魔王と五人の押しかけ勇者たち
ザック・リ
001、魔王目覚める
水から浮かび上がるように、目を開いた。
初めに、眩しさを感じた。
どうにかしてそれに慣れると、今度は自分が座っていることに気がついた。座っている。寝ていない。
座ったまま寝てたんだろうか。
寝る?
起きる?
……おかしい、昨日のことが思い出せない。
いいや、これはおかしいことか? そうでもない気がしてきた。そう、昨日のことが思い出せないなんて、大した問題じゃない。
俺は、もっと重大なことを思い出せないでいた。
俺は、何だ?
名前は? 歳は? 住所は?
ダメだ、なーんにもわからん。
なんか、こう、常識とかそういうものはかろうじてわかる気がするのに、名前とか場所とか何もかもわからん。
記憶喪失かも。
『記憶喪失』って言葉の意味は忘れてないのにな……。
『おめでとうございますニャ! 無事に転生成功ですニャ! 魔王様〜!』
いきなり声がした。
何だと、転生?
生まれ変わったってのか?
おお、『転生』の意味もわかるぞ……。
でも『魔王様』って何だろう。
よくわからなかった。強そう。
俺は『魔王様』なのか。
自分を知るのはいいことだ。
で、だ。
お前は誰?
どこから声がしてるんだ。
キョロキョロすると、床に黒い染みがあるのに気付いた。部屋広っ。
染みがしゃべった。
染みって、しゃべっていいのか?
ダメだな。
『魔王様! まさか忘れたのですニャ? ボクですニャ! ちゅうじつなるしもべのネコですニャ〜!』
「知らん。誰?」
『ニャ〜〜〜!』
染みは悲痛な鳴き声を上げた。
正直、耳障りだなと思った。
声を聞いてたらイライラしてきた。
俺は染みを無視して、自分の状態を調べることにした。
手、あるな。
足、あるある。
顔、鼻が高い気がする。
角、ヨシ。
服もちゃんと着てるし、靴も履いてる。
立ち上がってみる。
ふらつくこともなく歩けた。
なんか、体の周りに黒いもやがまとわりついてるんだが、こいつは何だ? 引っ込められる?
ぎゅっと踏ん張ったら、もやはサッと消えた。
もう一回だせるかな、あ、出た。漏らすかんじでいけるな。
ニャ〜ニャ〜うるさい染みを無視して、もやで遊ぶ。
なんかメッチャ楽しくなってきて、黒いもやを出したり引っ込めたりしていたら、急に部屋が暗くなってきた。
壁から発していた光が小さくなってる。
外からゴロゴロと音がする。
空気が重い。
なんだ?
外で何か起こったのか。
この建物の構造を調べるためにも、俺は歩いて窓を探すことにした。
床はごつごつザラザラしてる。階段とかいっぱいあるな。
この建物広すぎる。
壁にポツポツと明かりがあるが、全体的に暗いせいで奥行きがわからない。だから余計に広く感じるのだろう。
歩いても歩いても外が見える窓が見当たらない。窓どころか、誰もいない。動物すらいない。俺ひとりしかいないのにこんなに必要か? それともみんな全滅したのか。
これ家じゃないな、もはや城だ。
『城』って言葉は覚えてた。
やっと外が見える場所に来てみれば、外はえらいことになっていた。いや、これが普通か。
暗雲に覆われた空から光の矢が降り注ぎ、水も大量に降ってる。風がそれらを掻き回して、めちゃくちゃにしていた。岩とか飛んでる。
ものすごく天気が悪いな。
だけど、いい気分だ。
もしかして、天気が悪いんじゃなくて、良いんじゃないか?
そう思うと、だんだん楽しくなってきた。
俺のまわりにもやがいっぱい出てきた。こら、勝手に出るな。
もやを引っ込めると、外の状態が悪化した。地面らしき場所が赤黒くなってる。
もやを出す。風がおさまる。
もやを引っ込める。風が吹き荒れる。地面から赤く光る熱そうな水が噴き出る。
……まさかとは思うが、これ起こしてんの俺か?
このままにしたら城が壊れるな。
俺は目を閉じて、集中した。
止まれ。
ピタリとすべての事象が止まった。
やっぱり俺が原因か。
目を開けると、景色自体はそのままで、空中にとどまっている水滴やら岩やらが見えた。
あ、これ時間止めちゃったな……。
力を抜くと、また凄まじい天気の再開だ。
俺のせいじゃなかったのか?
難しい……。
俺は大荒れの天気を高い場所から見下ろしながら、途方に暮れた。
誕生早々、城がなくなりそう。
どうしよう。
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