002、誕生の後始末

 

 ヒュゴォォォォー!!



『よき嵐ですニャ〜! 空も魔王様の誕生を祝福していますニャ!』


 いつのまにか付いてきていた染みがしゃべった。

 お前、動けるんか。


 空が俺を祝福……っていってもな、これ起こしてるの俺疑惑があるんだが。俺が俺を祝福してんのか。


 俺、おめでとう!


 クソデカ窓から見える異様な、楽しげな光景。


 これ窓っていうか、出っ張りのような、下界を見下ろす台のようだ。それが城の上のほうにある。俺は吹き飛ばされそうである。


 でも、そうか、この楽しいやつは『嵐』って呼ぶのか。なんか思い出した気がする。


 楽しいのはいいことだが、城が壊れたら困る。

 名前を知った今なら止められるかもしれん。


 そう思って嵐を睨みつけ、手をかざした。


 嵐からは、果てしない楽しさを感じた。


 溢れ出す享楽、愉悦、歓喜。


 ほら、楽しいのは終わり。

 うちに帰る時間だ。


 嵐はギュウゥゥ………ッ!と俺の手のひらへ吸い込まれていった。やっぱり俺が発生源だったか。


 かなり長時間吸い込み続け、ようやく嵐は消えた。どれだけ楽しかったんだよ。後始末たいへんすぎる。


 何とかなったけど。


 ふう、と息を吐く。

 黒いもやがいっしょに出てくる。


 このもや、操れるようにならないと、また惨事……慶事? を起こしてしまうな。よっぽどめでたい時だけにしてほしい。


 俺が誰で何なのか、いまいちわからんが、とりあえず当面はこのもやを操る練習でもしようか。他にやることが思いつかない。使命とかあるのかもしれん。


 しかし、嵐を吸ったせいで、外は晴天だ。


 ピカッ!と光が照りつけて眩しい。

 俺は明るいのが苦手なようだ。クラクラする。


 城から外の世界を見下ろす。


 大荒れだった大地は、何事もなかったかのようだった。鮮やかな何かが思いっきり地面から噴き出てたり、抉れたりヤバかったはずだが、何もない。濡れてもいない。俺が何かしたのかもしれん。


 穏やかな景色が広がっている。


 しかし草一本生えてない荒涼とした景色が延々と広がっているので、それを『穏やか』と呼べるかどうか。


 お、なんか遠くにムキムキの黒い生き物がたくさん歩き回ってるな? あれは何だ。



「おい、染み。あの生き物はなんだ」

『染みとは何ですニャ! ボクはネコですニャ! ……あれは、魔王様の眷属の魔物ですニャ』

「眷属……? お前染みのくせに景色見えてるのか」

『だから染みではないですニャ!』


 ニャ〜ニャ〜騒がしい染みを放置して、黒い生き物を眺める。


 魔物。知らない言葉だ。デカいのやら小さいのやら、いろいろだ。飛んでるやつもいるな。あれを見ているのも、楽しいっちゃ楽しい。


 あいつら、何食って生きてんだろう。

 さっきの嵐で無事だったんだな。


 俺の『眷属』とかいうやつなら、俺に従うのか。


 繋がりは、あんまり感じないが……



『見渡す限りのこの土地! うごめく魔物! すべてが魔王様のものですニャ! 魔王様に栄光あれですニャ〜!』


 ん?


 この荒れた土地全部が俺のもの、だと。


 うーん…………。


 喜べばいいのか、嘆いたらいいのか。


 わからん。

 そもそも自分の感情すら謎だ。



「それは良いことなのか?」

『良いことに決まっていますニャ〜。いずれ世界を征服し、すべての人間どもが魔王様にひれふすのですニャ』


 にん、げん……?


 って何だ。


 知ってる気がする。


 ひどく詰まらない、下らない、そんな響きの言葉だ。下等、野蛮、無知……。


 そんなやつらを配下に置いて楽しいだろうか。


 俺は……どうしたいんだ。


 まだわからない。

 知らなくてはならない、俺が愉快に過ごすために何をするべきか。


 とりあえず、この染みはどうも信用ならん。

 声を聞いてるとイライラする。


 俺に媚びてくるのも気に食わんし、俺より物事を知ってるのも腹が立つ。


 そろそろ目覚めた場所に戻りたい。

 外は明るすぎるんだ。


 俺は外に背を向けて、階段を降りようとした。



 ──ゾクッ。


 何か、気配がした。



『! 魔王様! 侵入者ですニャ! 魔王領の端っこに誰かが入って来ましたニャ〜!』

「俺も感じた。魔王領? ……ってこの領土か。その端って」


 かなり、向こうじゃね?


 見えないくらい向こうだよな。

 入ったからなんだというんだ。


 俺は椅子に戻りたいんだ。

 くるりと背を向けて、歩き去る。


 染みは慌てた声を上げた。



『ど、どうなさいますニャ! 虐殺ですかニャ!』

「知らん」

『ニャ〜! 何百年も魔王領に侵入者が入ったことはありませんニャ! 強力な結界があるのですニャ! これは……勇者かもしれないですニャ!』

「勇者?」


 俺は今度こそ立ち止まった。


 ……なんだそのおぞましい言葉は。

 口にするのも憚られるぞ。


 俺の体からもやが出まくった。


 あ、やべ。

 また嵐が出る。しまうの大変だから出ないでくれ。


 勇者、勇者か。

 勇者が来るのか。


 ほう。



「なんで?」


 そもそも、勇者って何だ。





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