003、勇者あらわる



 勇者とは。


 元いた場所に戻って椅子に座り、染みの説明を聞き流す。


 ああ……この場所が落ち着く。

 ここ、地下にあるっぽいんだが、かなり広い。


 その広い空間のど真ん中に、椅子があった。

 落ち着く。


 俺はここで生まれたからな。



「で、勇者って何だ。勇気ある馬鹿者の略か?」

『ニャ〜〜! 今説明しましたニャ! ちゃんと聞いてくださいニャ!』


 うるさい染みの話によると、勇者というのは魔王様、つまり俺を倒す存在らしい。


 魔王領の向こうには人間の国々がある。


 その人間の国の選ばれし強者が、女神というのから『刻印』を授かり、属性魔法を使えるようになって、俺を倒しにくる。


 人間は常に領土拡大を企んでいるらしく、魔王領は何百年も狙われ続けてきた。しかし、刻印の適合者がなかなかあらわれず、これまで結界を破ることができなかったという。


 ところが、その結界を破った気配がした。


 転生したばかりで、俺がちょっと弱くなっていたからかもしれない、とのこと。


 本当に勇者が現れたのかもしれない。


 そうか、俺を倒しに来るのか……。


 勇者とは。


 つまり勇気ある馬鹿者で間違いなかったわけだ。

 俺を倒すのは無理だろ。


 染みの話は長ったらしい上に、情報量が多すぎて途中からわからなくなった。俺は生まれたてなんで、何もわからんのだ。


 俺を倒す意味もわからん。


 倒したら、クソ広い荒野の管理しなきゃならんのだぞ。いいことあるか?



『女神にとっては、魔の存在は忌まわしきものなのですニャ。勇者以外の人間も、魔王領に立ち込める芳しき魔力に耐えられないのですニャ』

「ふーん。じゃあ、くれてやればいい。それで世界が良くなるなら」

『何と慈悲深き御心ですニャ……! ですが、魔の頂点たる魔王様がお隠れになられては、魔力のバランスが崩れるのですニャ』

「ふーん」


 それ、俺に関係あるか?


 俺、死んでも転生するっぽいぞ。

 まさに生まれたてなんだし。


 まあでも、単純に倒されてもいいってわけじゃなさそう。



「じゃあ殺すか、勇者」

『そうですニャ!』

「あっでも、ここ退屈だしな……話し相手になるかもしれん。殺すのやっぱやめるわ」

『ニャ〜〜〜!』


 うるせえ。


 この染みとばかり話してたら、頭おかしくなりそうだ。人間の方がマシだ。



『ど、どうせ魔物にやられて城まで辿り着けないのがオチですニャ……魔王様の話し相手の座は渡さないのですニャ……!』


 そうだった、俺の眷属の魔物とかいうのがいっぱいいた。あれを倒さないとここまで来れないか。


 魔物を倒されるのは困る……いや、困らないか。


 繋がりとかぜんぜん感じないし。

 むしろ、倒したほうが……。


 ん? なんで倒したほうがいいんだ。

 俺の眷属だというのに。


 くそ、わからんことばかりが増える。



「ええい、勇者とやらは今どこだ! なんかわからんのか染み!」

『染みじゃないですニャ……。確か、魔王様は結界内の魔物を起点とした周辺感知をお使いになっていましたニャ。 『モニター』とかいう技ですニャ!』


 何だって?

 意味不明な言葉の羅列を使いやがって、クソ染みが……。


 だが便利そうだな、それ。

 やってみるか。



「モニター?」


 そう呟くと、急にゾワワワワ!と頭の中に何かが湧いてきた。


 何だこれ……!


 これがまさか、眷属との繋がりってやつか。

 多いな。


 同時に、侵入者の居場所も何となくわかった。なんか異物があるかんじのする場所だ。


 なるほど、このゾワゾワする気配は、魔王領内の魔物がいる位置だ。


 その中から、異物に近そうな魔物を選ぶ。


 すると、目の前にクソでかい景色が現れた。

 黒くてうねうねしてるやつがいっぱいいる。


 これは……。



『すごいですニャ! この恐ろしき魔物の姿! まさにこの映像が『モニター』ですニャ! さすが魔王様ですニャ! これで侵入者の姿が見えますニャ!』


 成功した。


 ここに座りながら好きな景色を見られるってわけだな。何という便利技。


 眷属の魔物ってやつも、やっと近くで見られた。目玉がいっぱいあって、なかなか可愛い外見してる。


 さて、勇者とやらはどんな姿なのか……。



『ニャ……?』

「なんか、もやもやが近づいてきてるな。何だ、あれ」

『あ、あれは……砂埃ですニャ! 猛烈な勢いで走っていますニャ! あー! 魔物が吹き飛ばされて……!』

「えっ、消えた……」


 もうもうと砂埃を立てて、何かが魔物を吹き飛ばしながら通り過ぎていった。何だったんだ、嵐みたいだな。あれが侵入者か。


 俺はまた気配を探って、景色を映し出す。

 また砂埃が見える。魔物が吹き飛ぶ。


 そして消える。


 ……なんか、移動がすごく速くないか。

 それに勇者とやらは、魔物に負けてない。むしろ魔物を倒す気がなさそうだぞ。俺との繋がりが消えないからな。


 異物感は、どんどん俺のいる城へ近づいてる。

 速……。


 人間って、高速移動するんだな。

 知らなかった。



『ま、まずいですニャ! 強力な魔物が次々に突破されていますニャ! このままでは魔王城へ勇者が来てしまいますニャ!』

「そうだな、砂まみれで城に入られるのはちょっと……」

『そこは問題じゃないですニャ〜!』


 染みがニャ〜ニャ〜騒いでいる間にも、猛烈な勢いで侵入者は城に近づく。見えないくらい遠くだった魔王領の端からこの城まで、一瞬だったな。


 勇者、強いのかもしれん。


 なんか、嵐みたいで楽しそうな奴だ。


 俺は少し期待しながら、勇者が俺の前に現れるのを座って待った。


 さて、見てやろうじゃないか。

 勇気ある馬鹿者の姿をな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王と五人の押しかけ勇者たち ザック・リ @ykrpts

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