第21話 エピローグ ~ 運命の人 ~

 後日、放課後いつものようにチャペルを訪れると、花壇の前に美波様が立っていた。


 わたしの姿を目にした美波様が、うれしそうに口元をほころばせる。


「花壇に水をやろうと思うのだけど、日奈乃、手伝ってくれるかしら?」


「もちろんです!」


 わたしは銀色にかがやくじょうろを手にすると、美波様と一緒になって、色とりどりに咲く花々に水をかけてあげた。


 心からしたうお姉様のそばに立って、同じ時間を共有する。そんなささやかな日常が、わたしにはこの上なく幸せだったりする。


 まもなく琴音さんが合流し、わたしたちは水やりを終えるとチャペルの中へと入っていった。


 そして、三人で並んで長椅子へと腰を下ろす。話題はしぜんと部対抗リレーへと移っていった。


「よかったですね、日奈乃さん。無事に夏姫様に勝てて。これでまた、安心して美波様のおそばにいられますね」


「ありがとう、琴音さん。琴音さんが祈ってくれたおかげだよ」


 わたしはお礼を告げて、祭壇の上方でかがやくステンドグラスをあおぎ見た。


 ステンドグラスは今日もまた神秘的なまばゆい光を放ちながら、わたしたち三人を見守っている。



――「どうか、日奈乃さんがぜったいに夏姫様に負けませんように」



 放課後に祈りをささげるとどんな願いも叶えてしまう、そんなふしぎなうわさのチャペルで、琴音さんはわたしの勝利を願ってくれた。わたしが夏姫様に負けずにすんだのは、きっと琴音さんの祈りのおかげだ。


 とはいえ、幸いにもわたしが負けずにすんだのは、夏姫様がリレーの途中で転んでしまったからであって、素直に喜んでいいのか、実に微妙だ。


 わたしは苦笑交じりに本音を打ち明けた。


「でも、実力で言ったら夏姫様のほうがはるかに上だったかも。足の速さも、人間的にも」


 言葉や態度の上ではツンツンしていながら、案外面倒見がよくて、時にお姉様らしくわたしをはげまし、背中を押してくれた夏姫様。


 夏姫様は、わたしを倒すことを願っていたけれど、そんな祈りもまた叶えられていたんじゃないかな。


 だって、今のわたしでは夏姫様に少しも太刀打ちできる気がしないもの。やっぱり、二年生のお姉様ってすごいと思う。


「あら、よく分かっているじゃない」


「夏姫様!?」


 まったく、このお姉様は。毎回なんの前ぶれもなく現れるんだもの。びっくりしちゃう。


 夏姫様はいつもと変わらぬ不敵な笑みを浮かべ、勝ち気な瞳をかがやかせている。


「それならそうと負けを認めて、さっさと美波さんの元を離れたら? 代わりに、この私が美波さんのそばにいてあげるから」


「いいえ、一応リレーで勝ったのはわたしのほうですから。夏姫様こそ、美波様から離れてください」


 さっそくいがみあう、わたしと夏姫様。


 わたし的には大型犬に立ち向かう子犬のような心境なんだけど、こればかりはゆずれない。


 だって、リレーで勝ったのはわたしのほうなんだもの。夏姫様こそ、約束を守って美波様から手を引くべきだよね?


「ところで、夏姫さんは今日はどんなご用でこちらへ?」


 美波様が夏姫様に問いかける。


 すると、夏姫様は悪だくみする子供のような笑みを浮かべた。


「美波さんが立ちあげたチャペルクラブ、部員が少なくて困っているのでしょう? 仕方がないから、この私が入部してあげようと思って」


「ええ~っ!?」


 わたしの驚きの声が、神聖なチャペルに響きわたった。


 夏姫様が不満げにまゆをひそめる。


「なに? 日奈乃は私が入部しちゃ迷惑なわけ?」


「い、いえ、迷惑ってわけじゃないですけど。でも、夏姫様にはうちの部は合わないんじゃないかなー、って」


「どうしてよ?」


「だって、うちの部は『困っている人を助ける』がコンセプトですから。人を困らせる人はちょっと……」


「失礼ねっ! 私がいつ人を困らせたのよ。むしろ、美波さんが困っていると思えばこそ、入部してあげるって言っているんでしょう? 少しは感謝なさい」


「べつに、わたくしは困ってはいないのだけど」


「ほら、美波さんも困ってるって」


 言ってない。美波様は困っているだなんて、ひと言も言ってない。


 夏姫様はすねたように頬をぷくっとふくらませ、つまらなそうにボソッと言う。


「それに、体育祭の時だって……」


「体育祭の時?」


 夏姫様はいったい何を言いたいのだろう? 体育祭の時に、夏姫様も誰かを助けたりしたのかな?


