最終話 笑顔
「ひ、陽路君! お、おはよう!」
檸檬は、必死に勇気を出してバイトに現れた陽路に挨拶を試みた。
「おはよう。柏木さん。今日もよろしく」
陽路は今までにないくらい、明るい笑顔で檸檬の挨拶に応えた。
「!」
(陽路君、本当に許してくれたのかな? 無理してたらどうしよう……)
嬉しいけれど、心配は尽きない檸檬の心模様を、陽路は素早く察知した。
「柏木さん、今度、約束のケーキ、2人で食べない?」
「え? 約束の、ケーキ……?」
「柏木さん、言ってくれたでしょ? バイトしてお給料もらったら、ここのケーキご馳走してくれるって。だから、それ、今度の給料日に実行しない?」
「え……う、うん……うん!」
こくり。と陽路は笑顔と共に頷くと、控室へ向かった。その光景を予期せず見ていたのは誠之助だった。
(にゃろー! なんだ!? あれ!! この間までウロウロ迷ってやがったくせにぃぃぃ!! ……けしかけたの俺だけど……! この怒り何処へ向ければ!?)
檸檬が女性用の控室に入って行くと、誠之助はすぐに男性用の控室に駆け込んだ。
「陽路! お前何調子ん乗ってんだ!」
「……お前が言ったんだろ。『どんなに自分が悪者になっても、どんなに負い目を感じても、振り向かせたいって思うくらいすきじゃないなら、さっさと諦めろ』って。俺は、諦めるつもりはない。もう、俺は躊躇わない。誠、お前にも、もう過去の負い目を感じて遠慮したりしない。そのくらい、俺は柏木さんがすきだ」
「!!」
「ほら。開店する。いくぞ」
そう言うと、陽路は控室を出て行った。
(俺……終わったな……)
誠之助は、この時、完全に負けを覚悟したのだった――……。
あと、誠之助に出来ることは……。
―1月5日―
「……いらっしゃいませ……」
「誠之助君、今日シフト入ってたっけ?」
「入れてもらったんだ」
「なんで」
「お前にはカンケーない!! お決まりになりましたらお呼びください!!」
「「?」」
檸檬にも少し冷たい態度で、誠之助は仕事に就いた。
「陽路君、何食べる? ケーキだけじゃなくて、ドリンクも頼んでね!」
「ありがとう。じゃあ、シフォンケーキと、ホッㇳレモンティーで」
「うん! じゃあ、私はぁ……ふふふ」
「? どうしたの?」
急に笑い出した檸檬に、陽路がその理由を尋ねる。
「だってなんか嬉しくて! なんかこう言うの夢だったの! カレシと彼女みたいに、ケーキ頼んで、でね、半分こしたりするの! でねでね! ……ゴ、ゴメン……! つい……!」
理想のカップル像を語りだしそうになって、檸檬は思わず口をつぐんだ。
「ふふ。いいよ。俺も楽しい」
「!!」
(陽路君がこんなに笑うなんて……! なんか嬉しい!!)
2人のその姿を見ながら、誠之助は休憩に入った。それと同時に、檸檬と陽路は店を出ようとした。
「お会計はご一緒でよろしいですか?」
「あ、は……」
「はい。大丈夫です」
「え……陽路く……」
「今日は俺が払うよ」
「な、なんで? だって今日は……」
「うん。今日は特別だから」
「え……」
2人は、近くの公園にやって来た。正月早々の名も無い公園には、誰の姿も無かった。
「……柏木さん、今日は話したいことがあるんだ」
「?」
「俺……自分がクールだとか、口少ないとか、色々思われてるの知ってるし、実際そう言う所あるけど、これだけは、ちゃんと言いたかった」
「……」
檸檬の胸が、そんなことある訳がない……と思いつつも高鳴る。
「いつからとか、この瞬間からとか具体的にって言われると難しいんだけど……」
ドキン……ッ! ドキン……ッ! ドキン……ッ!
