第19話 海の街ビーンズ

 馬車を走らせて数日が経ち、磯の香りと潮風が感じられる場所まで近づいてきた。

 「あそこに見えるのが私の故郷だよ」

 「いい所だねリタ姉」

 「まあな」

 

 「もしかしてこれが海の香りというものなんですか? ねぇねぇリタ!海の近くまで行ってみたいです!」

 「街に着いたら行こうかソフィー様」

 「はい是非!」


 数刻走らせると、目的地だったビーンズに到着した。

 「ソフィー様と侯爵は、目立たない方がいい。これでも被っておきな」

 リタ姉はローブのような物を二人に手渡す。頭までガッツリ被れば顔も隠せた。ソフィー様とジェノ侯爵は特に目立つ風貌をしているので、出来るだけ目立たないように行動した方がいい。


 「これでよし! じゃあ私に着いてきな! とにかく休める場所を目指すよ」

 リタ姉はそう言うと、スタスタと街の中へと歩みを進めていく。海辺の街ビーンズは、貿易などが盛んなのか、何隻もの船が停泊しており、沢山の人で賑わっていた。

 ビーンズの中央通りに出ている出店の商品は様々で、特に目が行ったのは生魚が置かれている事だった。パンプキンでは生魚は勿論、他の魚料理すら見た事がなかった。


 「こっちだ! 迷子になるなよ? ちゃんと付いて来い」

 リタ姉は大きな図体にもかかわらず、人混みをスルスルと簡単に抜けていく。


 「賑やかな街だなここは! なあダダン?」

 「そうだな! 色々と楽しそうだ」

 リタ姉は、賑やかな喧騒とは離れた、人がいない方へ方へと進んでいく。建物の間を抜けていくと、そこには表の顔ではない、街の裏側の世界が広がっていた。


 「ここはスラムですか?」

 「ああ、そうだダダン。隠れるにはいい場所だろ? 育ちの良いジェノ侯爵とソフィー様にはちょっとキツイかもしれないけどね」

 「確かに隠れるには、いい場所ですリタ」

 「もうちょい先だ」


 整備されていない泥濘んだ道を進んだ先に、あばら家が見えてきた。

 「ここだ」

 リタ姉が、自分の身長よりも低いドアを開ける。


 「おいジジイ! ジジイ帰ってきたぞ! おいジジイ!」

 家の中に俺達は入っていく。中は簡素なものだった。部屋の中央にはテーブルと椅子が置かれ、長い間使っていないであろうかまどがあるだけ。

 一人がけ用のソファに酒瓶を抱えながら、いびきをかいて寝ている老人が。


 「ジジイ起きろ!!」

 リタ姉は、寝ているその老人を蹴っ飛ばした。


 「いってぇーな誰じゃ!」

 「ジジイ帰ってきたぞ!」

 「なんだリタか! 久しぶりじゃの」

 その老人は、酒臭いニオイを漂わせながら寝起きにまた酒を飲み始めた。


 「しばらくここに居させてもらうからなジジイ!」

 「お前はいつも急すぎるんだよ! それで? なんか大勢いるな」


 「どうもダダンです。こっちはリッキー。さらにこいつはベロンです!」

 「ワシはドノバンじゃ」

 「お世話になります。ジェノと申します」

 「ソフィーです。こちらがリタのお父様ですか?」

 ソフィー様は、顔をさらけ出した。


 「おいリタ! このお嬢さんは誰じゃ!?」

 「誰って……知っておけよジジイ! この国の王女ソフィー様だよ!」

 それを聞いた瞬間、ドノバンがリタ姉に対して蹴りを入れた。


 「おいこの馬鹿! 王女を誘拐してくるとは何しとんじゃ!」

 「はぁ!? 何勘違いしてんだよジジイ! ぶっ殺すぞ!」

 「ほう! 殺してみろリタ。ワシが先にお前を殺ってやるわ」

 その場で喧嘩が始まった。このドノバンって爺さんすげえな……いくら手加減してるとはいえ、リタ姉と戦って生きてるよ。


  「やめて下さい!!」

 ソフィー様が声を荒げた。その声を聞いたリタ姉は手を出すのをやめた。


 「落ち着いて下さいリタとドノバン殿。ちゃんと説明しますから!」

 ドノバンも手を止め、ドノバンはソファにドサッと座り、酒を飲んだ。


 「それで? 何でリタと王女様が一緒なんだ? それにそっちのもう一人は貴族だろ?」

 「私が説明します」

 ジェノ侯爵が、ここまでの経緯と一通りの説明をした。


 「なるほどな……うっぷ。それでワシの所に来たと」

 「そういう事ですね」

 

 「ちょっと位ならここにいてもいいだろ!?」

 「リタお前! 王女様をこんなきったない場所に連れてくるなよ!」

 「うるせージジイ!」


 「おお。おお! やれやれー!」

 「やれやれ、元気な人達ですね。ドノバン殿! 勿論お礼させて頂きますよ。それと、美味しい魚料理が食べられる店をご存知ですか?」

 「お礼、そういう事かい。それなら仕方ないな! 料理と酒は勿論そっち持ちなんじゃろな?」

 「はい。連れて行って下さい」


 「魚料理か! 久々だぜ!」

 「ベロベロベロベロベロベロ」

 「フフフ。楽しみですね」


 ドノバンの紹介で案内された飲食店は、高級店ではなかったがとても美味しい店で、久しぶりにまともな食事にありつけた気がした。出される料理はなんでも美味しい店で、ソフィー様も満足そうだった。

 リッキーとドノバンはベロベロに酔っ払って、気分が良くなっていた。

 家路に着くまでの間、歌を歌う程に。


 俺達は、ここを拠点にして情報収集をする事を決定した。

 これからどこへと向かい、誰を標的にしていくのか。またはどこかに身を隠すのか……それは戦いの現状次第といった所だろう。

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日本一不運な人間が、異世界一幸運な人間に?異世界でなら幸せになっちゃってもいいですよね? yuraaaaaaa @yuraaaaaaa

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