第47話

 小さなウサギが、身の丈ほどもある大きなタマゴを抱えている。

 えっちらおっちらと危なげな足取りで歩いていくその先には、赤い屋根の大きな家が建っていた。

 家の窓には、筆を持ったウサギのシルエットが浮かんでいて、ピョコピョコと筆を片手に跳ね回っている。


 しばらくすると、鮮やかにペイントされたイースターエッグを持ったウサギが、家から出てきた。

 どうやら家の中で絵を描いていたらしく、ウサギの全身は絵の具で汚れている。


 家へ向かっていった時と同じく、再びタマゴを抱えて歩き出すウサギ。

 野を越え山を越え川を越え……ようやくたどり着いたのは、ニワトリのところ。


 ウサギは仲良しのニワトリにお手製のイースターエッグをプレゼントし、二羽は楽しい春の感謝祭イースターを過ごしたのでした。めでたし、めでたし──。


 まるで人形劇を観劇しているような気分だ。

 これがすべて機械仕掛けなど、誰が思うだろう。

 セドリックは、メアリが持ってきた機械を見て驚いた。


 彼女はこの機械のことをタマゴ専用印刷機エッグプリンターと呼んでいたが、それだけでは不十分なように思える。


 もしもこの機械が新聞に取り沙汰されるようなことがあれば、こんなネーミングがつくのではないだろうか。


機械的人形劇オートマチック・パペットショー春の感謝祭イースターの準備〜タマゴ専用印刷機エッグプリンターを添えて〜】とか。


 思わず浮かんだ名前はまるで料理名のようで、セドリックは自身のネーミングセンスのなさに地味に落ち込んだ。

 そんな彼の視線の先では、機械仕掛けのウサギたちがせっせとイースターエッグを生産し続けている。

 ニワトリに渡されたイースターエッグは、その下にあるバスケットへ入っていく仕組みなのだ。


 セットした時は真っ白だったタマゴが、最終地点に着く頃にはしま模様にチェック柄、ドット柄にレース模様……花柄にウサギの絵にひよこの絵と大変身を遂げているのは、まるで魔法のようだった。


「……」


 もはや、感嘆の息しかでない。


 一体どんな仕組みでこうなっているのか、セドリックにはまったくもって理解不能だった。

 ただただかわいらしい、ファンシーケーキのような世界が目の前に広がっている。


 いかにも子ども向けな演出だが、教会のエッグハントにここまでの機能が必要だろうか。

 セドリックは冷静な部分で「こんな仕掛けをつくる暇があったら、休んでほしかった」と思ったが、得意げな顔をして機械を披露しているメアリを見たら、何も言えなくなった。


(ああ、今日もメアリはかわいい)


 この一言に尽きるからである。


 婚約の検討をお願いしてからというもの、メアリへの気持ちは日々増すばかり。

 ついやり過ぎて彼女を困らせることもあったが、最近は少しずつ手応えを感じ始めていた。


「すごいなぁ、セドリック」


 思い出して苦笑いを浮かべるセドリックの隣で、神父はしみじみと言った。

 シワだらけの顔をさらにクシャクシャにして、手をたたいて笑っている。


「ええ。そうですね、神父様」


 近ごろは記憶があやふやになることも増え、表情が乏しくなってきた神父のそんな姿を、セドリックは初めて見たかもしれない。

 無駄な仕掛けだと一瞬でも思った自分が恥ずかしい。メアリの機械に、無駄なものなんて一つもないのだから。


(こんなにも……笑顔にしてくれる)


 笑顔の神父へ微笑み返し、セドリックの視線はそのままメアリへと向かう。

 彼女は真剣な顔つきで、完成したイースターエッグを検分していた。


 やがて、バスケットいっぱいになったカラフルなイースターエッグを携えて、メアリが小走りで駆け寄ってくる。


 いつもはきっちりとセットされている彼女の髪が、しどけなく風に揺られていた。

 揺れるスカートには機械油のしみがそこかしこに散り、薄汚れた姿から彼女が貴族令嬢だと知る術はない。

 だがセドリックの目には、彼女が眩しいくらいにきらめいて見えるようだった。


 気のせいか、バニラの香りがいつもより濃く感じる。

 フラフラと甘い香りに引き寄せられるように前へ進んだセドリックの眼前に、ズズイとバスケットが差し出された。


 行く手を邪魔するバスケットに、つい眉が寄る。

 メアリはどこだと、もどかしくなった。


「どうでしょうか?」


 バスケットの陰から、メアリがひょっこりと顔をのぞかせて、セドリックを見上げる。

 ようやく見つけたメアリの顔をまじまじと見ていたセドリックは、彼女の問いかけに「かわいいと思う」と返した。


「私のことではなく、たまごを見てください」


 言いながら、メアリはプイッと顔を背けた。

 かわいらしい反抗に、つい笑みがこぼれる。


 それが照れ隠しなのだと、セドリックは知っているのだ。

 婚約を前向きに検討してもらうため、努力し続けてきたからこそわかる。


「仕方がないだろう? 私はあなたから目を離せないのだから」


 ハラリと落ちていた彼女の横髪を耳へかけてやりながら、ついでとばかりに耳朶をくすぐる。

 いつも通り注意してくるのかと思いきや──、


「変な声が出そうだから、だめです」


 潤んだ目で見つめられて、セドリックの喉が上下する。

 こんな顔をしながら、まだ検討中だなんて。


(メアリは自覚がないのだろうか)


 気づくまで根気強く待つか。

 それとも、気づかせてやるべきか。


 どちらにせよ、答えはイエス以外認めない。

 セドリックはメアリの手を取ると、挑発的な視線で彼女を見つめながら抱き寄せた。

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発明家令嬢は公爵様の不器用な愛を知る~恋愛指南は英霊たちにお任せあれ~ 森湖春 @koharu_mori

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