「俺、ずっと柏木さんのことがすきだったんだ」
「!!!!!」
檸檬の心臓が跳ね上がる。悲しくも無いのに泣きたくなる。嬉しいのにとても苦しい。今まで感じたことのない感情で檸檬はいっぱいになった。
だが、陽路はその潤んだ瞳を真っ直ぐ見つめ、続ける。
「いつからとかは解らない。でも、幾つも、なら幾らでも言える。初めて柏木さんと話した時、なんでかは解らないけど、張り詰めたような柏木さんが俺の前で泣いてくれた時。俺の告白現場をこれ以上誰にも言わないし噂とか絶対立てさせないから任せてって言ってくれた時。初めての帰りの電車でえらく笑ってた時。元カレの前で泣きそうになってた時。部活でロフトの柏木さんと目が合った時。2ヶ月ぶりに柏木さんと話して、駅で夕陽をバックに柏木さんがペットボトルの水を飲んだ時。そのペットボトルを手渡した時に手と手が触れた時。その間接キスを意識した時。詩帆が2年生になったらレギュラーになれるといいって言ってくれた時。誠が失礼なこと言った後も笑ってくれた時。階段で助けたこと憶えてくれててありがとうって言ってくれた時。俺と誠が仲いいって言ってくれた時。俺が部活遅刻しないように委員会のプリント一緒に集めてくれた時。……詩帆を……引っ叩いてまで俺をかばってくれた時――……」
「……」
陽路はどんどん涙目になる檸檬が、それでも自分の目を離さないことを確かめるように、目と目を合わせながら突っかかることなく続けた。
「他にも、いっぱい……いっぱい……。俺は、幾らでも柏木さんのすきな所を言える。キリがないんだ……。キリがないくらいすきなんだ」
「そんなの!」
「!?」
「……私の方が……! ……キリないくらい……」
「……うん」
真っ赤な顔をして、懸命に頬に伝う涙を拭いながら、檸檬は言葉を紡ごうとする。それを、陽路はゆっくり待つ。
「……っ、ホントに……キリないくらい……ホントに……」
「……うん」
「……陽路君が……っ」
「……うん」
「だいすき!!」
「……!!」
解っていたはずの、予想してはずの言葉なのに、実際言われてみると、照れくさいでもない。こそばゆいでもない。恥ずかしいでもない。どんな言葉を使っても言い表せられない感情が気管支を駆け巡って昇って来た。
「こほっ!!」
「「!!」」
陽路が1つ咳き込むと、2人に予期せぬ事態が起こる。
陽路の瞳から涙が零れたのだ。
「陽路君……?」
「ごめ……。なんか、気が緩んじゃって……。人って本当に嬉しい時……涙が出るんだね……!」
そう言った陽路の顔は、飛びっきりの笑顔だった。
「……ホントだね……!」
そう言った檸檬の顔も、飛びっきりの笑顔だった。
「……キスがしたい……」
「!?」
「!! ご、ごめっ!!」
陽路は、思わず声に出していた。慌てて口をつぐんだが、朱音の時のようになかったことにはもう――出来ない。
「「…………」」
2人はそっと、くちびるを合わせた――――……。
「『キス、朱音としなくてよかったよ。初めては柏木さんとしたいから。』by陽路」
「「!!??」」
どこからともなく誠之助の声がした。
「な! 誠!?」
「檸檬ちゃん。これ、陽路の初恋の人、朱音さんに陽路が言った言葉。これが俺からのお祝いね。ブーイ!!」
そう言うと、誠之助はピースサインを2人に贈った。
今日、陽路が檸檬に告白するだろうことも、2人がキスをするだろうことも、全部解って、バイトのシフトを入れ、休憩を取り、この公園で2人を待ち構えていたのだ。この言葉を贈る為だけに。
「誠之助君……」
「さーて、俺はバイト戻ろっかな! お2人さん、別れるときは真っ先に言ってね! 速攻俺が檸檬ちゃんを迎えに行くから!! 俺が檸檬ちゃんを諦めた訳じゃないってこと、忘れんなよ!! 陽路!!」
「諦めないのは勝手だよ。でも、俺たちは別れないよ。誠!」
「!! 陽路君……!!」
きっぱり言ってのけた陽路に、檸檬は恥ずかしくも、とても嬉しかった。
「2人だけの秘密にしておきたかったのに……。誠に見られてたのが癪だから……、もう1回してもいい? 柏木さん」
「!!」
さっきとは打って変わって、視線を逸らし、照れ隠しもいいとこで、そっと鼻の下を右手人差し指でこすりながら、陽路が言った。
「う……うん……」
「「…………」」
もふっ!!
「!!」
キスした後、陽路は思いっきり檸檬を抱き締めた。
「…………あったかいね」
「……うん。あったかいね……陽路君……」
その後、2人は手を繋いで緑丘公園まで一緒に帰り、いつまでも、いつまでも、その手を離さず、話し込んだ。
その2人が、付き合いだしたことを高校の友達や生徒達が知って、驚いたのは、冬休みが明けて、2人が手を繋いで登校した時――……。
「ねぇ、柏木さん、柏木さんは、なんで俺のことすきになってくれたの?」
「……また今度ね! これから、いーっぱい話せるから!」
「……そうだね。ふふ」
「!!」
やっぱり、陽路のその笑顔で胸が跳ね上がるくらい、ドキドキする檸檬だった。
26時、星空のカレシ 涼 @m-amiya
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