第28話 姉です。旅立ちの時です。

 私が眠っている一年の間にいろいろなことがあったらしい。そして、そのいろいろを乗り越えたことで、黄金の聖女団もイズミナティも私の想像していた以上に大きくなっていた。


「うわぁ、すごい畑」

「はい、がんばりました!」


 私はマリアレーサちゃんの案内でいろいろな施設をまわった。


 まずは農場だ。聖女団の戦力が強化されたおかげで周囲の魔物たちに対する抑止力となり、魔物の被害に悩まされることが少なくなったおかげで大規模農業に着手することができるようになっていた。


 農場の警備は聖女団所属の警備隊が行っている。その中には魔物使いもいるらしく、使役した魔物も警備に加わっていた。


 畑で育てているのは麦にジャガイモなど主食となる物から緑黄色野菜の他に果樹などもあった。これからまだまだ大きくするらしく、これで食料問題も解決できるとマリアレーサちゃんは喜んでいた。


 そのほかにも当初計画していた病院や孤児院、救貧院なども完成していた。そして、拠点を置いているフィヨンの町だけでなくリリアレス王国内の他の町にも聖女団が運営する施設があるようだ。


 本当に大きくなっている。私がいなくても順調に。


 そして秘密結社イズミナティのほうも順調なようだった。


「おかえりなさいませ! 総帥閣下!」


 サロウさんと共に私は、私が目覚めたという知らせを受けてイズミナティのメンバーがとある場所に集まった。もちろん詳しい場所は秘密だ。秘密組織だからね。


 そこに集められたのは総勢100名ほど。現在活動中で戻ってこられない者を含めるとそれ以上いるらしい。


 そんでもって、いつの間にか私は秘密結社イズミナティの総帥になっていた。


「うわぁ、見るからに悪の組織……」


 私は集められた構成員の方々を高い場所から見下ろしていた。その構成員全員が白い仮面と黒い詰襟軍服を着ており、整然と並んでいる姿はどう見ても悪の組織の戦闘員が集合している光景にしか見えなかった。


 いや、まあ、闇の裏組織ではあるんだけど、悪の組織じゃないわけで……。


「改善の余地ありかなぁ」

「今更か?」

「そうだよねぇ……」


 今更服装を変えようと言ってもそれはそれで予算がかかる。お金がいる。


「そんなことよりみんなに挨拶してやれ。お前の帰りを待ってたんだ」


 待っていたねぇ。たぶん、顔も知らない相手のほうが多いんだけど。


「……おほん。あー、ごきげんよう諸君、私がイズミナティ総帥のイズミ・アーネストである」


 イズミ・アーネスト。これは私がサロウさんに演説をしろと命令され、その内容を考えていた時に思いついた偽名だ。もちろん名前の由来は前世の姉崎泉からだ。


 私はイズミ・アーネストとしてイズミナティのメンバーに演説をした。感動してくれたかは知らないが、できる限りの言葉は送ったつもりだ。


 それからは訓練の見学、現在の状況の報告などなどいろいろと業務をこなしていった。どうやらイズミナティも順調にこの国の奥深くに根を張ることに成功しているようで、王政府や裏社会だけでなく、王政府が抱えている諜報組織や商業ギルドなどの各ギルドにも密かに構成員を送り込んでいるようだ。


 ……本当にすごいねぇ。うん。


「私、いらなくなっちゃったなぁ……」


 みんなすごい。一年の間に私の想像を超えた成果を出している。いや、もしかしたら私がいなかったからこれだけ成長したのかもしれない。


 もう、私は不要なのかもしれない。私が頑張らなくてもちゃんと回っているのだから。


 目覚めてから慌ただしい日々が続いて、それがひと段落して落ち着きを取り戻したある日。私はふと鏡を見た。


「これ、本当になんなんだろう……」


 忙しくて後回しにしていた。自分に何が起こったのかを考えることを先送りにしていた。


 私は変わった。長かった黒髪は晴れ渡った空のような青になり、瞳も髪と同じ青色をしている。もちろんまつ毛も鼻毛もだ。それどころか手や足の爪まで青い。


 血も青いのか、とちょっと切って確かめてみたけれど血は赤かった。


 それから気を練ることができるかも確かめた。結論から言うとできた。どうやら私は寝ている間も気の呼吸を続けていたようで、もしかしたらそのおかげで目覚めることができたのかもしれない。


 ただ、その気が一番の問題だった。


「空弾掌!」


 空弾掌は空の気を扱う仙術使いの基本技だ。私がフィーロン師匠から教わった空の技でもある。


 その威力が明らかに異常だった。掌に収まるぐらいの大きさの空気の球を出すつもりが、金持ちのお屋敷を一撃で吹き飛ばすぐらい巨大な物ができてしまった。


 有り得ないくらいに気が増大している。やっぱり、私に何か起こっているのだ。


 そう、何か起こっている。それはずっと以前からだ。


 これは、確かめにいかなくちゃならない。


「会いに行ってみるか、師匠に」


 師匠。フィーロン師匠なら私に何が起こっているのかわかるかもしれない。


 今のところ悪いところはどこにもないし、気の量や威力が異常なだけでそれ以外は特に何かがあるわけではない。


 だが、それは今のところだ。これから何があるかわからない。もしかしたらみんなを巻き込む大惨事に発展するかもしれない。


 そんなことが起こる前に確かめなくてはならない。自分の変化が何なのかを。


「――というわけで私はここを出て行こうと思います」


 私はみんなを集めてそう宣言した。マリアレーサちゃん、ニーナさん、ラニちゃんやお父さんやお母さんに護衛の三人。そして、サロウさん。


「どうしてお姉ちゃん!」

「何か不満でもあるのですか?」

「ないよ。なーんにもない。だから、だよ」


 私がいなくてもなんとかなる。むしろ私は不要どころか危険かもしれない。


「もちろんずっといなくなるわけじゃないよ。始めた責任は最後まで取らなきゃね」


 投げ出すわけじゃない。これからのことを考えた結果だ。


「必ず戻ってくるよ。だから、待っててほしいな」


 これからもここで生きていくため。そのために私はここを去る。


「……まったく、勝手な女だな」

「ごめんなさい、押し付けるみたいで」

「いいさ。俺もここが気に入ってる」


 私がいない間のことはサロウさんに任せることにした。サロウさんなら大丈夫という確信はあるが、一人だけで無茶をしないでくれとも言っておいた。


「サロウさんはいい人ですからね。いい人は頑張り過ぎちゃいますから」

「お前と一緒にするな。俺はお前より悪人だよ」


 ……サロウさん、ありがとう。あなたがいてくれて本当に良かった。


「……行ってきます」

「ああ、行ってこい」

 

 私は旅立つことを決意した。マリアレーサちゃんたちに別れを告げ、フィーロン師匠を探しに、大切な場所から。


「必ず、戻ってくるよ」


 絶対に戻ってくる。責任を果たすために。


 ううん、それだけじゃない。


 だって、ここが大好きだから。


 大好きだから、絶対、絶対に戻ってくる。


 そう決意して私は旅立ったのだった。

 

 寂しいけどね。すっごく寂しいけどね。

 

 でも、そういう時は必ず来るものなんだ。


 寂しがってはいられない。もっと強くなって必ず。


 必ず戻ってくるからね。

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最強不遇お姉ちゃん 甘栗ののね @nononem

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