プロメテウス

色街アゲハ

プロメテウス

 私達が居る今、現在のみならず過去、未来からも等しく遠い、最早人の、その痕跡すらも見出せない隔絶した時の中で、岳高く天に程近いその頂に、密かに降り注ぐ星々の光が、静寂の中で少しずつ層を為し、その間に星々より齎された記憶も又同様に蓄積されて行く。

 幾度も繰り返され、その度に精製される記憶は、塵一つ動かない大気の中で天高く積み上がり、天空に無作為に鏤められた星々と結び付いて、未知の星座を生み出し、背後に控える漆黒の天空もまた、其れに引き寄せられ、緩やかに降りて来る。

 地面から軽やかな音を立てながら溢れ出す光の水泉が、降りて来た星座の神々の身を清め喉を潤すと、其の身は俄かに実体を帯びる。

 身を捩り、指先より飛び散った雫が地に触れ、弾けた細かな飛沫が宙に溶け込み消えて行くと、其の後から立ち現れた様々な都市の光景が、今尚尽きる事無く滾々と湧き出づる泉の流れに触れ、また新たな形を成し果て無く広がって行く。

 入り組んだ舗道、様々な角度に乱立する建築物、使い込まれた戸口、擦り減り形の歪んだ段差など、至る所に刻まれた痕跡が其処彼処に見られ、其処に姿は無くとも通り過ぎる衣擦れ、息遣いなどが、通りに溢れ満たされて行く。

 俄かに騒がしくなった都市は、しかし決して煩くなく、其の背後に横たわる永遠の沈黙をより一層意識させていた。

 天を突き抜けるとばかりに伸びた建造物は、様々な様式を模しながらも、その何れとも一致しない独自さを備え、組み合わさった個々の景観は、不思議と統一された秩序を為し、しかし其の裡に内在する混沌が、尚も其の領域からはみ出そうと天を見据えていた。

 どの時にも属さず、何れの地からも等しく隔たった地平の先に存在すると云う此の都市は、彼岸の果ての更に其の先に、僅かに其の存在が仄見えるのみだった。

 

 何れの時代の何れの土地でもいい、星々の瞬く空の下、高みより星空を見上げ、街の織り成す景観を眺める時、其処に何かしら何処か遠い処に向けて街全体が移ろおうとしている気配を感じ、同時に今居る街の何処か嚙み合わない違和感を覚えた者も居る事だろう。彼の人は知らない、今自分の佇む街が未だ未完成で、其の完成は此の街が朽ち、何れ完全に此の世から消え去る事で為される物だとは。

 其の存在が人々の記憶から忘れ去られて初めて、時の流れの行き着く先に在ると云う最果ての都市に流れ着き、其の一部として再び息を吹き返し、其の完成を見る事になる。

 どんなに栄華を誇る街も人々も、遠からず消え去り忘れられて行くと云う時の大河の行き着く処、其処で静かに在りし日の情景は最果ての都市で、幾重にも折り重なった他の街に交じり、其の存在は普遍の物として都市の一画を占め、時を隔て輝きを放ち続ける。


 翻って、過去に目を向けると、未だ住む家を持たず、火を扱う術を持たなかった人々が、何処からその発想を得、使い熟すに至ったのか、其の問に又してもあの都市の存在が浮かび上がって来る。為す術を持たない人々の脳裏に突如として浮かぶイメージ。其れは自身の歩んで来た経験と云う過去から来る物である筈なのに、何故か自身の辿る道筋を先に立って照らしている様な、初めて為した事の筈なのに、予め知っていた事をなぞる様に、まるで何度も繰り返した動作の様に、自身の意に適った結果を引き出す自身の手に戸惑いを覚える事になるだろう。

 朧気に窺う事は出来るものの、決して鮮明に捉える事の出来ないイメージに、其の欠けた部分を埋める為、人々は自らの創意工夫で補うのだが、その瞬間彼等は気付いていないだろうが、自分達に知識を齎した原初の地へ、新たな知識の項目を書き加えている。其の時、僅かに決められていた筈であった道筋に新たな変化が生まれ、回り続ける時の円環に新たな軌跡が加わっている。其れは、繰り返される円環の中で、突如として生まれた閃きかも知れないし、唯ひたすらに繰り返すばかりの愚直な行為が、気付かぬ裡に思わぬ形で欠けた部分を埋めている事も有り得る。

 何れにせよ思いも掛けず踏み込んだ新たな領域に居る中で、初めて通る道筋なのに、何時か通った道を辿っている様な既視感に捉われる事が有るとしたら、其れは決して交わらない、しかし、どの時どの場所にあっても常に恒星の様に存在し回り続けている最果ての都市の存在を通して、記憶された自身の、又は其れを受け継いだ誰かの行為を、僅かに訪れた忘我の中に垣間見ているからだろう。


 そうして意図せぬ相互作用を繰り返しながら、最果ての都市と人の世の街は少しづつ近付いて行く。最果ての都市からは蓄積された嘗て有りし、又は此れから在るだろう未来の情景を、人の世からは意図するしないを問わず踏み出した新たな領域の成果物を、互いに遣り取りしながら擦り合わせ、何時しかそれが完全に一致し、重なり合って一つの物に成る迄、互いが互いの周りを回りながら、此の舞踏にも似た運動は続いて行く事だろう。二つの世界の描く軌跡は、限り無く近付きながら、遥か彼方の地平にまで延びて行く。時を超え、無限にも思われた果ての果て、其の行き着く処の極点に於いて、其の合一が為される時がきっと来る。

 そう云う妄想じみた此の考えが己の為す事に意義を見出せず、自縄自縛に陥って身動きの取れなくなっている人々の心に一石を投じる事になれば、この文章を書いた事にも少しは意味も有るのかも知れない。

 

 自分の為す事の意味を見失い、其の事に嘆いている正にその瞬間にこそ、遠く今も何処かで存在している都市を震わせ、何時何処とも知れない暗闇の中で、為す術も無く立ち尽くす事しか出来なかった誰かの前に、道筋を照らす一筋の光を投げ掛けているかも知れないのだ。









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