030

 半月ほど滞在し、いよいよ町を出る日が迫った。


「なんだい、もう行っちまうのか」

「うん、保存食作ってくれて助かった」

「はは、『剣聖』様にそう言われんのは光栄だな」


 この酒場のオジサンとも、随分打ち解けた。


「マリーお姉様、行ってしまわれるのですか?」

「うん、明日ここを立つ」

「さみしいです…」


 十三歳になるこの女の子は、この酒場のマスターの娘さん。

 今みたいな昼間の時間は、この子と店主が二人で切り盛りしてる。

 赤毛の可愛らしい子だ、オジサンに似なくて良かったね。


「お姉様のお陰で、この町も大分治安がよくなりました!」

「それは良かったね」


 癒着してた衛兵と商人、それから近場で悪さしてた盗賊団。

 みんな斬ったからね。


「二人とも世話になったよ、ありがと」

「おう…まあ、無理すんなよ」

「お姉様!また来て下さいね!」

「うん、またね」


 また、か…。

 全部終わったら此処に寄る?

 ううん、もうこの町には…これない予感がする。


 この先は、そんな生易しい道じゃないから。




 ◇◆◇




 町を出て三日目だった。


「本当…あのギルド無能ね」


 岩山を登る途中で、ギルドが依頼を出していた『アースドラゴン』らしき魔物と遭遇したのだけど…。


「『フレイムドラゴン』じゃないの」


 立派な羽根が生えた、体長20メートル程の、赤い鱗の竜がいた。

 何をどうすれば、こいつと『アースドラゴン』を間違えるのか。


 ブレスは数倍の威力、しかもこいつは


「気が立ってる、逃げるのは無理ね」

『GYAOOOOO!!!』


 ちっ、早速ブレスとはね。

 厄介ね、無傷で抜けられるかな。


「はぁ!『グリフォンフラッピング』!!」


 対竜剣技、剣圧でブレスを押し戻す。

 自分の火炎を顔面に受けた『フレイムドラゴン』は、羽ばたいて空中に距離を取ろうとする。

 これだから厄介なのよ、全く。


「逃さない、『インペリアルピーリング』!!」


 振り下ろされた爪を回避しつつ、接敵する。

 鱗のスキマを狙い、根本から剥が…ちっ、出来れば逆鱗、急所近くに当てたかった。

 剥がれた地肌を狙えば、内部までダメージを与えられるけど、あの場所じゃ内蔵まで届かない。


『GURUUUU…』

「流石に警戒してるって訳ね」


 同じ技は通じそうにない。

 こっちも障害物が多い岩場のお陰で、しっぽを警戒しなくていいのが幸いね。

 でも、何故コイツは逃げないの?『フレイムドラゴン』は知能が高い、無駄な危険は冒さない筈。


「…まさか」


 ならば可能性は一つ。

 が理由なら、気が立っているのにも納得できる


「…あの大きな横穴かな?」

『GYAAAAAAAA!!!!』


 あれが巣ね、そしてあたしが気がついた事に、『フレイムドラゴン』も気がついた。


「はぁぁ、『クイックタイム』」


 この魔術は、あたしがセラフィさんから教わった魔術をアレンジした物。

 もっとも、『時魔術』は本当は教えることが出来ないから、使うのを何度も見せてもらって、真似ただけ。

 それはいいの?と思ったが、良いらしい。


 ただ、そのままだと制御が難しいし、魔力消費が馬鹿にならない、こんな魔術を自由に使える輝夜さんは化け物ね。

 だから、効果を抑えてあたしが使えるように改良した。

 加速出来るのは数秒、それも精々1.5倍程度。


 でも、『フレイムドラゴン』の脇をすり抜けて、巣に潜り込むには十分。


「きゃっ!もう、自分の巣に向けてブレス打たないで欲しい」


 でも、何とか入り込めた。


 そこには…ああ、やっぱりね。


「タマゴね、これを守ってたから、気が立ってたの」


 タマゴを生んでるという事は、300年以上は生きた個体ね、道理で大きい。

 さて、入り込んだはいいけど…巣の入口には怒り狂った「フレイムドラゴン」のお母さん。

 うーん、この『タマゴ』を人質にして出ていこうかな、と思ったけど、何か悪党ぽくて嫌だし。


『フレイムドラゴン』は頭がいい、それに竜種は厳密に言えば『魔物』じゃない、『魔石』を持ってないから。

『邪神』が『魔物』を生み出す、遥か以前から存在する系譜だ。


 …交渉してみるかな?

