031

 神殿に入る前から分かっていたけど、中に入ると圧巻ね。


「これ、全部オリハルコンで出来てる…」


 そっと、床に触れてみる。

 石なのか金属なのか、よく分からない触感。

 触れても冷たくないし、まるで生物ね。

 色も、見る角度で淡く七色に変化する。


「…この『聖剣』にも使われているらしいけど、本当に同じ物質なのかな?」


 加工する過程で変わるのかも、あたしは鍛冶屋じゃないから知らないけど。


 それにしても広い、いえ広すぎる。

 外から見た大きさと、内部の空間が食い違ってる。


「空間を弄ってるのかな」


 それ位しか思いつかない。


 大体、ここは普通の神殿じゃないし。

 まず、この神殿には神々の像なんてものはない。

 ここは、神が地上に降りた時の住まい、そう言われているらしい。

 もっとも、それをここ数百年で確認したのは、あたし位だろう。

 おとぎ話にしか出てこない、伝説の神殿なのだから。


「…!?あれは!!」


 円筒形のホール、その中心に据えられた祭壇のようなもの。

 そこに、一糸纏わぬ乙女の白い石像が、祈りを捧げる格好で跪いていた。


 いや、石像じゃない。


「輝夜、さん…ここに居たの?」


 すらりと伸びた足と、切れ長な瞳。

 最後にあった時に比べて、随分大人っぽくなってる。


「…これは、何かを封印してる?」


 祭壇には、黒い棺のような形で、魔術の結界が張られていた。

 元となる術は、多分『月読命ツクヨミ』だろう。

 この結界の中の時を、止めている。


「それだけでも、無さそうだけど」


 あたしには全部は分からないけど、外部からの干渉を遮断してるのかな。

 …これほど厳重な結界、考えられるのは一つ。


「ここに『魔王』を封印してるのね」


 やはり、『魔王』は死んでは居なかったか。


 …そうか、輝夜さん。

 自分の命を使って、ここに『魔王』を封印したんだ。


「ああ、これで本当に…独りになっちゃった」


 まあ、そんな予感はしてたけど。

 ああ、駄目ね。

 悲しいのに、又泣けない。




 ◇◆◇




 あれから、神殿内を徹底的に探索してみました。

 居住区のような場所を見つけたので、そこで埃まみれの旅装束を着替えて。

 ふと、久々に、あの頃のメイド服に袖を通してみました。


「あら、まだまだマリーもいけますね、なんてね…ふふ」


 ちょっとスカートが短くなってしまいましたが、大丈夫でしょう。

 あの頃に戻った気分ですね。


「折角メイド服に着替えたのですから、掃除でもしましょうか…と言ってもお部屋は綺麗なんですよね」


 そういう魔術でも掛かってるみたいですね。

 多分ですが、この場所は千年前の『勇者』の、拠点の一つだったのではと思います。

 何個も並んだベッド、後付されたキッチン、娯楽書の並ぶ本棚。

 この神殿から、明らかに浮いてますからね。


「…じゃあ、後は『魔王』を倒す位しか、やることが無いですね」


 輝夜さんが、その命と引換えに施した『封印』は、残念ながらそう長くは持ちそうにありません。

 一ヶ月先か、はたまた一年先かは判りませんが、近い内に駄目になってしまうでしょう。

 そのまえに、マリーが『聖剣』で、『魔王』を倒さなければいけません。


「これがマリーの、メイドとしての最後のお仕事になりそうですね」


『魔王』討伐がメイドの仕事なのかは疑問ですが、世の中を綺麗に掃除するという意味なら、ギリギリメイドの職務に入りそうですね。


 ただ…ふと疑問に思った事があります。


「…何故『魔王』は、こんな場所で大人しく『封印』されたのでしょう?」


 この神殿は、明らかに『邪神』とは対極の施設です。

 こんな『魔王』にとってアウェイな場所に、輝夜さんはどうやっておびき寄せたのか。

 神殿内部も外も、戦闘の痕跡はありませんでしたし。


「考えても仕方ないとは思いますが…どうも引っかかります」


 嫌な感じがしますね、何か大事なことを見落としているような感じです。




 ◇◆◇




「うん、この辺りに『結界』の綻びがありますね」


『魔王』を倒すといっても、この状況なら『結界』ごと『魔王石』目掛けて、『聖剣』を突き刺せばいいだけ。

