する。さらに今度は腹筋を触り始めた。……そろそろ辞めてほしいんだが……そんな俺の気持ちはリリスのように伝わるわけもなく、ルフォアは俺の筋肉を触るのをやめない。心なしか、ルフォアの顔が紅潮しているように見える。
体調が悪いのだろうか? 声をかけるか……。
「……ルフォア?」
「ひゃいっ!?」
ルフォアが今までに聞いたことのないくらい高い声で反応する。
「!? す、すまん。驚かせたか?」
「あ、いや、こちらこそごめんなさい」
ルフォアは顔を真っ赤にして俯いている。……本当に体調が悪いのかもしれないな。今日は休ませよう。
「……ルフォア、今日はもう休んだ方がいいんじゃないか? 顔赤いし」
「え!? あ、いや、これはその……」
ルフォアが口ごもる。何か休めない事情があるのだろうか。
だが数秒経って、意を決したかのような表情で俺に言う。
「ミナトが……かっこよすぎて……」
その声はか細かった。だが、確かに俺の耳に届いた。
「……そっか」
……異世界転移する前。それまでも何回か、「顔を見て」かっこいいと言ってくれる人はいた。それはそれで嬉しかったし、別にそれが悪いことなわけじゃない。
……でも、なんというか、生まれ持ったものだけで持て
……でもルフォアは違った。俺の努力を見て、かっこいいと言ってくれた。それがたまらなく嬉しかった。
思わず笑みがこぼれる。
「ありがとう」
「……へ?」
ルフォアは困惑を隠しきれていない。
「お世辞でも……嬉しいよ。努力した甲斐があるってもんだ」
そう言うと、ルフォアは頭突きをかましてきた。腹ではない。頭にだ。その衝撃は俺の体をよろめかせ、尻もちをつくのに十分な勢いだった。
「いってえ!!」
「……馬鹿」
顔を赤くして俺を睨みつけるルフォア。
「お世辞なんかじゃない。ミナトは、かっこいいよ」
「……お、おう。ありがとな……」
俺は赤くなった顔を誤魔化すため、明後日の方向を向く。ルフォアは何か言いたげだったが、結局何も言わずに部屋を出て行ってしまった。
……腹、痛かったな……。
――――――――――
あとがき
「烏丸湊は取り戻す」第五話を読んでくださりありがとうございます!
個人的にはルフォアが一番お気に入りです。今回はルフォアのための話かも。
次回、主人公が……?
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