 疑問に思って首をかしげていると、琴音さんが納得顔でうなずいた。


「やっぱり、そうだったんですか」


「琴音さん、どういうこと?」


「部対抗リレーの時、琴音には、夏姫様がわざと転んだように見えたんです。ずっとおかしいなとは思っていたのですが……。もしかして、夏姫様は初めから日奈乃さんに勝つ気はなかったのではないでしょうか?」


「ええっ!? ほんとうなんですか、夏姫様!?」


 わたしはびっくりして、ふたたび声を響かせてしまう。


 名探偵・琴音さんの推理ははたして当たっているのか!?


「おバカね。私がわざと転ぶわけないでしょう。あんなに痛い思いまでして」


 夏姫様はあきれたような、さばさばとした口調で言い捨てる。


 夏姫様のひざには、すりむいた傷をおおう絆創膏が今も貼られている。


 でも、もし琴音さんの推理が正しいのだとしたら……。夏姫様ははじめからわたしに花を持たせるつもりで走っていたってこと!? もうワケが分からない。


 でも、夏姫様の性格なら、じゅうぶんありえるのかも。


 なにせ夏姫様は、好きな美波様を倒そうとしていたお方なのだ。


 わたしに勝負を持ちかけ、さんざんあおっておきながら、私が困らないようにわざと負けようとしたって、なんらふしぎではないのかも。


 琴音さんがくすりと微笑む。


「それが夏姫様の『愛』なんですね。琴音は感銘を受けました」


 しかし、夏姫様は肩をすくめ、あきれたように言葉を返す。


「琴音がなにを言っているのか、私にはよく分からないんですけどー。それより、転んだのは不慮ふりょの事故。だから、リレー勝負は無効よ。もっとも、『負けるが勝ち』と言うくらいだから、私の勝ちとも言えるわね」


 フフン、と得意気に、都合のいい理論を主張しはじめる夏姫様。


 わがままで、負けずぎらいで、素直じゃなくて、それでいて思いやりにあふれていて。


 夏姫様にはこの先もいっぱいふり回されそうだ。


「ところで、美波さん。私の入部は認めてもらえるのかしら?」


「ええ、もちろんよ。部員は何人いたっていいもの。これからもよろしくね、夏姫さん」


「ふふっ。それでこそ美波さんね」


 目を合わせ、くすくすと笑いあう美波様と夏姫様。


 ううっ、まんざらでもないこの雰囲気……。美波様との付き合いは、悔しいけれど、わたしよりも夏姫様のほうがはるかに長い。これはピンチかも~っ!


 でも、わたしだって、なんでも願いが叶うこのチャペルで祈りをささげたんだもの。



――『どうか、美波様とこれからもずっと一緒にいられますように』って。



 だから、きっと大丈夫だよね?


 やがて、美波様はおもむろに立ち上がると、祭壇の前に進み出て、いつものように祈りをささげた。


「――主よ、わたくしの祈りを聞き入れてください」


 そんな美波様のうるわしい背中に、わたしは声をかける。


「美波様。今日もまた『運命の人とめぐり会えますように』ってお願いされたんですか?」


 すると、美波様はふり返り、頬を朱に染めながら、はにかんだ笑みをこぼした。


「いいえ。運命の人とはもうめぐり会えたから、今日は『運命の人ともっと仲よくなれますように』ってお祈りしたわ」


 もう何度目だろう。またしても、わたしは驚きのあまり大きな声で叫んでしまった。


「ええ~っ!? 美波様、いつの間に『運命の人』とお会いしたんです!? いったい、どなたなんです、それは!? わたしにも紹介してくださいっ!」


「うふふっ。日奈乃にも、そのうち分かるわ」


 いたずらっぽい笑みを浮かべ、晴れやかな表情をかがやかせる美波様。


 そんな表情もうるわしく、恋する乙女のようにかわいらしくて、わたしは嫉妬してしまう。


 さわぎ立てるわたしの横で、夏姫様と琴音さんがあきれたように声を交わしている。


「ねえ。もしかして、日奈乃っておバカなの?」


「ふふっ、そうかもしれませんね。でも、そこが日奈乃さんの良さでもありますから」


 もうっ! ふたりして、わたしのことをバカにして。ちゃんと聞こえているんですからねっ!


 こうして、チャペルクラブにまた一人、新たなメンバーが加わった。


 この先も、まだまだにぎやかになりそうだ。




【完】

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放課後チャペルクラブ 和希 @Sikuramen_P

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