サガリバナ
色葉みと
サガリバナ
『「サガリバナ」へようこそ。幻のような一夜の出逢いを、どうぞお楽しみください』
***
私は今日、失恋をした。片思いしていた人に恋人ができたらしい。
……好きだった。大好きだった。3年間ずっと思い続けていた。
でも終わるのは一瞬。思いを伝えられないまま、私の恋はあっけなく終わった。
「失恋 どうする」「片思い 失恋」「失恋 立ち直り方」……。
気づいたら検索履歴にそんな文字が並んでいる。
……何これ? 「失恋したあなたにおすすめしたいスマホアプリ」?
そんなウェブサイトで紹介されているスマホアプリ、「サガリバナ」。
利用者の情報からAIが選んだ相手とマッチングし、一夜限り音声で会話ができるというものだった。
口コミも悪くないし、お金もかからないし、気分転換にもなりそうだし。アプリ、入れてみよっと。
『「サガリバナ」へようこそ。幻のような一夜の出逢いを、どうぞお楽しみください』
インストールし、アプリを開くとそんな文字と「はじめる」のボタンが現れた。
私は「はじめる」をタップする。
ニックネーム、年齢、好きなもの、嫌いなもの、気になる話題を入力すると画面が切り替わった。
『幻は始まる。まひるさん が 入室しました』
「……これ、どうすればいいんだろう?」
「何かを話せばいいと思いますよ。こんばんは」
「……あ、こんばんは」
……えっと、どうすればいいのかな、これ。というかもう始まってたのか。
この表示されてる「まひるさん」って相手のこと、だよね?
「さよさん、初めまして。まひると申します。『サガリバナ』は初めてですか?」
「さよ」、それはさっき考えた私のニックネーム。
本名以外で呼ばれることがなかったからか、なんだかくすぐったい。
「こちらこそ初めまして。さよです。初めてなのでどうすればいいのか全然分からなくて……」
「なるほどです。僕も始めたばかりの頃はそんな感じだったなぁ。……まあそれは置いといて、さよさんはどの話題を選びましたか?」
話題、最初に入力した話したいことについてのやつか。
私が選んだのは確か……。
「……何でも良いっていう話題を選びました」
「……ああ、同じですね」
まひるさんも何でも良いっていう話題を選んでたなんて。
でも初めて話す人と何でも良いってのはちょっと、いやかなり難しいのでは……? なんか気まずくてお互い無言になってるし。
『話を盛り上げるヒント:敬語を使わずに話してみよう』
スマホにそんな文言が出てきた。
こんな機能もあるのか。ちょうど良すぎるタイミング!
「……ヒント、出ましたね。さよさんさえよければタメ口で話してみませんか?」
「ぜひ……! じゃあ、よろしくね?」
「うん、よろしく。まさかお互いに何でも良いを選んでいたなんて、びっくりだね」
「そんなにびっくりするようなことなの?」
利用者の情報からAIが相手を選ぶんだから、同じ気になる話題を選んでても不思議ではないと思うけど。
「僕は何でも良いを選ぶことが多いけど、大抵何でも良い以外の話題を選んだ人とマッチングするよ」
「なるほど、そういうことね。……ところでさ、このアプリの『一夜』って何時から何時までなの? それについての説明、どこに書いてあるのか分からなくて」
「あー、そういう説明、分かりにくいところに書いてるからね。一夜っていうのは21時から24時までの3時間だよ。あと2時間半くらいだね」
一夜って言うからもっと長いのを予想してた。
それこそ夜暗くなったときから明け方くらいまでとかを……。
「意外と短いんだね」
「そうそう。それにこのアプリで同じ人とマッチングするっていうのはないに等しいから、せっかくの出逢いを楽しまないとね」
「ふふ、そうだね。でもさ、正直言って何話せば良いのかって分からなくない?」
「そんなときにはこの話題ルーレットが役に立ちます!」
いつの間にか表示されていた『話を盛り上げるヒント:話題ルーレットを使ってみよう』。
こんなものもあるのか! 確かにこれなら何とか話せそうだ。
まひるさんが起動させたのか、ルーレットはぐるぐると回り出した。
「出た話題は……、『今日の出来事』だね。じゃあ僕から話すね」
「うん」
わざとらしく咳払いをしてまひるさんは話し出した。
「今日はいつもと変わらない1日、のはずでした。いつも通りの時間に起きて、いつも通り大学へ行き、いつも通り帰ろうとしたとき、それは起こりました。いや、起こってしまいました」
「な、なになに?」
「……恋人に振られてしまったのです。3年、付き合ってました。でもあっけなく振られました。理由は『私のこと本当に好きなの!? 全然好きって言ってくれないじゃん!』だそうです。好きでした。めっちゃ好きでした。でも言葉が足りず、伝わってなかったようです。さよさん、どうか、どうか慰めてください……!」
めっちゃ饒舌になった。それに元恋人さんの物真似に感情がこもっている。
っていうかまひるさんも今日失恋したんだ……。形は違えど失恋仲間、なんか、なんか親近感が……!
「次に、次に活かそ? あの、よかったら私の話も聞いてほしい」
「うん、聞くよ?」
「実はですね、私も今日失恋したんですよ。3年間ずっと思い続けていた人に恋人ができたらしく、思いも伝えられずに私の恋は終わりました。終わってしまいました」
……勢い任せについ話してしまった。顔も本名も知らない初めて話す人に。
だ、大丈夫、だよね?