 失敗しなければ、特に戦闘にもなりません。


 失敗したら、その時は実力で斬り伏せればいいだけですし。


 メイド服は、結局着たままにしました。

 成功でも失敗でも、これが最後ですから。


「坊ちゃま、見ていてくださいね、マリーの最後のお仕事です」


 右手の『聖剣』を棺状の『結界』の、人間で言えば心臓の辺りに構えます。


 綻んだ『結界』から漏れる魔力の流れ的に、ここに『魔王石』が在るのでしょう。


「やります…はぁぁぁ!!!」


 突き入れた『聖剣』は、あっさりと『結界』を貫き、何かに刺さりました。

 そして、『結界』の術式が消えた反動で『輝夜さん』は白い結晶になって崩れていきました。

 輝夜さん…今まで大変でしたね。


 さあ、ちゃんとマリーの剣は、『魔王』に届いたでしょうか…?!


 黒い棺が消え、モヤが晴れて現れたのは…女性?

 その胸にある真っ赤な『魔王石』には、しっかりと『聖剣』が刺さり、2つに劃たれていた。


「うっ、あぁ…貴女は、『勇者』かしら?」


 人間で言えば妙齢でしょうか、蠱惑的な身体つきの、長いの、誰かに似ている…え?


「…ありがとう、

「あの…貴女は『魔王』ですか?」

「そう、私は『魔王ウインディザスター』、500年前に一度、滅びた『魔王』よ」

「さ、『災厄の魔王』!?」

「そう、本当は『ウィンディ』という名前なのだけど、ね」

「『ディ』…?」


 …まって下さい。

 嘘でしょう?


「安心して、貴女の勝ちよ、メイドの『勇者』さん…だから、少しだけ、昔話を聞いてくれるかしら?」

「は、はい…」



 ◇◆◇



 五百年前に、私は奴隷としてグローセリア皇国に捕まっていたの。

 当時、軍事力増強の為に皇国の軍が目をつけたのが、精霊。


 エルフにしか懐かず、しかも間接的な命令でしか動かせない精霊を、思いのままに動かすための計画が「エレメントノイド計画」。

 人と精霊を融合させる、狂気の実験よ。

 多くの人間と、エルフと、精霊が犠牲になったわ。


 数多の犠牲の結果、唯一の成功例が風の大精霊と一人の少女をかけ合わせた結果生まれた、コードネーム「ウィンディア」。

 でも、その結果は歴史の通りよ。


 実験という名の拷問で亡くなった、多くの人やエルフ、精霊の恨みと憎しみが、生き残った私に集中し。


 結果、歴史上類を見ない程に強力な、『暴風の魔王ウインディザスター』が生まれた。


 その後、暴れまわった挙げ句に、多大な犠牲の元『勇者』に『魔王石』を破壊されて、死んだのだけど。


 私には『人と精霊』、2つの魂があったから、生き延びたの。




 その後は、人への猜疑心と罪悪感から、私はひっそりと隠れ住んで暮らしたわ。

 時折、身分を偽って魔術師の真似事などをしながら、人の世に降りた事もあったけど、その度に人間に嫌気がさして、すぐにまた隠れ住む。

 そんな事を繰り返していたの。


 ある日、隠れ家の森に、一人の若い男が迷い込んで来たわ。

 何でも、ある女を助けるために強い魔物と戦い、勝ちはしたけど瀕死だったの。

 それで、仕方なく助けて上げたら、惚れられてね。

 その女に薬を届けにいってから戻ってきて、求婚されたわ。

 10回くらい断ったけど、すごくしつこかったのよね。


 結局、最後には受け入れてしまったけど、私も人肌が恋しかったのかもね。


 それで、その男…「ブレイ」が、今度は女を助けるために、貴族になると言い出して。

 ブレイに付いていくために、また数十年ぶりに街へ出て、そこで身ごもって子供を産んだのだけど。


 その子には、生まれつき『魔王石』が備わってしまっていた。


 私は、その場で生まれた我が子から『魔王石』を引き剥がした。

 あの子を『魔王』にするわけには、行かなかったから。

 私も、あの子も、大分危ない橋を渡ったけど、500年の間に培った魔術師としての知識を全部つかって、なんとか持ちこたえたわ。

『魔王石』を失って、あの子は魔力を作り出す事が出来ない身体になったけど、あの子には『精霊』としての特性も受け継がれていたから、外側から『魔素』を吸収して生きていけた。


