・・・

蜜柑桜

 ——いたい

 視覚が捉え、脳が解する。

 同時に走った痛覚で手を見る。

 不気味に発光するデバイスを切る。

 目を閉じる。

 すると鈍痛。

 聴覚から脳髄に。

 ——煩い。

 痛い。

 擦り傷の上から抉られる。

 塗布した薄い防護膜を難なく破り、神経の奥まで突き刺す。

 この繰り返し。

 色もない。悪臭もしない。触覚すらない。

 ただの記号。

 だが並んだそれらは視界から入り込み、針となり槍となりつるぎとなり。

 ——痛い。

 耳を塞げばより大きくなる。

 聴覚の刺激は自分のもの。網膜に突き刺さる刺激は内側で非物理的な音声へ変わり、意思を無視して鼓膜を圧迫する。

 時折り、その中に柔らかで心地よい音が混ざるも、濁音に塗れあっけなく切り刻まれて粉々に舞い散る。

 その繰り返し。

 だが。

 すぐそばにある己の剣を見る。


 ここを避けてしまっては進めない。立ち止まっては息ができぬ。止まれば終わり、踏み出さねば敗退、目と耳を塞げば身よりも前に精神は朽ち、骸と成るも気づくものなし、価値なしとされた己はただ数多の文字に埋もれて砂塵よりも小さく、果ては微生物にも届かず無存在と等しく。


 被膜を突き破り激痛が呼吸を止める。

 惑う手が柄を掴んだ。


「やめろ」


 確かに手中にある剣は動かず、鋼の冷たさが身を凍らす。


「傷を自ら穢してどうする」


 鮮血を汚濁し拭い清められぬ刻印としてどうする。


「そうなれば、傷では済まなくなるぞ」


 お前も「あれ」と、同じになるのか。

 刃を剥いて、自ら堕ちるのか。

 外からの撃を受けずして、内から先に呼吸を止めるのか。


 剣の冷感が、ふと和らぐ。

 一枚布を隔てて触る。

 剣ではない。盾。


 放つ光は鈍くとも、何人をも庇えるほど大きな盾。


「武装するならこちらだ」


 ずしりと重く、うまく動かせない。これではまだ自分すら、守れるかどうか。


「御せ。間違えなければ、正しく輝く」


 盾の形を成すのは、あの針や剣たちを成すのと同じ記号の羅列。

 だがまだ繋がりきれず意味をなさず、蒙昧として中途半端。模様にすら成りきれず。

 無様に綴ることはできても、手指から離そうとすれば恐怖が背中を這い上がる。



「御せ」



 さすれば精密画のごとく、色彩は鮮やかに。覆われるのは我が身に限らず、顔も名前も知らない人たちをも。


 ——手放し、ここで朽ち果てるのか。


 持てば、潰れるほどの重圧と、さらなる猛撃と。

 持たなければ、自我の消滅が。


「手放すか?」


 痛みすら感じぬ滅びの決断をできるほど、強くはなっていない。

 


「滅びるか」


 

 手は盾を。

 たとえそれが、諦めの悪い愚かな甘えであろうと。


 痛みの間に、時折り感じる妙なる調べがあるうちは。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

・・・ 蜜柑桜 @Mican-Sakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