「……さよさんも、次に活かしていこう?」
「……うん、そうだね。話せて少しすっきりした感じがする。聞いてくれてありがとうね」
「どういたしまして。こちらこそありがとうだよ。なんかさ、不思議と親近感湧いたよね」
「うんうん、びっくりするくらい親近感湧いた。話を戻すけどさ、次に好きな人ができたら躊躇わず好きって言おうと思う。絶対に次に活かす!」
まひるさんの話を聞いたり自分の話を聞いてもらったりして、次のことを考えられるくらいには前向きになれた。うん、話して大丈夫だった。話してよかった。
やっぱり誰かに話すのって大事だなぁ。
「そうだね。……よし、僕も次に活かす! 好きなら好きって言う! 恥ずかしがらずに伝える!」
「その意気だ! じゃあ、次の話題にいってみる?」
「うん、ルーレット回すね」
まひるさんが回したルーレットは次の話題を指した。
えらくピンポイントな話題……。だけどどう取り掛かっていいのかわからない。
「次の話題は『程よい距離感ってどれくらい?』だね」
「なんというか、結構難しいかも」
「そうだなぁ。……例えば、相手に踏み込み過ぎないこととか? 僕的にはかなり大事なことだね」
「確かに踏み込み過ぎないのって大事だよね。逆も然りで踏み込み過ぎて欲しくはないなって思う」
その考えはとても共感できる。
私も、心の中にあるこれ以上入ってきて欲しくないっていう場所には踏み込まないようにしてるから。
もちろん私にも踏み込んで欲しくないラインはある。
まひるさんはそのラインには一切踏み込んでこない。程よいと感じる距離感にいてくれて、とても話しやすい。
「うんうん。これまた匙加減が難しいよね。踏み込み過ぎても嫌われるし、踏み込まなかったら仲良くなりにくい」
「わかる! 今日、というか今回の失恋は踏み込まなかったから良い方向にも悪い方向にもならなかったな、って思うよ。……結果的には失恋だったけど。少し踏み込んでいたら何かが違ったのかもしれないなぁ。なんて思っても、もう遅いけどね」
「僕もどこまで自分の気持ちを伝えればいいのか、躊躇して踏み込まなさ過ぎたかもね」
「……なんか、さっきの話に戻ってきちゃった」
私は苦笑しながら言った。
今日終わった恋の話だけど、不思議と冷静に、穏やかに話せてる。これってまひるさんだからかもなぁ。別の人と話してもこうはならなかっただろうから。
まひるさんも同じように思ってくれてたら嬉しいな。
「ふふ、そうだね。でも失恋について話してるのに、こんな穏やかな気持ちでいられるなんて。ちょっとびっくり。きっとさよさんのおかげだね」
「……! うん、私もすごい穏やかな気分。まひるさんのおかげだ」
「ふふ、なんか不思議だね——」
お互いに失恋した話や程よい距離感についての話をしてから私たちの話は弾みに弾んだ。
ふと見たスマホの時計は23時50分を表示している。
「……わ、もうこんな時間」
「あと10分しかないね……。あっという間だったなぁ」
「本当にあっという間だったね。それに楽しかったし気楽だった。今日初めて話したとは思えないくらいには」
まるで、数年来の付き合いの友人と話しているかのような気安い感覚。
まひるさんの隣はとても居心地が良い。それに一緒にいて楽しい。
なんというか、好きだなって思う。
この「好き」の気持ちは表面上だけのものなのかもしれないけど、伝えないと後悔するような気がする。
この時間が終わったら、終わってしまったらもう話せないんだから。そう思うと寂しくて、苦しくて、胸が締め付けられるようで。
いつの間にこんな感情が生まれたんだろう。
「……僕も楽しかったし気楽だったよ。こんなに楽しく話せたのってさよさんが初めてじゃないかな。そう思うくらいには。僕と話してくれてありがとうね」
「うん、こちらこそありがとう」
沈黙がこの場を支配した。こうしている間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。
残り5分、4分、3分、2分……。
ふと、さっきの会話が頭をよぎる。
『次に好きな人ができたら躊躇わず好きって言おうと思う。絶対に次に活かす!』
『少し踏み込んでいたら何かが違ったのかもしれないなぁ』
もう、思いを伝えられずに後悔はしたくない。
「……最後に一つ、伝えても良い?」
「うん? もちろん良いよ」
一度深呼吸をする。
返事は来なくてもいいから、それでも伝えたいから。
「……まひるさん、好きだよ」
顔も見えないけど、私は精一杯の笑顔で言った。
「……僕も、好きだよ。さよさんのこと。——さようなら」
『幻は終わる。接続を終了しました』
まひるさんの言葉のすぐ後、スマホの時計は0時を表示した。
見抜いてくれた。まひるさんは私と同じ感情だった。「好きだよ」って、「さようなら」って言ってくれたから。
私の「好き」の気持ちは表面上だけのものなのかもしれない。それでも、私は確かにまひるさんを好きになった。
儚く消える幻の中で出逢い、好きになり、別れを告げて、小さな恋は終わりを迎えた。
まさか1日に2回も失恋するなんてなぁ。今度はちゃんと伝えられたから後悔はしてないけど。
——さようなら、まひるさん。
サガリバナ 色葉みと @mitohano
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