 けど、引き剥がした『魔王石』をそのままにしてはおけない、近くの力ある生き物に取り憑いて、また『魔王』が生まれてしまう。


 仕方なく、私は『魔王石』を自分で引き受けて、再び『魔王』になった。



 そして、この地上で『邪神』の影響を最も受けにくい、この地に身を引いたのよ。




 ◇◆◇




「――十数年はそれで『魔王石』を抑え込んでおけたのだけど、段々『邪神』の支配力が強くなって、とうとうこの場所でも抑え込めなくなったの」

「それで、『魔人』が現れ始めたのですか」

「『魔王』は『邪神の力』を地上に届ける為の、中継機だから。

 でも、数年前にそこの『彼女』が来て、私の話を聴いた後に、魔術で封印してくれた」

「輝夜さんが…」


 どおりで…戦いの痕跡が無い訳です。

 輝夜さんは…全てを理解した上で…自分の命を投げ売って、封印を…。


「ねえ、メイドさんは知らないかしら、私の息子…『ウィン』って言うの。

 もし貴族だったら『ウィンロード』と名乗ってるかもしれないけど、聞いたことない?」

「ああ…ああ…」


 なんで、何で…?

 なんで、ですか?


「坊ちゃまは…坊ちゃまは…もう」

「…そう、亡くなってるのね」


 ごめんなさい。

 ごめんなさい。


「メイドさん、ウィンの知り合いだったのね?」

「はい、はい…」

「そう、貴女みたいな方が、あの子の伴侶なら良かったのだけど、流石に歳が離れてるわよね」

「違います!それは、それは…!!」

「あの子の最後、知ってたら教えて貰える?」

「ま、『魔人』と戦って、それで!!」

「…私が『邪神』の支配に抗えなかったばかりに、悔しいわ」

「違います!違うんです!!その時マリーはそこに居たのに!!」

「メイドさん、貴女はよくやってくれたわ。こうして『魔王』を倒してくれた」

「あああ、あああああ!!!」


 なんで!なんでですか!!


「ああ、もっとウィンの話を聴きたかったけど、時間ね」

「ま、待って下さい!!そんな!!」

「ありがとう、メイドの『勇者』さん」


 パキリ、と音を立てて、『ウィンディア』さんの全身にヒビが入り。

 そのまま、黒い灰になって崩れ、消えていきました。




 ◇◆◇




「ああ…ああ…」


 …あれ。

 ああ、そうか。


 さっきマリーは、想い人の母親を、殺した所でした。



「あはは…」


 何やってるんでしょうね、八年も掛けた結果がコレですか。

 笑えますね。


「…あれ?」


 輝夜さんが崩れた跡に、何か光る物があります。

 何でしょうね…これは…。


「…ペンダント?」


 何が入っているんでしょう?開けてみますか。


「これは?あっと」


 写真みたいですが、風化してたのか開けた瞬間にバラバラになって落ちてしまいました。


 破片を地面の上で崩れないように集めて、つなぎ合わせてみます。

 あ、これは。


「冒険者時代に、みんなで撮った写真ですね…懐かしいです」


 輝夜さん、ずっとこれを握りしめていたんですね。


 本当に懐かしい…みんな、あの頃のままです。

 雷牙に、輝夜さん、セラフィさん。

 それに、マリーと、ウィン坊ちゃま。


「楽しかったですね…あの頃は、みんなで」


 床に並べた写真の欠片は、吐息で簡単に飛んでしまうので、手で囲いながら眺めてい

 ます。

 ああ、この頃みたいに、みんなで冒険したいです…。


「うう、うわぁぁぁぁぁぁん!!何故ですか!!!なんでこんな!!!ああああああ!!!!」


 酷い。


 何も報われない。


 何のために、頑張ってきたの?


「ううっ!ひっぐ、ひっぐ…うええん」


 もう、いいですよね?

 マリーは十分頑張りましたよ?

 これ以上は、もう無理です。


「そろそろ、頂きましょうか」


『聖剣』を片方取り、首筋に押し当てながら、語りかけます。


「最後に、ちょっとだけ付き合って下さいね」


 ごめんなさい。


 ごめんなさい、みんな。


 ウィン。


 今、そっちに行きますね。





 ――――――――――


 BAD END ルートA


『リザレクション』が失敗していた場合のルートです。

 成功していた場合、027から別のシナリオに入ります。

 要望があればそちらも書こうと思いますが、自分の実力不足で余り受けなかった話なので、一旦一区切り。

 暫く修行も兼ねて違う話を書いていこうと思います。


 一先ず、ここまで読んでいただき有難うございました。

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