 まず、剣は仕舞おうか。

 どのみち、ここでブレスを吐かれたら逃げられないし。


「あなた!人間の言葉理解る?取引しない?」

『GURUUUUUU…』

「うん、話が分かって助かる」


 人間相手より、余程話せて助かる。




 ◇◆◇




「ほぁぁ、すっごい…」


 今、あたしは絶賛空の旅の真っ最中。

 結論を言えば、竜と交渉して背中に乗せて飛んでもらってる。


「流石に、この景色は感動」


 鉱山の町が遠くに見える。

 今まで旅をした道が見える。

 いいなぁ、出来れば皆で見たかった。


 まず、あの巣の場所は『人間たち』に割れていて、目を付けられている事。

 今後、あたしの様な人間が又くる可能性が高い事を説明した。

 結果、『フレイムドラゴン』は移住を決意。

 ついでに、あたしは手持ちの食料を交渉材料に、北へ運んでもらえるよう交渉した。


「駄目もとだったんだけど、これって『ドラゴンナイト』って事になるの?」


 まあ、あたしは騎士じゃないし。

 この協力関係も、今回限り。


 ちなみに食料というのは、面倒で解体せずマジックバッグに入れっぱなしだった魔物。

 輝夜さん謹製だから、時間の流れが止まってるのに近いし、容量も半端じゃない。

 呆れるくらいの量があるので、タマゴを守って狩りに出れないドラゴンのお母さんが、暫く食べれるくらいは有ると思う。


 などと考えてると、『フレイムドラゴン』が大きく迂回する航路を取り始めた。


「あれが、禁足地…」


『魔王ウインディザスター』の爪痕…凄まじい。

 大きなクレーターは、その周囲にすら

 草も、虫も、魔力も感じない。


 …大地が、死んでる。


 見ているだけで、寒気がしてくる。


「…あんな場所の上は、飛びたくないよね」


『大精霊』が『魔王』の力を得ると、こうなるのね。

 …これが『人間』の所業の結果なら、滅んでも文句は言えないかも。




 ◇◆◇




「…見えてきた」


 巨大なクレーターから、さらに北にそびえ立つ山々。


『最北の地』とも呼ばれる、『アガルタ山脈』。


 あたしの目的地は、その頂上だ。

 そこに、『古の神々の神殿』が在る、という話。

 輝夜さんは、そこに向かったらしい。


「いける場所まででいいんだけど、まさか頂上まで行ってくれるの?」

『GUOOOOOO!!!!!』

「舐めるな、そのくらい楽勝って言いたい訳?」


 いいけど、その前足で掴んだタマゴとか大丈夫なの?相当寒い筈だけど。


「あれ、でもさっきから全然寒くない…?」


 かなり上空を飛んでる筈なのに。

 まさか…いえ、『結界』を張ってるの?

 え、魔術を使ってる?嘘でしょ?だとしたら…。


「あなた、もしかして『エンシェントドラゴン』なの?」

『GUOOOOOO!!!!!』

「…あたしも、見誤ってたって事か」


 ギルドの事をとやかく言えないわね、これじゃ。

 というか、よく生きてたわ、あたし。

 随分と手加減されてたのかな。


 それに、『エンシェントドラゴン』だとしたら、最低でも500年は生きてる筈。

 下手すれば千年以上。


「あなたは、人間達があの過ちを犯した時も、見てたんでしょ?」


 あの巨大なクレーターを創るほどの、憎悪を。


『GYAAAA!』

「…それでも、あたしを助けてくれるのね、ありがと」

『GURURUR』


 もしかして、あたしは…試されてたのかな?




 ◇◆◇




 山の頂上には、火山の火口のような、巨大な窪みが有った。

 大きさは、一つの都市がすっぽりと入る程。

 頂上に、こんな場所があるなんて…。


『エンシェントドラゴン』は、吹雪を物ともせず下降し、そこへゆっくりと降り立つ。


「暖かい…まるで楽園ね」


 不思議と、吹雪は入り込んで来ない。

 春先の様な陽気ね。


 小さな森と花畑、澄んだ水を湛えた湖。

 その辺に、神殿は建っていた。


「送ってくれてありがとう、はいお肉」

『GAU!GAU!』

「もう食べるんだ…」


 みるみる平らげていく…。

 何処に入ってるの?その巨体にしても、食べ過ぎでしょ?


 ドラゴンは、湖の真ん中の小島に落ち着くみたい。

 まるで、あつらえたみたいね…もしかして、元々此処に住んでたのかも。


「…まあいいか、行こ」


 目的の場所は、もう目の前だし。

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